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そして白鬼は教会で
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朝、日の出よりも早く起きた白鬼は、窓際に置いた水槽で泳ぐ紫の魚に目をやりました。
「おはよう」
そう声を掛けると、紫の魚は泳ぐスピードを早くしました。その姿に笑みを零した後、白鬼は紫の魚に餌をあげました。
紫の魚への餌やりが終わると、白鬼は着替えて台所に向かいました。台所からは、すでに卵が焼ける香りが漂ってきていました。
白鬼が顔を覗かせると、ティグレがフライパンから目玉焼きをお皿に移しているところでした。
「おはよう、ビアンコ」
ティグレは輝くような笑顔を白鬼に向けました。『ビアンコ』というのは、教会で暮らす白鬼のためにティグレがくれた名前でした。
「おはようティグレ。スープをよそえばいいか?」
「うーん、それより先に子供たちを起こしてきて欲しいな。寝起きが悪い子もいるから、時間かかるのよね」
「分かった」
白鬼は子供たちの部屋に行きました。もう起きて着替えを済ませている子もいれば、まだ夢の中にいる子もいました。白鬼はカーテンを開き、寝ている子からむりやり布団をはぎとります。
「ほーら朝だぞ、起きろ起きろ」
「うー、もっと寝かせてよビアンコ兄ちゃん」
「いいけど、その代わりお前の朝ご飯は俺が食べるからな」
「ええっ、そんなのヤダ!」
こんな風にして、まだ眠いとぐずる子供たちを起こし、食堂へ向かわせます。
食堂の机には、もう人数分の食事が並んでいました。白鬼が子供たちを起こしている間に、ティグレと他の修道女たちが用意したようです。
「それでは、今日も神様の恵みに感謝して、いただきましょう」
年配の修道女がそう言うと、みんな目をつぶりお祈りを始めます。それから朝食です。白鬼には食事は必要ないのですが、不老不死であることは秘密ですので、みんなに合わせて食べます。
食事が終わると、掃除と洗濯の時間です。修道女と子供たちが半分に別れて、それぞれの仕事に取り組みます。
白鬼の今日の当番は、窓ふきでした。教会の全ての部屋の窓を、ピカピカに磨き上げていきます。
その後は、子供たちの勉強の時間です。白鬼も混ぜてもらって、一緒に勉強をしていました。文字は読めるのに書けない白鬼を、「変なのー」と子供たちがからかってきたことは記憶に新しい出来事です。
「では今日は、今の王様のことを学びましょう。王様の名前は分かりますか?」
「はい! フォスキーア様です!」
「その通り。では王妃様は?」
「はーい! エステート様でーす!」
「ヤオビ王国の第5王女様!」
子供たちの元気のいい答えに、白鬼はびっくりして思わず「えっ?」という声を漏らしてしまいました。途端にその場が、水を打ったように静まり返ります。
「どうしたの、ビアンコお兄ちゃん?」
「いや……王妃様は、ファイルヒェン様じゃないのか? 第6王女の……」
「だれそれー?」
子供たちと、若い修道女たちは首を傾げます。ティグレもそのひとりでした。顔をさっと青くしたのは、年配の修道女たちでした。
「ビアンコは勘違いして覚えているようね。記憶喪失だから仕方がないわね」
教師役の修道女が取り繕うようにそう言いました。白鬼は、別の修道女に袖を引っ張られ、廊下に出ました。
「どこでそのお名前を?」
白髪が混じり始めた髪をひとつにまとめているその修道女は、緊張した面持ちでそう小声で尋ねてきました。その様子に、白鬼は困惑しました。
「覚えている記憶の中に、ファイルヒェン様がフォスキーア様と婚約した、というのがあって……」
そう答えると、修道女は厳しい顔をしました。
「あなたは見た目よりも年上のようですね。これはあなたのために忠告しておきます。そのお名前は、二度と出さないように」
「なんでだ? ファイルヒェン様とフォスキーア様は、結婚しなかったのか?」
「いいえ、しました。しかし結婚式の後、いなくなってしまったのです」
「いなくなった?」
「ええ。フォスキーア様はそれをアナスン王家の恥だとし、彼女の名前を出すことを国民に固く禁じました。口に出したものはよくて禁固刑、悪くて死刑です。公式な記録にも、彼女の名は残っていません」
白鬼は背筋が凍るような気持ちになりました。それが表情に出ていたのか、修道女は心配そうな顔で白鬼の背中をさすりました。
「ビアンコ、あなたは今日はもう休みなさい。せっかく思い出した記憶なのに、ごめんなさいね」
「いや……教えてくれてありがとう」
白鬼はふらつく足で、自分の部屋まで戻りました。窓際の水槽では、紫の魚がゆったり泳いでいます。
