BloodyHeart

真代 衣織

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悲痛

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 伊吹は階段を一気に駆け上がった。
 もう直ぐ三階だ。
 だが、角を曲がった直後、無数の針に襲われた。
 片脚を反転させ、一段下がる。伊吹は全て避けた。
 踊り場に刺さった針を見る。
 正体は分かっている。見るまでもない。
 問題は穂積の殺意だ。
 息を吐き、伊吹は気持ちを落ち着かせた。
「穂積、退いてくれ。俺はお前とは戦えない」
 歩を進め、伊吹は穂積を見上げた。
「だったら、あんたの負けね」
 穂積は右手を前に出す。
 針が放たれる前に、伊吹は穂積の右手を捕えた。
 裏拳を入れ、怯んだ右手を掴み、背に捻ろうとする。
 穂積は躱した。手首の関節を捻り、伊吹の背を転がった。
 伊吹の腹に蹴りを入れる。
 伊吹は嘔吐く。血が滴る腹を押さえる。
 踊り場で左手を向ける穂積を見る。
「厚底ブーツにも仕込んでいるのか……」
 穂積の厚底ブーツには、衝撃で鋲が出る仕掛けが施されていた。
 無表情の穂積だが、実は右手首の痛みを堪えている。
「上には行かせない。あんたの思い通りにはならない」
 覇気無く穂積は言う。
「芹沢の思い通りになるのか? お前は⁉︎ 分かってんだろ? このままじゃ……」
「あんた等の思い通りになるよりマシだ。あんたが望む未来に、私はいない!」
 伊吹は動揺した。穂積の叫びは悲痛だ。
 強烈な蹴りがくる。
 伊吹は右腕でガードする。
 穂積の左手が流血している腹に向かう。隠れてはいるが、手の甲には刃物が光っている。
 伊吹は左手を掴んだ。
「穂積、聞いてくれ! 俺はお前も大事だっ!」
 怒鳴る様に、伊吹は断言した。
 しかし穂積は聞く耳を持たない。脛に鋲が向かう。
 伊吹は上に避ける。片手を階段に突き、長い脚で穂積の両脚を払った。
 穂積は転ぶ。咄嗟に痛む右手を突いてしまう。
「っ⁉︎ 怪我をしているのか?」
 床に滴る血から想像出来る。かなりの深手だ。
「俺、軍用のいいやつ持ってるっ。使……」
「うるさいっ!」
 ショルダーホルスターに付属しているボディーバッグから、伊吹は医薬品のスプレーを取ろうとする。だが、穂積は立ち上がり襲い掛かった。
 穂積の左腕を伊吹は左に避ける。右腕を掴んだ。
 武器と包帯で隠れてはいるが、骨が見えるほど右手首は抉られている。
「重症じゃねぇか!」
「離せっ!」
 伊吹は離さない。手に持つスプレーを患部に吹き付ける。
「暴れるな! 傷が開くだろっ」
 透明な膜が傷を塞いだ直後、伊吹は左手で顔を平手打ちされた。
「っつ——」
 頭から頰を流血が辿る。
「お前は仲間じゃない! 志保だって私のだ! 国も親もない私達は、ずっと助け合って生きてきた。搾取される為に産まれてきた私達を、理解し合えるのは私達だけだ!」
 理解出来ない訳じゃない。俺だって元はヤングケアラーだ。唯一の希望だったオリンピックの夢も諦めた。
 でも、口には出さない。
 今は穂積の気持ちに寄り添いたい。
「でも、理解したいと思ってる」
 真っ直ぐな目で伊吹は訴えた。
「嘘吐き。だったら邪魔する訳ないだろ」
「それとこれとは——」
 言いかけ、伊吹は物音に気が付く。
 指示役の四人が逃げる。
「あんた等の思い通りになったら最後。私と志保は証拠と共に消される。それが存在しないヘイハイツの末路だ」
 正直、どうするつもりなのか分からない。そこは羽月頼りだ。
 掛ける言葉が見付からない。
 穂積の悲痛な胸の内が突き付けられている。
 でも現状は——。
 逼迫する現実に伊吹の心が揺さぶられる。
 
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