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幻の国
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タカたちは案内された部屋に荷物を置いて、置かれているソファにどす、っと腰を下ろした。シダカとタカは同室で、ヤナは隣の部屋だ。外交官の一人はツィスニル国の領事館に戻った。その待遇は異例のことだらけだ。一般市民のごとく、ホームステイしているようだ。
「疲れた?」
シダカが部屋に用意されていた水をグラスに注いでタカに手渡した。「まぁな」と応えて、タカはそれを一気に仰いだ。本来ならば、こんなこともできないだろう。クレオード国もツィスニル国も平和が訪れているからこそできることだった。
「タカ」
「なんだ?」
「―――晟雅王子は、この国でも有数の『能力者』なの?」
「………多分な。…………どうかしたのか」
シダカの問いの真意がわからなかったので、タカが聞き返すとシダカは困ったように笑った。
「いや、随分簡単にコントロールできるようにさせる、っていってたからさ。タカの力とは全然違うのに、なんでいえるのかなぁ、と思ってね」
特に気にしていなかったタカは、首を傾げた。
「多分、そうなんじゃないか?」
「クレオードって『幻の国』って昔はいってたみたいだけど、今もそうなんだろうね」
がばっと、振り返ってタカはまじまじとシダカを見た。
いつものようににっこりと笑っているシダカ。
「………よく知ってるな」
「んー?一応、どんな国か調べたらねぇ」
でてきたんだよねぇ、とシダカは口にする。
「昔は、国防に関する部署が『力』を使ってたらしいけど。結界張ったりしてて、この国に辿りつけない舟とかあったって聞いたよ」
その言葉に、タカは耳を疑った。
『結界が張ってあったので、この国にはこれなかった』
そのように書かれているような歴史的文献を見つけることはできない。現実的ではないので、そのようなことが書かれているとするならば、『とうとう、クレオード国には足を踏み入れることができなかった』と書いてるだけだろう。
『幻の国』
その言葉を使うのは、年配のクレオード人が『口伝』で伝えるくらいだ。クレオード国の『伝説』や『神話』の類ならば、現実的でない話の記載はあるだろうが、それを史実として受け止めることはできないだろう。
シダカは、一体どこで調べたというのか。
わからないことだらけだが、タカは知っていることを口にした。本来だったら、誰にも言うことではない。
「通称、『魔法局省』は今でもあるらしいけどなぁ。詳しいことはクレオードの人間じゃないとわからないんじゃないか?晟雅にいったら、応えてくれると思うけどな」
前回、クレオード国に訪れた際、『力』というものの存在を知った。晟雅と手紙や電話をしたことはあるが、その際、改めて前回来訪の感謝を告げられた時とクレオード国から送られてきた『封印具』を渡されたときに、『力』の話と、クレオード国が『力』をどのように考えられているのか教えてもらったからこそ、タカはクレオード国が『幻の国』と呼ばれていたことを知っている。だが、普通にツィスニル国で生活しているシダカが、どうやってクレオード国の『力』の考え方を知ったというのか不思議で仕方がなかった。
「君をここまで巻き込んでるんだ。応えなきゃ、吊し上げてでも聞くけどねぇ」
そのことに関してはどうでもいいけど、必要なことがあるならねぇ、とやんわりいうシダカにタカは思わず、目を見開いた。
「いや…………、やるなよ?」
「どうかなぁ」
「いや、駄目だからな」
「そうだねぇ」
「ホント、やるなよ」
「どうしようかなぁ」
「いや、勘弁してくれよ」
「ふふふふ」
「いや、笑いごとじゃねぇんだけど…」
―――本気だな。これは…………
どうしたものかと、タカはシダカを見るが、シダカは笑ったままだ。
「お前をここに来させたのは、クレオード国にとっては不運かもな…」
「ふふふ、褒め言葉として受け取っておくよ」
「いや、褒めてないから」
シダカは特別処置として、『外交官見習い』として扱われている。本来ならば、シダカは外交官として働くことができる年齢ではない。学力審査で、いい成績をとることができたから、『見習い』として一時的に外交官の仕事をしているだけだという。タカはどういう経緯で、学力検査をしたのかは知らない。気がついたら、そうなっていた。
