婚約破棄ですか。別に構いませんよ

井藤 美樹

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貴方がそれを望むのなら

第十五話 貴方の望むようになさって構いません

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「追い掛けないのですか? 貴方のお気に入りが一人で魔の森に向かいましたよ」

 私は怯まず、シオン様を真っ直ぐに見詰めながら教えます。

 ――貴方は雌猫と私、どちらを選ぶのですか?

 本当に問いたかったのはこの台詞です。でも……口にはできませんでした。代わりに出てきたのは、一切可愛げのない台詞。さぞかし、冷たく聞こえたでしょうね。

 少し前までは、貴方は私の隣を歩き、時には子供抱っこしながら、笑って、この砦に続くこの橋を渡っていましたのに……

 今の私は貴方に背を向け、ケルヴァンと橋を渡ろうと踵を返しています。

 その時でした。

 背後から、凄まじい怒気とともに大きな舌打ちが聞こえました。明らかに殺意が含んだ怒気に、さすがのケルヴァンも後ずさります。

 不運なことに、出くわせてしまったハンターや騎士、兵士たちは金縛りにあったかのようにピクリとも動けません。中には、腰を抜かしてしまうハンターもいました。

 これまで、シオン様が、他人の前で自分の感情を、ここまで赤裸々にすることはありませんでした。部下や領民の気持ちを、常に第一に考えていましたから。そのような方が……

「……ほんと、らしくないですわね」

 そう小さく呟くと、私はシオン様にゆっくりと一歩づつ近付きました。

 そしてシオン様の前に立つと、重力魔法で片膝をつかせたまま、利き腕を振り上げ、思いっ切りその頬を打ちました。

 周囲に響くような派手な音と一緒に殺気が消えます。唖然とし両膝を付くシオン様の胸倉を掴むと、私は引き上げ上を向かせます。それから、お母様から貰った解毒薬を自分の口に含み、シオン様に口移しで飲ませました。

 むせるシオン様を見下ろしながら、私は冷たい目で見下ろします。

「安心なさい。飲ませたのは解毒剤です。薬を盛られていたのですよ、あの雌猫に。魅了効果が上がる薬物を。以前に、私言いましたよね。シオン様は自分が考える以上にモテると、なので周囲に気を付けるように忠告しましたよね。なのに、なんてざまですか、情けない」

 声を荒げることなく、低く凍えてしまうほどの冷たい声で、ただ淡々と言い捨てます。

「…………セリア……」

 シオン様が私を見上げます。その表情は、憑き物が取れたかのような間抜けな顔でした。

 早速、効きはじめたようですね。

 ホッとした表情など見せませんわ。私は怒っているのです。なので、先ほどと同じトーンで続けます。

「即効性の解毒剤だと、お母様は言っていましたわ。よかったですね、解毒が間に合って。それで、あらためて訊きますわ。貴方のお気に入りが一人で魔の森に向かいましたよ。追い掛けないのですか? 私のことなら、気にしなくて構いませんよ。潜る相手はいますので。貴方の望むようになさってください」

 私はそう告げると、今度こそシオン様に背を向け、ケルヴァンと一緒に砦の中に入ります。その間、ずっとシオン様の視線を背中に強く感じていました。

「……そんな顔をするなら、意地を張らなくていいのに。でも、よく飲ませたな。まぁ……やり方はかなり強引だったけど」

 シオン様の視界から外れてから、ケルヴァンがぶっきらぼうな感じで慰めてくれます。

「ありがとう、ケルヴァン。友人は少ないのですが、私は恵まれてますわね……」

 嬉しくて口元に笑みが浮かびます。

「こっちこそ、ありがとうよ。それで、どうするんだ? このまま潜るか?」

 少し考えてから答えます。潜るにしても、興をそがれましたわ。

「それもいいですが、ここはきちんと招待すべきだと思いませんか? 私の婚約者がずいぶん世話になりましたから」

 私はにっこりと微笑ます。その笑顔に、ケルヴァンが短い悲鳴を上げ凍り付いてしまいました。

 シオン様の殺気以上の反応ですよね。どういう意味でしょうか? 一度、じっくりと話す必要がありますね。

 そんなことを思いながら、私は嫌がるケルヴァンの腕をしっかりと掴み一緒に屋敷へと引き返します。

 もちろん、お客を丁重にもてなす準備をするために――

 招待状は、すでに送らせて頂いてますから。もう受け取っている頃合いですね。

 さて、何人お越しになるのかしら? 今から楽しみでたまりませんわ。


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