剣神と魔神の息子

黒蓮

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第六章 王女の依頼

遺跡調査 25

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 翌日、依頼の報告書の製作のために、アーメイ先輩と待ち合わせをしている図書館に向かうと、入り口の所でちょうど先輩と出くわした。



「おはようございます、アーメイ先輩!」


「おはよう、エイダ君!」



笑顔で挨拶を交わすと、そのまま図書館の扉を開けて入館した。先輩は報告書の作成に落ち着いた場所をということで、司書さんから個室の鍵を借りてきてくれた。


図書館から少し入ったところには、作業に集中できる場所として、いくつかの個室が備わっている。その内の一つに鍵を開けて入ると、そこには4人掛けの大きめなテーブルが置かれているだけのシンプルな部屋だった。


さっそく先輩はそのテーブルに白紙の紙の束と筆記用具を置いて、僕と対面になるように移動して席に着いた。それから僕達はまず、どの部分を報告すべきかの確認を行った。


今回の依頼において、遺跡周辺についての事は当然として、道中の野盗の事や、ターフィル村での事、異常なベヒモスと、僕の両親についての事など、様々な出来事があった。


本来は依頼の内容通りに遺跡にまつわる事だけで良いと思ったが、アーメイ先輩から公爵家の令嬢が絡んでいる野盗との騒動は一応記載した方が良いという事と、僕の両親については、おそらく王族である王女はある程度知っているだろうし、近衛騎士の2人からも報告がいくだろうということで、剣神や魔神などの異名は伏せて、簡単に報告することにした。




「じゃあ、今回の依頼においての中心的な報告は、異常なベヒモスと遭遇した事で良さそうですかね?」


「そうだな。その魔獣がどのような力を保有していて、どんな攻撃が有効で、どう行動していたかなど、出来るだけ詳細に報告する方が良いだろうな」



僕の確認に、先輩は真剣な表情で助言してくれた。その言葉に僕も頷き、大まかな報告書の記載方法を教わりつつ、僕はさっそくペンを走らせた。今までも学院にギルドの依頼達成の報告書は何度も書いたことがあったので、あまり抵抗なく書き始めることが出来た。



 基本的には、ベヒモスについての重要な部分は、実際に対峙して討伐した僕の方が状況を詳細に書けるだろうということで僕が、その他の野盗から公爵令嬢を救出したことや、僕の両親の助力についての部分はアーメイ先輩に任せることになった。


それほど広くない部屋の中、2人っきりでいるという状況に少しだけドキドキしながらも、報告書を書かないといけないという思いから、極力意識しないようにしているのだが、どうしてもチラチラと先輩の方を見てしまう。


そんな僕と比べて先輩はちゃんと集中しているようで、真剣な表情で報告書の製作にペンを走らせていた。そんな表情も綺麗だなと思いつつ、僕だけ遅れるわけにはいかないので、気合いを入れ直して報告書の製作に勤しむのだった。



 それから僕達は、4日程掛けて報告書を書き終えた。これでアーメイ先輩と2人っきりでいる口実が無くなってしまうと少し寂しく思ったが、出来上がった報告書を見直し終わったところで、先輩が1枚の蝋封された封筒を差し出してきた。



「ア、アーメイ先輩?この封筒は?」


「その、来週から学院は長期休暇になって、更に翌週には新年度を迎えるだろ?貴族の家では新年を迎えると、客人を招いて新年を祝う舞踏会を開くのだが、その・・・エイダ君もどうだろうと思ってね?」


「ぶ、舞踏会ですか?」



舞踏会という言葉に驚く僕は、少し引き攣った笑みを浮かべてしまった。



「あっ、い、嫌なら別に良いんだ・・・ただ、あの遺跡で君の両親が、長期休暇に家に戻ってきても居ないかもしれないと言っていたから、良ければと思って・・・」



先輩は僕の反応を見て嫌がっていると誤解したのか、取り繕うように理由を説明してきたが、寂しそうな表情で段々と声が小さくなってしまっていた。



「あっ、いえ、全然嫌じゃないんですけど・・・その、恥ずかしながらダンスの経験が皆無でして・・・」



僕は頭を掻きながら、ダンス経験が全く無いことを伝えた。もし先輩と踊れるならこれほど嬉しいことはないのだが、如何せんダンスのダの字も経験したことの無い僕にとって、恥を晒してしまう可能性の方が高かった。


