剣神と魔神の息子

黒蓮

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第五章 能力別対抗試合

予選 15

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 様々な心配事がありながらも、今の僕がどうこうできるものでもなく、例の襲撃者達の件については騎士団とアーメイ先輩からの報告を待つしかなかった。また、襲撃を受けた際の服を処分しようとした時に、アーメイ先輩から貰ったハンカチを無くしていることに気がついた。


せっかくの先輩からのプレゼントだったのにと気落ちして、謝りにも行ったのだが、「気にしなくても良いよ」と笑って許してくれた。



 そうして、対抗試合の2次予選も最終日となり、今日はアーメイ先輩の出番だった。10時からの予選の時間を前に、魔術演習場は先輩を見るためか、相変わらずの賑わいを見せていた。


予選開始前、先輩と少し話すタイミングがあったので応援していることを伝えた。先輩はとても眩しい笑顔で感謝してくれて、僕も自然と嬉しくなった。相変わらず最近は先輩を直視して話すのは難しいのだが、それでも一生懸命先輩の目を見て話そうと努力した。


先輩も俯きがちで見上げるような仕草をして僕を見てくれるのだが、お互い、前よりも段々と目を見て話せるようになってきているような気がする。他愛もないような話をしていても、先輩と話すだけで何だか人生で一番楽しい時間なんじゃないかと思ってしまうほど、それは充実した時間だった。


そして、予選の開始時間があっという間に迫ってしまい、アーメイ先輩は笑顔を残して演習場へと向かって行った。少しの喪失感を感じながら、アッシュ達と先輩の予選を観戦するために場所を移動した。



 先輩の予選は相変わらずの高い人気を伺わせる様子で、主に上級生と思われる男子陣からの声援が多かった。中には女性の黄色い声も散発的に聞こえてくるのだが、掻き消されてしまっていた。


先輩は多くの声援に応えるように次々と的を破壊していき、最終的には僕と同じ100個全てを破壊して決勝トーナメントに進出を決めた。すると拍手が沸き起こり、それに手を振って応える先輩を見て、なんだかとても誇らしいような気がした。それはきっと、自分のよく知る人物が活躍したことで、まるで自分も活躍しているような感覚になっているのかもしれない。


お祝いを伝えたかったのだが、囲まれている先輩に中々近づくことができず、結局会えずじまいのままになってしまった。



 翌日は本来休息日なのだが、来週からの決勝トーナメントには多くの貴族が来賓として予定されているため、演習場に観覧席を設置する作業で、先生達と派遣されている騎士団が中心となってその設営をしているが、僕達1年生もその手伝いに駆り出されている。


決勝は剣武術演習場の全面を利用して、魔術部門も同じ会場で試合を行う。会場を2つに分けてしまうと、有望な生徒を見るのに一々移動しなければならないので、その必要がないように会場を集約するのだという。


