婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

文字の大きさ
228 / 344
エルヴァン王国の秘宝

第九話 相談しました

しおりを挟む


 大人の色気に当てられそうになっていると、休憩中の部下たちと目が合いました。

 おかげで、現実に戻れましたわ。

 だって、ほぼ全員が、生温かい目で私とシオン様を見ていますもの。中には、顔を赤らめ逸らす方もいらっしゃいます。普通の感性なら、この時点で目が覚めますわ。

 今まで、何度も似たような光景を見られているとはいえ、やはり、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。こういうのは、二人っきりで、それも室内で行う行為ですわ。なので、

「離してください、シオン様。逃げませんから、降ろしてください」

 訴えます。しかし、シオン様は離してくれません。

「そんな、可愛い格好をして会いに来るセリアが悪い」

 何言ってるのかしら。意味がわかりませんわ。でも、気に入ってくれたのはわかりますわ。クラン君に感謝。

「何、わけのわからないことを言っているのですか!? 離してください。今は仕事中ですよ」

「ならーー」

「仕事を途中で放り出すようなこと、私が尊敬するシオン様がなさるはずありませんわ」

 シオン様の台詞を遮るように、私は告げます。ニコッと微笑みながら。

「…………」

 シオン様は黙り込む。

「しませんよね、シオン様」

 釘を刺します。

「……わかった」

 渋々、シオン様は私を降ろした。とてもとても不服そう。眉間に深い皺ができてますわ。

 私はシオン様の皺を指で撫でてあげます。あら? さらに皺が増えましたわ。

「これ以上、俺を刺激するな」

 怒られてしまいましたわ。刺激した覚えはないのですが。

「シオン様、お願いがあるのですが、十分でいいので、私に時間をくれませんか。ご相談したいことがあるのです」

 十分が限度でしょう。仕事の邪魔をしたくはありません。何よりも、仕事を優先するべきですから。

「わかった。セリアの頼みだ、どんなことでも叶えよう。休憩が十分延びるぐらい、どうってことない」

「ありがとうございます、シオン様」

 私はシオンと一緒に、少し離れた場所に移動します。聞かれては困る内容なので、遮音結界を張りました。

「来たのか?」
 
 さすが、シオン様ですわ。すぐに奴らが来たことを察してくれました。

「はい。身分を偽証して」

「やはり、目的は墓荒らしか」

 嫌悪感、顕ですね。私は頷きます。

「今回は、私は表に出ようとは思っておりません。あくまで、平民による窃盗で奴らを捕らえるつもりです。ただ……問題はその後です」

 絶対、ケルヴァン殿下たちに繋ぎをとろうとするはず。その時の対応が、分岐点だと考えていました。

「傍観するか、しないかだな」

「はい……」

 コンフォート皇国としては傍観の姿勢ですわ。だけど私は……

「セリアはどうしたい?」

 そう尋ねるシオン様の目が、とても温かく優しい。この人は、どんな逆境でも、絶対私の味方をしてくれるでしょう。

「過去にあったことは、到底許されることではありませんわ。でも、今を生きる民に、その罪を負わせるのは酷ではありませんか?」

「そうだな。なら、腐石のことだけ内緒にしたらどうだ?」

「私もそう考えていました。規模と特性は違いますが、竜石も厄介なことには違いありませんからね」

 腐って駄目になるか、穴が開いて駄目になるかの差ですわ。

「奴らの出方次第で、対応するのが一番だな」

「…………シオン様」

 シオン様の大きくて厚い手が、私の頬を撫でます。瞳は嘘を吐けませんね。心配だと訴えています。

「大丈夫ですわ。言ったでしょ。今回は表に出るつもりはないと」

「そうだな。でも、無理は絶対するな。それと、その髪型は俺の前だけにしろ。いいな」

「シオン様の前だけですか……」

「可愛い過ぎるんだ。他の男に、セリアの可愛い姿を見せたくない。いらん、虫が湧いたら困る」

 最強と言われている武神のシオン様が、耳まで真っ赤にして真剣に仰る姿に、私の胸はトクンと高鳴ります。

「わかりましたわ、シオン様。髪を伸ばそうと思うのですが、似合うと思います?」

 ちょっとした意地悪です。

「似合うと思うが、流すだけにしろ」

「お洒落がしたいのですが……駄目ですか?」

 シオン様を見上げながらお願いします。

「ど、どうしてもしたいのか?」

「私も女子ですからね。それなりにしたいですわ」

「うっ……俺が一緒の時だけは、構わない」

 鼻を押さえながら、シオン様は仰ります。

「リーファの前は?」

「……いいだろう」

「ありがとうございます、シオン様」

 ニコッと微笑むと、私はシオン様の腕を下に引っ張ります。自然と傾く体。私は背伸びをして、シオン様の頬にお礼のキスを。

 吃驚して体が固まるシオン様から、パッと離れる私。

「お仕事、頑張ってくださいね、シオン様」

 顔を伏せ、その場に座り込むシオン様に手を振ると、私は侍女と一緒に学園に戻りました。

 シオン様に相談して、本当によかったですわ。



しおりを挟む
感想 776

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

婚約破棄をありがとう

あんど もあ
ファンタジー
リシャール王子に婚約破棄されたパトリシアは思った。「婚約破棄してくれるなんて、なんていい人!」 さらに、魔獣の出る辺境伯の息子との縁談を決められる。「なんて親切な人!」 新しい婚約者とラブラブなバカップルとなったパトリシアは、しみじみとリシャール王子に感謝する。 しかし、当のリシャールには災難が降りかかっていた……。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」 物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。 ★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位 2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位 2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位 2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位 2023/01/08……完結

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。