すると、アーメイ先輩は笑顔になって語気を強めてきた。



「心配要らないぞ!当日までは時間があるんだし、私が付きっきりで教えよう!」


「えっ、先輩が教えてくれるんですか?」


「これでも伯爵家の令嬢として、幼い頃から教育されてきたからな!安心してくれて良い!」



胸を張る先輩を見つつ、どうすべきか思案する。正直に言うとその申し出自体は非常に魅力的なのだが、自分の駄目な姿を先輩に見られるのにも抵抗がある。出来れば誰か別の人から教わって、当日に先輩を驚かせたいとも思うのだが、それはそれで先輩の心遣いを無下にするようで申し訳ない。


悩みに悩んだ挙げ句、僕は観念して口を開いた。



「そ、その・・・よろしくお願いします、アーメイ先輩」


「ああ、任せておけ!」




 報告書が出来上がった2日後の休息日には、エイミーさんとセグリットさんがその受領のために学院に訪れた。


その際、例の異常なベヒモスについての話になり、後日、近衛騎士団としての正式な報告を王女、並びに国王陛下にもなされるということだった。それに伴って、その存在の対抗戦力として王城に招かれる可能性があることを示唆された。


エイミーさん達は僕の表情を窺うように、恐る恐るといった様子でその理由も話してくる。曰く、現状であの禍々しいオーラを纏う魔獣を討伐できる実力者は3人。僕の父さんと母さん、そして僕自身だ。


両親は各国との協定があり、あまり表立って何かを要請することが出来ない。それこそ、例の異常な魔獣が発見されてからの要請となるのだが、当然2人が駆けつけるまでの間に被害は拡大してしまうだろう。


そこで、何の縛りもなく自由に動ける僕に対して白羽の矢が立つのは自然な流れだろう、ということだった。確定された話ではないが、そうなる公算が高いだろうとエイミーさんとセグリットさんは考えているようで、予め僕に話を通しておきたかったという訳だ。


そんな話に、僕は渋い顔をする。このまま言われるがままにズブズブ踏み込んでいってしまうと、いつのまにか貴族にさせられて、そのままこの国の王族のていの良い駒に成りそうな気がする。


この国に対して忠誠心の厚い貴族であれば、そういった待遇でも御の字なのだろうが、生憎と平民として生活してきた僕にとって、国に対する忠誠心など持ち合わせていなかった。


そして、もし自分が貴族になるのだとしたら、相手と対等に渡り合えるほどの知識と戦略を持ってからでなければ良いようにされるだけなので、出来るだけ慎重に動きたい。


そんな僕の微妙な表情を察してか、2人からは「あくまで可能性の話なので・・・」と芳しくない僕の反応に、苦笑いを浮かべながら引き下がっていった。



 その後、2人は僕に気を使うようにギルドへの同行を申し出てきた。元々ギルドにはランク昇格の関係で、近い内に顔を出そうと思っていたが、近衛騎士が同行すればスムーズに終わるし、ちょうど馬車も出せるからと、半ば強引に話が纏まって出発することになった。


ギルドに到着すると、一種、異様な雰囲気の中出迎えられた。僕の側に居る2人の近衛騎士のせいか、それとも僕自身の評判のせいか分からないが、少なくとも歓迎されているような印象は受けなかった。


セグリットさんが率先して受け付けに話を通すと、そのままほとんど待つこともなく支部長室に案内された。そこにはメアリーちゃんのお父さんであるダグラスさんと、その傍らに以前僕に突っかかってきたミリアスさんが居た。



「どうぞ、お座り下さい」



僕達が入室すると、無機質な表情をしたミリアスさんが支部長室にある応接用の4人掛けソファーに案内してくれた。ソファーには僕とアーメイ先輩が座り、その背後に近衛騎士の二人が直立したまま待機し、対面のソファーにはダグラスさんが座り、その背後にミリアスさんが控えた。彼女からは何となく不機嫌というか、不満げな雰囲気が感じられた。