貴族が決勝トーナメントを観覧するのは毎年恒例の事なのだが、今年は更にこの国の王女殿下が出席されると言うことで、王族専用の豪華な観覧席まで用意されている。



「学院の行事なのに、結構大掛かりなイベントなんだなぁ・・・」



だんだん出来上がっていく来賓用の大きな観覧席を見上げながら、能力別対抗試合の規模の大きさに感心する。



「ようエイダ!作業は捗ってるか?」



客席用の椅子を運んでいるところに、天幕のような布を肩に担ぐアッシュが話しかけてきた。



「それなりにね。夕方までには終わりそうだよ」


「こうやって会場が出来上がってくるのを見ると、壮観だな!ところで、明日からの決勝トーナメントの日時はもう分かってるのか?」



気になっていたのだろう、アッシュが決勝の予定を聞いてきた。



「午前中に先生から書類を貰ったよ。明日の10時が魔術部門、13時が剣武術部門だったよ」


「決勝でも一日2試合か・・・まぁ、こればっかりは両部門に出場しているから、仕方ないと言えばその通りなんだろうがな」


「最初からフレック先生にも言われてたことだから、それはしょうがないよ」



アッシュは僕を気遣うように試合の予定について残念がるが、彼の言う通り、両部門に出場している為の日程調整なので、予定が過密になってしまうのはしょうがない。



「ところで、対戦相手は分かってるのか?」


「ちゃんと渡された書類に書いてあったよ。魔術部門の方がミルド・メイソン。剣武術部門の方はカイル・クルーガーだってさ」


「っ!そうか、あいつか・・・」



ミルドという人物のことは知らないが、カイル・クルーガーというのは確かアッシュの従兄弟だったはずだ。僕から対戦相手の名前を聞いた彼の驚いたような様子から、入学して間もない頃に、実習の授業中に嫌らしい笑みを浮かべながら絡んできていたことを思い出す。



「まぁ、あまり良い印象がないから、逆に思いっきりやれるってものだよ」



アッシュが彼に対してどんな感情を抱いているのかは、正確にはわからない。昔は仲が良かったと言っていたが、僕が見た2人の様子からはとてもそんな事は想像できないような雰囲気だった。とはいえ本当のところはどうかわからないので、敢えて攻撃的に話して本心を探ってみた。



「エイダなら負けることは無いだろうな!あいつの悔しがる顔が目に浮かぶようだぜ!」



アッシュのどこか清々しい表情を見て、特に何もないようだと胸を撫で下ろした。それに、その言動からは僕が彼をコテンパンにして欲しいような雰囲気まで伝わってきた。



「なら、明日は心置きなく勝ってもよさそうだね!」


「ああ!頑張れよ!!」








 side ????



「準備は整っているか?」


「はっ!全て命令通りでございます!」



 学院都市フォルクのとある場所で、漆黒のローブに身を包んだ2人の人物がいた。


その部屋は昼間だと言うのにカーテンを締め切り、明かりもつけず、うっすら差し込まれる日差しだけが室内を照らしている薄暗い空間だった。


重厚な机に座りながら腕を組む人物は、その机を挟んで向かい側で報告をする配下と思われる者に鋭い視線を向けている。ただ、お互いの顔が認識できないくらいの暗さであるにも関わらず、どちらも部屋を明るくする気はないようだった。



