婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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エルヴァン王国の未来

第六話 とても簡単な話ですよね

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 私たちを取り囲んだのは、騎士崩れか兵士崩れか、パッと見、判断できない輩の集団でした。

 またですか……うんざりですわ。

 ここにも、魔術師はいませんね。物理攻撃専門の方々ばかり。

「ハンターか?」

 集団の中で一番ガタイの良い男が、そう問い掛けてきました。

 口調はやや固いですが、集団を覆っている空気は、わずかですが殺気を含んでいました。当然、気絶している従者以外はそれに気付いています。

 なので、指示を出せば、いつでも行動できますね。

 背後にいる侍女たちと案内人の空気が変わったのを、肌で感じましたから。

「そうだが、これはどういう真似だ?」

 シオン様が若干、声を低くし尋ねます。

「お前に要はない。そこの娘二人は、魔術師だな。その黒髪と黒目、かなりの魔力持ちだな」

 私とお母様から視線を外さず、男は告げます。

 男の言葉に反応するように、私たちを取り囲んでいた輪が少し小さくなりました。男は、まだ私とお母様を凝視しています。

「……気持ち悪い」

 ナメクジのようなじとっとした気持ち悪い視線に、お母様は顔を顰め、不快感を顕に小声で吐き捨てます。

「ええ。とても、気持ち悪いですわ」

 私も小声で同意します。私もお母様も小声だけど、はっきりと聞こえていると思いますわ。私の仲間にも、当然敵さんにも。

 シオン様が私とお母様を護るように、スーと前に立ちます。大きな背中のおかげで、男からの視線が途切れました。

 あ~誰も居なかったら、その背中に頬を寄せれるのに……

「俺の婚約者と家族を、気持ち悪い目で見るな」

 怒りを含んだ低い声で、シオン様は周囲を威圧します。

 あら、見掛け倒しですね。

 私たちを取り囲んでいた男たちが、腰を抜かし冷や汗をかいていますわ。鍛えたのは体だけですね。精神も技量も鍛えてない。お粗末だこと。かろうじて立っているのは、私とお母様を気持ち悪い目で見ている男だけでした。

「高ランクのハンターか……邪魔だな」

 ポツリと呟く声が、私にもはっきりと聞こえましたわ。

 高ランクでなく、最高ランクですわ!! 

 訂正したいのを、グッと我慢します。そんな私を、お母様はやや呆れた目で見ながら、げんなりとした声で言いました。

「…………ほんと、親子よね……」

 比べられてる対象者は、一人しかいませんわ。お父様ですね。まぁ、私も似ていると思っていますが、声にしてほしくはありませんでしました。特に、お母様には。

「邪魔か。では、どうする? 俺を排除するか?」

 たぶん、シオン様はニヤリと笑ってらっしゃるのでしょうね。その背中がとても楽しそうですわ。

「……いや、俺たちには、あんたを止めることは無理だな。行くぞ」

 男は苦笑し、降参の仕草をします。そして、チラッとケルヴァン殿下に視線を移した後、連れてきた男立ちに命ずると路地裏に消えました。

 侍女が私とシオン様を見ます。

 跡をつけるかどうかの確認ですね。私もシオン様も、首を横に振ります。

 跡をつける必要はありませんわ。あの輩が、第一王子の手下ならまた邪魔をしてくるだろうし、そうでなかったとしても、私たちにはどうでもよいことですわ。

 私たちの目的は、あくまで竜石の回収と魔物の討伐ですからね。第一王子に関しては、私たちは直接関与はしないつもり。直接手を下すのは、私たちではなく、ケルヴァン殿下自身なのだからーー
 
 そして、全てが終わった後の始末も、ケルヴァン殿下たちが率先して行わなければならない。相談くらいはのりますけどね。それよりも、

「シオン様、あの男、ケルヴァン殿下のことを知ってますね」

 一瞬だが、男は確かにケルヴァン殿下を見ましたわ。

「騎士団崩れか近衛団か、わからないが、ケルヴァンのことを知ってるということは、それなりの地位にいたんだろうな」

「そうですわね。ケルヴァン殿下はあの男の顔を見たことがありますか?」

 声を潜めて、ケルヴァン殿下に尋ねます。

「小さい頃に一度だけ見たことがある。確か……正妃殿下の弟で、近衛隊長を務めていた男だ」

「ということは、第一王子の叔父ってことになりますわね」

 敵の可能性が、よりいっそう高くなりましたわね。

「そうだ。俺とライ兄様は側妃の子供だから、会ったのは一度きりだ。俺たちは嫌われてたからな」

 なるほど。よくある話ですわね。

 正妃の息子である第一王子と側妃の息子の第ニ王子。第ニ王子が優秀だと噂される度に、第一王子側はなんとしても排除しようと画策したでしょうね。第ニ王子が騎士団に籍を移しても。

「だとしたら、第ニ王子が動き出したと勘違いしているかもしれませんね」

 問題ではありませんけど。

「だとしても、俺たちには関係ないだろ」

 ニヤリと笑うシオン様。

「ですね」

 私はにっこりと微笑み返します。シオン様も。

「立ち塞がったら、排除するまでよ」

 抱き付いてきたお母様が、満面な笑みを浮かべながら言います。

 その言う通りですわ。立ち塞がれば、力づくで排除すれば言いだけの話です。とても簡単な話ですよね。

 

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