婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚

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第五章 ――晩餐会へ至る道、そして新たな未来へ――

23話

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展示コーナーの舞台裏――想定外の訪問者

 広々とした舞踏会場では、中心部に豪華なテーブルが並び、そこに各国の大使や貴族たちがワインやコース料理を楽しめるようなレイアウトが施されている。天井のシャンデリアがキラキラと輝き、壁には歴代王の肖像画が厳かに並ぶ。その一角に「ちょっとした屋台のようなスペース」を用意させてくれたのだから、国王陛下も懐が深い。
 私が向かうと、既にファビアンやリヴィエール、そしてぶどう園の責任者ポーランドたちが落ち着かない面持ちで最後の準備をしていた。テーブルには、ハーブパンやジュース、スパイス料理、さらにファビアンが持ち込んだ布地の展示などが所狭しと並んでいる。まるで“ミニ地元フェア”といった様相だ。
 私は満足そうにうなずき、皆に声をかける。

「ありがとう、みんな。素敵に仕上がってるわね。あとは晩餐会が始まったら、一部の来賓たちに味見や見学をしてもらえるよう、うまく案内するだけよ」

「はい、お嬢様。緊張しますが、がんばります!」
「俺たちの作ったパンやジュースが、あのえらいさんたちに気に入ってもらえるかどうか……ドキドキですよ」
「私も香辛料が受け入れられるか心配です。でも、お嬢様が背中を押してくれたからこそ、ここまで来られました」

 彼らの言葉に胸が熱くなる。「みんな一緒に挑戦してるんだな」と思うと、不思議な一体感を覚える。私は大きく息を吸い込んで、ひとつ宣言した。

「大丈夫、失敗しても誰かに怒られるわけじゃないし、“これがアーデルハイド領の新しい試みです”って胸を張って見せるだけでいいんだから。もし上手くいけば、その先に大きな展開が待っているしね」

 周囲が明るい笑顔になったところで、舞踏会場の方から音楽が始まり、いよいよ晩餐会が始まる合図が聞こえてきた。
 その直後、私たちのコーナーに“想定外の訪問者”が現れる。……というより、私にとっては少々面倒な人物だ。王太子本人 である。彼は数名の取り巻きや近衛兵を従え、こちらへ歩み寄って来た。

「レイラ……、よく来てくれたね」

 その言葉に、私は少し眉を上げる。失礼ながら、彼がわざわざこちらの展示コーナーへ来るとは思っていなかった。王太子の後ろには、かつて浮気相手として私との婚約破棄を加速させた令嬢の姿もある。彼女は気まずそうに口を引き結び、視線を落としている。
 まわりの空気が一瞬張り詰め、ファビアンやリヴィエールたちが「え、この人が噂の王太子……?」と困惑した表情で固まっている。私は動揺を表に出さぬよう微笑みを浮かべ、あくまで貴族らしい礼儀正しい態度で挨拶する。

「王太子殿下、晩餐会へのご招待ありがとうございます。……おかげさまで、うちの領地の新しい品々をここでご紹介する機会をいただきました」

 そう言って、テーブル上のパンやジュースなどを示す。しかし王太子はそれらにはあまり目を向けず、私の顔をじっと見ている。少しうろたえた様子で、ぎこちなく口を開いた。

「い、いや……ワインの件も含めて、今回の晩餐会は本当に助かった。父上も大変喜んでいらっしゃる。ありがとう。あと……その……前に、色々とあったけど、俺は……」

 王太子は何か言いたげにしているが、どうも言葉がうまく出てこない様子だ。おそらく、「婚約破棄したことを今さら悔やんでいる」「謝りたい」といった感情を抱えているのだろうが、それを素直に口にできるほど器用ではないのかもしれない。
 私は彼の背後で微妙な表情をしている令嬢にちらりと視線を送る。浮気相手だった彼女は、どうやら王太子と正式に婚約はしておらず、周囲の風当たりも強い状況らしい。私にとっては「だから何?」という感想しかないが、彼女が落ち着かない様子でドレスの裾を握りしめるのを見ると、逆に気の毒に思えてくる。

「殿下、私は何も気にしていません。もう過ぎたことですから。それより、せっかくですからここにある商品を見ていってくださいませんか? ワインを飲めない方にも楽しめるジュースや、スパイスを使った新感覚の料理などいろいろありますので」

 そう穏やかに勧めると、王太子は戸惑ったようだったが、テーブル上のハーブパンや果実ジュースへようやく目を向けた。

「へ、へぇ……ジュース、か。ぶどうと言っても、ワインだけじゃないんだな……。うむ、どれどれ……」

 マーガレットが差し出した小さなカップを受け取り、王太子が一口飲む。程よい酸味と甘みが混ざった、私たちが改良してきた特製ジュースだ。彼は意外そうに目を見開き、率直に感想を述べた。

「これは……美味しい。甘すぎず、香りも爽やかだ。アルコールが苦手な人なら喜ぶだろうね」

「そう思います。今回はぶどうだけじゃなく、リンゴなどもブレンドしたんです。子どもやお酒の飲めない人でも楽しめるように考えてみました」

「なるほど……。そうか、こういう形でも領地を盛り上げることができるのか……」

 王太子は複雑な顔でジュースのグラスを見つめている。かつて私との婚約破棄を通じて軽んじていた「アーデルハイド家のポテンシャル」が、ここに来て開花し始めているのを、目の当たりにしているのだろう。
 周囲の空気は、私の冷静な態度と王太子の微妙な沈黙によって、なんとも言えない雰囲気になっている。取り巻きの貴族や令嬢も、気まずそうに視線をそらしている。しかし、私はあくまで自然体を貫いた。

「何かお困りなら、お父様や私にご相談ください。私たちにできることは惜しまないつもりです。……ただし、それは“殿下だから”というより、私たちの領地のため、国のためというだけですけれど」

 私がそう言うと、王太子はさらに言葉に詰まった顔になる。かろうじて、「あ、ありがとう……」と返してきたが、その視線はまるで「何故お前は怒っていないんだ?」と問いかけるようだ。
 怒らない。復讐しない。 それが私のスタンス。ザマァだの見返しだのも興味なし。ここで取り乱したり、媚びたりすれば相手の思う壺かもしれないが、私にはそんな気はない。ただ一言、「婚約破棄? そんなの大したことじゃないわ」と言い切れる自分でありたい。
 最終的に、王太子は「あ……そのうち、改めて話せると……いいな……」とだけ言い残し、取り巻きを連れて去っていった。浮気相手令嬢も「失礼いたします」とそそくさと頭を下げていく。私は背筋を伸ばして見送り、特に何の感慨も抱かず、すぐさま他の来賓に目を向けた。

「さぁ、次! 気を取り直して、お客さんを呼び込みましょう」

 心配そうにしていたファビアンやリヴィエールたちも、私が普段と変わらずケロリとしているのを見てホッとしたようだ。

「お嬢様、すごい……。あの王太子殿下にあんな態度を取れるなんて」
「いやぁ、ますます惚れ込みそうですよ、お嬢様。こんな肝の据わった方はそうそういない」

 彼らの賞賛を軽く受け流しながら、私は思う。復讐せずとも、無関心を貫くことこそが、ある意味最大のザマァになるのだろうな と。とはいえ、そんなことを狙ってやっているわけでもない。私はただ、愛のない結婚など壊れても気にしないというだけなのだ。
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