「学院の対校試合で、どこぞの貴族が何やら事を企てているようだが、詳細は判明したか?」


「学院に潜入している同志からの情報で、最終日においてノアの生徒を告発するようです」



その話に、机に座る人物は訝しげに確認する。



「たかがノアを告発するのに、大掛かりなことだな?」


「ええ、侯爵家が関わっているようでして、一種の催し物のような感覚ですね」


「なるほど。決勝ともなれば、将来の有望な人材を発掘しに多くの貴族連中が顔を出すからな。見世物にしつつ、侯爵家の権勢や有能性を見せつけるのも兼ねているのだろう」


「おそらくはそのような思惑でしょうが、この企みは失敗に終わるでしょう」


「ほぅ?なぜだ?」



その断定口調の言動に、机に座る人物は興味深げな眼差しを向けた。



「告発されるその人物の名は、エイダ・ファンネル。2人の息子です!」


「っ!!なんとまぁ、侯爵家は情報収集能力の無い無能の集まりなのか?」


「いえ、どうやら侯爵家の長男が主体的に動いているようでして、そのせいもあるかと・・・」


「何にせよ、子供の失態の責任は親が取らねばな。いや、切り捨てる可能性もあるか・・・」


「その可能性は高いでしょう」



机に座る人物は顎に手を当てて数秒考え込むと、配下に指示を出す。



「その子供、手駒として使える可能性もあるな。切り捨てられた場合は、一応回収できるように準備しておけ」


「畏まりました」



思い付きのようなその指示に、配下の彼は嫌な顔1つすること無く恭しく従った。



「それで、学院で行われる対抗試合の決勝に、王女が観戦に来ると言う事に変更はないな?」


「はい。偵察部隊からの情報によりますと、王女は既に首都を離れ、こちらに向かってきている事を確認しております」


「よし。第二王女の居所についてはどうだ?」


「申し訳ありません。聖女見習いとして神殿に入ったことまでは確認したのですが、相手の情報封鎖が上手く、現在どの都市の神殿にいるかの所在地までは・・・」


「そうか・・・将来聖女となりうる存在は、我らの悲願の邪魔になる。早急に居場所を突き止めろ!」


「はっ!!」



使命感の籠る配下の返事に口角を上げ、言葉を続けた。



「作戦決行は、貴族の坊っちゃんの告発のタイミングに合わせるように変更すると指揮を執る第一師団に伝えてくれ」


「・・・よろしいのですか?我らの大義の宣誓が、貴族どもの印象から薄れる可能性もありますが?」



配下の彼は机に座る人物の指示に異を唱えたが、目の前の人物は配下の言葉を歯牙にもかけなかった。



「構わん!我らの大義を広めるのは確かに重要だが、優先順位を間違えるな!我らの悲願の成就の為に、目的は必ず達成されねばならん!その為には、利用できるものは利用する!当然だろ!?」


「了解しました。例のノアへの告発の際には多少の混乱が生じるでしょう。しかし、恐らくは王女が何らかの介入をすると予想されます。彼女はエイダ・ファンネルという少年の情報を、かなり正確に掴んでいるようでしたので。その結果、さらに混乱が起こることが想定されますので、第一師団にはその混乱に乗じるよう進言いたします」


「任せる。今作戦は、これからの我々の命運を担うものとなる。我らの悲願を邪魔しようとする第一王女の排除。並びに、聖女としての力を持つ可能性のある第二王女の排除は、絶対に避けて通れない道だ!各員に今一度伝え、意識統一を図れ!」


「畏まりました」




 配下は恭しく一礼して退室すると、薄暗い部屋には机に座る人物だけが残された。



「エイダ・ファンネル・・・奴もいずれは排除すべき存在だろうな。なにせ2人こそが我々の組織にとっての最大の障害なのだ。その子供である奴も面倒な存在になりかねん」



一人呟く彼は天を仰ぎながら黙考し、将来障害になりそうな子供についていかに排除しようかと思考を巡らす。そしてふと、学院に潜入している同志の一人を思い浮かべて目を見開いた。



「奴はまだ精神が成熟していない子供だ。上手くこちらに引き込めないか探りを入れるか・・・」



思い付いた彼はペンを取り、書類を製作すると、机に置かれている呼び鈴を手に取って鳴らした。すると、ものの数秒でメイドの格好をした人物が部屋に入室してきた。



「お呼びでしょうか?」


「ああ。学院の同志に密命を出す。手配しろ」



彼はそう言いながら、先程書き上げた書類を封簡し、メイドに手渡した。



「畏まりました」



指示を聞いたメイドは封書を受けとると、すぐに退室していった。



「さて、これから少し忙しくなりそうだな・・・」



今まで世を忍ぶように暮らしていたはずのあの2人が、本格的に動き出したようだとの報告は既に手元に来ている。となれば、そう遠くない未来に自分達とあの2人が衝突することは避けられない。


しかし、馬鹿正直に真っ正面から衝突してしまえば、万に一つも勝ち目などあろうはずもない。こちらの組織の勢力は数千人規模ではあるが、その全戦力を投入したとしても、たった2人の人物に片膝も着かせることはできないだろう。それほどの隔絶した戦力差があるのだ。


その為、長年準備してきた大規模作戦をいよいよ発動しなければならない時が来たようだ。その事実に彼の身体は少しだけ震える。恐怖ではない。その大規模作戦が成功した暁には、いよいよ我らの大願が成就する。その成功する未来を幻視したことで、彼はえも言われぬ興奮を覚えたのだ。



「もうすぐ、もうすぐだ。約束の時はすぐそこだ」



彼の暗い笑い声は、誰に聞かれることもなく消えていった。
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