剣神と魔神の息子

黒蓮

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第六章 王女の依頼

遺跡調査 15

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 遺跡に到着してから既に3週間が経過していた。その間、5日に一度は物資の補給の為にターフィル村に戻っていたので、村の人達ともそれなりに交流が出来て仲良くなっていた。


エイミーさんとセグリットさんとも、遺跡での野営生活や温泉等を通して大分交流が図れ、それなりに気心の知れた仲になったような気がしている。特にアーメイ先輩とエイミーさんはとても仲良くなったようで、よく2人で何かを話ながら盛り上がっている声が聞こえてきていた。そんな2人はお互いの事を名前で呼ぶようになっていた。


僕とセグリットさんは、変化の無い遺跡を見るのも暇になってきたので、日中の空いた時間を使って、セグリットさんに魔術の鍛練について議論していた。最初は僕の話す既存の鍛練方法とは全く違うやり方に戸惑っていたが、母さんから教わった理論を懇切丁寧に伝えると、感心した表情で納得し、鍛練するようになった。


ただ、一朝一夕で身に付くものでもないので、かなり苦戦しながらも魔力の精密制御に取り組んでいた。そして、いつの間にかセグリットさんは、鍛練中に僕の事を師匠と呼ぶようになっていた。



 そして今日は、物資の補給の為に村へと戻る日だった。村に戻るのは3回目となるが、馬車に揺られながら窓の外を覗いているアーメイ先輩は、とても憂鬱な表情をしていた。



「アーメイ先輩、その、大丈夫ですか?」



その様子に心配して声を掛けると、先輩は引きつった笑みを浮かべながら答えた。



「エイダ君・・・大丈夫、これも仕事で必要な事だからな」


「まったく、あの村長の孫、マジであり得ないんですけど!エレインちゃんがどんなに拒絶しても、トンでも思考で言い寄ってきて、キモ過ぎなんですけど!」



先輩の冴えない表情を見て、エイミーさんは憤慨やるせなしといった様子で怒りを露にしていた。それもこれも原因は、僕らとターフィル村との橋渡し的な役割を担っている村長の孫、フレッド君のせいだ。


彼は補給に戻る度に、アーメイ先輩にちょっかいを掛けてくるのだ。それが会う度に段々とエスカレートしていき、ついには前回村に戻った際に求婚までするありさまだったのだ。


最初のうちは村との関係を気にしてやんわりと断っていた先輩も、さすがに求婚されたときには全力で拒絶の意思を示していた。当然僕も若干殺気を放ちながら彼に止めるよう言い聞かせたのだが、青い顔で尻餅をつきながらも、彼は訳の分からない理論を展開して諦めようとしなかった。


彼曰く、僕は王女やアーメイ先輩の弱味を握り、それを盾に2人を言いなりにしている悪魔なのだという。彼女達は嫌々ながらも弱味のせいで僕に逆らえず、歯を喰いしばりながら命令に従っているらしい。そんな不幸な境遇にある女性を救うために、悪に屈することはないのだと声高に宣言していた。


そんな想像だにしなかった彼の言葉に、それを聞いていた僕達4人は呆然としてしまった。その隙に彼は立ち上がると、「次こそは必ずお救い致します!」と言って足早に去っていった。


その後、近くの商店で買い物をしたときにそこの店主から、「あの子に目ぇ付けられたんかい?災難だねぇ」と、しみじみした口調で同情されてしまったので、今までにもこういった勘違いの末に暴走することがあったのだろう。


その出来事を思い出したのか、先輩は深いため息を吐きながら、また憂鬱な表情で外の景色を見つめていた。そんな先輩の様子に、エイミーさんは更に語気を強めて僕に言い募ってきた。



「ちょっと君、今度あのキモ男が近づいてきたら、一発ぶん殴って脅しておいて欲しいんですけど?」


「いや、エイミーさん?気持ちは凄いよく分かるんですけど、さすがにそれやっちゃったら不味いんじゃないですか?相手は仮にも将来の村長のようですし・・・」


「何言ってるの?あの村の人達は誰もそれを望んでないんですけど!むしろあんな能無しが村長になったら、あの村が破綻する未来しか見えないんですけど!」



鼻息を荒くするエイミーさんの言葉はもっともだと僕も思うのだが、さすがに僕らの個人的な感情でそんな事をすれば、最悪王女の派閥に仮所属していることから、王女にも迷惑が掛かる可能性がある。