「本当にお前は、できそうにないことをいつでもしてきたよな。無茶苦茶なことしてくれる」
ため息交じりに言えば、シダカは苦笑した。
「それは、タカが無茶苦茶なところにいたから。無茶苦茶しなきゃ、君を捕まえることはできないんだよ」
「どういう意味だ」
意味が分からない。
「そのまんまの意味だよ。でも、君も相応に無茶苦茶だったから、僕と君はつながっているんだよ」
「俺は、お前ほど無茶苦茶した覚えはないぞ?」
身に覚えがない言葉に、タカは首を傾げた。
「よくいうよ。一国の王子が、野垂れ死にそうな餓鬼のところに来るもんか。僕がまだ学校にいってなくて、子供ながらにパンの一欠片(ひとかけら)に必死になってた頃、僕の目の前に現れたのが君だ。衝撃的だったよ。身なりがよさそうな人間が、どうしてこんなところにくるんだろう、ってね」
「そういうもんか?」
「そういうもんさ」
「そうか」
タカにとっては、不思議なことは何もなかった。だから首を傾げる。その様子に、シダカは愛おし気に微笑んだ。
「君は本当に、変わらないね」
シダカの表情を見て、タカは首を傾げる。笑う意味がタカにはわからなかった。
「それは褒め言葉か?」
「そうだよ?」
「そうか」
「そうさ」
*
夕刻になって、タカは晟雅に会食を申し込まれた。シダカも、ヤナも一緒だ。王宮の一角、三人に相対したのは、晟雅だけではなかった。
短髪の髪、活発そうなくりっとした大きな瞳。きれいに一礼して、彼女は人好きする笑顔で三人を迎えた。
「はじめまして。ようこそ、クレオード国へ!私は、霄・土耳古石(ソラ・ターコイズ)。この国の第一王女です。この国の第一王子、杞柳・虎目石(キリュウ・タイガーズアイ)と第二王子、晟雅・橄欖石(セイガ・ペリドット)の妹。よろしくお願いします」
彼女はぺこり、と再度お辞儀をして続けた。
「本来ならば、兄も含めて三人で会食するつもりだったんですが、兄が……その」
言いにくそうに、口ごもる。
「いえ、私共のことは気にされないでください」
タカはそう口にしたが、晟雅はクレオード国の言葉でぽつりとつぶやいた。
『………潔斎って、今この時しないといけないもんかねぇ』
『………本音をここでいうな』
『お前もな』
突然変わった言葉に、ヤナは首を傾げた。
「?」
『通じてないからいいようなものの』
「晟雅、俺はわかるが」
「僕もわかるよ?」
「私だけわからないの?」
タカは幼少期、母親がクレオード国人だったため、日常会話でクレオード国語を話せるようになっていた。
ただ、と深く息を吸い込んで、タカはシダカに声をかけた。
「お前、ホント、どこまでやってくれるんだか」
「そうかな?すごい?」
「………」
喜色満面のその顔に、何とも言えず、とりあえず、とタカは晟雅に聞いた。
「潔斎っていうのは……、なんだ?」
応えたのは霄だった。
「兄は、神官志望なんです。皇太子なんですけど。身を清めるために、食事の回数を減らしたり、生き物を殺さない日があってそれを守っているんです。それが、潔斎です。今の食事は、水を飲むくらいしかしないので、皆さんが気を使うだろうということで、一緒に食事をとることはしないことにしたんです。挨拶に伺う話もあったんですけど、教会からこもりっきりで…出てこないから…。すみません……」
「気にしないでください……というか、俺たちに三兄妹揃ったら、俺たち、市民扱いじゃない気がするんですけど…」
その言葉に、晟雅も霄もきょとん、と目を瞬かせた。
「いいじゃん」「いいと思うけど」
二人ともあっけらかんとしている。
「とりあえず、どうぞ」
五人が座って、晟雅が声をあげた。
「今日、この日に感謝を」
*
並べれらた食事に手を付けながら、晟雅と霄の二人は招待客そっちのけで、グチグチ文句を始めた。
「だいたい、兄さんのせいよ」
「それいうとお終いだろ。というか、お前も同罪だろ」
「私は兄さんのように、役割を担うことはお断りしてるんだからいいでしょ」
「第一王女がよくいうよ」
「でも、実質一番動いてんの兄さんじゃん」
「そうだけどさー。だって、俺ができる仕事ってないじゃん?」
「たくさんあるでしょうが。放浪王子が」
