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35 山中さんはとても凄い人です
しおりを挟む十月の半ば、山中さんが熱を出した。
ちょうど、日向さんが注文したホラーゲームのソフトが届いた日だった。
なんでかな……不思議と、その熱を風邪を引いたとか、疲れて出たものだとは思えなかった。山中さんの姿を見ていないことも、驚きはしたけど、心のどこかで妙に納得している自分がいた。
「……山中さんも、そうだったんだね」
ふと、動作を止め確信めいたように呟く。
「全然驚かないんだね、桜ちゃん」
それは肯定の意味だよね。そっか……やっぱり。
朝の日課の餌やりを一緒にしていた未歩ちゃんの手も止まっていた。
わりかし深刻な話をしてたのだけど、重い空気だったし、でも動物たちにとっては餌が一番重要事項。あちこちから鳴き声が上がる。ヨダレを垂らしてる住人さんもいる。私も未歩ちゃんも手が止まってたわ。
「ごめん、ごめん。ちゃんとあげるから」
「私の足、踏まないでよ!!」
待ち切れない住人たちが暴挙にでたみたいね。
その様子を微笑ましく見ながら、私は餌やりを再開する。全部あげ終わってから、私は未歩ちゃんの台詞に答えた。
「これでも、驚いてるわよ。でも、納得もしてる。だって、思い返してみれば、山中さんって、私たち患者との距離がやたら近くなかった? それが、この病院の特徴って言われたらそれまでだけど。まぁ……それを別にしても、色々、気になる点があったからね。点と線が繋がった感じかな」
「あ~なるほど。陽ちゃんって、根が超真面目だからね、黙ってることに後ろめたさを感じてたんだね、きっと。だから、端々にでてたんだね」
私もそう思う。
未歩ちゃんは苦笑すると、山中さんを擁護しだした。
「でも、隠してたわけじゃないんだよ」
なぜか、未歩ちゃんが焦っている。
「うん。それは分かってる」
山中さんは言わなかっただけ。嘘を吐いてはいない。彼のことだから、色々タイミングをはかっていたんでしょうね。自分のためでなく、私のために。そういう人だから。
「……陽ちゃんって、そもそもはお医者さんなんだよね」
「えっ!? 看護師じゃないの?」
だって、初めて会った時から看護師って言ってたよね。
「この病院、看護師が極端に少ないんだよ。国谷先生も派遣してくれるように、国や病院にお願いしてるんだけど、断られるか、来てもすぐに帰ってしまうかで、常に看護師不足。そのせいで、陽ちゃんが看護師資格を別に取ったんだって。自分が、この病気に掛かってるって知った時からは、看護師を優先にしたみたい。患者側に寄り添えるからって。陽ちゃんらしいよね」
わざと明るい口調で教えてくれる未歩ちゃんだけど、横から見る彼女の顔は、悲しげな笑みが浮かんでいた。
「……そうね。ほんと、山中さんらしい」
山中さんって、人の気持ちを自分に置き換えて考えられる人だ。きっと、彼の優しさの根本ってそこなんだよね。だからといって、実際に行動に移せる人は少ないわ。それができる山中さんって、とても凄い人だよ。改めて、そう思った。
そこまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。なので、そのまま続けて未歩ちゃんに訊いてみた。
「何で、看護師が少ないの?」
途端に、暗い表情になる未歩ちゃん。
「精神的に耐えられないんだって。そりゃあ、そうよね。人が目の前で若返って消えていくんだもの。病気だってわかっていても、精神的に追い付かないんじゃない」
なるほど。確かに衝撃的よね。看護師も人間なんだから、情熱だけじゃあ耐えきれないものもあるわね。
「……止めていった看護師さんたちって、きっと優しすぎたのね」
弱いとは言えない。だからといって、今私たちを支えてくれている看護師さんたちが、優しくないわけではないよ。言い方って難しいな。
私がそんなことを考えていた横で、未歩ちゃんは驚いた表情で私を見ていた。そして、破顔する。
「ほんと、桜ちゃんって最高!!」
いきなり、未歩ちゃんに抱き付かれてしまったよ。いつものことだけど。だから、別に抵抗しないよ。
ところで、最高ってどういう意味かな?
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