その事をやんわりと伝えると、エイミーさんも渋々ながらも了解していたが、唇を尖らせたその様子から、まったく納得してないのは明らかだったので、最後にちゃんと付け加えた。



「大丈夫です!次に何かしてくるようなら、僕の全力の殺気を浴びせてやりますから!」


「・・・あ、やっぱり君も相当頭に来てたのね・・・」



どうやら僕は無意識のうちに結構悪い表情で笑みを浮かべていたようで、エイミーさんは僕から身を引きながら怯えたような笑みを浮かべていた。そんな僕達のやり取りを聞いていた先輩は、少しだけ落ち着いたのか、外を見る表情がやわらいでいた。



 村に到着したのは夕刻だった。僕らは2手に別れて物資の補給と村長への挨拶を行うことにした。補給は僕とアーメイ先輩、挨拶はエイミーさんとセグリットさんという役割分担だ。これは今までの傾向から、挨拶に向かった先で例のフレッド君に捕まり、補給中もずっと付きまとわれていた経験からそうしたものだ。


今までは村長の孫が商店へ口利きをして補給を円滑にする役割を担っていたのだが、さすがに3回目ともなると、彼が居なくてもまったく問題なく買い出しすることができていた。それは店主さんと顔馴染みになった影響もあるだろうし、こういった狭い村では噂話し好きの女性が多いことも理由に挙げられるかもしれない。



「あら、アーメイ様!いつも大量に買い込んでくれて助かるわ!これ、オマケに持っていって!」



食品や衣服、更に消耗品等を大量に買い込むと、店主の奥さんが人の良さそうな笑顔で買った商品とは別に、焼き菓子を数個リュックに詰め込んでくれた。



「いえ、そんな、悪いですよ!私達は必要だから購入しているんであって、オマケなんてそんな・・・」



先輩は慌てた様子で焼き菓子をリュックに詰める奥さんを止めようとするが、彼女は気にも止めずにどんどん詰め込んでいた。



「アーメイ様には村長のバカ孫の事で苦労かけてるでしょ?これはこの村の皆からのせめてものお詫びだよ!」


「そんな、苦労なんて・・・」



奥さんからの言葉に、先輩は何でもないことだと言おうとするも、口ごもるその様子は先輩の心労を物語っているようだった。



「あの子、次期村長がようやく授かった子でねぇ、そりゃ甘やかされて育ったもんだよ!この村じゃお貴族様は村長の家だけだし、欲しいものは何でも手に入れて当然だったからね・・・本当にアーメイ様には申し訳ないよ!」


「そうなんですね。もう少し周りの声を聞いて欲しいというか、世間を知って欲しいというか・・・将来の村長なんですから柔軟な思考になって欲しいですね」



先輩は相手の立場も考えて、あまり角が立たないように言い回しに気を使いながら返答していたが、商店の奥さんはまったく気にせずにあの孫の事を辛辣に吐き捨てていた。



「そうそう!もう少し視野を広げれば、自分じゃ足元にも及ばない良い男がアーメイ様の隣に居るって気づくのにね・・・あろうことか、悪人扱いしてるなんて、あたしゃ恥ずかしいよ!」



奥さんは意味ありげな視線を僕に向けてきた後、目元を手で覆う大袈裟な仕草で彼に対して落胆していた。僕は奥さんの言葉に何と言って良いかわからずに、苦笑いを浮かべながら口を開いた。



