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50 私は早くに知れてよかったよ
しおりを挟む「そうか……日向君は移ったのか……」
以前、入居していた平屋の縁側に座り、お祖父ちゃんはポツリと呟いた。
「うん……」
「寂しくなるな」と、敢えて言わないのは、お祖父ちゃんなりの優しさだよね。
大切な家族が居なくなって、寂しいに決まってるじゃない。気配はしてても、姿は見えないんだから。当たり前のことを言われてもね、返事に困るわ。
「大丈夫か?」
お祖父ちゃんは私を気遣いながら訊いてくる。
「大丈夫。落ち込んでたら、日向に叱られるわ」
微笑みながら答えた。上手く微笑むことができたかわかんないけど。
「そうだな。でも、無理はするな」
お祖父ちゃんは、それ以上何も言わなかった。
お祖父ちゃんも気付いているはずなのにね。
未歩ちゃんが幼くなったことに。その影が、短くなったことに。陽平さんも若くなっていることに。
誰も声に出しては言わないけど、胸の内で思う。
次に三階に行くのは未歩ちゃんだってことを――
未歩ちゃんの残されてる時間は、普通に考えてニ年と少し……追い越さなくていいのにね。私と陽平さんを追い越して逝ってしまう。
発病した年齢が早かったからーーただ、それだけの理由で。神様は残酷だね。
未歩ちゃんの胸の内は、私にはわからない。
想像はできても、それが正しいとは限らないから。
未歩ちゃんは辛いことほど隠す性格だから、なおさらだよね。自身が吐露してくれないと、知りようがないよ。でも、無理して吐露してもらおうとは思わない。それは、違う気がするから。したい時にしてくれればいい。私はそれを受け止めることができるようにしておくだけ。
「うん、しない」
私はお祖父ちゃんにそう答えた。
無理はしない。
だって、私がしてあげたいことは無理にはならないから。
多少体に負担が掛かっても、それは不可抗力だよ。代わりに、精神的にはまだマシだから。体に負担が掛かるからと言ってなにもしない方が、よっぽど精神的負担になるわ。後悔が残るから。しても残るけどね。日向さんの時もそうだったから。言ってて、矛盾してると思うよ。でも、それが正直な思いだから。自分でなにを言ってるかわかんなくなったわ。
「なら、いい」
お祖父ちゃんは短くそう言った。
「……お祖父ちゃん、生きるって、大変だね」
ポツリと出た言葉。
心からそう思う。
病気をする前は、生きるのって、簡単だと思ってた。努力をすることなく享受していたし、それを不思議に思うこともなかった。
でもね。
奇病を患って、そしてこの離島に来て、私は生きるって簡単じゃないことを知ったの。私が今まで見てきたものは上辺だって気付かされたよ。ほんと、遅すぎだよね。でも……知れてよかったと思う。
そう思えたらね、なんかね、色が付いたの。
私の灰色の人生に、色が付いたんだよ。だから、私はあの本を書くことができたんだよ。
私たち家族の物語をね。
「……普通は、もっと遅くに知ることだ」
お祖父ちゃんの声は悲しさが滲んでいた。私は首を軽く横に振る。
「私は早くに知れてよかったよ。心から、そう思うよ……」
見栄でもなく、嘘でもなく、私は心からそう思っていた。だから、穏やかな表情をしていたと思うよ。
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