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最終章
決戦 2
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◆
~~~ マーガレット・ゼファー 視点 ~~~
神樹の安全域が消失したという信じられない知らせを聞いたのは、武術大会での騒動収まらぬ、その日の夕方だった。
学院の全生徒が講堂に集められ、壇上から学院長が沈痛な面持ちで語かけてくる様を、私はどこか他人事のように聞いていた。いや、もしかしたらあまりにも荒唐無稽な話に理解が追いつかず、現実逃避していたのかもしれない。
もちろんそんな反応を示していたのは私だけではない。周りの生徒達も似たようなもので、茫然自失気味に唖然としている者や、ありえないと喚きながら近くの教師から窘められる生徒など様々だ。
特に神樹神話を信仰する生徒からは、『不敬だ!』『神罰が下る!』『呪われろ!!』等々、罵詈雑言の嵐が吹き荒れ、学院長が話を中断するなど、一時騒然となったほどだ。
しかし生徒達が最も大きな反応を示したのは、学院長の最後の言葉だった。
『今回の件に関し、魔物が王国の内部に侵入してくる可能性は少なくない。騎士団から魔物討伐に関して当学院の生徒達への協力要請があるだろう。君達は将来騎士となることを志し、この学院へ入学したはずだ。それだけに、我が国を守る役割を担えることを誇りに思いなさい』
この言葉を聞いた直後の生徒の反応は、主に3つに分かれた。
1つは今回の事を好機と捉え、魔物討伐に積極的な姿勢を見せる者達だ。これは実家の爵位が低いものや、次男以下の家督を継げないものが多かった。ここで武功を上げて、将来の就職を有利にしたいと考えている者達で、2、3年生が多い。
2つ目は協力することに対して完全に拒否反応を示す者だ。これはそもそも箔付けのために入学した者達に多く、卒業後は数年騎士団に所属したという肩書を持って実家の爵位を継ぐ予定の者、あるいは学院の教師を目指していた者達だろう。
そして3つ目の反応は・・・
「どうしよう。私に魔物と戦う力なんて無いのに・・・」
「ボクも身体強化が使えるようになったと言っても、まだまだ剣術の基礎も出来てないのに・・・」
学院長からの話が終わり、講堂から食堂へと移った私は、そこでロベリアとライトが蒼白な表情で頭を抱えている様子を見つけた。
2人は平民の出身で、そもそも戦う技術を身に付けていない状況で入学してきている。私達貴族の家なら幼い頃から家庭教師を付けられ、魔力の制御を教えられ、魔術師なら魔術を、剣術士なら身体強化と剣術を教えられてきたが、2人は戦いという言葉から全く縁遠い生活を送ってきたいたのだ。
いくら才能を見入られて騎士学院へ入学したからといって、1年にも満たない学習期間では満足に実力など上達していないだろう。
ましてロベリアは聖魔術の担い手であり、戦うというよりは後方支援タイプだ。そんな自分が魔物と相対する可能性のある場所に配置されるかもしれないという現実に恐怖を覚えるのは当然だろう。
ライトも最近身体強化が出来るようになったと言っても、単に身体強化が出来るだけで、剣術が飛躍的に上達したとか、実力が急に伸びたわけではない。そんな状態で学院の生徒だからという理由から戦場へ放り出されるかもしれないというのは、やはり相当な恐怖なのだろう。
「2人とも・・・大丈夫か?」
心配になった私が声を掛けると、2人はゆっくりと私の方へ顔を向けてきた。その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「マーガレットさん・・・」
「マーガレット様・・・」
2人は力のない声で私の名前を呼ぶと、なんとも言えない表情をしながら押し黙ってしまった。おそらく戦いの場に立ちたくないのだろうという事は予想できるが、それを私に言うことに抵抗があるのかもしれない。
(私に叱責されると思っているのかもな・・・)
侯爵家の令嬢である私に、国からの協力要請を拒否したいとは言えないのだろう。短い期間ではあるが、2人とはそれなりに関係を築いてきたと思っている。ただ、やはりそれでも貴族と平民との間には超えようのない壁がある。それが私には少し寂しかった。