「はは・・・。まぁ、あのお孫さんも、そのうち勘違いに気づいてくれれば良いんですけどね」


「ふふふ、やっぱりあんたはアーメイ様の良い人なんだね?」



奥さんは親指を立てながら、興味津々な表情で身を乗り出してきた。



「い、いえ、僕はまだそういう訳では・・・」


「なるほど、なるほどね。まだ、なのかい。良かったらおばちゃんが女の子が喜ぶ扱い方ってのを伝授してやるよ?」




商店の奥さんからの物凄く心引かれる申し出に、是非教えて欲しいと口から言葉が出そうになったところで、邪魔物が現れた。



「これはこれはアーメイ殿!今日も一段とお美しい!!挨拶に来られなかったので、何かあったのではと心配しましたよ?」


「フレッド・ターフィル殿・・・ご挨拶に行かずに失礼しました。2手に別れた方が効率的でしたので、物資の補給を優先しました」



フレッド君は両手を広げながら、仰々しい仕草でニヤついた笑顔を張り付けて、こちらに近寄ってきた。しかも、何故か彼は軽鎧を身に付け、腰にはそれなりに質の良さそうな剣を携えていた。そんな彼に対して先輩は若干僕の背後に隠れるような位置取りをしながら、引きつった笑顔で返答していた。彼をフルネームで呼んだり、物資を優先する言動は、聞く人が聞けば失礼な言い方にもなりそうだが、彼はその言葉の意味には気づかず、むしろ僕という存在を忌々しげに睨んできた。



「おいたわしやアーメイ殿。このような下銭の輩に弱味を握られておいでで・・・必ずや私めがお救いいたしましょう!」



彼は嫌悪感をたっぷり含んだ先輩の視線には気づかず、まるで物語の主人公が囚われの姫を救うような物言いで自分に酔いしれているようだった。



「ですから、そうでは無いと何度もーーー」


「安心してくださいアーメイ殿!!このフレッドが必ずやあなたをお救いしてみせましょう!今回の王女からの依頼も、剣術の達人であるこの私が協力すれば既に達成も同然!さぁ!共に遺跡に参りましょうぞ!」



彼は先輩の言葉をまったく聞こうともせず、自分の言いたいことだけを言って、あろうことか今回の依頼に参加したいとまで言い出した。どうやらその為に武装してきたようだ。


暴走する彼を、一瞬本気で殺気を向けて気絶させてやろうかと考えていると、彼の後方からエイミーさんとセドリックさん、そしてこの村の村長さんが連れだって歩いてきていた。



「バカも~ん!!」


「イテッ!じ、じいちゃん!?」



村長は手にしていた魔術杖を彼の脳天に振り下ろすと、彼は頭を押さえて踞り、自分の頭を叩いた人物に目をやって驚いていた。



「何度も言わすでない!お前の妄想でどれだけの人が迷惑を被っていると思っておる?」



村長は鋭い視線で彼に説教をしていた。その様子から、とても村長が70歳を越えているとは思えないほどの威厳と迫力があった。



「いや、じいちゃん、本当に俺は彼女のことを思ってーーー」


「じゃから、そこから間違っておると言っておろう!」


「いや、間違ってなんかーーー」


「ええい、もうよい!」



村長は目の前の彼を杖で端に無理矢理退けると、僕らの前に歩み寄ってきて頭を下げた。



「アーメイ様、ファンネル様、不出来な孫が迷惑をお掛けして申し訳ない!この老骨の身に免じて、なんとかご容赦願えませんでしょうか?」



真摯な村長の言葉に、僕と先輩は顔を見合わせると、頭を下げ続けている村長の身体をそっと起こした。



「お顔を上げてくださいターフィル村長!今のところ直接的な被害もありませんので、それ以上の謝罪は結構です」



先輩は優しい表情でそう言うと、村長はホッとしたように息を吐き出した。



「申し訳ない。あれは思い込みが激しいばかりか、自分にとって都合の悪いことは聞こうとしませんで、とんと手を焼いているのです・・・」


「心中お察し申します。彼が今後、この村にとって頼れる存在になるよう、私も願うばかりです」


「お気遣い感謝致します。では、あやつは私が連れ帰りますので、これにて失礼致します」


「はい。よろしく頼みます」



そう言うと村長は、未だギャーギャー喚いている彼を一喝すると、引きずるように首根っこを掴んで去っていった。


嵐が去ったように静まり返ったところにエイミーさんがポツリと、「あいつ、これ以上何も問題起こさないといいんですけど!」という呟きが、これから起こる事を予言しているようで、大きなため息が出てしまった。
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