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思惑
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時計の音だけが聞こえるその部屋で、タカ・ライストは時計を睨んでいた。誰もいない部屋。王宮の客間の一室である。
コンコン、と戸をたたく音がした。
タカはすくっと立ち上がって、入ってきた人物に礼を取った。ただし、目つきは鋭いままで、威嚇しているのかと思うほどだ。
「お疲れ様です、陛下」
「うん、お疲れ。タカ。待たせたね」
白磁の肌にプラチナブロンドの髪を後ろで一つにまとめている青年の名前は、レヲイ・サシャイン。ツィスニル国国王その人であった。前髪一房メッシュが入っているのは、王位継承者の証である。タカ・ライストとは父違いの兄弟だが、その姿は全くといって似ていない。睨んでいるタカにレヲイは笑いかけた。
「今日はどうしたの?まぁ、なんとなく想像はつくけどさ」
それを聞いて、タカは懐から一枚の封筒を出した。用紙を広げてレヲイに示す。
「どういうことですか」
その紙には。
『以下の者の婚約を認める。
タカ・ライスト
ヤナ・ユルスナール』
と記してあった。
証印の連名は「レヲイ・サシャイン」および「シダカ・ユルスナール」。一人は彼の名前。もう一人は、相手「ヤナ・ユルスナール」の兄の名前だ。
「どうして、というか。まぁ、俺が言いだしたかといえばそうじゃないことぐらいは分かっているんじゃないかな」
「確かに、シダカでしょう。言い出したのは。けれど、なぜこれに証印するのですか」
やれやれ、とレヲイはため息をついた。
「俺もお前と同じ年には結婚していたし、年齢的には問題ないよ」
「そういう問題じゃない!」
とうとう怒鳴って、タカはレヲイに詰め寄った。
「あいつと俺はそんな関係じゃない!もし、こんな頼みをするくらいなら、俺は誰かに頼んだりしない!自分で許可をとるし、ヤナにも迷惑だ!シダカの勝手な言葉を真に受けないでいただきたい!」
レヲイは困ったように眉を下げた。
「知っているよ」
「ならば、なぜ?」
レヲイは苦笑した。
「君も共に歩む相手がいてもいいと思ったからだよ。俺は、少しはヤナちゃんをしっているから。この文書は絶対の決定事項じゃぁないんだ。少しは一緒に過ごしてみて考えてもいいと思うよ」
不満げな顔を隠すことも頷くこともできないタカに、レヲイはぽん、と肩をたたいた。
「もうすぐ、夏休みだろう?彼女と一緒に過ごしてみたらどうだい?」
タカは静かに首を振った。
「上にも報告していますので、陛下もご存知かと思いますが、俺は夏休みの間、クレオード国へ赴く予定です。晟雅(セイガ)に呼ばれました。期限は長期で決めてありません。とりあえず、一週間ほど申請は出していますが、あちらもどれくらいになるか把握できないということで期限は延長される可能性が高いです。そんな中、ヤナと過ごせる時間があるとは思いません」
クレオード国というのは、二人の母親である前ツィスニル国国王王妃の故郷である。「晟雅」は、クレオード国第二王子で王位継承権は第三位。クレオード国国王の実子は三名なので一番継承者から遠い位置にいる、タカと同い年で一度クレオード国を訪れた際に仲良くなったのである。クレオード国は海を隔てて飛行機で半日はかかる。晟雅に呼ばれた理由を知らないタカは、期限を把握できてはいない。「国交友好のため招待」という名目にはなっているとしか聞いていないのだ。
手紙は晟雅から直接タカに届いたわけではなく、王宮―ー政府を通して行われている。王位継承権を剥奪されている今、三番目とはいえ、王位継承権をもっている晟雅と直接やり取りは禁じられている。他国の力を持って、王位につかれても困るというのが政府の言い分であった。もっとも、『王』はツィスニル国では『象徴』であって、絶対的な権力があるわけでもない。タカが『王』になる意志は微塵もないのだが、政府は無干渉というわけにもいかないのである。
そんなあいまいな状態で、ヤナと過ごす時間が取れるはずもない。
