婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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2巻

2-2

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 だってそこには、お父様の膝の上で、子供みたいに大泣きするお母様がいたのですから。驚かないはずありません。あの、傍若無人な性格のお母様が。ほんと、衝撃的な光景でしたわ。
 お父様は私が入室したと気付いていましたが、お母様はまったく気付いていない様子です。お母様のことですもの、気付いていたら速攻逃げ出していますわ。

「セリアはセイラを嫌ってはないぞ。だから安心しろ」

 お父様はお母様の頭をでて慰めながら、チラリと私に視線を向けます。
 はいはい、わかりましたわ。黙って見ていますわ。

「嘘よ、セリアは私を嫌ってるわ。だって、私よりあの変態伯爵たちを選んだんだもの」

 変態伯爵って、口が悪い。選んだって、大隊長たちに重きをおいてるのは事実です。

「ヒック……私だって、仕方ないって思っているのよ。一緒にいたのは二年足らずだし、それも母親じゃなくて、魔法を教えるためだし。死なないために厳しくしたし。だから、抱き締めなんてしなかったわ」

 代わりに、何度も殺されかけましたけど。実際、何度か心臓止まりましたから。
 でも、あの修行のおかげで今の私がいるのです。とても感謝していますわ。
 それにしても、これがお母様ですか。やけにお父様の前では素直というか、子供になっていますね。

「今からでも抱き締めればいいだろ。愛してるって言えばいいじゃないか。ストーカーじみたことをしなくても」

 ストーカー……?

「そんなことできるわけないじゃない。セリアに嫌な顔されたら、立ち直れないわ」
「わかった、わかった。そろそろ泣きやめ。セリアが見てるぞ」
「セリアが……」

 ピタッと泣きやみます。さっきまでの号泣が嘘のようですわね。
 そろそろ発言してもよろしいですか?

「私がお母様を嫌うなどありませんわ。怒ることも引くこともありますが、嫌ったりはしません」
「……ほんとに?」

 完全に幼児化していますわね。

「はい」
「絶対?」
「絶対ですわ」
「嫌わない?」
「嫌いませんわ」
「抱き締めていい?」
「構いませんよ。そもそも、許可を取る必要はありませんわ」

 言い終わらないうちに抱き締められました。微かに震えているのが肌を通して伝わってきます。意外に小柄なんですね、お母様。
 私はお母様の背中に腕を回し、ギュッと抱き締め返しました。

「……お母様。ひどいことを言ってしまい、すみません」
「私もごめんなさい。ずっと羨ましかったの」

 その言葉で気付きましたわ。
 羨ましいとは言っても、寂しいとは決して言わないことを。
 これだけ自分の胸の内を私たちにさらけ出しても、全てをさらけ出せない。これから先も。
 そんなお母様に、私の方も目頭が熱くなってきます。
 無理矢理背負わされた運命と孤独――
 膨大な魔力と【落ち人】のスキル。
 そのせいで、長い時を、変わらぬ姿で生き続けていかなくてはならない。
 不老不死。
 多くの権力者が今なお欲しがるものを、この人はその身で体現している。
 お父様が生まれる遥か前から……
 お母様にとって家族を持つことに、どれほどの勇気が必要だったのか。幸せであればあるほど、取り残される方は辛くなる。生あるものにはいずれ終わりはくるから。
 それでも覚悟して、お母様は家族を持った。

「……お母様はとても強い人ですね。そして馬鹿ですわ。あえて辛い道を選ぶんですから」

 言葉の代わりに、強く抱き締め返されました。私も答えるように強く抱き締め返します。

「馬鹿でも、大好きです。私を産んでくれてありがとうございます。貴女の娘で本当に良かったですわ」

 心からそう思います。
 やっぱり返答はありませんでした。その代わり、さらに強く、強く抱き締められます。
 だけど、お母様は泣き声を上げませんでした。
 あれからお母様との関係は表面上、特に変わっていません。でも内面では、少しだけですが、寄り添えられるようになったと思います。時間はたっぷりあります。焦る必要はありませんわ。


