剣神と魔神の息子

黒蓮

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第三章 フォルク大森林

実地訓練 12

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 最初の実地訓練から戻った翌日。僕達は複合クラスの教室にて昨日の訓練の評価・反省を行っていた。


と言っても、予想外の事態が発生してしまったこともあって、自分達の実力という面の反省ではなく、今後同じような状況に遭遇した場合の対処法がメインの話合いになっていた。しかし、自分の実力以上の魔獣に遭遇した場合の対処法など限られている。



「まぁ、つまりは脱兎のごとく逃げ出すしか無いわな!」



壇上に立って解説している先生は、一言そう言うだけだった。



「いや、さすがに昨日のようなCランクに囲まれたら無理じゃないですか?」



先生の言葉にアッシュが反論する。その言葉はもっともで、囲まれた時点で逃げ場はないのにもかかわらず、その魔獣は自分よりも強大ともなれば、どうすることも出来ないだろう。



「さすがに無策で逃げろと言う訳じゃないぞ!実のところ昨日の事は本当に想定外でな・・・精々Eランクしか出没しない場所に、何故Cランク魔獣が現れたか謎だが、本当なら次回の訓練からこれを持たせようと思っていたんだ。もっと早く渡した方が良かったがな・・・」



そう言うと先生は腰のポーチから手のひらサイズの黒い球状の物を取り出すと、皆に見えやすいように掲げて見せた。



「煙幕玉やね?」



その黒い物体を見て、ジーアが何なのか言い当てていた。



「さすがフレメン商会の娘さん!そう、これを地面に勢いよく投げつけると、名前の通り辺りを濃密な煙幕が覆うんだよ。ちなみに、これを使用する注意点は分かるか?」



その先生の質問にはアッシュが答えた。



「注意点は2つです。周りに煙幕玉を使うという声を掛けるのと、逃走ルートを確認してから使用することです」


「うん、その通り!周りに居る人達に注意を促さなければ混乱させてしまうし、濃密な煙の中ではほとんど周囲は見えないから、予め何処にどう逃げて行くのか確認しておかなければ意味がない」



先生の解説になるほどと頷くが、視界を遮っただけでは魔獣からの逃走は中々難しい。なので、その事について質問してみた。



「先生、ほとんどの魔獣は鼻が効きます。視覚を遮っても臭いで追い付かれるんじゃないですか?」


「おっ、良いところに気づいたな!そう、魔獣は視覚だけでなく嗅覚でも獲物を追ってくる。しかし、その為にこの煙幕玉は強烈な臭いの薬草を混ぜているから、ある程度臭いを誤魔化すことができる」


「なるほど。しかし、ある程度なんですね?」


「そう。あくまで逃走の補助的な役割を担うだけで、煙幕玉があれば確実に逃げ切れるというわけではないことは肝に命じておけよ?」


「つまり、生き延びるために必要なのは、己の実力を高めるための鍛練が欠かせないってことね!」



先生の忠告に、カリンがため息を吐きながら結論を言う。とどのつまり、最終的に生き残れるかどうかは自分の実力次第だと言うことだ。



 結局のところ評価・反省では、今後の実地訓練での行動や対処方針と、どのような力を付けるために、どのような鍛練が必要かと言う事に終始した。この話し合いについては、先生ではなく僕が主体となって隊列についてや、鍛練方法などを指摘した。


先生も昨日のお兄さんとの模擬戦で僕の実力を確認しているためか、安心して僕に任せているような雰囲気だった。


話し合いも一段落したところで、最後に先生が真剣な表情で僕に向かって口を開いた。



「そうだ、エイダ君。今後の事も考えて。君の実力について確認しておきたい」


「はぁ、実力ですか?」


「そうだ。皆も知っての通りだと思うが、彼の実力はノアとして飛び抜けているどころか、この学院の首席すら圧倒しているほどだ。エイダ君の言動を見て思ったのだが、君は自分の実力が世間で言うところの、どの程度なのか把握していないと思ってね」



