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第三章 フォルク大森林
実地訓練 6
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(マズイな・・・)
先輩達が言い争う中、僕は自分達に向かって一直線に近づいてくる魔獣達の気配を掴んでいた。すぐに言い争いを止めて撤退を進言すべきだが、アッシュのお兄さんは僕を見下しているので、言う事を信じてくれない可能性が高い。
一先ず皆に状況を伝えるために駆け寄って、魔獣が接近していることを伝えた。
「皆、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、ここに魔獣の群れが接近してきている」
「っ!本当か?」
「嘘でしょ!?あの遠吠えのせい?」
「ウチらでも迎撃できそうなんか?」
僕の言葉に、皆は矢継ぎ早に質問をしてくる。取り乱してはいないが不安なのだろう、その瞳には怯えが見える。
「どんな魔獣かは分からないけど、数が少し多いと思う。包囲されると面倒だから早く移動したいんだけど・・・」
そう言いながら先輩達の方へ視線を向けると、2人はまだ言い争いを続けていた。
「ちっ!俺が何とかする!皆は撤退の準備と退路の確認をしておいてくれ!」
「「分かった!」」
アッシュの言葉にみんな頷き、カリンとジーアは懐から方位磁石を取り出して、周囲を見渡しながら退路の確認を始めた。
僕とアッシュは先輩達の元へ駆け寄り、すぐにここを離れようと進言するが・・・
「はぁ?この腰抜けが!こんな表層の魔獣に囲まれたぐらいでどうにかなるわけないだろう!俺様を舐めてんのか!!」
「しかし兄上!私達の実力では不安がーーー」
「お前らの実力なんてどうでもいいんだよ!俺様がいりゃあ何も問題ない!そうだろ!?」
「し、しかし・・・」
にべにもない態度であしらわれてしまうが、それにめげずにアッシュも食い下がっている。ただ、弟からの言葉でもお兄さんは考えを変えようとはしなかった。自分さえいれば全員守れるからと、自身の実力を過信しているような言葉に、このままではマズイと感じていた。
残念ながら、魔獣はこちらの状況を汲んではくれない。先輩達が言い争っている内に包囲を形成しつつあるのだ。
『『『ギャー!ギャー!』』』
「あ?何だ?・・・っ!!コ、コカトリス!?」
上空から聞こえてくる魔獣の声に顔を上げると、その姿を認めたお兄さんが目を見開いて焦った声を上げた。コカトリスは飛行型の魔獣で、体長1m程の鳥の様な頭に蛇の様な身体が特徴的な魔獣だ。
注意すべきはその吐息で、猛毒のその吐息を浴びると、身体が石化してしまうのだ。ちなみに、毒腺をきちんと取り除けばとても美味しい。
「あの数・・・マズイぞ!既に囲まれつつある!!」
アーメイ先輩も上空の様子を確認すると、青い顔をして焦っていた。コカトリスはCランク魔獣だが、パッと見ただけでも20匹ほどの数が確認できる。この数で一斉に攻め込まれてしまうと、それなりの実力者であっても猛毒の吐息を躱すことは不可能に近い。
「ちっ!仕方ねぇ!撤退するぞ!」
言うが早いか、お兄さんは闘氣を纏って動き出そうとしたところでアーメイ先輩が待ったをかける。
「ま、待て!闘氣を扱えるジョシュは逃げられるかもしれんが、1年のカリンやジーアでは無理だ!ここは我々護衛が殿となって下級生を逃がす時間を稼ぐぞ!」
「はぁ?無理言うなって!あの数を見ろ!手持ちのポーションじゃ対応しきれねぇ!見込みの無い奴は切り捨ててかねえと、俺らまで死ぬぞ!」