「2人の不安はわかるが、まだ協力要請があると決まったわけではないだろう?あまり考え過ぎてはいけないぞ」
「・・・それはそうかもしれませんが、戦う力がないボク達には、魔物が王国内に侵入してくるかもしれないと言うだけで・・・」
声を震わせているライトの言葉に、私はいかに自分が傲慢な考え方をしているか気づかされた。
私は幼い頃から家庭教師に稽古をつけられ、身体強化も剣術もある程度の域に達していると自負している。実地訓練の際も、最初こそ実戦の感覚を掴むのに苦戦してはいたが、それでも今なら難度5程度の魔物であれば単独討伐できる自信が付いている。
しかし2人は元々戦いとは無縁の環境で育ったごく一般的な平民だ。ロベリアは特異属性である聖魔術の適正を認められ、ライトはその膨大な魔力量を見出だされて学院へと入学している。聞くところによるとそれは本人の意思ではなく、国からの強制のようなものだったらしい。
当然、そんな2人が戦うことに対して積極的であるわけがなく、ましてや魔物の前に立つことでさえ底知れない恐怖を抱くのが普通だろう。そういえば実地演習でも基本的に2人は戦闘に参加していなかった。私には2人の状況を推察する思考が決定的に欠けていた。
「すまない。私が浅慮だった。魔物に対する恐怖心を斟酌できずに、無責任な物言いだったな」
「マーガレットさんが謝ることではないですよ。正直私達は魔物との戦いにほとんどお力になれないです。そんな私達でも否応なく戦場に駆り出されるかもしれないというのが、ただ本当に怖くて・・・」
「今のボクに出来るのは、ちょっと速く剣を振り回すことができる程度ですから。そんなボクが魔物と戦ったところで、足手まといにしかならないと思います・・・」
かなり悲観的な考えに陥っている2人に、私は努めて明るく言葉を掛ける。
「大丈夫だ。きっとアルバート様が何とかしてくれるはずだ」
「アルバート様?えっと、確か第一騎士団の団長をされている方ですよね?王国最強と言われる」
「何故そんな方の話が?私達学院の生徒の事なんて気にされる立場じゃないですよね?」
ライトとロベリアは訝しげに疑問の言葉を投げ掛けてくる。そういえばこの2人は武術大会には出場しておらず、学生用の観客席数の都合もあって、試合自体も見ていなかったと聞いている。
(そうか、2人はアルがアルバート様だと言うことを知らないのか。とはいえ、任務で学院へ潜入しているというアルバート様の事を、勝手な判断で正体を明かすことは不味いだろう。さて、どう言ったものか・・・)
2人の事をよく知っているアルならば、全ての生徒を強制的に戦いの場に立たせるようなことはさせないだろう。恐らくは実力不足の生徒に対しては、後方支援的な役割を持たすように指示するはずだ。特に一年生の中には、魔物との実戦に実力不足の生徒はそれなりにいる。
下級貴族の出の者が多いが、中には高位貴族の子息であっても実家の地位にかまけて鍛練を怠っていたり、甘やかされて育てられ、技術はあれども精神が育っていない者も多い。ようは臆病と言うことだ。そういった者達への対応はどうするのかという疑問も浮かぶが、それは私が心配することではないだろう。
「いや・・・あのお方は学院の現状を憂いているらしいんだ。将来自らの部下になる可能性がある学院生達の間に蔓延る剣術師と魔術師の確執にな」
「そうなのですね。さすがは王国の守護を司る騎士団の団長さんですね」
「魔物から王国を守るだけじゃなく、まだ騎士でもない学院の生徒の事まで気に掛けるなんて、凄い人なんですね」
何とかそれなりの理由を絞り出した私の言葉に、2人は簡単に納得してくれた。普通に考えれば多忙な騎士団の団長がそんな事まで気にかける余裕なんてないはずだが、平民である2人は騎士団の実情についての知識がないので、私の話を無条件で信じてしまうのだろう。
翌日昼過ぎ。
全生徒が再度講堂へと集められた。教師からは協力要請について騎士団の方から話があると事前に周知されており、講堂まで整列して歩く周りの同級生達の表情は緊張した面持ちだった。
そして緊張した空気が漂う講堂の壇上に登ったのは、なんと今まさに魔物の討伐で多忙を極めるアルもとい、第一騎士団団長、パラディン序列一位のアルバート様その人だった。
