剣神と魔神の息子

黒蓮

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最終章 未来

最終決戦 17

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 しばらく平行線が続いていた王子と盟主の主張に変化がもたらされたのは、意気揚々とした表情でこの場に現れたエイミーさん達の登場だった。



「観念なさいフレッド殿下!あなたの行った悪事の証拠は、私達が確保しました!!」



先頭に立つエイミーさんが、開口一番にドヤ顔をしながら王子に向かって書類の束のようなものを掲げながら言い放っていた。その言動は、自分の国の王子に対してあまりにも不敬な言い方だったので、こちらの方が心配になってしまうが、余程確かな証拠を手に入れたのだろう。


ただ、隣にいるセグリットさんは目を見開き、口を大きく開けながらエイミーさんを凝視していたので、彼女の言動は予想外の事だったようだ。そんなセグリットさんは、フードを目深に被せた黒い外套を纏う人物を引き連れていた。その人物の顔は見えないが、両手を縛っているようで、外套の隙間から出ているロープをしっかりとセグリットさんが握っていた。


ちなみに、公国の2人はこの場には来ていないようだ。まぁ、他国の間者である人物がここに来たら、余計ややこしい事態になってしまうのでその方がいいだろうとも思う。



「・・・妹直属の近衛騎士だったか?君の言動は王族である私に対して失礼極まる態度をとっているのだが、その自覚はあるのかね?」



王子の引き連れている近衛騎士達は未だ父さんの殺気に当てられていて、口を開けるのも儘ならないらしく、王子は少し不快な表情を浮かべながらエイミーさんに問いかけた。



「王族だろうとなんだろうと、この国を危機に陥れようとした相手に対して持つ敬意なんてないんですけど!それに、私達にした所業も忘れてないんですけど!!」


「言うじゃないか?君の言う証拠とやらは何なのだね?内容が証拠足り得ないとなれば、君は個人的な感情で王族である私を貶したとして、不敬罪で処罰する必要があるのだぞ?」



鼻息荒く主張するエイミーさんに対して王子は、冷静な面持ちで対応していた。その様子に、セグリットさんも不安な眼差しをエイミーさんに向けていた。


そして他の面々も、彼女のこれからの発言内容に興味深々と言った様子で、その動向に注目して口を噤んでいるようだった。



「余裕でいられるのもそこまでよ!本陣の天幕内で見つけたこの書類には、【救済の光】からの資金供与の詳細と、その使途が綴られているわ。これはいわゆる裏帳簿なんですけど!」


「あぁ、そのことか。先程もサーシャ殿達から疑われたことで弁明したのだが、私はあくまでも組織に協力する振りをしていたに過ぎない。しかし、どこで組織の構成員に見張られているか分からないからね、受け取ったお金を散財して、私が組織に取り込まれているように演技して見せたのだよ。その為のお金に国の資金を使うわけにはいかないからね、ちゃんと別で管理していただけの話さ。つまるところ、近衛騎士である君達に少し手酷い対応をしていたのも、組織の連中に勘ぐられないようにするためだよ」



エイミーさんの指摘に、王子は冷静に反論してみせた。先ほど母さんと同じようなやり取りをしていたので、返答の内容がよりスマートになっているような気がする。



「なら何故王子の近衛騎士達は、この書類を処分しようとしていたの?全員拘束させてもらったけど、火魔術で焼き尽くそうとしてたんですけど?」


「あぁ、きっと私に変な疑いが掛からないようにと配慮して動いてしまったのだろう。こう見えて私は、部下からの信頼も厚いようでね。嬉しいことだが、時には私の思いを越えて行き過ぎた行動に出てしまう者もいるのだよ」



王子は裏帳簿を処分しようとした騎士に対して、困ったものだというような表情をしながらため息を吐いていた。その様子は心底そう思っているようで、不自然さを感じさせないほどだった。



「なら、協力相手でもあった【救済の光】の構成員を殺そうとしていたのは何故?その騎士は天幕を火魔術で焼き尽くしたあげく、彼女まで殺そうとしていたんですけど!?」



そう言うとエイミーさんは、セグリットさんと共に背後に控えていたフードを被っていた人物を指差した。王子はエイミーさんの言葉に「そうか、焼き尽くしたか・・・」と呟くと、彼女の指差す人物に興味なさげに視線を向ける。するとその人物は、被っていたフードをゆっくりと降ろして顔を晒した。