今にも逃げ出そうとしているお兄さんにアーメイ先輩が決死の表情で言い募るが、どうやらお兄さんは僕らの事を見捨てたいようだ。
「兄上!ここは皆で協力して撤退すべきです!」
「出来損ないは黙ってろ!!どうせお前の闘氣は5分しか持たねえから、俺様に守って欲しいだけだろうが!」
「ち、違います!全員で力を合わせれば、この状況を打破できるはずです!」
「あぁ?んな訳ねえだろ!足手まとい背負ってこの群れから撤退できるか!行くぞエレイン!!」
「い、痛っ!離せジョシュ!」
お兄さんは乱暴にアーメイ先輩の腕を掴むと、彼女はそれに抵抗するように振りほどこうとする。しかし、闘氣を纏っているお兄さんの手を振りほどくことは出来なかった。
『ギャー!ギャー!』
「っ!!ちっ!」
ゴタゴタしている内に数匹のコカトリスが上空から滑降してきて毒々しい深緑色の吐息を浴びせかけてきた。それに反応したお兄さんは、アーメイ先輩を抱えるようにして一気にこの場から走り去っていった。
「ま、待て!下ろせ!彼らを見捨てることなどーーー」
アーメイ先輩の叫びは森の中にこだまして消えていった。コカトリスはこの場から逃げたお兄さんには目もくれず、僕らへと迫ってくる。残った人数の方が多かったので、向こうを追うよりも僕らを確実に仕留めた方が良いと判断したのかもしれない。
ようするに、僕らは魔獣の餌という名の囮になってしまったのだ。
「アッシュ、皆を頼む!コカトリスの毒息はすぐに水で洗い流せば大丈夫だ!落ち着いて動きをよく見て!カリンには水魔術を待機させて、ジーアは奴らが近付いてきたら風魔術で奴らの飛行の邪魔を!それから、別の魔獣も来るかもしれないから、警戒を怠るなよ!」
「わ、分かった!エイダは?」
先輩達が居なくなったことで僕が瞬時に指示を出すと同時に、腰の杖を抜き放ちながら火魔術を発動する。以前雑草だらけの場所を一気に焼き払ったように、薄く広く伸ばした炎でコカトリスの毒息を遮る。
『ジュー・・・』
火魔術で毒息を完全に防ぐと、接触した場所から緑色の煙が上がった。その様子に、コカトリスは反転して再度上空へと戻っていった。その隙に僕は武装を杖から剣に切り替えて、ニヤリと笑いながら口を開いた。
「全て仕留めてくるよ!任せておいて!」
瞬間、大量の闘氣を纏わせて上空へと跳躍する。相手は飛行しているためこちらが攻撃を当てるには降りてくるのを待つか、遠方から魔術を当てるかだ。ただ、この森の中で火魔術を使って延焼すると面倒だと考え、地の利を活かすことにした。
「シッ!」
『ギャ・・・』
闘氣を利用して上空に跳躍すると、手近なコカトリスの脳天を貫く。短い鳴き声を残して地上へと落ちていくコカトリスを尻目に、木の枝や幹を足場のように利用して、森の上空を縦横無尽に駆け巡る。
「ハァァァァ!!」
コカトリス以外の魔獣の接近も予想できるので、皆の身の安全を考えて、なるべく早く一掃する。4匹5匹と討伐していくと、コカトリスも毒息を四方八方に撒き散らして応戦してくる。
突っ込むわけにはいかないので、方向転換してコカトリスよりも上空から襲撃を掛けていくが、毒を避けるせいで時間がかかってしまう。
(聖魔術を使うには一旦闘氣を解除しないといけないけど、それには地上に降りなきゃいけない・・・余計時間がかかるな・・・)
そんなことを考えながらも、コカトリスを討伐していると、更に複数の気配を察知した。
(ちっ!やっぱり他にも来たか!)
上空から確認すると、ゴブリンやコボルド、ウォーウルフが数十匹づつ接近してきた。数は多いが全てEランク以下なので、1匹づつなら皆でも問題ないだろう。しかし、どう考えても複数で襲いかかってきそうだ。
(くそっ!早く討伐して応援に行かないと!)