「それいうとお前だって、放浪王女だろうが」
「でも、結局私たち皇太子の位置にはいないから、杞柳兄さんが一番しっかりしてくれなきゃ困るんだけどねぇ」
「まぁ、自覚がないわけじゃないだろうけど……」
「一番、政治的仕事嫌がってしないんだよねぇ」
止まらない二人を見かねて、タカが口をはさんだ。
「あの、二人とも?」
「何?」「何ですか?」
「そういう話はクレオード国語で隠して話した方がいいんじゃぁ……」
「でも、二人ともクレオード国語で話してもわかるじゃん」
「いや、まぁ、そうだけど……」
晟雅の言葉はもっともなのだが。
「私はそうしてもらう方がわかるけど、聞いていいことなのかしら…」
ヤナは困惑気味だ。
機密事項をぺらぺら話しているというわけではないが、如何せん、文句ダダ漏れはいかがなものか。タカは、「聞かなかったことにしてやれ」と耳打ちした。
「僕としては、面白そうだと思うけどね」
のほほんと茶を飲みながら、シダカは笑う。
「どこが」
「今からが面白くなりそうだと思って」
「お前な…」
霄は目をぱちぱちと瞬かせた。
「仲がいいのね。三人は幼馴染?」
その問いに、三人は顔を見合わせて、首を傾げた。
「おさななじみ………」
「昔から知ってはいるけど、いつだったかしら?」
「僕とヤナがまだ一緒に暮らしてない時だった覚えはあるよ」
「そうね。初めて会った時のことは覚えてるけど、何歳の時だったかしら」
「うーん……」
三人とも正確な歳を覚えていないらしい。
「小さいころのことは、そうそう覚えてないよなぁ」
晟雅が口にすると。
「そうですね。生まれたときのことを覚えていたりはしないですし。でも、出会った時の記憶にあるぐらいだから、生まれてからすぐタカにあったわけではないですけど」
どうだったかなぁ、と三人は記憶を手繰り寄せるが、三人とも思い出せない。
「タカと出会った時のことは、今でもはっきり覚えているよ。ほんと、どうしてあんなところに来ようと思ったのか」
「?あんなところ?」
シダカの言葉に、晟雅が反芻する。タカはシダカに問うように目を向け、シダカはにっこり微笑んでいた。「あんなところ」という言葉に、ヤナは首を傾げている。晟雅はその様子に。
「そのときは、シダカとヤナは一緒じゃなかったの?」
「一緒ではなかったですね。そのとき、俺は働いていたので。その近くでタカとは会いましたから」
「「え??」」
歳を正確に思い出せないというのに、「働いていた」。その言葉に、晟雅と霄は首を傾げる。
「――――ツィスニルの一部の人間にとっては、よくある話ですが、小さいころから炭鉱で働いたので」
その言葉に、晟雅も霄も目を見開いた。その様子に、シダカは苦笑した。ツィスニル国とクレオード国、他国なので当然といえば当然だが、言葉も違えば習慣も考え方も違う。クレオード国では成人として扱われる年齢は十八歳。対してツィスニル国はおおよそ十五歳である。義務教育の年齢もクレオード国は十五歳で終えるが、ツィスニル国は十二歳で終わりだ。クレオード国は国内で成人年齢および義務教育年齢の考え方が同じだが、ツィスニル国では地域によりばらつきがある。ツィスニル国内では、子供も当然のように働くことも多い。故に、シダカのようにいくつのことだったかうろ覚えな歳でも働かなければならないことあるし、教育を受けていない者も多い。
「前国王陛下の御世において、幾分法改正もされました。その際に、僕は教育を受けることができるようになったんです」
「で、でも……」
言いにくそうに、霄が口を開く。
「国政が荒れたときは、教育も制度もなにもかも破綻した。内乱を終えて、………この国でいえば「児童保護法」のようなものも、できた。まぁ、地区にばらつきがあるから、ツィスニル国全体で通用するものでもないから、まだまだ、というのが現状だがな」
前国王はタカの養父。タカの養父を悪く言うようで気が引けた霄は、タカの言葉にびくり、と肩を揺らした。前国王のやったことは革命であると同時に、破壊をした。
「でも、俺とお前が会ったあの時のことは、そんなに印象に残ることだったかなぁ」
「あったよ」
愛おし気に微笑んで、シダカはヤナに笑う。
「ねぇ?」
「うん!」
でも、とヤナは口を尖らした。
「兄さんと会ったその時のこと、見たかったかなぁ」
