上 下
51 / 70

50 私は早くに知れてよかったよ

しおりを挟む

「そうか……日向君は移ったのか……」

 以前、入居していた平屋の縁側に座り、お祖父ちゃんはポツリと呟いた。

「うん……」

「寂しくなるな」と、敢えて言わないのは、お祖父ちゃんなりの優しさだよね。

 大切な家族が居なくなって、寂しいに決まってるじゃない。気配はしてても、姿は見えないんだから。当たり前のことを言われてもね、返事に困るわ。

「大丈夫か?」

 お祖父ちゃんは私を気遣いながら訊いてくる。

「大丈夫。落ち込んでたら、日向に叱られるわ」

 微笑みながら答えた。上手く微笑むことができたかわかんないけど。

「そうだな。でも、無理はするな」

 お祖父ちゃんは、それ以上何も言わなかった。

 お祖父ちゃんも気付いているはずなのにね。

 未歩ちゃんが幼くなったことに。その影が、短くなったことに。陽平さんも若くなっていることに。

 誰も声に出しては言わないけど、胸の内で思う。

 次に三階に行くのは未歩ちゃんだってことを――

 未歩ちゃんの残されてる時間は、普通に考えてニ年と少し……追い越さなくていいのにね。私と陽平さんを追い越して逝ってしまう。

 発病した年齢が早かったからーーただ、それだけの理由で。神様は残酷だね。

 未歩ちゃんの胸の内は、私にはわからない。

 想像はできても、それが正しいとは限らないから。

 未歩ちゃんは辛いことほど隠す性格だから、なおさらだよね。自身が吐露してくれないと、知りようがないよ。でも、無理して吐露してもらおうとは思わない。それは、違う気がするから。したい時にしてくれればいい。私はそれを受け止めることができるようにしておくだけ。

「うん、しない」

 私はお祖父ちゃんにそう答えた。

 無理はしない。

 だって、私がしてあげたいことは無理にはならないから。

 多少体に負担が掛かっても、それは不可抗力だよ。代わりに、精神的にはまだマシだから。体に負担が掛かるからと言ってなにもしない方が、よっぽど精神的負担になるわ。後悔が残るから。しても残るけどね。日向さんの時もそうだったから。言ってて、矛盾してると思うよ。でも、それが正直な思いだから。自分でなにを言ってるかわかんなくなったわ。

「なら、いい」

 お祖父ちゃんは短くそう言った。

「……お祖父ちゃん、生きるって、大変だね」

 ポツリと出た言葉。

 心からそう思う。

 病気をする前は、生きるのって、簡単だと思ってた。努力をすることなく享受していたし、それを不思議に思うこともなかった。

 でもね。

 奇病を患って、そしてこの離島に来て、私は生きるって簡単じゃないことを知ったの。私が今まで見てきたものは上辺だって気付かされたよ。ほんと、遅すぎだよね。でも……知れてよかったと思う。

 そう思えたらね、なんかね、色が付いたの。

 私の灰色の人生に、色が付いたんだよ。だから、私はあの本を書くことができたんだよ。

 私たち家族の物語をね。

「……普通は、もっと遅くに知ることだ」

 お祖父ちゃんの声は悲しさが滲んでいた。私は首を軽く横に振る。

「私は早くに知れてよかったよ。心から、そう思うよ……」

 見栄でもなく、嘘でもなく、私は心からそう思っていた。だから、穏やかな表情をしていたと思うよ。

 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

三人の精霊と俺の契約事情

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:633

猫もふあやかしハンガー~爺が空に行かない時は、ハンガーで猫と戯れる~

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:170

さよならイクサ

現代文学 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:0

ホロボロイド

SF / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:0

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:11,317pt お気に入り:4,081

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:1

ポイズンしか使えない俺が単身魔族の国に乗り込む話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:8

処理中です...