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そして白鬼は悲しみに
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そうやってぼんやりしていると、扉が遠慮がちに叩かれました。はっと気が付いて窓を見ると、夕日が海に沈もうとしていました。
「ビアンコ、私よ。ティグレよ。ご飯を持ってきたわ」
「いらない」
「お昼、食べてないでしょ? 何か食べないと」
ティグレの声がとても心配そうだったので、白鬼はのそりと起き上がり、扉を開けました。案の定、そこには眉尻を下げたティグレが立っていました。
「ありがとう。今日は部屋で食うから」
「うん。……あのね、ビアンコ。あなたとちょっとお話がしたいの。いいかな?」
白鬼は別段嫌な気持ちになったわけでも、どうしてもひとりでいたいわけでもなかったので、ティグレを部屋に促しました。紫の魚が、水槽越しにティグレのことをじっと見つめていました。
白鬼はティグレを椅子に座らせて、自分はベッドに座りました。
「で、話ってなんだ?」
「食べながらでいいからね。あのね、今朝言ってたファイ……なんとかって王妃様のことなんだけど、どんな人だったのか知ってる?」
白鬼は目を丸くました。それから、じっとティグレを睨むようにして見つめました。
「……あれは俺の覚え間違いだ。忘れろ」
「違うでしょ? ビアンコが思い出した、大事な記憶なんでしょ?」
「そいつの名前を出したら、最悪処刑されるんだってよ。だから、知らない方がいいと思うぞ」
「だったら、名前は出さずに話してちょうだい」
ティグレがあまりにも食い下がるので、白鬼は仕方なくファイルヒェンのことを話しました。と言っても彼女といた期間は短いので、そんなに話すことはありませんでした。ファイルヒェンが兵士たちを蹴って白鬼を庭師にしてくれたこと、度々庭に遊びに来てくれたこと、スミレが好きなこと。
全部話し終えた後も、ティグレはしばらく口を閉ざしていました。その隙に、白鬼は食事を終わらせました。
「素敵な人だったんだね」
ぽつりとティグレは呟きました。白鬼はその言葉に首を傾げました。
「今の話聞いて、素敵な人だって感想は出てこないと思うんだが。特に兵士を足蹴にしたとこ」
「それは確かにびっくりしたけど。でも、話してるときのビアンコを見てたら、そう思えるよ。ビアンコはその人のことが好きだったんだね」
そう言われた途端、白鬼の目から涙がぽろりとこぼれ落ちました。抑えつけていた心の痛みが、一気に溢れだしたのです。
「そうだよ、俺はあいつのことが好きだった。あいつが幸せになってくれるなら、それだけでよかったのに。なのにどうして、あいつの存在が消されているんだ? あいつはどこに行ったんだ?」
ぼろぼろと泣く白鬼を、ティグレが優しく抱きしめました。彼女の香りがファイルヒェンとどこか似ていることに気づいた白鬼は、ますます悲しくなりました。
白鬼はティグレの胸の中で、思いっきり泣きました。そして泣きつかれて、そのまま眠ってしまいました。
翌朝、目の覚めた白鬼は部屋を見回しました。白鬼はいつのまにかベッドで眠っていました。部屋には誰もいませんでした。ティグレが白鬼をベッドに寝かせてくれて、そのまま帰ったようです。机の上の食器もなくなっていましたから、それも持って行ってくれたのでしょう。
お礼を言わなきゃと思った白鬼は、ふと水槽を見ました。そして目を見張りました。いつもならすいすいと優雅に泳いでいるはずの紫の魚の姿が、そこにはありませんでした。
白鬼は部屋を隅々まで探しましたが、紫の魚はいません。慌てて部屋を出て、台所に向かいました。
「ティグレ!」
ティグレはいつものように、朝ご飯を作っていました。駆け込んだ白鬼を見て、びっくりした表情を浮かべます。
「どうしたの、ビアンコ?」
「魚がいないんだ、お前何か知らないか?」
「さあ……。昨日部屋から出る時には、ちゃんといたと思うけど」
ふと潮騒が耳に入り、白鬼は海を見ました。開け放した窓から、穏やかに寄せては引く波が見えています。