「ふふふ、見せれなかったのが残念だね」
「……いうほどのことじゃないだろ」
「いうほどのことだよねー」
「うんうん」
困って眉を寄せた彼に、シダカとヤナは「ふふふふ」「えへへへ」と笑う。二人の笑った顔がよく似ていたので。
「そっくりだねぇ」
と口にした。ただ、ふと気が付いた違和感。
「兄さん………?」
「ん、どうした、霄?」
応える晟雅に、違う違うと首をふる。
「兄さんって………、双子じゃなかったっけ?」
「!そういえば」
晟雅は、霄の言葉の意味を理解したが、タカ・ヤナ・シダカは意味が分からない。何がいたいのか、と二人に答えを求めた。
「なんだ?」
あ、いや。と晟雅が不思議そうに尋ねた。
「俺たちは、異母兄妹だし、年齢も少し違うからさ。俺は上の兄のことは兄さんって呼ぶし、霄も俺を兄さんっていうよ。でも、同じ年齢で兄さん、っていうのが不思議だな、って思ったんだよ」
「不思議?」
ヤナが首を傾げる。
「名前で呼んだりしないの?」
ヤナとシダカは首を傾げて、
「兄さんは、私をヤナって呼ぶけど……。私は『シダカ』とは呼んだことがないわね。でも、いつもそうだったから。ほかの双子の事情は知らないわ」
双子の兄弟をあまり見ないので、詳しいことは晟雅も霄もよくは分からない。
「でも、そこまでいうなら、タカとシダカの出会いも聞きたいなぁ」
ふふふ、とシダカは笑って、口の前で指をす、っと立てた。
「それは秘密です」
「私にはいったのに?」
「もったいぶることでもないだろう」
料理に舌鼓をうちながら話して、夜は更けていった。
*
真夜中。人々が寝静まった時間。
窓がキィ、と開かれた。
生暖かい風が、ふわ、と部屋に入ってくる。
『困ったなぁ…』
ツィスニル国語でも、クレオード国語でもない言葉は、誰も聞かれることなく消えていく。風に運ばれて消えていく声の主は、くすくす笑いながら、ひとりごちする。
『やったことは後悔してない。あの時の選択は間違いじゃない。………君は、きっとこの選択に理解をできないだろう。君という人間は、多くの人に愛されているというのに、本当に一つも理解をしてくれない。君を利用しているのに、そんな言葉は戯言だろうけど。でも、もう頃合いだ、君と離れなければいけない。………その、はずなのに。………どうして。…離すことが出来ないんだろうね……」
「疲れた?」
シダカが部屋に用意されていた水をグラスに注いでタカに手渡した。「まぁな」と応えて、タカはそれを一気に仰いだ。本来ならば、こんなこともできないだろう。クレオード国もツィスニル国も平和が訪れているからこそできることだった。
「タカ」
「なんだ?」
「―――晟雅王子は、この国でも有数の『能力者』なの?」
「………多分な。…………どうかしたのか」
シダカの問いの真意がわからなかったので、タカが聞き返すとシダカは困ったように笑った。
「いや、随分簡単にコントロールできるようにさせる、っていってたからさ。タカの力とは全然違うのに、なんでいえるのかなぁ、と思ってね」
特に気にしていなかったタカは、首を傾げた。
「多分、そうなんじゃないか?」
「クレオードって『幻の国』って昔はいってたみたいだけど、今もそうなんだろうね」
がばっと、振り返ってタカはまじまじとシダカを見た。
いつものようににっこりと笑っているシダカ。
「………よく知ってるな」
「んー?一応、どんな国か調べたらねぇ」
でてきたんだよねぇ、とシダカは口にする。
「昔は、国防に関する部署が『力』を使ってたらしいけど。結界張ったりしてて、この国に辿りつけない舟とかあったって聞いたよ」
その言葉に、タカは耳を疑った。
『結界が張ってあったので、この国にはこれなかった』
そのように書かれているような歴史的文献を見つけることはできない。現実的ではないので、そのようなことが書かれているとするならば、『とうとう、クレオード国には足を踏み入れることができなかった』と書いてるだけだろう。
『幻の国』
その言葉を使うのは、年配のクレオード人が『口伝』で伝えるくらいだ。クレオード国の『伝説』や『神話』の類ならば、現実的でない話の記載はあるだろうが、それを史実として受け止めることはできないだろう。
シダカは、一体どこで調べたというのか。
