剣神と魔神の息子

黒蓮

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第八章 世界の害悪

開戦危機 26

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side オーラリアル公国



「では、今回の戦争においては時期を合わせ、共和国が王国と我が公国とを同時に相手するという事なのだな?」


「仰る通りです大公陛下。情報によれば、王国は共和国との開戦日時を来年2の月の初日と予定しております。我が国としても大義名分は、例の【救済の光】に国家として関与したということを指摘すれば問題ありません」



 公国の王城にある会議室の一室では、公国の主要人物である内務卿、軍務卿、財務卿、外務卿、情報部門長が円卓に集まり、戦争に向けての準備が進められていた。大公陛下は、その面子を前に、手に持つ扇で口元を隠しながら、集まっている者達の様子を伺うように周囲を見渡していた。


既に宣戦布告書は共和国へともたらされ、相手が交渉を求めてきている。しかし、公国はその交渉に応じるつもりは一切なかった。


公国の為政者達は、今回の戦争における大義名分が自分達にあり、長年争っていた共和国との資源争奪戦争に自分達が勝利という形で終止符が打てそうだというこの好機を、逃そうなどとは考えられなかった。


この国のトップである大公陛下は、王国と共謀するかのようなこの戦争には若干の忌避感を持っていたが、主要大臣達からの強い要請もあり、今回の戦争へと踏み切った経緯がある。そんな実情を確認するような大公陛下の言葉に、情報部門の長が答えていた。



「それで、共和国を打倒した後だが、王国との妥協点はどう考えている?」



既に大公陛下の頭の中には、共和国に敗れる事など考えになかった。それもそのはずで、相手国は2つの国を同時に相手取った戦いを強いられることになり、戦力を二分しなければならないからだ。そうなれば戦力差は一気に開き、公国の部隊が負けようなどとは考えられなかった。


その為、現実的な問題としては共和国に勝利して、そのまま王国との争いに突き進むのか、あるいは交渉を行い、共和国の領地を平等に分けることで和平条約を締結してしまうかということだ。


本来、魔術を見下す王国との和平など考えられないが、共和国が持つダグル山脈の資源が手に入るとすれば、あまり戦争ばかりに構ってはいられない。そんな時間があれば、自国を豊かにするための開発に力を入れて、国力を大きく向上させたいからだ。



「現状では共和国が降伏した後、すぐに王国に使者を向かわせようと考えています。領土の分割につきましては少し難儀するかもしれませんが、それでも多少妥協してでも一気に和平条約まで持っていこうと思います」


「ふむ。領土よりも技術開発を優先させたいということか?」



内務卿の考えに、大公陛下は少し考える素振りを見せると、その考えを読み解いた。



「左様でございます。あまり領土を広く持ち過ぎてしまいますと、その後の統治に些か時間が掛かるやも知れません。であれば、すぐに安定した統治が実現できるだけの領土分に抑え、時間を有効に活用することが最善かと・・・」


「なるほど、内務卿の言う事はもっともだな。となれば、今考えるべき最大の懸念事項は・・・」


「はい。剣神と魔神の息子であるエイダ・ファンネルという少年が、今回の戦争に対してどのような動きを見せるかということですな」



大公陛下が口にした懸念の言葉に、軍務卿が代弁するように口を開いた。そんな懸念を払拭するような情報を、外務卿が口にした。



「情報によれば、彼は自分の想い人を【救済の光】に人質に捕られたことで動きを封じられたばかりか、共和国との考え方の相違により、国から離反したということでございます」


「それは・・・なんとも都合の良い話だな。その情報、間違いないのだな?」



あまりにも自分達に有利な状況に、疑問を感じた財務卿が不安の声をあげた。それに反論するように、情報部門の長が発言した。



「確かな筋の情報でございますので、間違いはないかと」



断言するようなその言葉に、大公陛下は納得したような表情を見せつつ、手にしていた扇を勢いよく畳み、立ち上がって情報部門の長に指示を出した。



「分かった。しかし、彼の武力は驚異だ。万が一にも我が国にその力が向けられることは避けねばならん。その所在地などの情報は逐一収集しておけ。そして、可能であれば我が公国に引き込むのだ。共和国と反目したとなれば絶好のタイミングでもある」