海に帰ったのかもしれないと、白鬼はそう思うことにしました。そうでなければ、白鬼は悲しみに押し潰されてしまいそうでした。
「ビアンコ、私よ。ティグレよ。ご飯を持ってきたわ」
「いらない」
「お昼、食べてないでしょ? 何か食べないと」
ティグレの声がとても心配そうだったので、白鬼はのそりと起き上がり、扉を開けました。案の定、そこには眉尻を下げたティグレが立っていました。
「ありがとう。今日は部屋で食うから」
「うん。……あのね、ビアンコ。あなたとちょっとお話がしたいの。いいかな?」
白鬼は別段嫌な気持ちになったわけでも、どうしてもひとりでいたいわけでもなかったので、ティグレを部屋に促しました。紫の魚が、水槽越しにティグレのことをじっと見つめていました。
白鬼はティグレを椅子に座らせて、自分はベッドに座りました。
「で、話ってなんだ?」
「食べながらでいいからね。あのね、今朝言ってたファイ……なんとかって王妃様のことなんだけど、どんな人だったのか知ってる?」
白鬼は目を丸くました。それから、じっとティグレを睨むようにして見つめました。
「……あれは俺の覚え間違いだ。忘れろ」
「違うでしょ? ビアンコが思い出した、大事な記憶なんでしょ?」
「そいつの名前を出したら、最悪処刑されるんだってよ。だから、知らない方がいいと思うぞ」
「だったら、名前は出さずに話してちょうだい」
ティグレがあまりにも食い下がるので、白鬼は仕方なくファイルヒェンのことを話しました。と言っても彼女といた期間は短いので、そんなに話すことはありませんでした。ファイルヒェンが兵士たちを蹴って白鬼を庭師にしてくれたこと、度々庭に遊びに来てくれたこと、スミレが好きなこと。
全部話し終えた後も、ティグレはしばらく口を閉ざしていました。その隙に、白鬼は食事を終わらせました。
「素敵な人だったんだね」
ぽつりとティグレは呟きました。白鬼はその言葉に首を傾げました。
「今の話聞いて、素敵な人だって感想は出てこないと思うんだが。特に兵士を足蹴にしたとこ」
「それは確かにびっくりしたけど。でも、話してるときのビアンコを見てたら、そう思えるよ。ビアンコはその人のことが好きだったんだね」
そう言われた途端、白鬼の目から涙がぽろりとこぼれ落ちました。抑えつけていた心の痛みが、一気に溢れだしたのです。
「そうだよ、俺はあいつのことが好きだった。あいつが幸せになってくれるなら、それだけでよかったのに。なのにどうして、あいつの存在が消されているんだ? あいつはどこに行ったんだ?」
ぼろぼろと泣く白鬼を、ティグレが優しく抱きしめました。彼女の香りがファイルヒェンとどこか似ていることに気づいた白鬼は、ますます悲しくなりました。
白鬼はティグレの胸の中で、思いっきり泣きました。そして泣きつかれて、そのまま眠ってしまいました。
翌朝、目の覚めた白鬼は部屋を見回しました。白鬼はいつのまにかベッドで眠っていました。部屋には誰もいませんでした。ティグレが白鬼をベッドに寝かせてくれて、そのまま帰ったようです。机の上の食器もなくなっていましたから、それも持って行ってくれたのでしょう。
お礼を言わなきゃと思った白鬼は、ふと水槽を見ました。そして目を見張りました。いつもならすいすいと優雅に泳いでいるはずの紫の魚の姿が、そこにはありませんでした。
白鬼は部屋を隅々まで探しましたが、紫の魚はいません。慌てて部屋を出て、台所に向かいました。
「ティグレ!」
ティグレはいつものように、朝ご飯を作っていました。駆け込んだ白鬼を見て、びっくりした表情を浮かべます。
「どうしたの、ビアンコ?」
「魚がいないんだ、お前何か知らないか?」
「さあ……。昨日部屋から出る時には、ちゃんといたと思うけど」
ふと潮騒が耳に入り、白鬼は海を見ました。開け放した窓から、穏やかに寄せては引く波が見えています。
海に帰ったのかもしれないと、白鬼はそう思うことにしました。そうでなければ、白鬼は悲しみに押し潰されてしまいそうでした。
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