   ☆ ★ ☆


 いろいろありましたが、ようやく領主の仕事に戻れますわ。ほんと、お父様の無茶振りにも困ったものです。それも、無事解決できましたし、よしとしましょう。
 あと残っている問題は一つ。
 一番厄介で難解な問題が残ってますわ。一応、一年弱の猶予が設けられていますが……時間の長さで解決できる問題ではありません。
 それにそもそも、私にはそういう心境の機微はわかりかねますし、誰か詳しい方はいらっしゃらないかしら。いれば、教授してほしいですわ。それとも、わからないと悩むよりも、利害関係を考えて選ぶ方が得策なのでは。

「手が止まっていますよ、セリア様。こちらが最後の書類になります」

 いけませんわ、考えごとに没頭していました。

「ありがとう、クラン君。クラン君が来てまだ日が浅いですが、ここには慣れましたか?」
「はい。教わることがまだまだありますけど」
「それは良かったですわ。スミスはとても厳しいですが、教えるのは上手いですからね」
「そうですね……」

 スミスの名前が出た途端、クラン君は少し顔を引きつらせました。
 気持ちはわかりますわ。私も訓練を受けた一人です。

「クラン君」
「なんでしょう?」
「本当は、ここに来るの嫌だったでしょ。今も帰りたいと思っていますか?」

 帰りたいと言われても帰す気はありません。でも、クラン君の気持ちは知りたいですね。ちょうどいい機会です、今、誰も周りにはいませんから。

「正直に言えば微妙なんです。確かに最初はここに来るのが嫌でした。できるなら、すぐにでもあの方の元に戻りたかった。でも今は、あの頃のような強い思いはありません。意外とこの職場、俺に合ってるんですよね」
「そう言ってもらえると、嬉しいですわ」

 ますます手放せなくなりましたわ。
 そうだわ、クラン君にいてみましょう。だって、貴族より平民であるクラン君の方がこの手の話詳しいかもしれませんわ。自由恋愛が普通と聞きましたもの。

「クラン君。一つ教えてほしいことがあるのですが、よろしいですか?」

 真剣な表情で切り出した私に、クラン君の顔から笑みが消えました。

「なんでしょう、セリア様」
「クラン君は恋愛をしたことがありますか?」

 こっちは真面目に質問してるんですよ。なに、豆鉄砲をくらった鳩のような顔をするんです。

「……恋愛ですか?」
「ええ。平民の間では自由恋愛が主流だとか。ならば、クラン君も恋愛の一つや二つしていますでしょ。だから尋ねているのです。クラン君はどういった基準で恋人を決めるのですか? ぜひ、教えてください」

 圧が強かったのか、クラン君は一瞬逃げ腰になりましたが、逃しませんよ。

「基準ですか? そもそも、恋愛に基準なんてありませんよ」
「基準がないんですか!?」

 驚きですわ。基準がなければどうやって相手を選ぶのですか!?

「まぁ、理想はありますよ。好みというか、タイプというか。でもそれは漠然としたもので、明確な基準ではありません」
「では、どうやって相手を選ぶのですか?」
「感覚ですね」
「感覚ですか……例えば、視覚では捉えられないけど、魔物が近くに潜んでいると肌で感じるようなものですか?」
「いや、それとはまったく違います。断固として違います」

 二度否定されましたわ。ますますわからなくなってきましたわ。

「例えばですよ。その人の側なら素直になれるとか、自分が欲しい言葉をくれるとか。落ち込んでいても元気になれるとか、いろいろあります。なので、そこに魔物は決して存在しません」

 素直になれて、慰められる、かつ、欲しい言葉をくれる人ですか……

「それって、肉親に近いものがありますよね」
「言葉にするとそうですが、肉親と好意を抱いている人とは違う点がありますよ」
「違う点ですか……? それはなんですの?」
「肉親が同じことをしても、ときめいたりしないでしょ」
「ときめく?」

 恋愛小説などで出てくる言葉ですね。
 親友であるリーファに勧められて勉強のために読んだのですが、まったくわかりませんでした。

「急に鼓動が激しくなるとか、胸が締め付けられるような感じがするとか。何気ない動作に照れてしまうとか……」

 そう言葉にするクラン君の顔が、心なしか赤く染まっているような気がしますわ。もしかして、クラン君も好きな方がいるのかしら。
 それはさておき、急に鼓動が激しくなるって……
 不意に思い出したのは、先日の大隊長とのやり取りでした。あの時私は……

「例えばですよ、クラン君。今までなにも感じなかったのに、その人の笑い顔を見たら目を背けてしまったり、頭をポンポンと叩かれて本当は嬉しいのに払いのけてしまう行為は照れですか?」
「やけに具体的ですね。照れだと思いますよ」