わからないことだらけだが、タカは知っていることを口にした。本来だったら、誰にも言うことではない。
「通称、『魔法局省』は今でもあるらしいけどなぁ。詳しいことはクレオードの人間じゃないとわからないんじゃないか?晟雅にいったら、応えてくれると思うけどな」
前回、クレオード国に訪れた際、『力』というものの存在を知った。晟雅と手紙や電話をしたことはあるが、その際、改めて前回来訪の感謝を告げられた時とクレオード国から送られてきた『封印具』を渡されたときに、『力』の話と、クレオード国が『力』をどのように考えられているのか教えてもらったからこそ、タカはクレオード国が『幻の国』と呼ばれていたことを知っている。だが、普通にツィスニル国で生活しているシダカが、どうやってクレオード国の『力』の考え方を知ったというのか不思議で仕方がなかった。
「君をここまで巻き込んでるんだ。応えなきゃ、吊し上げてでも聞くけどねぇ」
そのことに関してはどうでもいいけど、必要なことがあるならねぇ、とやんわりいうシダカにタカは思わず、目を見開いた。
「いや…………、やるなよ?」
「どうかなぁ」
「いや、駄目だからな」
「そうだねぇ」
「ホント、やるなよ」
「どうしようかなぁ」
「いや、勘弁してくれよ」
「ふふふふ」
「いや、笑いごとじゃねぇんだけど…」
―――本気だな。これは…………
どうしたものかと、タカはシダカを見るが、シダカは笑ったままだ。
「お前をここに来させたのは、クレオード国にとっては不運かもな…」
「ふふふ、褒め言葉として受け取っておくよ」
「いや、褒めてないから」
シダカは特別処置として、『外交官見習い』として扱われている。本来ならば、シダカは外交官として働くことができる年齢ではない。学力審査で、いい成績をとることができたから、『見習い』として一時的に外交官の仕事をしているだけだという。タカはどういう経緯で、学力検査をしたのかは知らない。気がついたら、そうなっていた。
「本当にお前は、できそうにないことをいつでもしてきたよな。無茶苦茶なことしてくれる」
ため息交じりに言えば、シダカは苦笑した。
「それは、タカが無茶苦茶なところにいたから。無茶苦茶しなきゃ、君を捕まえることはできないんだよ」
「どういう意味だ」
意味が分からない。
「そのまんまの意味だよ。でも、君も相応に無茶苦茶だったから、僕と君はつながっているんだよ」
「俺は、お前ほど無茶苦茶した覚えはないぞ?」
身に覚えがない言葉に、タカは首を傾げた。
「よくいうよ。一国の王子が、野垂れ死にそうな餓鬼のところに来るもんか。僕がまだ学校にいってなくて、子供ながらにパンの一欠片(ひとかけら)に必死になってた頃、僕の目の前に現れたのが君だ。衝撃的だったよ。身なりがよさそうな人間が、どうしてこんなところにくるんだろう、ってね」
「そういうもんか?」
「そういうもんさ」
「そうか」
タカにとっては、不思議なことは何もなかった。だから首を傾げる。その様子に、シダカは愛おし気に微笑んだ。
「君は本当に、変わらないね」
シダカの表情を見て、タカは首を傾げる。笑う意味がタカにはわからなかった。
「それは褒め言葉か?」
「そうだよ?」
「そうか」
「そうさ」
*
夕刻になって、タカは晟雅に会食を申し込まれた。シダカも、ヤナも一緒だ。王宮の一角、三人に相対したのは、晟雅だけではなかった。
短髪の髪、活発そうなくりっとした大きな瞳。きれいに一礼して、彼女は人好きする笑顔で三人を迎えた。
「はじめまして。ようこそ、クレオード国へ!私は、霄・土耳古石(ソラ・ターコイズ)。この国の第一王女です。この国の第一王子、杞柳・虎目石(キリュウ・タイガーズアイ)と第二王子、晟雅・橄欖石(セイガ・ペリドット)の妹。よろしくお願いします」
彼女はぺこり、と再度お辞儀をして続けた。
「本来ならば、兄も含めて三人で会食するつもりだったんですが、兄が……その」
言いにくそうに、口ごもる。
「いえ、私共のことは気にされないでください」
タカはそう口にしたが、晟雅はクレオード国の言葉でぽつりとつぶやいた。
『………潔斎って、今この時しないといけないもんかねぇ』
『………本音をここでいうな』
『お前もな』
突然変わった言葉に、ヤナは首を傾げた。
「?」
『通じてないからいいようなものの』