皆は武器を構え、近づいてくる魔獣を迎撃しようとしているが、その姿は明らかに恐怖に呑まれているようだ。
(急げ急げ!集中しろ!集中!集中!・・・)
目を見開き、自分が制御できる限界まで速度を上げてコカトリスを屠っていく。まるで自分が一条の光になったかのような錯覚を覚える集中状態に至り、今なら出来ると考え、大きく一呼吸して集中の極地へと到達する。
「〈神剣一体〉・・・」
自身と剣が一体となる境地においてのみ可能とされる技。己の剣まで闘氣で覆うと、コカトリスの包囲から一旦外に出て、視界の中に全てのコカトリスを収める。そのまま剣を水平に構え、横薙ぎに振るう。
「〈神剣一刀〉!!」
『ズバババババン!!!』
「・・・・・・」
水平に振り抜かれた剣の斬撃線上の全てが切断され、その衝撃波と共に地平の彼方まで切り刻まれたコカトリスと木々が吹っ飛んでいった。
父さんの神剣一刀なら、跡形も残さず消滅させていた事を考えると、まだまだ鍛練が足りないと痛感する。
そもそも神剣一体の状態まで至ることも難しいので、今後も瞑想で集中力を磨かないといけないなと、落下しながら反省した。既に纏っていた闘氣は今の一撃で使い果たした為、新たに闘氣を纏い、木々を蹴って速度を殺しながら地面に降り立った。
「皆は?」
顔を上げて状況を確認すると、皆がゴブリンやコボルドに取り囲まれるように襲われている光景が目に映った。集まっている魔獣の数は50匹を下らないだろう。魔獣に囲まれているせいで皆の姿は確認できないが、時折聞こえる悲鳴から、劣勢を強いられていることが感じとれる。
「マズイ!」
移動する時間も惜しいと判断し、即座に闘氣を霧散させて魔術杖に持ち変える。延焼云々も言っていられないので、火魔術の形状をナイフ状に変化させて間髪入れずに連続発動して掃討する。
第四階悌に至れば、一度に複数の発動も可能だが、僕はただただ連続して放つしかない。
「喰らえっ!!」
『ズドドドドドドドドド・・・・・』
精度を犠牲にして連射性を優先した火魔術は、魔獣の叫びも聞こえない程の轟音と炎の輝きで辺りを埋め尽くす。ある程度間引いたと感じたところで剣に持ち変え、再度闘氣を纏って皆のところへ走り出す。
(せっかく出来た友人を、こんなところで失ってたまるか!)
僕の火魔術で立ち上る煙を掻き分けていくと、皆の姿を確認できた。
「アッシュ!カリン!ジーア!無事かっ!?」
「っ!エイダ!ははっ、無事とは言い難いな・・・」
僕の問い掛けに答えたアッシュは、この短時間の内に傷だらけになり、満身創痍だった。それでも剣を離すことなくカリンとジーアを庇いながら魔獣の群れを睨み付けていた。
「エイダ・・・助けて」
「エイダはん、堪忍な・・・ウチらには荷が重かったわ・・・」
ローブがボロボロになり、地面にへたり込んでいる2人は、力なくそう答えた。地面には点々と血が染みており、本当に危ないところだったのだろう。僕がもっと早くコカトリスを一掃できていればと悔やまれるが、考えるのは後回しにした。
「後は僕に任せて皆は休んで!ポーションがあれば回復を!」
「あぁ、頼む!」
「お願いね、エイダ」
「おおきに、エイダはん」
皆の返事を背に、僕の魔術で混乱している魔獣達を睨み付ける。辺りは火が燻り、燃え広がっていて、その炎や煙に巻き込まれた魔獣達はワーワーと何かを吠えているのだが、何故か僕の心は凪いでいた。
皆のボロボロの姿を見た瞬間、怒りや焦り、不安、嘆き、悲しみ等の様々な感情が膨れ上がって、そして消えていった。ただ目の前の邪魔な魔獣を消す、それだけの思考に切り替わったのだ。
「神剣一体・・・」
