剣神と魔神の息子

黒蓮

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第八章 世界の害悪

復活 4

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 開戦が迫った1の月の最終週。結局僕は今日に至るまで、エレインを見つけ出すことが出来なかった。


【救済の光】が拠点を放棄して、場所を転々と移動しているためか、もはや構成員の「こ」の字も見つけられないまま、淡々と時間は過ぎ去ってしまった。手懸かりとなる情報もなく、ただ闇雲に戦場になるグレニールド平原近くの村や街などを捜索しているのだが、成果はまるで得られなかった。


また、既に共和国内の至るところで僕の指名手配書は貼り出されてしまっているため、村や街に入るにしても正門を避け、認識阻害の魔道具を使用して忍び込まなければならない。しかも、行く先々で僕についての悪口を人々が噂しているのを耳にすると、さすがに気分は悪くなる。偽物だったとか期待外れだとかはまだましで、犯罪者だ悪魔だという事を言われるのは、例え冤罪だったとしても、いや、冤罪だからこそ怒りが込み上げてくる。


ここ数日、こうして姿を隠して何か情報が無いか探しているのに、聞こえてくるのは僕への辛辣な評価や悪口だ。その話もいつの間にか尾ひれや背びれが付き、僕が強盗や人攫いをしているとか、果ては殺人などを犯しているとの噂も聞こえてきた。そんな見に覚えのない話を延々と聞かされていると、つい姿を現して詰め寄りたくもなってしまう。


その話の真偽を確認しようともせず、自分達は何もしないくせに不満だけは垂れ流す。そんな住民達を見ていると、果たしてこの国の平和の為に動くことは正しいことなのかと、疑問を持たざるを得なかった。



(・・・とにかく今はエレインを探さないと。後の事はそれから考えよう)



いつしか僕の考えの中には、エレインが目指していた共和国の平和という考えは消え去り、彼女を救出するという事だけが残っていた。そして彼女を助けた後、僕自身はどうするべきかということも、葛藤はあるものの、ほとんど考えが纏まってきていた。



(エレインの目指した夢を代わりに実現することが出来ないどころか、一緒に並び立つことすら出来なくなってしまった・・・きっとエレインは、自分の夢を貫く道を選ぶはず。その時、僕が邪魔な存在にはなりたくない・・・)



こんな状況になってしまっても、僕はエレインと共に歩みたかった。でもそれは、彼女に夢を諦めさせることに他ならない。一緒に来て欲しいと彼女に告げてみたところで、あの王城の中庭での時のような事になるかもしれない。


あの時はハッキリと拒絶の言葉を言われたわけではないが、さすがに国を捨てて僕についてきて欲しいなんて言えば、今度こそ呆れられて明確に拒絶されるかもしれない。僕はその光景を想像するだけで、とても恐怖した。そして、拒絶の言葉を聞かされるくらいなら、何も言わない方が良いとさえ思っている。


そう考えると、エレインに会いたいのに会いたくないという矛盾した思いが日増しに強くなっていき、最近は精神的にとても疲れていた。弱っていると言ってもいい。だからだろう、たまたま立ち寄った街で、いつもなら聞き流していたであろう住民達や騎士達の言葉に、頭に血が昇った僕は魔道具の外套を脱ぎ捨て、その姿を衆目に晒してしまったのだ。




「いい加減にしろよ!有ること無いことをベラベラと!僕がどんな思いで過ごしていると思っているんだ!!!!!!!!」


「「「っ!!?」」」



 この都市の中心街のような場所で、僕は今まで溜まりに溜まっていたストレスを吐き出すかのような大声をあげた。それはまるで魔獣の咆哮のような叫びとなって、近くに居た者は僕の無意識に漏れ出た殺気に当てられたようでバタバタ倒れていった。


幸いにしてと言うべきか、倒れた人達の胸が上下していたので死んだわけではないだろう。しかし、泡を吹いて倒れるもの、白眼を剥いて倒れ伏しながら失禁しているもの、少し離れた場所では子供達の鳴き声も聞こえてきて、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。



「な、何事だ!」



少し離れた所を巡回していたのか、この街の騎士団達が鎧の音を鳴らしながら近づいてきてきた。



「こ、これはいったい・・・す、すぐに応援を呼んで倒れている住民を救助するよう要請しろ!」


「りょ、了解!」



駆け付けた騎士は、多数の住民が倒れている様子に驚きの表情を浮かべるも、すぐに部下とおぼしき騎士に指示を出していた。そして、この騒動の中心にいる僕へと視線を向けてきた。