 誰にとかないところが好きですわ、クラン君。貴方のおかげでなんとなくですが、わかりかけてきました。

「ありがとう、クラン君。貴方のおかげで光が見えてきましたわ!!」
「それは良かったです」

 そう答えたクラン君は、やけに疲れた足取りで仕事に戻りました。
 照れがなんなのか、クラン君のおかげで少しわかってきた気がします。
 でも、あの時感じたそれが、本当に照れなのか確かめなければなりません。
 さて、どうやって確かめましょうか。
 そうですね……考えても、一向に答えが出てきませんわ。
 もうこうなったら考えるのをやめます。直接触って確かめればいいだけ。そうすれば、はっきりしますわ。

「スミス。これから出かけます。後を任せましたよ」

 いても立ってもいられませんわ。

「どちらに?」
「大隊長の所です」
「なにか用事でも?」
「ええ。確かめにいくだけですわ。クラン君が言った通りに、それが照れなのかを」

 そう告げた途端、クランの肩がビクッと揺れました。
 スミスの視線がクラン君を貫きます。

「クラン、どういうことですか?」

 尋ねると同時に【威圧】を使うスミス。久し振りですね。
 耐性がない者がいたら、その【威圧】に圧倒され失神してしまいますわ。ほんと、スミスは過保護すぎます、これくらいで、【威圧】を使うなんて。
 いろいろ耐性がついてきたクラン君ですが、さすがに【威圧】までは耐えられませんでしたね。だけど、失神しなかったことは褒めてあげますわ。
 私はクラン君の腕をつかみ、そのまま転移魔法を発動しました。行き先は、もちろん大隊長の所です。

「大丈夫ですか? クラン君」

 冷や汗をかいているクラン君に声をかけます。
 少し間が空いた後、「……大丈夫です」と返答がありました。声が出せるなら大丈夫でしょう。

「ここはどこです?」
「大隊長が管理するとりでですわ。大隊長はこのとりでで主に事務作業をしていますからね。では、行きましょうか?」

 私の数歩後をクラン君がついてきます。

「相手は、コンフォ伯爵様だったんですね」

 七十年前に起きた婚約破棄の悲劇、スタンピードによる大災害以後、コンフォート皇国の護り神である伯爵家は、特別に皇国の名前の一部を授かりコンフォ伯爵家と名乗っております。そして引き続き、剣聖の称号を持ちながら我が皇国の最前線を日々警護しています。
 コニック領もですが、大半の魔物は魔の森から出現します。なので、魔の森に接している国は人ではなく魔物に対して、警護に重きを置いています。魔物の素材は高値で売れますからその分、実入りも大きいですけどね。特に魔石は、生活の一部になっている魔法具の原料です。

