悲しみの迷宮

軫成恵

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招待

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 入国手続きを済ませたタカたちは、まっすぐクレオード国の王宮へ向かうことになている。公表していなかったので、空港特有の賑わいはあるものの、特別大きな騒ぎになることもない。空港や港で歓迎の出迎えなどは不要とツィスニル国からクレオード国へ連絡もしていた。クレオード国はそういうわけにはいかないと王宮の者をこちらへ派遣していた。その数はたった三人。けれども、その人数がタカにはありがたかった。真ん中に立っている男はこの国の大臣の一人だった。
「ようこそ、クレオード国へ」
 深く礼をした三人に、クレオード国から来たタカとヤナ、そして外交官が二人と見習いがである一人も礼をする。こちらツィスニル国側の数は五人。
「こちらこそ、お招き預かりましてありがとうございます」
「晟雅王子は王宮でお待ちです。詳しいお話しは王宮でよろしいでしょうか」
「はい。よろしくお願いいたします」
 タカは王位継承権を剥奪されてから、特別警護をされることはなくなった。国際的にタカの顔を公表してもいなかったので、一般人から見れば、外国人が空港にいるというだけで、特別目立つことはない。大臣が警備員に囲まれて誰かと話しているので、多少ちらちら見る人たちもいるのはいるが、その数が多いということもない。
 付き添いできた外交官は、現在、クレオード国との外交を任されている一人。そして、焦茶の髪に黒い瞳の二十歳ほどの男。そして、見習いはシダカ・ユルスナール。ヤナの兄である。
「俺は、このまま大使館へ行くことにするよ。あとは頼む」
「はい」
 今のクレオード国での対応窓口の筆頭にいる人物は、茶髪黒眼の男・オーカーの言葉に是とこたえる。見た目はオーカーの方が若いが、オーカーの方が地位は高いそうだ。王宮に向かう前に、オーカーが自分たちとはなれるとは思わなかったタカは、「オーカーさんは来ないんですか?」と尋ねていると、「事情はまた今度ね」といって応えてはくれなかった。首を傾げるタカだったが、クレオード国からの使者は気にするそぶりもなく、王宮へ向かう車へ案内した。
「わぁ、大きいね」
 ヤナが口を開いて、あっ、と口を手で押さえた。海外に行くのが初めての彼女は目を輝かせてあたりをきょろきょろしている。素直に口から出た言葉ではあるのだが、肩がこるような丁重な物腰の周囲に自分が場違いなのでは、とそわそわしているようだ。気にするな、とタカはヤナの頭を撫でた。小さな声で、シダカはヤナに「そうだね」と同意する。そんな三人ににっこり微笑んで、大臣は「どうぞ」と声をかけた。乗り込んだ車内で大臣は口を開いた。
「大きくなられましたね」
「もう、随分前になりますから」
 クレオード国に来た時のことを思い出しながら、タカは答える。
「晟雅王子は、今か今かと数日前からそわそわしていらっしゃって。空港まで迎えに来る、と私がこちらに伺う直前までおっしゃっていました。ツィスニル国からのご要望とはいえ、皆、歓迎のお迎えをしとうございました」
「お気遣い感謝いたします。ですが、私はもう王族ではありません。一般の市民として、また、晟雅王子の――身分不相応化とは存じますが――友人の一人として、参ったので、これ以上の歓迎は不要にございます」
 その言葉を聞いて、大臣はにこりと笑った。
「王族でなくとも、皆さんは大事なお客様です。滞在中はごゆっくりなされてください」
「ありがとうございます」
 