「晟雅、俺はわかるが」
「僕もわかるよ?」
「私だけわからないの?」
タカは幼少期、母親がクレオード国人だったため、日常会話でクレオード国語を話せるようになっていた。
ただ、と深く息を吸い込んで、タカはシダカに声をかけた。
「お前、ホント、どこまでやってくれるんだか」
「そうかな?すごい?」
「………」
喜色満面のその顔に、何とも言えず、とりあえず、とタカは晟雅に聞いた。
「潔斎っていうのは……、なんだ?」
応えたのは霄だった。
「兄は、神官志望なんです。皇太子なんですけど。身を清めるために、食事の回数を減らしたり、生き物を殺さない日があってそれを守っているんです。それが、潔斎です。今の食事は、水を飲むくらいしかしないので、皆さんが気を使うだろうということで、一緒に食事をとることはしないことにしたんです。挨拶に伺う話もあったんですけど、教会からこもりっきりで…出てこないから…。すみません……」
「気にしないでください……というか、俺たちに三兄妹揃ったら、俺たち、市民扱いじゃない気がするんですけど…」
その言葉に、晟雅も霄もきょとん、と目を瞬かせた。
「いいじゃん」「いいと思うけど」
二人ともあっけらかんとしている。
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*
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「私は兄さんのように、役割を担うことはお断りしてるんだからいいでしょ」
「第一王女がよくいうよ」
「でも、実質一番動いてんの兄さんじゃん」
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「まぁ、自覚がないわけじゃないだろうけど……」
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止まらない二人を見かねて、タカが口をはさんだ。
「あの、二人とも?」
「何?」「何ですか?」
「そういう話はクレオード国語で隠して話した方がいいんじゃぁ……」
「でも、二人ともクレオード国語で話してもわかるじゃん」
「いや、まぁ、そうだけど……」
晟雅の言葉はもっともなのだが。
「私はそうしてもらう方がわかるけど、聞いていいことなのかしら…」
ヤナは困惑気味だ。
機密事項をぺらぺら話しているというわけではないが、如何せん、文句ダダ漏れはいかがなものか。タカは、「聞かなかったことにしてやれ」と耳打ちした。
「僕としては、面白そうだと思うけどね」
のほほんと茶を飲みながら、シダカは笑う。
「どこが」
「今からが面白くなりそうだと思って」
「お前な…」
霄は目をぱちぱちと瞬かせた。
「仲がいいのね。三人は幼馴染?」
その問いに、三人は顔を見合わせて、首を傾げた。
「おさななじみ………」
「昔から知ってはいるけど、いつだったかしら?」
「僕とヤナがまだ一緒に暮らしてない時だった覚えはあるよ」
「そうね。初めて会った時のことは覚えてるけど、何歳の時だったかしら」
「うーん……」
三人とも正確な歳を覚えていないらしい。
「小さいころのことは、そうそう覚えてないよなぁ」
晟雅が口にすると。
「そうですね。生まれたときのことを覚えていたりはしないですし。でも、出会った時の記憶にあるぐらいだから、生まれてからすぐタカにあったわけではないですけど」
どうだったかなぁ、と三人は記憶を手繰り寄せるが、三人とも思い出せない。
「タカと出会った時のことは、今でもはっきり覚えているよ。ほんと、どうしてあんなところに来ようと思ったのか」
「?あんなところ?」
シダカの言葉に、晟雅が反芻する。タカはシダカに問うように目を向け、シダカはにっこり微笑んでいた。「あんなところ」という言葉に、ヤナは首を傾げている。晟雅はその様子に。
「そのときは、シダカとヤナは一緒じゃなかったの?」
「一緒ではなかったですね。そのとき、俺は働いていたので。その近くでタカとは会いましたから」
「「え??」」
歳を正確に思い出せないというのに、「働いていた」。その言葉に、晟雅と霄は首を傾げる。
「――――ツィスニルの一部の人間にとっては、よくある話ですが、小さいころから炭鉱で働いたので」