「き、君がこれをやったのか?」


「・・・だったらどうした?」



その騎士は恐怖に震えるような声で恐る恐る話しかけてきたが、僕はそんな彼に対してことさら冷たい口調で言い放った。



「い、いったい何をしたんだ?こんなに大勢の住人を・・・まさか、殺したのか?」


「ふん!自分で確かめてみればいいさ!この不満を垂れ流すことしか出来ず、真実を確かめようともしない愚かな住民達をな!」


「いったい何の話だ?君は・・・何者なんだ?」



僕の言葉に彼は息をのみ、探るような視線で僕を誰何すいかしてきたが、街中に指名手配の似顔絵が貼られているのに僕が誰か気がつかないとはお笑い草だった。



「はっ!自分達で指名手配しておいて僕の顔も覚えていないとは、ずいぶんと仕事に真面目な騎士様だな?」



皮肉たっぷりに言い放った僕の言葉に、彼はハッとしたような表情をしてゆっくりと口を開いた。



「ま、まさか、国家反逆罪を犯したエイダ・ファンネルか!?」


「ふん!自分達の人気取りの為に冤罪吹っ掛けておいて、ずいぶんな言いようだな?」



彼の犯罪者だと断定している物言いに苛立った僕は、挑発的な返答で言い返した。



「な、何を言っている!貴様が王笏を盗んだということは分かっている!おとなしく盗んだものを返して投降しろ!」



彼は僕に剣を向けながら、声を荒げて投降を促してきた。それを聞き入れるつもりもないし、盗んでもいないもの返せと言われても苛立つだけだった。



「盗んでいない物を返すことは出来ないな。大体、あんなもの盗んでどうするっていうんだ?」


「バカを言うな!国からの正式な発表なのだぞ!盗んでいないなどと、どの口が言う!?それに、あれは国宝だ!どれだけ価値があると思っているんだ!!」



僕の言葉に目を丸くして反論してくる彼に深いため息が出た。やはり僕が何を言おうが、国からの言葉を優先的に信じる彼らには、冤罪を主張したところで状況は変わらなかったからだ。



 そんな事を話していると、応援を呼びに行った騎士が戻ってきたようで、複数の人の気配がこちらに向かってきていた。



「これはいったい何事だ!?」



駆け付けた騎士の中でも一際豪華な装備に身を包んでいる男が、住民達が倒れ伏している様子を見て驚きの声をあげた。



「っ!隊長!彼です!指名手配犯のエイダ・ファンネルです!」



男の登場に、今まで僕と相対していた騎士が安堵した表情をしながら、隊長と呼んだ男の元に駆け寄っていった。



「小隊長、状況を報告せよ!」


「はっ!奴は国家反逆罪で指名手配中のエイダ・ファンネルであります!何らかの方法で住民達を気絶させたようでしたので、救助のために応援を要請。現在まで私が彼を説得して投降を勧告するも拒否されました!」


「分かった!あとは私の方で対応する。お前達は住民の救助に全力で当たれ!」


「はっ!了解しました!」



隊長さんは状況を確認すると、素早く指示を出して自分以外を住民の救助に向かわせていた。小隊長と呼ばれた彼が隊長の指示を駆け付けた騎士全体に周知し、救助を始めるところを確認したところで、隊長さんは僕の方へゆっくりと近づいてきた。



「私は第三騎士団隊長、ネルサン・ガイスだ!反逆者エイダ・ファンネルよ、住民を害したお前を逃がすわけにはいかない!おとなしく拘束されろ!!」



自分の所属を名乗った彼は身体に闘氣を纏い、槍を構えながら僕を威嚇してきた。



「僕は何も手を出していないんだけどねぇ。彼らが勝手に倒れただけだよ」


「見苦しい言い訳を!英雄だなどと担がれたようだが所詮は子供!そもそも国の英雄であれば、この国を実際に守護している騎士から選ばれるべきだったんだ!それをこんなどこの馬の骨とも知れない子供に指名したのが全ての間違いだ!」



彼は隙無く槍を構えながらも、英雄の選定方法に疑問があったのか、恨み言を吐露していた。そんな彼に対して、僕は呆れながら口を開いた。



「そんなことを僕に言われてもね。国王にでも抗議したらどうだい?」


「ふん!必要ない!既に間違いは正されたのだ!親の威光で英雄に祭り上げられた子供など、私が圧倒して見せよう!今ならお前の降伏を認めるが、そうでなければ死んでもらうぞ!命令では、お前の生死は問わないと言うことだからな!」