 
「シダカ、お前も一緒に来ることになるとは思わなかった」
「僕もだよ」
 のほほんと笑うシダカに、タカはため息しか出てこない。
「俺はお前の手の上で転がっているようにしか感じないけどな」
「本当にそうだったなら、僕、陛下よりもすごいことになっちゃうけど?」
「そういう立ち位置じゃなくて。もっと厄介なとこにいそうな気がするけどな。お前は」
 シダカはにっこり微笑んだ。
「それはそれで面白そうだね」
「だが、よく見習いとはいえ、外交官として来るとは思わなかった」
「陛下が一枚かんでるんだよ。クレオード国から要請があったとき、本当は陛下が行くという話が上がってたらしいよ」
 初めて聞く話に、タカは目を見開いた。シダカは続けた。
「前王妃はこの国の国王の妹だからね。レヲイ陛下が内乱が落ち着いていくという話もあったらしいよ。噂だけど」
「どこでそんな噂聞いてきたんだ」
「王宮で」
 その言葉に、タカもヤナも目を丸めた。王宮への参内は許可が必要だ。王宮内を一般公開することはないので、シダカのような市民が王宮に参内することはまずない。「陛下に呼ばれたんだよ。陛下は心配性だからね」
 そうか、とタカは答えた。
 タカは、一般市民として扱われているとはいえ、もともと自分の家。レヲイが兄という事実は変わらない。一般市民として過ごすようになった今でも、家族の交流は規制されることも多いが、接触することが駄目というわけではない。だが、シダカは違う。特別な理由がない限り、王宮に参内することはできないはずなのだ。だが、タカの友人であるシダカを通して、レヲイはタカの様子をうかがう。タカはレヲイの迷惑がかからないように極力王宮を避けているためだった。だからだろう、レヲイはタカの周囲から、タカの情報を得ているようだ。
 王宮が見えてきたとき、タカは一緒に来ていたヤナに声をかけた。
「ヤナ。すまないな、俺たちに付き合ってここまで来るとは思わなかっただろう」
 ヤナは、きょろきょろしながら口を開いた。
「初めての外国で、まさか王宮に来るとは思わなかったわ」
「そうだろうな。俺もまさか、ここに一緒に来ることになると思わなかった。それもすべて―――」
 タカが言葉を切って、シダカを睨む。
「僕のせいだっていいたいの?」
「ほかに何がある」
「だから、僕にそんな権限ないってば」
「だが、陛下に婚約のサインをかかせたのはお前だ」
「でも、最終的に承諾をしたのは陛下だからね?」
 ため息をついて、タカはヤナに言う。
「絶対の拘束力はないからな。ヤナ、こいつの手の上で踊る必要はないからな」
 その言葉に、ヤナは眉を寄せた。口を開きかけてやめる。その顔を見て、タカは目を見開く。今にも泣くそうな顔。その表情が、意味することが分からなかった。ヤナがそれ以上口を開こうとしないので言及することもなかった。
「ところで、タカ」
「なんだ?」
「王子に会ったことってあったんだ?」
 晟雅(セイガ)王子に会ったことを思い出しながら、タカは答えた。
「ああ。以前、レイ・サシャイン・ルキエル陛下と一緒に。ルウ・クリエスタ・アクレル王妃と、レヲイ・サシャイン陛下とな」
 「レイ・サシャイン・ルキエル陛下」は前国王のことであり、タカの育ての親である。「ルウ・クリエスタ・アクレル王妃」は前王妃のことであり、タカの母親である。そして、現国王タカの異父兄レヲイ。四人が揃って海外へ行ったことはあの時一度きりのことだった。
「そんなことがあったとは、知らなかった」
 意外そうな顔をしたシダカに、タカはそんなものだろう、と応えた。
「公表はしたけど、訪問の様子が逐一報じられるわけじゃないしな」
「そうだね。僕もあの頃はあんまりテレビ見ることもなかったし。新聞で少し見てたぐらいだしね。でも、それから結構時間がたってるんじゃない?」
「そうだな」
「その間、晟雅王子と交流があったの?」
「手紙のやり取りと国際電話をしたことはある。実際会うのは何年振りか5、6年ぶりかな」
「そうなんだ。どんな人?」
 そう尋ねられて、タカは言葉に詰まった。「タカ?」と声をかけられて、言葉を探りながら、口を開く。
「気さく、といえば聞こえがいいんだけど…」
「ど?」
「自由奔放というか………」
 おや、とシダカがタカを見る。
「気ままというか…」
 タカは眉間にしわを寄せる。シダカを見ていた目が、揺れて。
「単純というか」
 逸れる。
「向こう見ずというか…」
 口ごもるタカに、シダカもヤナもあれ?と首を傾げる。
「会ったら、まぁ、わかる、か、な……」
 とても歯切れの悪い言葉を残して、タカは言葉を切った。



 王宮の敷地内にとまった車を、大臣たちがあける。護衛の二人が降りて、扉を開ける。大臣が降りて、大臣が四人に降りるように促した。
「久しぶり!元気だった?」
 金髪に薄い緑色の瞳をした少年が元気よく声をかけた。
「ようこそ!クレオード国へ!」
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