剣神と魔神の息子

黒蓮

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第七章 公爵令嬢襲来

変化 5

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「・・・というのが、私がこの国の王城に眠る文献で調べたノアの真実です」



 語り終えたミレアを前に、僕は俯きながら彼女の言葉を考察する。彼女が話した内容が全て真実とするならば、この国におけるノアという存在は、言わば生贄だ。国民の不満の捌け口として、国が制定した公認の差別対象だ。


それまでの魔術師や剣術師の国民は、互いを見下そうとするあまり争いになってしまっていた。それは数的に見ても同等に存在するからこその争いで、そもそも圧倒的に数の少ないノアには争うという手段は取れない。そんなことをしてしまえば、数的弱者のノアは、瞬く間に社会から排除されてしまうだろう。


社会的に何も言い返せないという状況に加え、実力的にはどちらも中途半端な力しか身に付けられないノアは、こうして長い年月差別され、見下されていったのだろう。



(その代わりに国は発展していった、か・・・)



僕が大きなため息を吐きながら考えを纏めると、ミレアが真剣な表情をしながら、顔を覗き込むようにして視線を合わせてきた。



「エイダ様?この国の王族は、このような卑劣な手段を用い、国民感情を制御して国を発展させてきました。その事について怒りを覚えますか?」



彼女の問い掛けに、僕は困った表情を浮かべた。確かにノアと言うことで見下され、差別的な扱いを受けたことはあるが、そのどれを取っても、僕としては大した怒りの感情を感じなかったのだ。



「・・・僕以外のノアの人達を見るに、彼らは皆、自分の今の境遇に不満を持っています。その感情が怒りとなって現れている人も居るでしょう」


「それはまるで、エイダ様ご自身には関係無いような口ぶりなのですね?」



疑問の表情を浮かべる彼女に、僕は自分の考えを伝える。



「僕はノアとして、不当な扱いを受けたことは1度や2度ではありませんでした。それでも、僕にはそんな扱いを跳ね返せるだけの力があった。だからこそ、本当の意味で自分の事をノアとしては認識していなかったかもしれません」


「では、ノアの扱いはこのままで構わないと?」


「いえ、僕自身への扱いは良くても、友人に対するものは我慢できませんでした。こう言うのも傲慢ですが、友人達には逆境を跳ね返せる実力が乏しい。それも、身分や社会的な地位が固まっていない学生の内は特に」


「・・・エイダ様の今の影響力をもってすれば、現状のノアに対する差別を止めさせる事も可能だと思いますよ?」



彼女の指摘に、僕は小さく頷いた。



「そうでしょうね。そしてそれは、既に実際に現実のものとなりつつあるでしょう」



僕はアッシュ達から聞いた、周りの対応の変化の話を念頭にそう伝えたが、彼女の反応は微妙なものだった。



「エイダ様、それはおそらくエイダ様の近しい友人だけの変化ではないでしょうか?私の調査では、一般社会のノアに対する扱いへの変化はほとんど見られておりません」



彼女の話しに僕は、「やはりそうか」という心境だった。周りの人達は、エイダ・ファンネルという常識外れの力を持つ僕の事を注目しているのであって、僕がノアであるという事は、ほとんど意識にないのだろう。



「そうなる可能性は予想していました。おそらく僕が積極的にノアへの待遇改善を呼び掛けたところで、今とそう状況が変わらないのではと考えています。もしかすると、より陰湿な差別に変わるだけかもしれません」



そう、例え僕が動いたとしても、それは形を変えた差別に姿をすり替えるだけだろうと思っている。そんな僕の言葉に、彼女は胸の前で手を組み、上気した頬で見つめてきた。



「まぁ!さすがエイダ様です!そこまで考えが及んでいるなんて、私は感激しました!!」


「あ、ありがとうございます・・・」



彼女のあまりの圧に、若干引き気味になってしまった。そんな僕の事を気にすることなく、彼女は言葉を続けた。



「ご自身の影響力をそこまで客観視されていらっしゃるエイダ様に、私から提案があるのです!」


「な、何でしょうか?」


「実はこの学院生活において、私の護衛を勤めて頂きたいのです!!」


「ご、護衛ですか?既に背後に2人の護衛がいるように見えるのですが・・・」



僕の言葉に、彼女は笑顔を崩すことなく話続けた。



「勿論この2人には護衛を続けていただきます。私が女性である以上、同性でなければ入れない場所もありますし。ですが、彼女達も四六時中私を護衛し続けるわけにはいきません。当然ですが休暇等もありますので」