「よくも我が組織を切り捨てようとしてくれましたね、フレッド殿下?」


「・・・ナリシャか。聞いていただろうが、私は君達組織を壊滅させるために手を組んだフリをしていただけだ。それに、君を殺そうとした近衛騎士も先程言ったように、私に対する忠誠心の高さゆえ、無用な批判を浴びぬようにと君の始末に動いてしまったのだろう」



エイミーさん達が連れてきた人物は、エレインが組織に囚われている際に、彼女の身の回りの世話をしていたと言っていた女性だった。その女性は憎悪に身を焦がしたような表情で王子に嫌味を隠そうとせず言い募っていたが、当の王子は素知らぬ顔をして彼女の言葉を流していた。



「良く口が回りますこと。共和国の英雄というカードを妹さんに取られ、自分の今の立場が危ぶむことに相当な危機感を募らせたあなたが、今回の作戦を早めるように何度も進言してきていたではないですか?」


「ふん!それは違うな。ただ単に君達組織を壊滅させるための下準備が整ったので、時期を早めようとしたに過ぎん」


「あらあら、あれほど組織の目的が成就した際の自分の役割について、何度も何度も確認してきたではありませんか?本当に自分に共和国の統治を任せてくれるのかと」


「だからこそ私を疑わなかっただろう?私は自らの卑しい姿を見せることで、より信憑性を持たせたのだよ」



そんな言い争いを続けているナリシャさんと王子の間に、盟主の彼が割って入ってきた。



「ナリシャ!良く無事だった!は無事なのだろうな?」



血走った目を見せる盟主に対してナリシャさんは、口元を大きく歪めた笑みを浮かべていた。



「ええ、勿論ですわ。協力者が万が一裏切った場合に備えて大切に保管していた、大事な大事なものですもの」


「・・・・・・」



盟主の彼に対するナリシャさんの返答に、一瞬王子はギョッとした表情を浮かべていたが、迂闊なことを言うべきではないと考えたのだろうか、すぐに表情は先程までと同様に、余裕の笑みを浮かべていた。






side フレッド・バーランド・クリニア



(まさか、まさか、まさか、まさか・・・)



 妹の近衛騎士がこの場に現れたことで、状況は様変わりしてしまった。サーシャ殿やジン殿は、私の言葉よりも彼女の言葉を聞こうと耳を傾けてしまっているのだ。


しかも、私の部下である騎士を拘束したと主張したことから、証拠の隠滅が間に合ったのか不安にとらわれてしまった。もちろんそんな思いはおくびにも表情には出さないように、彼女の掲げる書類について一つ一つ論破していった。


途中、「天幕を焼き尽くした」という彼女の発言で、部下が先んじて組織が所有している証拠を隠滅したのだと考え、安堵して応対していたのだが、盟主の確認の言葉にナリシャが嫌らしい笑みを浮かべたことで、再度不安が荒波のように押し寄せてきた。


当然その感情を表に出すはけにはいかないので、私は努めて心を落ち着かせ、余裕の表情を浮かべることで内心を悟らせないようにした。嫌な汗が背中を伝っていくのを感じていると、ナリシャは懐からあるものを取り出した。



「・・・それが大事なものなの?」



ナリシャが手にしているものは、一見すると煤まみれになった15センチ程の筒状の何かでしかなかった。だからだろう、妹の近衛騎士の彼女は怪訝な表情で、その真っ黒になった筒を見つめながら疑問の声をあげていた。



「ふふふ、そうですわ。これは各国の為政者達が、自国の内情や軍事機密を我々の組織に売り渡した確たる証拠。いくら言い逃れて誤魔化そうとしても、自国の機密情報を渡していたことがバレれば、さすがに演技だと言い張れないでしょう?」



そう言いながらナリシャは左手に持つ黒い筒状の何かを外套の裾で擦りだした。すると、煤で汚れていた表面が綺麗になり、その筒は眩しいまでの輝きを放った。



「っ!これは・・・巨大なダイヤモンド?」



太陽に照らされて光輝くそれは、まさしくダイヤモンドを筒状に加工したものだった。貴族達から装飾品として好まれるダイヤモンドは、非常に価値のあるもので、商人の中にはお金の代わりにダイヤモンドで取引をする者までいるという。


