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いざ、エルヴァン王国へ
第九話 やっと、角ウサギのトマト煮ですわ
しおりを挟む「思っていたよりも、治安が悪いようね。自警団も機能していないみたいだし」
注文した料理が並べられ、給仕の方が端に消えてから、私はそう切り出しました。
陽が暮れる前の出来事ですからね。それも、大通りから一本中に入った場所で、堂々と起こった人攫い。治安が悪いとしか言えないでしょ。
「原因は言わずもがなですが、自警団が機能していないのは、後衛がいないからですね」
エルヴィン王国に放っていた暗部の一人、今回、私たちを第二王子に案内する者が答えます。食堂で待っていた暗部ですわ。勿論、顔を晒してますよ。ケルヴァン殿下の前でも。素顔でないので大丈夫ですわ。という私自身、彼の素顔は知りませんもの。会うたびに顔が違いますからね。でも、魔力の色は変わりませんので、彼だと認識できますの。
「後衛がいない? どういう意味です?」
「物理攻撃しかできない奴ばかりってことですよ」
おどけた様子で彼は言うが、その目は全く笑ってはいません。
「つまり、魔力を使用する者がいないってことですか?」
この時、私はこの町で遭遇した、冒険者崩れの男を思い出しました。
あの男は、私にコンフォート皇国に戻るよう、わざわざ警告してきましたわね。私が魔道士かどうか確認したうえで。
「王都に行くよう招集命令が繰り返し出たようですよ、第一王子から。なので、今、この町で魔法を使える人間はほぼいませんね」
なるほど、だからですね。始めはよくても、時間が経つにつれ無理が生じますからね。ポーションで治せる傷も限度がありますし。後衛のサポートがあるからこそ、前衛、物理攻撃が効くことがあるのです。
……それにしても、胸糞悪い話だわ。
第一王子が魔力持ちを招集している理由は一つしか考えられません。まず間違いなく、竜石を目覚めさすため。それしかないでしょう。
「王族が、国民から魔力を、命を搾り取っているのね」
怒りで、持っていたコップを割ってしまいましたわ。ケルヴァン殿下は表情と言葉を失っています。侍女も怒りの表情を見せています。
同じ立場に立つ人間ですが、それを別として、決して許されない行為です。人がすることではありませんわ。
魔力を奪うーー。
それは、生命力を奪うことなのですから。
第一王子は、もはや、狂王子から凶王子になり果てたということですね。
「そうなりますね」
彼は淡々と答えていますが、言葉の端々に怒りが滲み出ていますわ。
「それで、ヴァンのお兄さんの居場所は掴めたの?」
私たちがエルヴィン王国に来た一番の理由は、第二王子に会うことですわ。第一王子を止めることではありません。それに、彼を止めるのは、第二王子でありケルヴァン殿下ですわ。手伝ってくれと頭を下げられたら、考えないことはありませんけど。
ケルヴァン殿下は唇を噛み締めています。今すぐ、第一王子の愚行を止めたいのですね。それとも、まだどこかで、第一王子を信じているのでしょうか。その気持ちもわからなくはありませんわ。辛いでしょう。でも、一番辛いのは国民ですわ。それに、自分の目で見ると決めたのはケルヴァン殿下自身です。
ケルヴァン殿下から視線を外し、暗部の彼に視線を戻します。
「はい、勿論。ここから、そう遠くありませんよ」
なら、よかった。頼りになりますわ。
「そう。なら、案内頼みますね。明日、自警団の方から報奨金を貰ってからの出発でいいわね」
「畏まりました。とりあえず、二部屋とっときますよ」
こちらからお願いするよりも先に言われましたわ。さすが、スミスが押す人物ですわ。
「ありがとう。お願いね」
話が一段落したところで、角ウサギのトマト煮堪能しましょうか。美味しかったら、野外料理に加えてもいいですね。そんなことを考えていると、キツイ視線を感じました。ケルヴァン殿下です。
「ヴァン、そんなに私を睨み付けても、状況は変わらないわよ。気持ちはわかるけどね。どんな状況下でも、食事はキチンと取らないと保たないわ」
国民の命を絞り取っていると話しながら、そのすぐ後に、角ウサギのトマト煮を喜んで食べてるだもの、ケルヴァン殿下にとっては信じられないでしょうね。私自身、神経が図太いと思いますもの。でもね、これぐらいじゃないと、皇女も領主も務ることはできませんわ。
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