その言葉に、晟雅も霄も目を見開いた。その様子に、シダカは苦笑した。ツィスニル国とクレオード国、他国なので当然といえば当然だが、言葉も違えば習慣も考え方も違う。クレオード国では成人として扱われる年齢は十八歳。対してツィスニル国はおおよそ十五歳である。義務教育の年齢もクレオード国は十五歳で終えるが、ツィスニル国は十二歳で終わりだ。クレオード国は国内で成人年齢および義務教育年齢の考え方が同じだが、ツィスニル国では地域によりばらつきがある。ツィスニル国内では、子供も当然のように働くことも多い。故に、シダカのようにいくつのことだったかうろ覚えな歳でも働かなければならないことあるし、教育を受けていない者も多い。
「前国王陛下の御世において、幾分法改正もされました。その際に、僕は教育を受けることができるようになったんです」
「で、でも……」
言いにくそうに、霄が口を開く。
「国政が荒れたときは、教育も制度もなにもかも破綻した。内乱を終えて、………この国でいえば「児童保護法」のようなものも、できた。まぁ、地区にばらつきがあるから、ツィスニル国全体で通用するものでもないから、まだまだ、というのが現状だがな」
前国王はタカの養父。タカの養父を悪く言うようで気が引けた霄は、タカの言葉にびくり、と肩を揺らした。前国王のやったことは革命であると同時に、破壊をした。
「でも、俺とお前が会ったあの時のことは、そんなに印象に残ることだったかなぁ」
「あったよ」
愛おし気に微笑んで、シダカはヤナに笑う。
「ねぇ?」
「うん!」
でも、とヤナは口を尖らした。
「兄さんと会ったその時のこと、見たかったかなぁ」
「ふふふ、見せれなかったのが残念だね」
「……いうほどのことじゃないだろ」
「いうほどのことだよねー」
「うんうん」
困って眉を寄せた彼に、シダカとヤナは「ふふふふ」「えへへへ」と笑う。二人の笑った顔がよく似ていたので。
「そっくりだねぇ」
と口にした。ただ、ふと気が付いた違和感。
「兄さん………?」
「ん、どうした、霄?」
応える晟雅に、違う違うと首をふる。
「兄さんって………、双子じゃなかったっけ?」
「!そういえば」
晟雅は、霄の言葉の意味を理解したが、タカ・ヤナ・シダカは意味が分からない。何がいたいのか、と二人に答えを求めた。
「なんだ?」
あ、いや。と晟雅が不思議そうに尋ねた。
「俺たちは、異母兄妹だし、年齢も少し違うからさ。俺は上の兄のことは兄さんって呼ぶし、霄も俺を兄さんっていうよ。でも、同じ年齢で兄さん、っていうのが不思議だな、って思ったんだよ」
「不思議?」
ヤナが首を傾げる。
「名前で呼んだりしないの?」
ヤナとシダカは首を傾げて、
「兄さんは、私をヤナって呼ぶけど……。私は『シダカ』とは呼んだことがないわね。でも、いつもそうだったから。ほかの双子の事情は知らないわ」
双子の兄弟をあまり見ないので、詳しいことは晟雅も霄もよくは分からない。
「でも、そこまでいうなら、タカとシダカの出会いも聞きたいなぁ」
ふふふ、とシダカは笑って、口の前で指をす、っと立てた。
「それは秘密です」
「私にはいったのに?」
「もったいぶることでもないだろう」
料理に舌鼓をうちながら話して、夜は更けていった。
*
真夜中。人々が寝静まった時間。
窓がキィ、と開かれた。
生暖かい風が、ふわ、と部屋に入ってくる。
『困ったなぁ…』
ツィスニル国語でも、クレオード国語でもない言葉は、誰も聞かれることなく消えていく。風に運ばれて消えていく声の主は、くすくす笑いながら、ひとりごちする。
『やったことは後悔してない。あの時の選択は間違いじゃない。………君は、きっとこの選択に理解をできないだろう。君という人間は、多くの人に愛されているというのに、本当に一つも理解をしてくれない。君を利用しているのに、そんな言葉は戯言だろうけど。でも、もう頃合いだ、君と離れなければいけない。………その、はずなのに。………どうして。…離すことが出来ないんだろうね……」
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※小説家になろうにも投稿
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