「それはそうでしょうね」



彼女の話に納得するように僕は頷いた。いくら仕事とはいっても、一年中彼女の側を離れないというわけにはいかないだろう。



「ですので、彼女達の休暇中や護衛の人数が必要になった場合に、エイダ様のお力を借りたいのです!」


「・・・ですが先程指摘したように、僕が護衛したとしてもノアの待遇は変わらないのでは?」



僕の指摘に、彼女は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。



「はい。ですのでエイダ様のご学友であるロイド家のご子息、アッシュ様にも護衛の依頼を、と考えています」


「・・・つまり、僕だけではなくアッシュも有能であると世間に示すことで、ノアに対する偏見や差別を軽減しようということですね?」


「ええ、仰る通りです!」



僕の推察に、彼女は満足げな笑顔を浮かべていた。確かにそれならば僕という例外的なノアではなく、一般的なノアであるアッシュにも注目が集まる可能性がある。公爵令嬢という王族に近しい重要人物の護衛をノアが行うのは、世間的にもインパクトはあるだろう。それが一般的に言われているノアであるならば、効果はより高くなるはずだ。


しかし、不安なこともある。



「ノアの境遇を改善するということは、王家の意向に背くことになりませんか?」



僕は以前、王城に招かれた折り、国王から直接確認されたことがあった。すなわち、この国の現状を変えたいかという問いだ。積極的に変えるつもりはないと発言した手前、彼女の提案に乗るのはどうなのだろうとも考えてしまう。そんな僕の不安に、彼女は首を振った。



「ご心配には及びません。叔父様・・国王陛下には既に私の考えを伝え、了承も貰っております。ただ、アッシュ様はロイド侯爵家の次期当主に指名されましたので、ノアへの考え方を変えるインパクトは少し弱まってしまうかもしれません」



申し訳なさそうな表情をする彼女の言葉に、その理由を考える。



(元々アッシュは、お兄さんが次期当主になると同時に貴族家を廃嫡されるって言ってたから、どちらかというと一般的なノアとして見られていたのが、次期侯爵になったことで、ノアではあるが高位の貴族という色眼鏡で見られるって訳か・・・)



とはいえ、一般社会からみた場合はそうだとしても、貴族社会から見るとなると、アッシュの前途は多難だろうと考えられる。そう思うと、ここで公爵令嬢の依頼を受け、少しでもノアの地位を向上することは、彼自身の将来を良くするという面でも必要な事かもしれない。



「アッシュには依頼について、既に伝えているのですか?」


「いいえ、エイダ様のご了解を頂いてからと考えています。もしエイダ様がこの依頼を受けず、アッシュ様が単独で護衛し、私にもしもの事が起こってしまえば、ノアの地位だけでなく、アッシュ様の立場も今まで以上に地に落ちる可能性もありますから」



彼女の推察に、ありえそうだと頷く。特にロイド公爵家を邪魔に思っているような政敵がいるのであれば、そんな絶好の機会を逃すことはないだろう。



「確かに仰る通りですね。アッシュが単独で依頼を遂行するには、色々と邪魔者も現れそうですし・・・」


「残念ながら、エイダ様のお考えの通りでしょう。貴族とはそういうものですから・・・」



彼女は自分も貴族令嬢であるはずなのに、悲しげな表情で貴族を否定する言葉を呟いていた。そういえば彼女は公爵家の次女のはずなので、次期当主では無いのだろう。そう考えると、彼女の貴族から距離を取るような発言も分からなくはない。


彼女の身の上を推察していると、改めて真剣な表情で語り掛けてきた。



「それで、エイダ様は私の護衛依頼を受けていただけますでしょうか?当然ギルド経由で指名依頼を出しますので、学院の成績にもなりますよ?」



そう言うと彼女は、今まで石像のようにじっとしていた学院長に視線を向けた。その視線につられるように僕も学院長を見ると、ハンカチで額の汗を拭きながら、貼り付けたような笑顔で頷いていた。