先生の指摘に僕は目を見開いた。その指摘は全くその通りで、自分でも確認はしておきたいなと思っていたからだ。



「確かに先生の言う通りで、自分でも世間から比べてどの位置に居るのだろうと疑問に思っていました」


「うん、やはりそうか!ではまず、闘氣の階層別の一般的な強さについて説明しておこう」


「はい。ありがとうございます!」



そう言うと先生は、まず闘氣の各階層における強さの基準について、黒板に書きながら語ってくれた。


闘氣の第一階層”展開”は、闘氣の垂れ流し状態。精々がFランクの魔獣を討伐できる程度の力を発揮できるが、まったくの垂れ流し状態のため、直ぐに枯渇して倒れてしまうのだ。


第二階層”装着”では、Eランク魔獣単体程度の討伐が可能。闘氣が垂れ流しと言うほ程ではないが、霧散する量が多く、長時間の戦闘は不可能。


第三階層”強化”は、闘氣を纏える量が飛躍的に上昇し、Cランク魔獣単体を討伐可能となる。また、纏える闘氣量が増えることで防御力も攻撃力に比例して上昇する。


第四階層”突破”、纏える闘氣量は格段に上がり、力も速さも防御力も別格に上昇する。霧散は極限まで抑えられ、その制御も楽になる。Aランク魔獣単体でも討伐でき、熟達すれば達人級の実力者と言われる。


第五階層”昇華”に至ったのは、この大陸において300年遡っても僅か2人しか到達出来なかったとされている。その為、最早人外の領域とされており、詳しい実力はよく分かっていない。


ちなみに現在において確認されているのは、数年前に圧倒的な力で剣神と評されたトール・グレイプルという人物だけだ。しかし、現在は行方不明で、その所在地を知る者は誰もいないらしい。



「ーーーと言うわけだ。剣神は生死不明となっているが、ドラゴンの群れと対峙しても全て屠ったという話もあるし、死んでいることは無いと言われているな・・・」


「へ~、剣神ですか・・・」


(というか、第五階層に至っている人ってほとんど居ないのか!じゃあ、僕の父さんは世間からは知られていないもう一人の到達者って事か!?)



先生の話を聞きながら父さんの実力について驚愕してしまい、うっかり自分の立ち位置を考えることを忘れていた。



「ってなると、エイダの実力は第四階層以上、第五階層未満ってところか?」



父さんの事で驚いていた僕に代わって、アッシュが僕の実力の評価をそう分析した。



「そうだな、第四階層の力を熟達した者と比べても見劣りはしないだろうね」



アッシュの分析に、先生がそう太鼓判を押した。そうなると、お兄さんは第四階層の力がまだ馴染んでいない状態だったために、あそこまで僕に手も足も出なかったのだろうと考えた。



「な、なるほど。結構凄い立ち位置だった。というか、第五階層に至った人が全然いないんですね?」



素朴な疑問をぶつけてみると、先生は困惑した顔をしてしまった。



「ははは、何故だろうな。その理由が分かれば多くの人々が第五階層へと至れるが・・・才能が足りないのか、努力が足りないのか、未だに答えの出ない問答だよ」



先生の返答に、どうやら理由は定かではないが、第五階層へ至るということは余程の高みなのだろうと感じた。



(そんな最高到達点に僕の父さんは居たのか・・・もしかして、母さんも?)



そう疑問に思いつつ、続く魔術の階悌における強さの基準について耳を傾けた。



魔力の第一階悌”発動”は、魔術が辛うじて発動できる魔力量を込められる状態。威力はほぼ無く、目眩まし程度にしか役に立たない。


第二階悌”掌握”、Fランク魔獣なら1、2回の直撃で倒せるほどの威力の魔力量を込めて発動可能。


第三階悌”圧縮”、Eランク程度なら範囲攻撃で纏めて討伐可能な威力。籠められる魔力量が飛躍的に上昇することで、Cランクでも2、3回直撃すれば討伐できる。


第四階悌”複製”、発動魔術を複数コピーすることで、一度の発動で広範囲攻撃が可能。Cランク程度であれば一気に殲滅可能で、Bランクでも重傷を負わせる威力が出せる。


第五階悌は、闘氣の場合と同様に人外の領域とされている。そのため、350年ほど遡っても2人しか確認されていない。現在確認されているのは、数年前に剣神と共に姿を消したとされる、魔神と言われたシヴァ・ブラフマンという人物だ。



