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49 最後まで、日向さんらしかったよ
しおりを挟むあの夜から一週間後、予定日時より五日早く、日向さんの三階入院が決まった。
あまりにも突然の勧告に、私たちは戸惑いを隠せなかったよ。
だって、それは――タイムリミットが短くなったってことだから。
なので、計画していた温泉旅行を前倒しにして行ってきたよ。
皆、馬鹿みたいに騒いだ。元を取らなきゃって言って、何度も何度も温泉につかった。豪勢な食事をして、温泉街を歩いて、お土産をたくさん買った。途中、買い食いをしながらね。
ほんと、楽しかったよ。
すっごく、すっごく、楽しかった。
この後のことを、皆考えないようにしてたんだと思う。私もしてたからね。
帰って来てからは、撮った写真を急いで現像してアルバムに追加した。コメントを書いたりしてね。
そうしているうちに、あっという間に、約束の日が来た。
最後の最後まで、日向さんらしかったよ。
日向さんはどこかに遊びに行くかのようなノリで、手を振りながら行っちゃった。
私が書いた本と、家族の写真をたくさん持って。
私たちは渡り廊下の先で日向さんを見送る。ここから先は入れないから。
送り出す私たちが泣くわけにはいかない。笑って送り出さないと。心配するからね。必死で我慢する。日向さんには、「無理に笑うな、泣いてもいい」って言ってくれたけどね。そんなことできないよ。日向さんに甘えてどうするのよ、送る側が。
といっても、泣き笑いなんだけどね。安心させたいのに、かえって心配させたかも。ほんと、駄目だよね私。
それでも、私と未歩ちゃんは、自分なりの精一杯の笑顔で日向さんを送り出した。陽平さんは少し苦しそうな表情で。
そう。大切な家族を送り出したんだ……
送り出された日向さんは、一度も振り返らなかったけどね。
薄情なんて思わないよ。全員気付いてたもの。
日向さんの肩が、少し震えていたのを。
振り返らない、サバサバとした態度が、日向さんなりの優しさだって、私たち全員わかってる。家族だもん、当然だよ。
日向さんの姿が完全に視界から消えてしまうと、私と未歩ちゃんは力が抜けたようにその場に座り込み、ワンワンと声を上げて泣き出した。必死で我慢していた分以上にね。
その声は日向さんにも聞こえていたかもしれない。だけど、我慢できなかった。
そんな私たちを、陽平さんは膝を付き、ソッと抱き締めてくれた。私は気付く。彼の全身が小刻みに震えていたことに。
私と未歩ちゃんの涙と鳴き声はいっそう激しくなる。陽平さんの抱き締める腕の力も強くなった。
日向さんの姿が私たちの前から消えても、彼は私たちの大切な家族。
そして私たちは、日向さんが居なくなっても、いつもと同じ生活を繰り返す。彼がいつも側にいるような気配を感じながらね。この家の中で、日向さんの気配なんて消えることなんてないわ。
それからほどなくして、一旦実家に戻っていたお祖父ちゃんが帰ってきた。移住することに決めたから、お祖母ちゃんの遺骨を抱えてね。この島にあるお寺さんに永代供養するんだって。私はお墓を見れないからね。
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