ポツリと呟き、ありったけの闘氣を纏っていく。今までよりも遥かに深紅に輝く闘氣が剣まで纏われた瞬間、無意識に殺気も込めてしまったようで背後のアッシュ達から「ゴクッ」と息を飲む声が聞こえた。
『『『グ、ギャ・・・』』』
『『『ガ、ガウゥ・・・』』』
こちらを取り囲んでいた魔獣達は、僕の殺気に当てられて急にブルブルと怯えだしたかと思うと、目を見開きながら泡を吹いてバタバタと倒れていき、そのまま延焼した炎に飲まれて灰となっていった。
魔獣達は身体に火が燃え移っても目を覚まさないところを見ると、もしかしたら僕の殺気を浴びた時、絶命したのかもしれない。
(・・・片付いたのか?他に魔獣の気配は・・・無いな)
近くに魔獣の気配が無いことを確認して構えを解くと同時に、闘氣を吸収する。ありったけの闘氣を込めたので、吸収しないと闘氣の欠乏で倒れそうだったのだ。剣を収めて皆に向き直ると、アッシュは乾いた笑みを浮かべていた。
「ははは、さすがエイダだぜ。まさか殺気一つで魔獣を動けなくするなんてな」
「・・・よく分からないけど、助かったのね」
「はぁ・・・、死ぬか思うたわ」
皆、危険が去ったことを実感したのか、脱力したようにぐったりとしていた。3人共ポーションである程度回復していたが、完治までは出来ていないようだったので、順々に聖魔術を施して治療した。
アッシュはその感覚に慣れたものだが、カリンとジーアは瞬時に治っていく身体を不思議そうに見つめていた。
皆の持っていたポーションは下級のため、大怪我までは治せなかったが、僕の聖魔術は込める魔力量次第で中級ポーションの治癒力にも匹敵するのだ。
(ふぅ・・・取り合えず友人を失うという最悪の事にならなくて良かった)
治療を終えて一息つくと、延焼していく木々を見ながら、後処理をどうしたものかと頭を悩ませるのだった。
先輩達が言い争う中、僕は自分達に向かって一直線に近づいてくる魔獣達の気配を掴んでいた。すぐに言い争いを止めて撤退を進言すべきだが、アッシュのお兄さんは僕を見下しているので、言う事を信じてくれない可能性が高い。
一先ず皆に状況を伝えるために駆け寄って、魔獣が接近していることを伝えた。
「皆、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、ここに魔獣の群れが接近してきている」
「っ!本当か?」
「嘘でしょ!?あの遠吠えのせい?」
「ウチらでも迎撃できそうなんか?」
僕の言葉に、皆は矢継ぎ早に質問をしてくる。取り乱してはいないが不安なのだろう、その瞳には怯えが見える。
「どんな魔獣かは分からないけど、数が少し多いと思う。包囲されると面倒だから早く移動したいんだけど・・・」
そう言いながら先輩達の方へ視線を向けると、2人はまだ言い争いを続けていた。
「ちっ!俺が何とかする!皆は撤退の準備と退路の確認をしておいてくれ!」
「「分かった!」」
アッシュの言葉にみんな頷き、カリンとジーアは懐から方位磁石を取り出して、周囲を見渡しながら退路の確認を始めた。
僕とアッシュは先輩達の元へ駆け寄り、すぐにここを離れようと進言するが・・・
「はぁ?この腰抜けが!こんな表層の魔獣に囲まれたぐらいでどうにかなるわけないだろう!俺様を舐めてんのか!!」
「しかし兄上!私達の実力では不安がーーー」
「お前らの実力なんてどうでもいいんだよ!俺様がいりゃあ何も問題ない!そうだろ!?」
「し、しかし・・・」
にべにもない態度であしらわれてしまうが、それにめげずにアッシュも食い下がっている。ただ、弟からの言葉でもお兄さんは考えを変えようとはしなかった。自分さえいれば全員守れるからと、自身の実力を過信しているような言葉に、このままではマズイと感じていた。