「・・・分かりました、ミレアの依頼を受けましょう。アッシュには僕の方からも話しておきます」


「うふふ、ありがとうございますエイダ様!さすが、私が支えようと決めた殿方です!!」



僕の承諾の言葉に、彼女はまた狂信的な笑顔をしながら興奮した様子で頬を上気させていた。そんな彼女に対して僕は、極力失礼がないように引きつる顔を必死に隠した。



「そ、それは光栄ですね・・・」




 ミレアとの話も終わり、学院長室を退出すると、今の時間ならまだアッシュが居るだろうと考えて、その足で教室へと戻った。


教室の扉をあけるとアッシュだけでなく、カリンとジーアも机に座っていた。皆の様子から、コース選択用紙に記入しているところのようだった。



「・・っ!おう、エイダ!学院長は何の話だったんだ?」



教室に入ってきた僕に気付いたアッシュは、机から顔を上げて僕に声を掛けてきた。



「まぁ、ちょっとね・・・」



内容として単純な話では無かったので、僕は思わせ振りな返答を口にした。そんな僕の様子に、壇上に居るフレック先生は労うような視線を向けてきていた。おそらく先生は、ミレアからの要望を事前に聞いていたのかもしれない。



「その表情は、また何か面倒事でも舞い込んできたんかいな?」


「ほんとエイダって、巻き込まれ体質よね?」



僕の表情から何かを察したジーアは、呆れたような顔をしていた。カリンもジーアに釣られるように気遣わしげな表情をしながらため息を吐いていた。



「ははは、そんな体質は勘弁して欲しいけど、今回はアッシュにも関係する話でね・・・」


「えっ?俺もか!?」



僕の言葉に驚いた表情を見せるアッシュに、先程の学院長室での話を伝えた。もちろん、ノアが差別されるようになった原因の話は置いておいて、ミレアの護衛依頼の話だ。



「・・・つまり、俺もエイダと一緒に公爵令嬢の護衛をするってことか・・・」


「もちろん強制じゃないよ?一応話を聞く限り、アッシュに対するメリットも有りそうな話だったし・・・ジーアはどう思う?」



僕は、こういった話に鋭そうなジーアにも話を振ってみた。



「う~ん、悪い話では無いと思うで?公爵家は立場的に派閥を形成したり、加入したり出来へん完全な中立でなければならへんらしいけど、その割に王族に次ぐ影響力を持っとるから、その令嬢の護衛に指名されるっちゅうのは名誉なことにもなるで?」


「へ~。さすがジーア、よく知ってるね」



公爵家にそんな事情があったなんて知らなかったので、改めてジーアの情報力には驚かされた。



「まぁ、アッシュはんの侯爵家としての内情もあるし、決めるのはアッシュはんというより御当主様やろうけどな」



ジーアの指摘にアッシュの表情を伺うと、顎に手を当てながら考え込んでいた。



「国王陛下に事前に了承を貰ってるなら、父上も承諾済みだろう。もしかすれば今日中にも、その関係で手紙が来るかもしれない。まぁ、十中八九依頼を受けろって指示だろうけど」



アッシュは確信めいた言葉遣いで、自分の父親の判断を予想していた。その様子に僕は、確認するように疑問を口にした。



「そうなの?」


「ああ。俺を侯爵家の次期当主とするには、エイダとの繋がりだけでは弱いからな、箔を付ける意味も込めて、ノアの俺でも公爵家のご令嬢を守る力量と実績を、世間にアピールしたいだろうしな・・・」



アッシュは苦笑いを浮かべながら、父親の思惑を推測していた。おそらくその通りなのだろうか、ジーアが同意するように小さく頷いていた。



「そうなんだ・・・ところで、アッシュは次期当主になることについては、もう覚悟してるってことなの?」



ずっと気になっていたことではあったが、何となく話題にしにくい雰囲気もあったので避けていたのだが、この機会に聞いてみることにした。



「・・・まぁ、しょうがないだろうな。兄上は廃嫡で、しかも行方不明。姉上も家を追い出されてるし、必然的に俺がやるしかない。侯爵家に所縁の者達はかなり多いし、俺がやらないとその家臣達は路頭に迷う事になるからな・・・」


「そうか・・・」



アッシュは微妙な表情を浮かべながら、そんな想いを口にした。そこからは、とても次期当主に指名されたことを喜んでいるようには感じられなかった。そんなアッシュの様子に、僕は一言返すのが精一杯だった。ジーアも何と声を掛けていいか分からず、気遣わしげな表情で口を噤んでいた。


先程から黙っていたカリンは、どこか憂いを帯びた表情でアッシュの様子を見守っているようだった。
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