彼は挑発的な物言いで、僕を見下すような視線を向けてきた。僕と戦う気満々の彼の様子に、ふと口元を緩めた。



「ムシャクシャしていたところだし、丁度良い。掛かってこい。ハンデとして僕は素手で相手してあげるよ」



僕は背負っていたリュックを地面に下ろすと、右手を前に差し出し、手のひらを上に向けて手招きするようにして彼を煽った。



「傲慢だな。それが命取りだ。覚えておくと良い!お前を撃ち取ったのは、真の英雄となるネルサン・ガイスだと!!」



彼はどうやら英雄願望でもあったのだろう。そう宣言するやいなや、間合いの中に踏み込んできて突きを放ってきた。それは正確に僕の心臓を狙った一撃で、一応口だけでなくそれなりに実力もあるようだ。


だが・・・



「ふっ!」


「っ!なっ!?」



僕は彼が突き込んでくる間に白銀のオーラを纏うと、槍の穂先を払い除けた。素手で穂先を払い除けたことに驚いたのか、それとも自分の全力の突きがいとも容易く払い除けられた事に驚いたのかは分からないが、彼は逸らされた自分の槍の穂先と僕の顔を交互に見て、驚愕の表情を浮かべていた。



「そんな程度の力で僕を撃ち取るだなんて、冗談だろ?子供のお稽古槍術じゃないんだから本気でやってもらわないと、僕もストレス発散出来ないじゃないか」


「っ!き、貴様!!私を愚弄しおって!もう許さんぞ!!」



僕の言葉に彼は簡単に逆上し、技と言うのもおこがましい力業で槍を振り回してきた。そんな彼の攻撃に対して、僕はそこを一歩も動くこと無く、全ての攻撃を片手で逸らして見せた。さらに挑発も込めて欠伸をして見せると、彼は一段と顔を赤くし、激怒した表情で突き込んできた。



「くそっ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!」


「・・・・・・」



激昂している彼に反して、僕は段々と冷静になっていった。あまりにも彼が弱過ぎてしまったが為に、つまらなくなってしまったのだ。




「はぁはぁはぁ・・・・」


「・・・・・・」



 そうしてしばらく攻防を続けていると、隊長さんの体力の限界が来てしまったようで、闘氣もかなり不安定となり、額からは汗が滝のように流れ、槍を持つその手にも力が入っていないようだった。



「はぁ・・・こんなもんか?ストレス発散にもなりゃしないな」


「・・・・・・」



彼は既に僕に敵わないと悟っているようで、もはや僕の挑発に反応を示さなくなっていた。ただただ、青い顔をしながら僕に相対しているだけになっていた。



「もういいや。僕も目的があって、それほど時間に余裕はない」


「・・・ど、何処に行こうというのだ?」



僕の呟きに、彼は槍を降ろしながら聞いてきた。その表情は、もう戦いは終わったとでもいうようなものだった。



「言う必要はないだろ。それに、なに終わった気になっているんだ?」


「な、何の事だ?」



僕の指摘に、彼は目を見開いて疑問の表情を浮かべていた。



「僕を殺す気で掛かってきたのだろう?だったら自分が殺されても文句は言えないよな?」


「っ!!ま、まさか、私を殺す気なのか?」


「おかしな事言うなよ。何で自分の命を狙った者を無傷で帰さないといけないんだ?」


「・・・や、止めてくれ」



僕の指摘に、彼は蒼白な表情で恐怖のあまり震えていた。



「何で僕がお前の言葉を聞かないといけないんだ?僕の言葉を聞こうともしないお前の言葉を」


「ひっ!ゆ、許してくれ!私は国からの命令に従って動いていただけだ!」



僕がゆっくりと彼に近づいていくと、彼は恐怖にひきつった表情を浮かべながら許しを乞うように懇願してきた。



「国の命令は関係ないだろ?あんたは英雄になろうと僕を殺そうとしたんだ。それはあんたの意思だろ?」


「し、知らなかったんだ!こ、こんなに実力差があるなんて!!」


「なら、あの世で自分の無知を嘆くがいいさ!」



そう言うと僕は彼の持っていた槍を蹴飛ばすと、少し離れた家の壁に突き刺さった。そして、右拳を握り締め、彼の心臓目掛けて正拳突きを放つ。



「死ね!」


「ひぃぃぃぃぃぃぃ」


「待ったーーーーーー!!!!」


「っ!?」



突如辺りに響いた叫び声に、僕は咄嗟に手を止めていた。隊長の彼は寸前で止まった僕の拳を見つめると、白眼を剥いて気絶して、そのまま後ろに倒れた。



「ま、間に合った・・・」


「・・・・・・」



声のした方に視線を向けると、そこには全速力で駆け込んで来て、荒い呼吸をしながらも安堵の言葉を漏らすエイミーさんの姿があった。
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