「ーーーと言うわけだが、魔神も剣神同様に凄まじい実力があり、この世界のどこかで生きているだろうということだ」



先生の説明に、僕の母さんもやっぱりあっち側の人間だったかと頭を抱えた。まさか僕の両親が、世に知られていない第五段階に至った存在だったなんて、その事実を子供としてどう受け止めて良いのか分からない。



(でも、そんな凄い2人の子供なのに、僕ときたら大した実力もないからな・・・父さん母さんの足元にも及ばないし。第五段階へ至った両親の子供なんて知られたら、逆に恥をかきそうだ)



そう考え、誰に聞かれても両親の闘氣、魔力の段階は決して口にするまいと決意した。



「そうなると、エイダはんの魔術師としての実力も、第四階悌以上第五階悌未満っちゅうとこやね?」



今度はジーアが魔術師としての僕の実力をそう評価してきた。



「ふむ、俺はエイダ君の魔術を直接見てはいないが、フレメン君がそう判断する理由は?」


「ウチらが複数の魔獣に囲まれた時に、火魔術を絨毯爆撃の様に放って助けてくれはって、その威力も範囲の広さも第四階悌に匹敵する思うで?」


「なるほどね・・・うん、よし!無理!エイダ君の実力は人外に近いということで、今後は変な騒動に巻き込まれないように気を付けるんだぞ!」



ジーアの言葉に少し考える素振りを見せた先生は、ふっ、と達観した表情になったかと思うと、そんなことを言い出した。



「先生、それは僕を見放すってことですか?」



投げやりにも聞こえるその言葉に、苦笑いしながら聞いてみた。



「いや、色々年長者として助言したいと思ったんだが、俺の理解を越え過ぎててどうしたらいいか分からん!だが、強すぎる力は厄介事を呼び込むことがある。だから俺から言えるのは一つ、平穏に暮らしたいなら程々にって事だ」


「程々・・・ですか?」


「そうだ。他人の目がある時には程々の実力を見せ、目が無くても程々の成果しか挙げなければ、注目されるようなことはないからな。平民のエイダ君では、貴族の思惑に巻き込まれればひとたまりもない」


「それはそうかもしれんね。その力を取り込もう思うた貴族に搦め手でこられると、今のエイダはんにはどうしようもないかもしれへんね?」



先生の言葉に納得した表情で同意するジーアを見ると、やはり貴族に目をつけられるのはそれほどの面倒なのかとため息が出た。



「ただ、もし自分が仕えても良いと思えるような貴族に出会えたなら、実力を発揮して取り入るのも良いだろう!ただし、力のある貴族限定だけど」



先生が言うには、もし僕が力の無い貴族の奉仕職になった場合は、より上位の貴族から強引な引き抜きをされる可能性もあるとのことで、場合によっては迷惑を掛ける事態もありうるらしい。



「なるほど・・・何だか面倒だなぁ」


「仕方ないだろ?それがこの社会で暮らしていくって事だ。特にこの大陸ではまだ他国との争いや魔獣の脅威もあるからな。どこの貴族も実力のある人材を欲しているのさ!」



遠い目をしながら僕を諭す先生は、人生経験の豊富さからか、話す言葉に重みを感じた。



(ただ単に奉仕職になるってだけでも大変そうだな。特に僕の力はちょっと特殊っぽいし、仕えたいと思える力のある貴族を探すか・・・)



仮に将来、アッシュが貴族籍に残ったとしても、侯爵家というわけにはいかないだろう。となると、彼の家に就職した場合には迷惑を掛ける可能性があるので躊躇ってしまう。



(学院を卒業するまでに見つけられるかな?)



周りから見た自分の実力を理解したことで、そこからもたらされる悩みも認識するハメになってしまったようだ。
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