「よく来てくれたな、エイダ殿、エレイン殿。まさか近衛騎士と連れだって来るとは思わなんだが・・・存外、良い判断だったかもしれんな」



僕らを笑顔で迎えてくれたダグラスさんは、開口一番そんなことを言い出した。



「お久しぶりです、ダグラスさん。良い判断というのは、ギルドの受付で感じた雰囲気と関係あることでしょうか?」


「ん?そうだな。まぁ、大雑把に言うなら、お前さんに対する妬み嫉みというところだな」



ダグラスさんは、ため息を吐きながら教えてくれた。



「ははは、それは仕方ありませんね。なにせ王女殿下から直々にギルドランクを上げるという異例中の異例でしたでしょうから、それをよく思わない方達は一定数居るでしょう」


「・・・お前さん、少し見ない内に変わったな?」



僕の受け答えに眉を潜めたダグラスさんは、顎に手を当てながら面白そうな表情をして顔を近づけてきた。



「そうですか?まぁ、今回色々な経験を積みまして、僕自身もっと成長しなければならないと考えましたから」


「ふっ、そうか。確かに以前だったら、不満げな表情の一つでもしてただろうが・・・どんな経験をしたかは知らんが、なるほど、BBランクと認めるに相応しい面構えになっとるな!」


「っ!!支部長!?よろしいのですか!?」



ダグラスさんの言葉に、後ろで控えていたミリアスさんが過剰に反応するように大声をあげた。



「言っただろ、エイダ殿がそのランクに本当に相応しいかどうか、最後にワシ自らが判断をすると。そして確信したのだ、王女殿下の言葉通りだとな」


「し、しかし、もう少し深く事情を聞かれた方がよろしいかと。少なくとも他の方達に問い合わされても、反論できるだけの根拠を・・・」



僕の待遇に納得していない様子のミリアスさんは、食い下がるようにもっと色々な情報を聞きたそうだったが、それを制するようにセグリットさんが口を開いた。



「申し訳ありませんが、今回王女殿下がエイダ殿に依頼された内容を詳細にお伝えすることは出来ません。国防上の情報にも関わりますので。彼に関して不平不満が上がる可能性は、殿下とて承知しております。もし、あなたの危惧されるように他の者達から彼の処遇の正当性を聞かれた場合は、王女殿下の判断であると伝えて欲しいと言付かっております」



セグリットさんは捲し立てるように、淡々とした口調でミリアスさんにそう告げた。しかし、彼女は尚も言葉を重ねてきた。



「しかし、それでは根本的な解決になりません。ギルドを利用していただく他の者達の不満が解消されないかと。それではギルド自体の評判がーーー」


「よせ、ミリアス!」



段々と声を荒げて話すミリアスさんに、ダグラスさんは片手を挙げて制した。



「しかし、支部長!」


「ミリアス、お前は王女殿下の判断に異を申し立てるのか?」


「っ!!い、いえ、そう言うわけでは・・・」



ダグラスさんの指摘に、ミリアスさんは萎縮したように引き下がった。そんな彼女の反応を見て、僕は口を開いた。



「ダグラスさん、ミリアスさんの考えは僕もある程度理解しています。その原因となる背景も」


「・・・すまんな、エイダ殿」


「いえ、こういった目を向けられる事については、自分にも問題があったと今では考えています。平穏な生活を思うあまり、積極的に自分の実力を示そうとしてこなかったことが、今の状況の一因だと思いますので」


「・・・つまり、これからは自分の実力を周りに見せつけていくということか?」



ダグラスさんは鋭い目で僕を見つめながら確認するように聞いてきた。



「必要とあればです。いたずらに実力をひけらかして、反感を買いたいとは思っていませんから」


「・・・ははは!これは参ったな!育った環境か、培った経験が促すのか、14歳の子供とは思えん思慮になったものだ!おい、ミリアス!さっさとこの2人の個人証を預かって、手続きしてこい!」



ダグラスさんは僕の目をじっと見つめると、声を上げて笑い、厳しめな口調でミリアスさんに命令をした。



「・・・畏まりました支部長。お二方とも個人証を宜しいでしょうか?」



ダグラスさんの迫力に呑まれたのか、彼女はしおらしい態度で申し出てきたので、僕とアーメイ先輩は個人証を取り出して彼女に預けた。



 それから彼女が戻ってくるまで、ダグラスさんと他愛の無い話をしたが、僕の考え方の変化に少なからず驚いているようだった。それは隣に座るアーメイ先輩も同様のようで、僕の言動に目を見張って見つめていた。


そうして、ギルドランク昇格の手続きも終わり、エイミーさん達とも別れを告げて学院へと戻った。道中、アーメイ先輩から時々向けられる視線の質が少し変わったような気もするが、それを聞く勇気は今の僕にはまだなかった。
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