けれども。
「じゃぁ、ヤナちゃんも一緒に連れてけばいいよ」
あっけらかんと言うレヲイ。
その言葉に、タカは目を見開いた。
「何をいって………」
こともなげに、レヲイは続けた。
「大丈夫大丈夫。婚約者連れていくのはおかしいことじゃないし」
「いやいやいやいや。おかしい、おかしいですよ!」
「俺の時は正式にワエを妻にする前に、王宮で一緒に海外の来賓接待したことあるよ?」
ワエはレヲイの妻である。内乱が終わって間もなく、レヲイは国籍戸籍ともに未登録であるワエを妻に迎えることに決めた。身元不明な少女を王妃にすることに多少なりとももめなかったわけではないが、ツィスニル国にはそう言った身元登録ができていない者は多かった。内乱が起こる数年前に王宮内は荒れに荒れ、戸籍、国籍といった重要書類がなくなっていたのが大きな原因であった。
「あの時と今は違います!あの時は、国を立て直す頃合いだったから仕方がないでしょう!」
「うーん。でも、今もなかなか立て直せてないけどね。簡単に言うと国二つに割れてるし」
そうなのである。このツィスニル国は、長年「平野部」と「山間部」に政治体制がわかれているという問題がある。しかし不思議なもので、「平野部」「山間部」はそれぞれ分かれた政治体制であるというのに、一つのツィスニル国として認知されている。海外に交渉するのは「平野部」であり、「山間部」は口出ししない。「平野部」は「山間部」の閉鎖的な現状を打破しようと何度も使者をだしてはいるものの、「山間部」はそれに応対しない。ただし、「山間部」から送られてくる資源という「税」を「平野部」が受け取ることにより「平野部」も潤っているところがあるので、多くのことを言いないのが現状だ。
タカやレヲイがいるのは「平野部」。こちらには、戸籍国籍といった書類整備や成文法がある。一定年齢になったら特定期間だはあるが、軍への訓練もあるし、移民など「規制」が厳しい。反面、「山間部」は書類や規制がとても曖昧であり「山間部」の人間が「平野部」に移るとき、手間取ることが多いのだ。
「あげ足ととらないでください!」
どんどん話がそれているので、タカは声を荒げた。
「そんなに怒鳴ってると喉痛めるよー」
レヲイはいたって呑気にタカをなだめる。
「大体、他国にヤナを連れて赴いたら、正式な「婚約」でしょうが!」
「あ、バレた」
「陛下!」
「でも、それもいいと思うけどなー」
「だから、彼女に迷惑がかかるでしょうがっ!」
「そうかな」
「そうですっ!とにかく、この話はなしですからね!」
「駄目」
「陛下!」
タカの声は悲鳴に近かった。
「国交友好のためというのに、今のタカは「一般市民」だ。「一般市民」を巻き込むことにするなら、彼女ももう一人の「一般市民」「代表」として赴いてもらうことは決定している」
その言葉に、タカはぎり、と歯を食いしばった。
「もう、決定されたことなのですか」
「そう、決定事項なんだ。一般市民である、男女をクレオード国に向かわせるってね」
何故、とタカは呟く。けれども、レヲイはそれ以上応えなかった。
タカが退室した後、残されたレヲイはタカが帰っていく後姿を見ながらぽつりとつぶやいた。
「迷惑か」
相手である、ヤナ・ユルスナール。言い出したシダカ・ユルスナール。二人を思い浮かべながら、呟いた。
「そうでもないと思うけどね」
ため息交じりに笑う。
「俺にワエが必要なように、タカにはヤナが必要、か」
誰もいない部屋で、レヲイは先日シダカが指摘した言葉を反芻する。
タカは不安定だ。今も、昔も。純粋すぎて、危うすぎる。自分のことは二の次だ。だから、彼には支える人が必要だということも、レヲイには分かっている。シダカの提案は突飛すぎることではあるけれども、良いきっかけになることをレヲイは願っていた。だた、一般人であるヤナを巻き込むことには、抵抗がある。シダカにも反発はしたが、結局、レヲイは自分自身が政府から監視され続ける身。自由の利かぬ身なので、タカの力になれるほど、タカと一緒に過ごすことができない。この身が歯がゆく、ままならない。だから、自分ではないほかの誰かに託すほかないのだ。そう言い聞かせながら、レヲイはタカの後姿を見送った。
