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63 この温かみが幸せだと伝えたい
しおりを挟む楽しい時間って……なんで、こんなに速く過ぎるんだろう。不思議でたまらない。
同じ一年なのに、私たちは五年若返る。
血縁者だけど、この病気に罹っていないお祖父ちゃんと兄さんは、一年歳をとる。
確実に、ひらいていく年齢差。
陽平さんの研究を正式に引き継いた兄さんは、離島に居を移し、今はお祖父ちゃんと一緒に住んでいる。未歩ちゃんも一緒にね。よく、家にもご飯食べに来るよ。まぁでも、研究が忙しくて、月の半分は病院で寝泊まりしてるって聞いたけどね。ほどほどに頑張ってほしい。
ほんと、この一年、色々あったなぁ……
でも、一番は私の結婚よね。
まさか、この私が結婚するなんて考えてもみなかったよ。自分からプロポーズしたくせにって、思うかもしれないけど。こんな病気を患ってるんだもの、私も陽平さんも、だから、結婚はしないと考えていた。事実婚で十分だったの。
なのに、「結婚式をしよう」って、陽平さんと未歩ちゃんが言い出した時は吃驚したわ。でも内心は、すっごく嬉しかったんだよね。準備は大変だったけど。皆が手伝ってくれたから、ここまでこれたよ。
今日は写真撮影。
カメラマンは食堂のおじさん。
風が出てきたかな。でもここで、どうしても、ウエデドレスを着て写真撮りたかったんだよね。だって、陽平さんと初めて来た場所だもの。それに、入江がハート形なんだから、絶対、撮らなきゃ駄目でしょ。
「一葉?」
だからかな、ここに立つと色んなことを思い出し、考えてしまうよ。あまりにも没頭してたので反応が遅れちゃった。
心配と不安が混じった表情で、陽平さんは私の様子を伺っている。
「……あっ、ごめん。考えごとしてて」
「考えごと?」
陽平さんは私の顔を見詰めながら訊いてくる。
「この一年、色々あったなぁって」
「不安?」
「なんで、今、そのワードが出るんですか? さすがに、私でも怒りますよ、陽平さん」
下から、陽平さんを睨み付ける。
不安なのは陽平さんの方。それぐらい、私でもわかる。今すぐにでも、その不安を取り去ってあげたい。
「わ、悪かった。すまない」
慌てだす陽平さん。
「いいですよ。今回は許してあげます」
私はにっこりと微笑むと、陽平さんに抱きついた。直ぐに、陽平さんは抱き締め返してくれた。
この温かみが幸せだってことを、陽平さんに教えてあげたい。そして少しでも、陽平さんの中にある不安が解けますようにと祈りながら、私は陽平さんをギュッと抱き締めた。
「お~~い、いつまで抱き合ってるの。そろそろ戻らないと、結婚式に遅れるよ」
未歩ちゃんが、小さい手を振りながら呼んでいる。食堂のおじさんは苦笑しながら、私と陽平さんを待っていた。兄さんとお祖父ちゃんは、複雑な笑顔で。
「帰ろうか」
陽平さんが私に手を差し出す。私は躊躇うことなく、その手を掴んだ。
重なる手。
温かみはここにもあるんだよ、陽平さん。
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