侍女の恋日記

桜 詩

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クリスの章

積年の想い

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 秋のはじまりのころ狩猟祭が行われた。

シエラは、乗馬服に身を包み、参加する他の女性達と共に、はじまるのを待っていた。
馬を引いて歩いてくる男性の中にユージンを見つけた。 

ユージンがシエラに気付いたようで、目と目が合ったように感じた。きっと誰かの采配でシエラはユージンと同じグループになっていた。
ユージンの隣にいた男性から、 馬を預かるとユージンと並んで歩き出した。
ラッパの音がして、狩りが始まる。犬が吠えながら先に走っていく

先に出発したチームを見送り、シエラは馬上上がり手綱を握ると、その手が微かに震えているのを自覚した。
シエラは内心は、びくびくしていた。淑女の仮面の下で、小さな少女の頃のように、どうなるかと。

ちらりと横にいるユージンを見つめた。静かな、穏やかな顔をしていた。
「シエラ、そろそろ出発するよ」
低めのゆったりとした口調でユージンが声をかける。
「ええ」
ユージンに続いて、馬を走り出す。

ユージンの背には弓があるし、シエラも、形だけは弓を持っているが、さすがに動物を射ることはシエラには無理だった。
舞踏会から、この日までシエラはユージンに手紙は出し続けていた。
けれど、返事はなく、シエラは強引に会いに行きたい気持ちを必死に押さえていた。

そして、ついに顔を会わせるのは舞踏会以来だった。
「ユージン様、少しお話をさせていただけませんか?」
考え事をしながら、走らせていると、いつの間にかユージンとシエラは二人きりになっていることに気づき、声をかける。

どうやら他の男性たちは気を効かせてくれたよう。
「…じゃあ、その先に小さな泉があったはず。そこに、行こう」
ちらりと振り返り、二人きりになった事に気がついたようだ。

ユージンは並足ですすみ、小さな泉のある、少し開けた場所にたどり着くと、馬からおりて、手綱をはなした。

シエラも馬をおり馬に水を飲ませながら、隣にいるユージンに話そうと思うと、喉の奥があつくなり、言葉がなかなか出てこない。

シエラはぎゅうっと目をつぶり、震える声を絞り出した。
「…怒って、いらっしゃるの?」
「いや…怒ってなど、いないよ」
その言葉どおり、その声はいつも通り穏やかで、怒りは含まれていない。舞踏会以来自分たちは話題の中心になっていた。

シエラは望んでそうして、ユージンは巻き込まれた方だった。
「では、なぜ………返事を下さらなかったの?」
シエラはうつむいていた目を上げてユージンの、ブルーグレイの瞳を見つめた。

「書こうと、したんだよ。シエラ」
ユージンはためいきを吐き出すのと同時に、呟いた
「書いては棄てて、書いては棄てて。……ついには出すことが出来なかった」
「なぜ……?」
シエラの瞳から、ついに涙が溢れる。
「…わからない…」
ユージンは首を振った。

「シエラはエディの妹で、俺は君を妹のようにみていたよ」
シエラはうなずいた。
「わかってる…」
「子供のときのシエラは本当にいたずら好きで、草を結んで俺たちを転ばせようとしたり、水遊びするのに脱いでいた靴の中に蛙をいれたり」
「やだっ、そんな昔のこと」
泣きながら、シエラは笑った 。
「うん。昔のことだけど、そういった事がとりとめなく思い出されてね」
「それで、書けなかったの?」
ユージンはうなずいた。

「エディとアルベルトとシエラとアンブローズの領地で遊んでる時に、事件…があったね。覚えてるよね?」

「もちろんよ…忘れるわけ無い」
「湖のそばで遊んでた俺たちは、禁止されてた舟を浮かべて乗ってみて、だけど舟には穴が空いていたから、底から水が漏れだして、沈みだしたんだ」
シエラはもちろん覚えてる。
 
「あなたが助けてくれたのよ、ユージン」

徐々に沈む舟に、シエラはパニックになった。水を吸った服は重く、絡み付きもがいたシエラ。
9才のシエラは16才のユージンに助けられた。
力強い腕で、しっかり腕つかむと、力強く岸まで泳ぎつき、ぐったりと脱力したシエラを、抱き上げてくれたその時に自分が女でユージンが男であると、はっきり意識した。

そして、その瞬間ユージンに、恋におちるともう今までのように共に過ごす事は出来なかったのだ。

「あの瞬間に、あなたの事を好きになったの」

「…シエラはまだ子供だったよ…そんな頃に…?」
「でも、すでにあなたには婚約者がいたのよね」
「あぁ、そうだ」
「あなたが婚約しててそのまま結婚して、諦めようと思ったの。でも、奥様も子供も亡くなってしまって、そのせいであなたはすごく苦しんでる」
ユージンは目を伏せた。

「王太子殿下の候補に言われたときも、もしかして殿下に愛されたら、忘れられるかもとも」
ユージンはシエラを見た 。

「でも、違うの。ユージン様。奥様が亡くなって悲しむのは仕方ないのけど、そこにいて、哀しみを見つめ続けるのは違うと思う。ユージン様がもう一度幸せになれるように私を側に置いて、私を見て………!」
どんっとシエラはユージンの胸に飛び込んだ。

ユージンは、恐る恐るシエラの背中に手を回し、そっと抱き返した。
「シエラは本当にこんなにめんどくさい男でいいのか?」
「他の誰でもないユージン様がいいの……」
ユージンはふっと笑うと、
「…ずっと、悩んでいたけど。……俺は勇気を出して、シエラに捕まることにしたよ」
とシエラの両手を握った。
「捕まるって」
「君の応援団がすごくてね、毎日手紙やら、早く男らしく受け入れろとか」
ははっとユージンは笑った。 
「あの舞踏会の後から、本当に世界が変わった気がして、いつも気がついたらシエラの事ばかり考えてた。あの日のシエラの言葉が耳から離れなかったんだ」
「考えて、くれていたのね………」
「俺に、再び光を与えてくれた君が好きだ」
やや掠れた声で囁いたユージンにシエラは泣きながら
「うれしくて、倒れそう……」
と笑った。
ユージンがやさしく抱き寄せると、シエラの唇にそっと口づけをした。
どこかで犬の声と、ラッパの音がした。




                                           
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