コンコン、と戸をたたく音がした。
タカはすくっと立ち上がって、入ってきた人物に礼を取った。ただし、目つきは鋭いままで、威嚇しているのかと思うほどだ。
「お疲れ様です、陛下」
「うん、お疲れ。タカ。待たせたね」
白磁の肌にプラチナブロンドの髪を後ろで一つにまとめている青年の名前は、レヲイ・サシャイン。ツィスニル国国王その人であった。前髪一房メッシュが入っているのは、王位継承者の証である。タカ・ライストとは父違いの兄弟だが、その姿は全くといって似ていない。睨んでいるタカにレヲイは笑いかけた。
「今日はどうしたの?まぁ、なんとなく想像はつくけどさ」
それを聞いて、タカは懐から一枚の封筒を出した。用紙を広げてレヲイに示す。
「どういうことですか」
その紙には。
『以下の者の婚約を認める。
タカ・ライスト
ヤナ・ユルスナール』
と記してあった。
証印の連名は「レヲイ・サシャイン」および「シダカ・ユルスナール」。一人は彼の名前。もう一人は、相手「ヤナ・ユルスナール」の兄の名前だ。
「どうして、というか。まぁ、俺が言いだしたかといえばそうじゃないことぐらいは分かっているんじゃないかな」
「確かに、シダカでしょう。言い出したのは。けれど、なぜこれに証印するのですか」
やれやれ、とレヲイはため息をついた。
「俺もお前と同じ年には結婚していたし、年齢的には問題ないよ」
「そういう問題じゃない!」
とうとう怒鳴って、タカはレヲイに詰め寄った。
「あいつと俺はそんな関係じゃない!もし、こんな頼みをするくらいなら、俺は誰かに頼んだりしない!自分で許可をとるし、ヤナにも迷惑だ!シダカの勝手な言葉を真に受けないでいただきたい!」
レヲイは困ったように眉を下げた。
「知っているよ」
「ならば、なぜ?」
レヲイは苦笑した。
「君も共に歩む相手がいてもいいと思ったからだよ。俺は、少しはヤナちゃんをしっているから。この文書は絶対の決定事項じゃぁないんだ。少しは一緒に過ごしてみて考えてもいいと思うよ」
不満げな顔を隠すことも頷くこともできないタカに、レヲイはぽん、と肩をたたいた。
「もうすぐ、夏休みだろう?彼女と一緒に過ごしてみたらどうだい?」
タカは静かに首を振った。
「上にも報告していますので、陛下もご存知かと思いますが、俺は夏休みの間、クレオード国へ赴く予定です。晟雅(セイガ)に呼ばれました。期限は長期で決めてありません。とりあえず、一週間ほど申請は出していますが、あちらもどれくらいになるか把握できないということで期限は延長される可能性が高いです。そんな中、ヤナと過ごせる時間があるとは思いません」
クレオード国というのは、二人の母親である前ツィスニル国国王王妃の故郷である。「晟雅」は、クレオード国第二王子で王位継承権は第三位。クレオード国国王の実子は三名なので一番継承者から遠い位置にいる、タカと同い年で一度クレオード国を訪れた際に仲良くなったのである。クレオード国は海を隔てて飛行機で半日はかかる。晟雅に呼ばれた理由を知らないタカは、期限を把握できてはいない。「国交友好のため招待」という名目にはなっているとしか聞いていないのだ。
手紙は晟雅から直接タカに届いたわけではなく、王宮―ー政府を通して行われている。王位継承権を剥奪されている今、三番目とはいえ、王位継承権をもっている晟雅と直接やり取りは禁じられている。他国の力を持って、王位につかれても困るというのが政府の言い分であった。もっとも、『王』はツィスニル国では『象徴』であって、絶対的な権力があるわけでもない。タカが『王』になる意志は微塵もないのだが、政府は無干渉というわけにもいかないのである。
そんなあいまいな状態で、ヤナと過ごす時間が取れるはずもない。
けれども。
「じゃぁ、ヤナちゃんも一緒に連れてけばいいよ」
あっけらかんと言うレヲイ。
その言葉に、タカは目を見開いた。
「何をいって………」
こともなげに、レヲイは続けた。