残念ながら、魔獣はこちらの状況を汲んではくれない。先輩達が言い争っている内に包囲を形成しつつあるのだ。
『『『ギャー!ギャー!』』』
「あ?何だ?・・・っ!!コ、コカトリス!?」
上空から聞こえてくる魔獣の声に顔を上げると、その姿を認めたお兄さんが目を見開いて焦った声を上げた。コカトリスは飛行型の魔獣で、体長1m程の鳥の様な頭に蛇の様な身体が特徴的な魔獣だ。
注意すべきはその吐息で、猛毒のその吐息を浴びると、身体が石化してしまうのだ。ちなみに、毒腺をきちんと取り除けばとても美味しい。
「あの数・・・マズイぞ!既に囲まれつつある!!」
アーメイ先輩も上空の様子を確認すると、青い顔をして焦っていた。コカトリスはCランク魔獣だが、パッと見ただけでも20匹ほどの数が確認できる。この数で一斉に攻め込まれてしまうと、それなりの実力者であっても猛毒の吐息を躱すことは不可能に近い。
「ちっ!仕方ねぇ!撤退するぞ!」
言うが早いか、お兄さんは闘氣を纏って動き出そうとしたところでアーメイ先輩が待ったをかける。
「ま、待て!闘氣を扱えるジョシュは逃げられるかもしれんが、1年のカリンやジーアでは無理だ!ここは我々護衛が殿となって下級生を逃がす時間を稼ぐぞ!」
「はぁ?無理言うなって!あの数を見ろ!手持ちのポーションじゃ対応しきれねぇ!見込みの無い奴は切り捨ててかねえと、俺らまで死ぬぞ!」
今にも逃げ出そうとしているお兄さんにアーメイ先輩が決死の表情で言い募るが、どうやらお兄さんは僕らの事を見捨てたいようだ。
「兄上!ここは皆で協力して撤退すべきです!」
「出来損ないは黙ってろ!!どうせお前の闘氣は5分しか持たねえから、俺様に守って欲しいだけだろうが!」
「ち、違います!全員で力を合わせれば、この状況を打破できるはずです!」
「あぁ?んな訳ねえだろ!足手まとい背負ってこの群れから撤退できるか!行くぞエレイン!!」
「い、痛っ!離せジョシュ!」
お兄さんは乱暴にアーメイ先輩の腕を掴むと、彼女はそれに抵抗するように振りほどこうとする。しかし、闘氣を纏っているお兄さんの手を振りほどくことは出来なかった。
『ギャー!ギャー!』
「っ!!ちっ!」
ゴタゴタしている内に数匹のコカトリスが上空から滑降してきて毒々しい深緑色の吐息を浴びせかけてきた。それに反応したお兄さんは、アーメイ先輩を抱えるようにして一気にこの場から走り去っていった。
「ま、待て!下ろせ!彼らを見捨てることなどーーー」
アーメイ先輩の叫びは森の中にこだまして消えていった。コカトリスはこの場から逃げたお兄さんには目もくれず、僕らへと迫ってくる。残った人数の方が多かったので、向こうを追うよりも僕らを確実に仕留めた方が良いと判断したのかもしれない。
ようするに、僕らは魔獣の餌という名の囮になってしまったのだ。
「アッシュ、皆を頼む!コカトリスの毒息はすぐに水で洗い流せば大丈夫だ!落ち着いて動きをよく見て!カリンには水魔術を待機させて、ジーアは奴らが近付いてきたら風魔術で奴らの飛行の邪魔を!それから、別の魔獣も来るかもしれないから、警戒を怠るなよ!」
「わ、分かった!エイダは?」
先輩達が居なくなったことで僕が瞬時に指示を出すと同時に、腰の杖を抜き放ちながら火魔術を発動する。以前雑草だらけの場所を一気に焼き払ったように、薄く広く伸ばした炎でコカトリスの毒息を遮る。
『ジュー・・・』
火魔術で毒息を完全に防ぐと、接触した場所から緑色の煙が上がった。その様子に、コカトリスは反転して再度上空へと戻っていった。その隙に僕は武装を杖から剣に切り替えて、ニヤリと笑いながら口を開いた。
「全て仕留めてくるよ!任せておいて!」