とは言え、そのダイヤモンドと機密情報のやり取りについての証拠との接点が分からない。ダイヤモンドなど市中にいくらでも出回っているからだ。それをもって私が国の情報を売り渡したなどと言えるわけがない。よもや、その情報で儲けたお金で買ったとでも言うつもりなのだろうか。



「ふふふ、その反応・・・これが本当は何なのか分かっていないみたいね。まぁ、確かに見た目はただのダイヤの棒ですからね。ですがご存じですか?ダイヤモンドってとっても固くて、滅多なことでは壊れないんですよ?それに、火魔術に曝されたくらいの温度では溶けることもない。しかも見た目はただの宝石・・・これって、重要なものをこの中に隠せるようにしたら、とても素晴らしいと思いません?」


笑みを浮かべる彼女の言葉に、私はようやく理解した。それはただのダイヤモンドではなく、内部を加工して書類等を隠せるようにしたものなのだろう。しかも外見は宝石なだけあって、大事そうに持ち運んでいても不審に思わない。機密情報を狙うような相手の目を眩ますには、最高の隠し場所だ。



(しまった!まさかそんなところに隠していたとは!!まずいぞ!まずい!もし、あの中に私が渡した機密情報があれば・・・)



組織から渡された資金を散財し、女につぎ込む程度の事ならいくらでも丸め込むことができる。今回の戦争に関しても、組織に加担していたことで共和国が不利になるような事態での開戦になっていることは、全ては相手を信用させるために必要な事だったとでも言えば言い訳が立つ。


しかし、自国の軍事機密や機密情報を渡していたとなれば話しは別だ。内容によっては、王族しか知り得ないようなものもある。必要な事だったと主張しても、その全てが正確な数字や内容である必要はないはずだと指摘される可能性が非常に高い。相手の信用を得るにしても、本当の意味では敵対をしているのなら、虚実を含めた情報を渡して撹乱しつつ、その情報に踊らされた相手を混乱のままに壊滅させる方が確実性が上がるのだから。


そのような手段をとらず、単に機密情報を渡していたとなれば、それは国に対する裏切り行為と断定されてしまうだろう。裏切りを否定したところで、その行為自体は事実だと公になれば、今度は能無しの王子の烙印を押されることになる。


この状況において、私が戦略も立てられない無能だと認定されてしまえば、次期国王は妹になってしまう。そうなれば妹は、今回共和国で出た組織による犠牲者に対する市民の怒りの捌け口として、私を糾弾して何らかの処罰を言い渡した後、政治の安定を図ることを目的に、私は一生を幽閉されて過ごすことになる可能性すらある。


私がどう言い繕ったところで、確固たる証拠を持ち出されてしまえば、これまで王子として築き上げてきた権力も地位も、全てが崩れ去ってしまう。



(それだけは避けねば!!)



そんなことを考えながらも、目の前の状況を注視していると、ナリシャがダイヤモンドの筒の上部を捻った。すると、蓋が取れるように筒が二つに別れた。懸念した通り、ダイヤモンドを加工した筒の中は空洞になっているようで、その中には丸まった数枚の書類が目に入ってきた。



(あれは絶対に処分しなければ!!)



もはや形振り構っていられない私は、周りの皆の注目がナリシャの手元に注がれる中、腰に提げている剣を抜き放ちながら彼女が取り出した書類を奪おうと斬りかかった。私の近衛騎士が魔神と剣神のせいで動けないでいる今、私自身がやらねばならなかった。


しかしーーー



「ーーーかっ・・ごっ・・・」


「っ!!で、殿下!!」



しかし、もうあと半歩というところで私は突然息苦しさを覚え、手に持っていた剣を落とし、地面に倒れ伏して喉を押さえながら苦しみもがく事態になった。いくら呼吸をしようにも、空気が吸えていないような状態だった。それはまるで肺に穴が空いているような感覚で、苦しみ続ける私の意識は次第に暗闇に飲み込まれていく。そんな私の様子に、近衛騎士団長の慌てた声と、這いずって来ているような音が聞こえた。



「あなたの肺の中の空気を消去しました。これから証拠を確認しますが、あなたがこんな行動に出た以上、後ろ暗い事があるのでしょう。おとなしく罪を認めて、裁きを受けるんですね」



薄れゆく意識の中で、私が聞いた最後の言葉は、少年の私を軽蔑する声だった。
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