~~~ マーガレット・ゼファー 視点 ~~~
神樹の安全域が消失したという信じられない知らせを聞いたのは、武術大会での騒動収まらぬ、その日の夕方だった。
学院の全生徒が講堂に集められ、壇上から学院長が沈痛な面持ちで語かけてくる様を、私はどこか他人事のように聞いていた。いや、もしかしたらあまりにも荒唐無稽な話に理解が追いつかず、現実逃避していたのかもしれない。
もちろんそんな反応を示していたのは私だけではない。周りの生徒達も似たようなもので、茫然自失気味に唖然としている者や、ありえないと喚きながら近くの教師から窘められる生徒など様々だ。
特に神樹神話を信仰する生徒からは、『不敬だ!』『神罰が下る!』『呪われろ!!』等々、罵詈雑言の嵐が吹き荒れ、学院長が話を中断するなど、一時騒然となったほどだ。
しかし生徒達が最も大きな反応を示したのは、学院長の最後の言葉だった。
『今回の件に関し、魔物が王国の内部に侵入してくる可能性は少なくない。騎士団から魔物討伐に関して当学院の生徒達への協力要請があるだろう。君達は将来騎士となることを志し、この学院へ入学したはずだ。それだけに、我が国を守る役割を担えることを誇りに思いなさい』
この言葉を聞いた直後の生徒の反応は、主に3つに分かれた。
1つは今回の事を好機と捉え、魔物討伐に積極的な姿勢を見せる者達だ。これは実家の爵位が低いものや、次男以下の家督を継げないものが多かった。ここで武功を上げて、将来の就職を有利にしたいと考えている者達で、2、3年生が多い。
2つ目は協力することに対して完全に拒否反応を示す者だ。これはそもそも箔付けのために入学した者達に多く、卒業後は数年騎士団に所属したという肩書を持って実家の爵位を継ぐ予定の者、あるいは学院の教師を目指していた者達だろう。
そして3つ目の反応は・・・
「どうしよう。私に魔物と戦う力なんて無いのに・・・」
「ボクも身体強化が使えるようになったと言っても、まだまだ剣術の基礎も出来てないのに・・・」
学院長からの話が終わり、講堂から食堂へと移った私は、そこでロベリアとライトが蒼白な表情で頭を抱えている様子を見つけた。
2人は平民の出身で、そもそも戦う技術を身に付けていない状況で入学してきている。私達貴族の家なら幼い頃から家庭教師を付けられ、魔力の制御を教えられ、魔術師なら魔術を、剣術士なら身体強化と剣術を教えられてきたが、2人は戦いという言葉から全く縁遠い生活を送ってきたいたのだ。
いくら才能を見入られて騎士学院へ入学したからといって、1年にも満たない学習期間では満足に実力など上達していないだろう。
ましてロベリアは聖魔術の担い手であり、戦うというよりは後方支援タイプだ。そんな自分が魔物と相対する可能性のある場所に配置されるかもしれないという現実に恐怖を覚えるのは当然だろう。
ライトも最近身体強化が出来るようになったと言っても、単に身体強化が出来るだけで、剣術が飛躍的に上達したとか、実力が急に伸びたわけではない。そんな状態で学院の生徒だからという理由から戦場へ放り出されるかもしれないというのは、やはり相当な恐怖なのだろう。
「2人とも・・・大丈夫か?」
心配になった私が声を掛けると、2人はゆっくりと私の方へ顔を向けてきた。その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「マーガレットさん・・・」
「マーガレット様・・・」
2人は力のない声で私の名前を呼ぶと、なんとも言えない表情をしながら押し黙ってしまった。おそらく戦いの場に立ちたくないのだろうという事は予想できるが、それを私に言うことに抵抗があるのかもしれない。
(私に叱責されると思っているのかもな・・・)
侯爵家の令嬢である私に、国からの協力要請を拒否したいとは言えないのだろう。短い期間ではあるが、2人とはそれなりに関係を築いてきたと思っている。ただ、やはりそれでも貴族と平民との間には超えようのない壁がある。それが私には少し寂しかった。
「2人の不安はわかるが、まだ協力要請があると決まったわけではないだろう?あまり考え過ぎてはいけないぞ」