ベッドに寝転がった白鬼は、ぼんやりと天井を眺めました。木目が、じわりとにじんでいきます。
「おはよう」
そう声を掛けると、紫の魚は泳ぐスピードを早くしました。その姿に笑みを零した後、白鬼は紫の魚に餌をあげました。
紫の魚への餌やりが終わると、白鬼は着替えて台所に向かいました。台所からは、すでに卵が焼ける香りが漂ってきていました。
白鬼が顔を覗かせると、ティグレがフライパンから目玉焼きをお皿に移しているところでした。
「おはよう、ビアンコ」
ティグレは輝くような笑顔を白鬼に向けました。『ビアンコ』というのは、教会で暮らす白鬼のためにティグレがくれた名前でした。
「おはようティグレ。スープをよそえばいいか?」
「うーん、それより先に子供たちを起こしてきて欲しいな。寝起きが悪い子もいるから、時間かかるのよね」
「分かった」
白鬼は子供たちの部屋に行きました。もう起きて着替えを済ませている子もいれば、まだ夢の中にいる子もいました。白鬼はカーテンを開き、寝ている子からむりやり布団をはぎとります。
「ほーら朝だぞ、起きろ起きろ」
「うー、もっと寝かせてよビアンコ兄ちゃん」
「いいけど、その代わりお前の朝ご飯は俺が食べるからな」
「ええっ、そんなのヤダ!」
こんな風にして、まだ眠いとぐずる子供たちを起こし、食堂へ向かわせます。
食堂の机には、もう人数分の食事が並んでいました。白鬼が子供たちを起こしている間に、ティグレと他の修道女たちが用意したようです。
「それでは、今日も神様の恵みに感謝して、いただきましょう」
年配の修道女がそう言うと、みんな目をつぶりお祈りを始めます。それから朝食です。白鬼には食事は必要ないのですが、不老不死であることは秘密ですので、みんなに合わせて食べます。
食事が終わると、掃除と洗濯の時間です。修道女と子供たちが半分に別れて、それぞれの仕事に取り組みます。
白鬼の今日の当番は、窓ふきでした。教会の全ての部屋の窓を、ピカピカに磨き上げていきます。
その後は、子供たちの勉強の時間です。白鬼も混ぜてもらって、一緒に勉強をしていました。文字は読めるのに書けない白鬼を、「変なのー」と子供たちがからかってきたことは記憶に新しい出来事です。
「では今日は、今の王様のことを学びましょう。王様の名前は分かりますか?」
「はい! フォスキーア様です!」
「その通り。では王妃様は?」
「はーい! エステート様でーす!」
「ヤオビ王国の第5王女様!」
子供たちの元気のいい答えに、白鬼はびっくりして思わず「えっ?」という声を漏らしてしまいました。途端にその場が、水を打ったように静まり返ります。
「どうしたの、ビアンコお兄ちゃん?」
「いや……王妃様は、ファイルヒェン様じゃないのか? 第6王女の……」
「だれそれー?」
子供たちと、若い修道女たちは首を傾げます。ティグレもそのひとりでした。顔をさっと青くしたのは、年配の修道女たちでした。
「ビアンコは勘違いして覚えているようね。記憶喪失だから仕方がないわね」
教師役の修道女が取り繕うようにそう言いました。白鬼は、別の修道女に袖を引っ張られ、廊下に出ました。
「どこでそのお名前を?」
白髪が混じり始めた髪をひとつにまとめているその修道女は、緊張した面持ちでそう小声で尋ねてきました。その様子に、白鬼は困惑しました。
「覚えている記憶の中に、ファイルヒェン様がフォスキーア様と婚約した、というのがあって……」
そう答えると、修道女は厳しい顔をしました。
「あなたは見た目よりも年上のようですね。これはあなたのために忠告しておきます。そのお名前は、二度と出さないように」
「なんでだ? ファイルヒェン様とフォスキーア様は、結婚しなかったのか?」
「いいえ、しました。しかし結婚式の後、いなくなってしまったのです」
「いなくなった?」
「ええ。フォスキーア様はそれをアナスン王家の恥だとし、彼女の名前を出すことを国民に固く禁じました。口に出したものはよくて禁固刑、悪くて死刑です。公式な記録にも、彼女の名は残っていません」
白鬼は背筋が凍るような気持ちになりました。それが表情に出ていたのか、修道女は心配そうな顔で白鬼の背中をさすりました。
「ビアンコ、あなたは今日はもう休みなさい。せっかく思い出した記憶なのに、ごめんなさいね」
「いや……教えてくれてありがとう」
白鬼はふらつく足で、自分の部屋まで戻りました。窓際の水槽では、紫の魚がゆったり泳いでいます。
ベッドに寝転がった白鬼は、ぼんやりと天井を眺めました。木目が、じわりとにじんでいきます。
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