「大丈夫大丈夫。婚約者連れていくのはおかしいことじゃないし」
「いやいやいやいや。おかしい、おかしいですよ!」
「俺の時は正式にワエを妻にする前に、王宮で一緒に海外の来賓接待したことあるよ?」
ワエはレヲイの妻である。内乱が終わって間もなく、レヲイは国籍戸籍ともに未登録であるワエを妻に迎えることに決めた。身元不明な少女を王妃にすることに多少なりとももめなかったわけではないが、ツィスニル国にはそう言った身元登録ができていない者は多かった。内乱が起こる数年前に王宮内は荒れに荒れ、戸籍、国籍といった重要書類がなくなっていたのが大きな原因であった。
「あの時と今は違います!あの時は、国を立て直す頃合いだったから仕方がないでしょう!」
「うーん。でも、今もなかなか立て直せてないけどね。簡単に言うと国二つに割れてるし」
そうなのである。このツィスニル国は、長年「平野部」と「山間部」に政治体制がわかれているという問題がある。しかし不思議なもので、「平野部」「山間部」はそれぞれ分かれた政治体制であるというのに、一つのツィスニル国として認知されている。海外に交渉するのは「平野部」であり、「山間部」は口出ししない。「平野部」は「山間部」の閉鎖的な現状を打破しようと何度も使者をだしてはいるものの、「山間部」はそれに応対しない。ただし、「山間部」から送られてくる資源という「税」を「平野部」が受け取ることにより「平野部」も潤っているところがあるので、多くのことを言いないのが現状だ。
タカやレヲイがいるのは「平野部」。こちらには、戸籍国籍といった書類整備や成文法がある。一定年齢になったら特定期間だはあるが、軍への訓練もあるし、移民など「規制」が厳しい。反面、「山間部」は書類や規制がとても曖昧であり「山間部」の人間が「平野部」に移るとき、手間取ることが多いのだ。
「あげ足ととらないでください!」
どんどん話がそれているので、タカは声を荒げた。
「そんなに怒鳴ってると喉痛めるよー」
レヲイはいたって呑気にタカをなだめる。
「大体、他国にヤナを連れて赴いたら、正式な「婚約」でしょうが!」
「あ、バレた」
「陛下!」
「でも、それもいいと思うけどなー」
「だから、彼女に迷惑がかかるでしょうがっ!」
「そうかな」
「そうですっ!とにかく、この話はなしですからね!」
「駄目」
「陛下!」
タカの声は悲鳴に近かった。
「国交友好のためというのに、今のタカは「一般市民」だ。「一般市民」を巻き込むことにするなら、彼女ももう一人の「一般市民」「代表」として赴いてもらうことは決定している」
その言葉に、タカはぎり、と歯を食いしばった。
「もう、決定されたことなのですか」
「そう、決定事項なんだ。一般市民である、男女をクレオード国に向かわせるってね」
何故、とタカは呟く。けれども、レヲイはそれ以上応えなかった。
タカが退室した後、残されたレヲイはタカが帰っていく後姿を見ながらぽつりとつぶやいた。
「迷惑か」
相手である、ヤナ・ユルスナール。言い出したシダカ・ユルスナール。二人を思い浮かべながら、呟いた。
「そうでもないと思うけどね」
ため息交じりに笑う。
「俺にワエが必要なように、タカにはヤナが必要、か」
誰もいない部屋で、レヲイは先日シダカが指摘した言葉を反芻する。
タカは不安定だ。今も、昔も。純粋すぎて、危うすぎる。自分のことは二の次だ。だから、彼には支える人が必要だということも、レヲイには分かっている。シダカの提案は突飛すぎることではあるけれども、良いきっかけになることをレヲイは願っていた。だた、一般人であるヤナを巻き込むことには、抵抗がある。シダカにも反発はしたが、結局、レヲイは自分自身が政府から監視され続ける身。自由の利かぬ身なので、タカの力になれるほど、タカと一緒に過ごすことができない。この身が歯がゆく、ままならない。だから、自分ではないほかの誰かに託すほかないのだ。そう言い聞かせながら、レヲイはタカの後姿を見送った。
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