「畏まりました。すぐに手配致します」


「よし!では各諸侯は、戦争の準備を進めてくれ!およそ2ヶ月後、グレニールド平原にて決戦である!」


「「「はっ!!!」」」



この会議室に集まった面々は、大公陛下の言葉に恭しく頭を下げながら了承の言葉を返した。






 時は少し過ぎ、エイダがカリンを救出してから約2週間の時間が流れていた。年の瀬も近づき、例年であればどの国も新年に向けての準備を始める頃だが、既に3か国同時に行う戦争が現実のものとなり、各国共にそちらの方の準備に追われている状況だった。



side ザベク・アラバス



「なにっ!我が組織の拠点が次々と壊滅しているだと!?」


「はい。各拠点からの連絡が次々と途絶え、確認に向かわせたところ、同志達の姿は消え、拠点の建物も無惨に破壊されていたとの事です」



 【救出の光】の所有する拠点の一つ、共和国の王都に程近いブレロという小都市にある建物の一室にて、この拠点にて情報収集の任に就いている女性の同志から私は信じがたい報告を受けていた。



「それで、壊滅した拠点の正確な数は分かっているのか?」


「現状で把握しているのは、6つの拠点が壊滅しているということです。その内3つの拠点は、“害悪の欠片”を使用した人体実験用の施設で、実験に使用した村人も一緒に消えていたようです」


「保管されていた『害悪の雫』は?」



彼女の報告を受けて、私は拠点に保管されていたはずの【害悪の欠片】から抽出した貴重な品の確認したのだが・・・



「全て破壊されていたということです」


「・・・・・・」



彼女の報告に、私はほぞを噛んだ。今まで順調だった計画が、少しづつ狂い始めてしまっているからだ。無敵であるはずの『害悪の雫』を取り込んだ存在を、容易く屠れる力を持った少年が現れたことがケチのつけ始めだったのかもしれない。


あの剣神と魔神と謳われた2人でさえ、肉体的にかなり無茶をしなければ『害悪の雫』を取り込んだ者を討伐できないと分かっていたからこそ組み上げた作戦だったというのに、あの少年一人の存在でこうも右往左往させられるというのは、些か癪に触るものがある。



「我が組織の拠点を襲撃したのは例の少年、エイダ・ファンネルですか?」



ここまでの事が出来る存在は、この世界にそうは居ないだろう。しかも各国はそれぞれ年明けの戦争の準備のために他の事に戦力を割くような余力など無いずだ。となると、自然とそれを成したのが誰かの検討は付くというものだ。



「い、いえ、それが・・・」



私の確認に珍しく報告する言葉を口ごもる彼女を訝しむと、何事かと先を促すような視線を投げ掛けた。そんな私の視線に気づいた彼女は、少し悩む素振りを見せながらも口を開いた。



「実際問題として、襲撃されたほとんどの拠点では生き残りの同志が発見できず、誰がそれを行ったのかは分かりません」


「ほとんど、という事は、生き残っていた同志もいたのですね?」


「はい。その内の1人の言葉では、謎の女魔術師、ファルと名乗る者にやられたと・・・」


「・・・謎の女魔術師?例の少年ではなく?」



彼女の言葉に耳を疑った私は、もう一度聞き返して確認を行った。



「実はこれも不確実な情報でして、そのファルと名乗った女魔術師は仮面で顔を隠していたので、声と髪型から女性だと考えたということです」


「・・・声と髪型など、いくらでも変えられるでしょう?例の少年が変装しているのでは?」


「はい。私もそう考え情報を収集したのですが、例の少年は同時期に王都でも目撃情報がありまして、断定することが出来ません」


「そんなもの、王都では身代わりを用意すればどうとでもなります。おそらくファルという女魔術師は彼の変装です。で、あるならば、こちらも彼の動きを拘束する手札を一枚切りましょう」