「・・・それはそうかもしれませんが、戦う力がないボク達には、魔物が王国内に侵入してくるかもしれないと言うだけで・・・」
声を震わせているライトの言葉に、私はいかに自分が傲慢な考え方をしているか気づかされた。
私は幼い頃から家庭教師に稽古をつけられ、身体強化も剣術もある程度の域に達していると自負している。実地訓練の際も、最初こそ実戦の感覚を掴むのに苦戦してはいたが、それでも今なら難度5程度の魔物であれば単独討伐できる自信が付いている。
しかし2人は元々戦いとは無縁の環境で育ったごく一般的な平民だ。ロベリアは特異属性である聖魔術の適正を認められ、ライトはその膨大な魔力量を見出だされて学院へと入学している。聞くところによるとそれは本人の意思ではなく、国からの強制のようなものだったらしい。
当然、そんな2人が戦うことに対して積極的であるわけがなく、ましてや魔物の前に立つことでさえ底知れない恐怖を抱くのが普通だろう。そういえば実地演習でも基本的に2人は戦闘に参加していなかった。私には2人の状況を推察する思考が決定的に欠けていた。
「すまない。私が浅慮だった。魔物に対する恐怖心を斟酌できずに、無責任な物言いだったな」
「マーガレットさんが謝ることではないですよ。正直私達は魔物との戦いにほとんどお力になれないです。そんな私達でも否応なく戦場に駆り出されるかもしれないというのが、ただ本当に怖くて・・・」
「今のボクに出来るのは、ちょっと速く剣を振り回すことができる程度ですから。そんなボクが魔物と戦ったところで、足手まといにしかならないと思います・・・」
かなり悲観的な考えに陥っている2人に、私は努めて明るく言葉を掛ける。
「大丈夫だ。きっとアルバート様が何とかしてくれるはずだ」
「アルバート様?えっと、確か第一騎士団の団長をされている方ですよね?王国最強と言われる」
「何故そんな方の話が?私達学院の生徒の事なんて気にされる立場じゃないですよね?」
ライトとロベリアは訝しげに疑問の言葉を投げ掛けてくる。そういえばこの2人は武術大会には出場しておらず、学生用の観客席数の都合もあって、試合自体も見ていなかったと聞いている。
(そうか、2人はアルがアルバート様だと言うことを知らないのか。とはいえ、任務で学院へ潜入しているというアルバート様の事を、勝手な判断で正体を明かすことは不味いだろう。さて、どう言ったものか・・・)
2人の事をよく知っているアルならば、全ての生徒を強制的に戦いの場に立たせるようなことはさせないだろう。恐らくは実力不足の生徒に対しては、後方支援的な役割を持たすように指示するはずだ。特に一年生の中には、魔物との実戦に実力不足の生徒はそれなりにいる。
下級貴族の出の者が多いが、中には高位貴族の子息であっても実家の地位にかまけて鍛練を怠っていたり、甘やかされて育てられ、技術はあれども精神が育っていない者も多い。ようは臆病と言うことだ。そういった者達への対応はどうするのかという疑問も浮かぶが、それは私が心配することではないだろう。
「いや・・・あのお方は学院の現状を憂いているらしいんだ。将来自らの部下になる可能性がある学院生達の間に蔓延る剣術師と魔術師の確執にな」
「そうなのですね。さすがは王国の守護を司る騎士団の団長さんですね」
「魔物から王国を守るだけじゃなく、まだ騎士でもない学院の生徒の事まで気に掛けるなんて、凄い人なんですね」
何とかそれなりの理由を絞り出した私の言葉に、2人は簡単に納得してくれた。普通に考えれば多忙な騎士団の団長がそんな事まで気にかける余裕なんてないはずだが、平民である2人は騎士団の実情についての知識がないので、私の話を無条件で信じてしまうのだろう。
翌日昼過ぎ。
全生徒が再度講堂へと集められた。教師からは協力要請について騎士団の方から話があると事前に周知されており、講堂まで整列して歩く周りの同級生達の表情は緊張した面持ちだった。
そして緊張した空気が漂う講堂の壇上に登ったのは、なんと今まさに魔物の討伐で多忙を極めるアルもとい、第一騎士団団長、パラディン序列一位のアルバート様その人だった。
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