「ええ」
「かなり年が離れてませんか?」
「そうですね。お父様より五つ上ですから、私の二十六歳上ですね」
「父親でもおかしくない年じゃないですか」

 あきれた声が返ってきました。確かにそうですわね。

「それがどうかしましたか?」

 年なんて些細ささいなものです。お父様とお母様なんて一世紀以上離れていますわ。

「……まぁ、セリア様が幸せなら全然いいんですけどね」

 ありがとうございます。やっぱり、クラン君はいい子ですね。
 そんなことを話しているうちに、執務室前まできましたわ。ここにきて、緊張度がグンッと上がってきました。

「では、確かめてきますわ」

 私は執務室の扉をノックしました。中から、聞きなれた声がします。

「失礼します。シオン大隊長」

 扉を開けると、書類から目を離した大隊長と目が合いました。それだけで、顔が熱くなります。

「どうした? セリア」

 いつもと変わらない、屈託のない笑顔が出迎えてくれました。
 幸いなことに邪魔する人はいません。

「確かめたいことがありまして参りました」

 さっそく、用件を切り出します。

「確かめたいこと?」
「はい。大隊長、少しお時間をいただけませんか? お願いいたします」

 軽く頭を下げお願いすると、優しい大隊長は仕事の手を止めてくれました。

「ありがとうございます、大隊長。できれば立っていただけますか」

 変なことをお願いしていると重々承知していますわ。
 だけど、大隊長は嫌な顔をせずに立ってくれました。本当に優しい方です。

「どうした? なにかあったか?」

 私を気遣ってくれる気持ちがとても嬉しい。胸の奥がじんわりと温かくなりました。
 誘われるままに、私は大隊長の胸に飛び込みます。背中に手を回しました。
 大隊長は驚きながらもとがめることなく、されるがままです。お願いしてないのに、頭まででてくれました。
 よりいっそう、顔が熱くなります。恥ずかしくて離れたくなる気持ちと、このままずっとこうしていたい気持ちが交差します。
 不思議な気持ちでした。今まで感じたことがない気持ちです。
 だけど、これだけは恋愛音痴の私にもわかります。
 肉親には決して抱かぬものだと――はっきりとわかりましたわ。

「セリア?」
「やっぱり、これは照れですわ!!」

 抱き付いたまま答えます。珍しく興奮していますわ。鼓動が激しくて苦しいです。恋愛小説にも書かれていましたわ。恋心を理解した途端、鼓動が激しくなると。

「照れ?」
「はい。照れは恋愛感情の一つだと教わりました。鼓動も激しくなっております。なので、私はシオン・コンフォ様をお慕いしております」

 にっこりと微笑みながら答えました。これでも、一世一代の告白だったのですが、返事が一向に返ってきません。顔を上げれば、大隊長が完全にフリーズしていました。
 その顔も凛々りりしくて可愛いですわ。そんな大隊長を、とても可愛く感じてしまうのは私だけでしょうか。でも、長くはありませんか?

「……大隊長?」

 少し体を離し首を傾げます。精一杯背伸びしても、肩ぐらいまでしか届きません。かろうじて、顎を上げれば耳元ですね。

「大丈夫ですか? シオン様」

 今は仕事中ではないので、あえて名前で呼んでみましたわ。その方が喜ばれると恋愛小説に書いてありましたので。
 すると、ものすごい反応が返ってきました。抱き締める手が緩かったのか、逃げられてしまいました。大隊長は顔を真っ赤にしながら窓際に張り付いています。

「な、なにを言ってる!?」

 なにをって、伝わっていなかったのでしょうか? それは少し悲しいです。
 ならば、もう一度伝えるまでですわ。もちろん、具体的に。

「シオン・コンフォ様をお慕いしております。私と婚約していただけませんか?」

 これで、はっきりと伝わるでしょう。

「ちょっと待て!! いきなりどうした!?」

 いかなる時も冷静さを失わないシオン様が、完全に取り乱しています。
 そうですわね、混乱して当たり前ですわ。シオン様にしてみればいきなりだったでしょうから。それに、娘のように可愛がっていた私からの告白ですからなおさらでしょう。

「先日、シオン様に慰められた時に違和感を感じました。その気持ちがなんなのかわからなかったのですが、クラン君のおかげで気付けたのです。この感情が照れなのだと。そして今日、本当にそうなのか確かめにきました」
「……極端すぎないか。それに、思春期特有の憧れを勘違いしているんじゃないか」

 信じられないのはわかります。わかりますが、私の気持ちを疑われたようでとても悲しい。泣きそうですわ。
 でも、ここまできて引けません。せめて誤解だけは解かないと。絶対に勘違いではありませんわ。
 泣くのを我慢して言葉を紡ごうとした時でした。やけに廊下が騒がしくなります。
 同時に、ノックもなしに扉が勢いよく開きました。

「セリア!! やっぱり帰ってきてたのか!! 会いたかったぞ」

 入ってきたのはアーク隊長でした。抱き付いて頬ずりされましたわ。相変わらずスキンシップが激しい方ですね。でも、シオン様の時に感じた照れは一切感じません。
 やはり、シオン様は私にとって特別な存在なのですわ。それがあらためてわかって嬉しい。

「……セリア?」

 耳元でするその声はとても固いものでした。
 どうやら、思っていたことを口に出していたようです。
 視線の先に、頭を抱え真っ青な顔をしたクラン君が立っていました。
 気になりますが、今は大事な話の途中です。

「すみません、アーク隊長。離してもらえませんか」

 戸惑うアーク隊長の腕からスルリと逃げ出し、シオン様の前に立ちます。
 ちょっとビクッとするシオン様。
 それが愛しく感じるのも、恋心からですよね。

「私の気持ちを否定したい気持ちは理解できます。混乱する気持ちも。ですが私は負けません、絶対に。覚悟してくださいませ、シオン様」

 にっこりと微笑みながら宣言しましたわ。背後で、誰かが倒れる音がしました。
 次はお父様ですわね。その前にアーク隊長がいらっしゃるので、きちんとお断りしないといけませんわね。そう思ったのですが、