瞬間、大量の闘氣を纏わせて上空へと跳躍する。相手は飛行しているためこちらが攻撃を当てるには降りてくるのを待つか、遠方から魔術を当てるかだ。ただ、この森の中で火魔術を使って延焼すると面倒だと考え、地の利を活かすことにした。
「シッ!」
『ギャ・・・』
闘氣を利用して上空に跳躍すると、手近なコカトリスの脳天を貫く。短い鳴き声を残して地上へと落ちていくコカトリスを尻目に、木の枝や幹を足場のように利用して、森の上空を縦横無尽に駆け巡る。
「ハァァァァ!!」
コカトリス以外の魔獣の接近も予想できるので、皆の身の安全を考えて、なるべく早く一掃する。4匹5匹と討伐していくと、コカトリスも毒息を四方八方に撒き散らして応戦してくる。
突っ込むわけにはいかないので、方向転換してコカトリスよりも上空から襲撃を掛けていくが、毒を避けるせいで時間がかかってしまう。
(聖魔術を使うには一旦闘氣を解除しないといけないけど、それには地上に降りなきゃいけない・・・余計時間がかかるな・・・)
そんなことを考えながらも、コカトリスを討伐していると、更に複数の気配を察知した。
(ちっ!やっぱり他にも来たか!)
上空から確認すると、ゴブリンやコボルド、ウォーウルフが数十匹づつ接近してきた。数は多いが全てEランク以下なので、1匹づつなら皆でも問題ないだろう。しかし、どう考えても複数で襲いかかってきそうだ。
(くそっ!早く討伐して応援に行かないと!)
皆は武器を構え、近づいてくる魔獣を迎撃しようとしているが、その姿は明らかに恐怖に呑まれているようだ。
(急げ急げ!集中しろ!集中!集中!・・・)
目を見開き、自分が制御できる限界まで速度を上げてコカトリスを屠っていく。まるで自分が一条の光になったかのような錯覚を覚える集中状態に至り、今なら出来ると考え、大きく一呼吸して集中の極地へと到達する。
「〈神剣一体〉・・・」
自身と剣が一体となる境地においてのみ可能とされる技。己の剣まで闘氣で覆うと、コカトリスの包囲から一旦外に出て、視界の中に全てのコカトリスを収める。そのまま剣を水平に構え、横薙ぎに振るう。
「〈神剣一刀〉!!」
『ズバババババン!!!』
「・・・・・・」
水平に振り抜かれた剣の斬撃線上の全てが切断され、その衝撃波と共に地平の彼方まで切り刻まれたコカトリスと木々が吹っ飛んでいった。
父さんの神剣一刀なら、跡形も残さず消滅させていた事を考えると、まだまだ鍛練が足りないと痛感する。
そもそも神剣一体の状態まで至ることも難しいので、今後も瞑想で集中力を磨かないといけないなと、落下しながら反省した。既に纏っていた闘氣は今の一撃で使い果たした為、新たに闘氣を纏い、木々を蹴って速度を殺しながら地面に降り立った。
「皆は?」
顔を上げて状況を確認すると、皆がゴブリンやコボルドに取り囲まれるように襲われている光景が目に映った。集まっている魔獣の数は50匹を下らないだろう。魔獣に囲まれているせいで皆の姿は確認できないが、時折聞こえる悲鳴から、劣勢を強いられていることが感じとれる。
「マズイ!」
移動する時間も惜しいと判断し、即座に闘氣を霧散させて魔術杖に持ち変える。延焼云々も言っていられないので、火魔術の形状をナイフ状に変化させて間髪入れずに連続発動して掃討する。
第四階悌に至れば、一度に複数の発動も可能だが、僕はただただ連続して放つしかない。
「喰らえっ!!」
『ズドドドドドドドドド・・・・・』
精度を犠牲にして連射性を優先した火魔術は、魔獣の叫びも聞こえない程の轟音と炎の輝きで辺りを埋め尽くす。ある程度間引いたと感じたところで剣に持ち変え、再度闘氣を纏って皆のところへ走り出す。
(せっかく出来た友人を、こんなところで失ってたまるか!)