「いえ、それがですね・・・」



私の推察に納得できないのか、彼女は困惑した表情を浮かべていた。



「どうしたというのです?私の考えが間違っていると?」



苛立たしげに問いかけると、彼女は懐から地図を取り出し、机の上に広げた。



「実は断言できない理由がもう一つありまして、我らの組織の拠点の内4ヶ所については、ほぼ同時期に連絡が途絶えておりまして・・・」


「・・・4ヶ所同時にだと?」


「はい。その拠点はここと、ここと、ここと、ここです」



彼女は広げた地図を指差しながら、我が組織の襲撃されたという拠点を示した。その場所に私は目を見開いて今一度確認することになった。



「これは・・・本当にこの拠点を同時期に襲撃されたのか?」


「はい。4つの内2つは共和国内ですが、あと2ヶ所はそれぞれ王国と公国にあった拠点です。これだけ離れた場所となると、一瞬で場所を移動しない限りは、同一人物による襲撃は困難かと・・・」



彼女の言葉に、確かにその通りだと理解した。この大陸を端から端まで縦断するのに1500㎞はあるのだ。どんなに急いで移動したとしても1ヶ月は掛かる。あの少年が人外の速度でもって移動できたと仮定しても5日は掛かるはずだ。


にもかかわらず、ほぼ同時期に離れた4ヶ所が襲撃されたとなると、同一人物だとは考えにくい。おそらく彼を手伝う者がいる。この戦争が近い状況下で、それなりの武力を持って我が組織の拠点を制圧できるとなれば、剣神と魔神と言われた彼の両親だ。



(・・・だが、それでも3人。4ヶ所を同時となるともう一人・・・いや、それなりの武力集団だと考えられる。あの公爵家か?いや、あの家は情報収集に特化している。直接的な武力という観点で言えば、それほどの規模ではない。では、どこが・・・いや、待て待て待て!考えるべきはそこじゃない!!我が組織の拠点の場所を正確に把握してなければ出来ない所業ではないか!!)



そこまで考えたとき、私は深いため息を吐くと同時に苦笑を浮かべつつ、少し考えを纏めてから口を開いた。



「どうやら我々は、例の少年だけでなく彼の両親である剣神と魔神、更には彼に味方している勢力と相対しているようですね。それに、どうやら我が組織の拠点の正確な場所も知られているようだ」


「っ!!そんな!如何されますか!?」



私の言葉を聞いた彼女は、焦りの表情を浮かべながらどうすべきかの指示を仰いできた。



「予定を繰り上げます。同志達には現在の拠点の放棄を!人体実験の人間どもはそのまま破棄で構いません。『害悪の雫』の在庫を確保し、例の場所に集結するようにと」


「畏まりました。では、各国の城内に潜入している同志達に、例の物を手に入れるように伝令を出します」


「そうですね。今ならどの国も戦争準備のゴタゴタで、警備は薄れているでしょう。本当なら戦争が始まって、3か国が疲弊してからの方が確実だと考えていましたが、仕方ありませんね」


「例の少年への牽制は如何致しますか?」



私の考えに彼女は大きく頷くと、話題を変えて、おそらく変装してまで行っていた少年の行動に対する報復をすべきか聞いてきたが、今は時間が惜しい。



「こちらも動きを加速する必要がありますからね、余計な手間をとられたくない。最優先事項は、次の段階へ動きを進める事です。人質である彼女の事は、一旦後回しです。それよりも、例の同志の状態はどうです?」


「かなり馴染んでいるようですが、自我はギリギリです。これ以上の投与は、完全に理性を失いそうです」


「・・・頃合いですね。例の同志は我ら【救済の光】の目的の核を担ってもらいましょう」



私は彼女の報告から、自分達の目的の成就まで、あと一歩のところまで来ていることを実感していた。



「はい。事が順調に運び、同志達が集結し終え、全ての準備が整うのには、おおよそ2ヶ月弱は掛かるかと思われます」


「ふふふ・・・奇しくも我々の目的の成就は、3か国の戦争開始と同時期ですか。では全ての準備を整え、この世界で初めて”世界の害悪”が誕生した場所、グレニールド平原で新世界誕生の狼煙を上げましょう」


「了解しました!すべては我らが理想郷の為に!」



恭しく頭を下げて退出した彼女を見送り、私は窓から外の景色を見つめながら、これからどのように行動を加速させていくかについて考えを巡らせるのだった。
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