「どうかしました? アーク隊長。貧血ですか?」
「…………嫌、大丈夫だ。それよりも、セリアは親父が好きなのか?」

 頭を抱えうつむいているので、表情がうかがえません。
 ですが、その声はとても弱々しいものでした。確かに、妹のような存在の私が自分の父親に告白をしているのですもの、ショックは大きいですね。
 だからこそ、真摯しんしな姿勢で臨まないといけませんわ。

「はい。心からお慕いしております」

 嘘偽りのない気持ちをお伝えしましたわ。
 その間も、シオン様は顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりして忙しそうでしたが、それだけ私の告白が伝わったのだと思うと嬉しくて顔が緩みます。
 あとはお父様ですね。
 クラン君はいつの間にか来ていたルーク隊長とユナ隊長の殺気をもろに浴びて、疲れ切っているようです。そんな彼を引き連れやって来たのは、皇宮。
 もう少し付き合ってくださいね、クラン君。廊下を歩きながら、心の中で謝ります。
 できれば、宰相様もリムお兄様もいらっしゃったらいいのですけど。
 だって、私の婚姻のことですもの。

「まだ返事を貰っていませんよね」

 冷静な突っ込みをいれるクラン君です。

「また、声に出てましたか?」

 気を付けないといけませんわね。

「出なくてもわかりますよ。それで、ほんとにお会いになるのですね」

 とても沈んだ声ですわ。

「もちろんですわ。クラン君は反対なの?」

 できればクラン君には賛成してほしいですわ。これからもいろいろご教授いただきたいのです。

「反対はしていませんよ。ただ、展開が早すぎてついていけないだけです」

 話の内容が内容だからでしょうか、クラン君の声が低く小さくなります。周囲に聞かれないよう注意を払っているのでしょう。なので、私は自分とクラン君の周りに防音魔法をかけました。
 これで普通に話せますわ。

「そうかしら?」
「確かめにきただけで、いきなりの逆プロポーズはありませんよ」
「逆プロポーズというより宣言ですわね」
「そっちの方がたちが悪いですよ」
「そんなことありませんわ。嫌なら断ればよろしいのです」
「断られて、素直に引き下がりますか?」
「そんなの無理に決まってるでしょ。嫌だと言われて引き下がったりしませんわ。食らいついてでもシオン様を手にいれますわ」

 クラン君がなんとも表現しがたい表情をしてますわ。
 少し引いてます? そんなにおかしなことを言いましたか?

「だから、たちが悪いと言ったんですよ。逃がす気がまったくないじゃないですか」
「逃しませんよ」
「断言するんですね」

 主の前で溜め息は駄目でしょう。

「セリア様、老婆心ながら忠告を。露骨な押せ押せは相手に強いプレッシャーを与えます。距離を置かれる可能性があるので注意してください。それとこれ以上、私の名前を口にしないようお願いします。くれぐれもお願いいたします。着きましたよ、セリア様。……セリア様?」

 距離を置かれる? それって、嫌われたと同じことですよね。

「嫌、嫌ですわ!! どうしましょ!? クラン君」

 クラン君に詰め寄ります。

「落ち着いてください。今さらなにを言っても、過去を変えられません。後で考えましょう。今は皇帝陛下にどうお伝えするかに神経を割いてください」

 確かにそうですわ。私としたことが、完全に取り乱してしまいましたわ。恥ずかしい。淑女としても皇女としても失格ですわ。もう一度勉強し直さなくてはいけませんね。
 こんなことでは、未来の夫に迷惑をかけてしまいますわ。
 私は軽く息を吸って気持ちを落ち着かせ、唖然としている近衛騎士に告げました。

「皇帝陛下に取り次ぎを」
かしこまりました」

 四回ノックをしてから、近衛騎士は執務室に声をかけます。

「皇帝陛下。セリア皇女殿下がお目通りを希望しておりますが、どういたしましょう」
「構わん、通せ」

 案内され執務室に入ろうとした時、クラン君に視線を送ります。すると、クラン君は軽くうなずいてくれましたわ。私もうなずき返しました。


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