僕の火魔術で立ち上る煙を掻き分けていくと、皆の姿を確認できた。
「アッシュ!カリン!ジーア!無事かっ!?」
「っ!エイダ!ははっ、無事とは言い難いな・・・」
僕の問い掛けに答えたアッシュは、この短時間の内に傷だらけになり、満身創痍だった。それでも剣を離すことなくカリンとジーアを庇いながら魔獣の群れを睨み付けていた。
「エイダ・・・助けて」
「エイダはん、堪忍な・・・ウチらには荷が重かったわ・・・」
ローブがボロボロになり、地面にへたり込んでいる2人は、力なくそう答えた。地面には点々と血が染みており、本当に危ないところだったのだろう。僕がもっと早くコカトリスを一掃できていればと悔やまれるが、考えるのは後回しにした。
「後は僕に任せて皆は休んで!ポーションがあれば回復を!」
「あぁ、頼む!」
「お願いね、エイダ」
「おおきに、エイダはん」
皆の返事を背に、僕の魔術で混乱している魔獣達を睨み付ける。辺りは火が燻り、燃え広がっていて、その炎や煙に巻き込まれた魔獣達はワーワーと何かを吠えているのだが、何故か僕の心は凪いでいた。
皆のボロボロの姿を見た瞬間、怒りや焦り、不安、嘆き、悲しみ等の様々な感情が膨れ上がって、そして消えていった。ただ目の前の邪魔な魔獣を消す、それだけの思考に切り替わったのだ。
「神剣一体・・・」
ポツリと呟き、ありったけの闘氣を纏っていく。今までよりも遥かに深紅に輝く闘氣が剣まで纏われた瞬間、無意識に殺気も込めてしまったようで背後のアッシュ達から「ゴクッ」と息を飲む声が聞こえた。
『『『グ、ギャ・・・』』』
『『『ガ、ガウゥ・・・』』』
こちらを取り囲んでいた魔獣達は、僕の殺気に当てられて急にブルブルと怯えだしたかと思うと、目を見開きながら泡を吹いてバタバタと倒れていき、そのまま延焼した炎に飲まれて灰となっていった。
魔獣達は身体に火が燃え移っても目を覚まさないところを見ると、もしかしたら僕の殺気を浴びた時、絶命したのかもしれない。
(・・・片付いたのか?他に魔獣の気配は・・・無いな)
近くに魔獣の気配が無いことを確認して構えを解くと同時に、闘氣を吸収する。ありったけの闘氣を込めたので、吸収しないと闘氣の欠乏で倒れそうだったのだ。剣を収めて皆に向き直ると、アッシュは乾いた笑みを浮かべていた。
「ははは、さすがエイダだぜ。まさか殺気一つで魔獣を動けなくするなんてな」
「・・・よく分からないけど、助かったのね」
「はぁ・・・、死ぬか思うたわ」
皆、危険が去ったことを実感したのか、脱力したようにぐったりとしていた。3人共ポーションである程度回復していたが、完治までは出来ていないようだったので、順々に聖魔術を施して治療した。
アッシュはその感覚に慣れたものだが、カリンとジーアは瞬時に治っていく身体を不思議そうに見つめていた。
皆の持っていたポーションは下級のため、大怪我までは治せなかったが、僕の聖魔術は込める魔力量次第で中級ポーションの治癒力にも匹敵するのだ。
(ふぅ・・・取り合えず友人を失うという最悪の事にならなくて良かった)
治療を終えて一息つくと、延焼していく木々を見ながら、後処理をどうしたものかと頭を悩ませるのだった。
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