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第2章:出会いと覚醒――真なる力を知る時
11話
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その夜、アストリッドは宿の小さなベッドで浅い眠りを繰り返した。王都を離れ、初めての宿泊。揺れる心のせいか、何度も夜明け前に目が覚める。
――夢の中で、ライナーや父の姿が浮かんでくるが、すぐにかき消えてしまう。まるで悪夢の残滓(ざんし)のように、胸を苦しめるだけだ。
翌朝、早い時間に二人は宿を出た。宿の女将に礼を言い、また荷物をまとめて町外れへ向かう。今度は馬を一頭だけ借りることにした。馬車を手配するよりは費用も安く、かつ小回りが利くからだ。
道中、森の入り口が見えてきた頃、アストリッドは馬を降りる。
「ここからは歩きましょう。少し奥へ入ったところで、休憩を兼ねて試してみたいわ」
クラリッサは馬を繋ぎながら、小声で尋ねる。
「大丈夫ですか? あまり深い森に入るのは危険ですし……」
「平気。さすがに魔物が出るほどの森じゃないでしょう? 近辺の冒険者ギルドの情報では安全だって言ってたし」
森の入り口は木漏れ日が穏やかに注ぎ、足元には小さな草花が咲いている。しんと静まる朝の空気が肌を包み込み、聞こえてくるのは鳥のさえずりと微かな風の音だけ。
二人は森の奥までずんずん進むわけではなく、そこからほんの数十メートルほどの開けた場所を探した。倒木が二三本重なっている一角を見つけ、そこに腰を下ろす。
アストリッドは深呼吸して立ち上がり、軽く手のひらを合わせる。――かつては、こうして祈りを捧げるだけで、手のひらに淡い光が宿り、人々の傷を癒やしていたものだ。
「……どうなるかしら」
自嘲まじりの呟き。自分の力が今も残っているのか、正直、怖い。もし何も起きなければ、神殿の言う通り“偽り”だったことになるから。
――だけど、決めなければ進めない。
アストリッドは静かに瞼を閉じ、意識を集中する。胸の奥、あるいは魂の芯に存在していたはずの“力”を探るように。
以前は、何かを癒やそうと思ったとき、胸の底からぽっと温かい光が湧き上がった。それが指先や手のひらに集まり、神聖な輝きとして外へ放出される。ほんのりとした優しい光だった。
――さあ、どうか。
数拍の沈黙。
すると、手のひらの中央に、ほんのかすかだが白い光が集まってくるような感覚がある。弱々しく、けれど確かに存在する“温もり”。
「……あ……!」
アストリッドは思わず息を呑む。消え入りそうな光だったが、それはすぐにふっと揺らめき、消えてしまった。
それでも、間違いなく何かがそこにあった。
「お、お嬢様、今の……!」
「……確かに、少しだけ。昔ほどじゃないけれど」
まるで壊れかけのランプが一瞬灯ったような頼りなさ。もしかしたら、自分の体が万全であれば、もっとはっきり光ったのかもしれない。あるいは、何か特別な条件が必要なのかもしれない。
――“偽り”というわけではない。力はまだ、微弱ながら存在している。
アストリッドは胸をなで下ろしたい思いと同時に、激しい憤りがこみ上げてくる。王国は、神殿は、自分の力を「偽り」だと言い切った。けれど、完全に失われてなどいないではないか。
「……これで決まったわ。私、やっぱり偽りじゃない。弱っているだけかもしれないけれど、私にはまだ“聖女”としての力がある」
小さな小さな確信。それは、彼女の今後の進路を大きく変え得る。――いつかこの力が完全に戻れば。王国を見返すチャンスが生まれるかもしれない。
でも、今はまだ何がどうなるか分からない。この一瞬の光が、すべての回復を保証するわけではないし、王国に再度挑む気概を固めるには早すぎるとも言える。
それでも、アストリッドの心には、再び“息づく炎”が灯ったような感覚があった。自分の価値が否定されても、まだ終わってはいない。いつか、絶対に……。
――夢の中で、ライナーや父の姿が浮かんでくるが、すぐにかき消えてしまう。まるで悪夢の残滓(ざんし)のように、胸を苦しめるだけだ。
翌朝、早い時間に二人は宿を出た。宿の女将に礼を言い、また荷物をまとめて町外れへ向かう。今度は馬を一頭だけ借りることにした。馬車を手配するよりは費用も安く、かつ小回りが利くからだ。
道中、森の入り口が見えてきた頃、アストリッドは馬を降りる。
「ここからは歩きましょう。少し奥へ入ったところで、休憩を兼ねて試してみたいわ」
クラリッサは馬を繋ぎながら、小声で尋ねる。
「大丈夫ですか? あまり深い森に入るのは危険ですし……」
「平気。さすがに魔物が出るほどの森じゃないでしょう? 近辺の冒険者ギルドの情報では安全だって言ってたし」
森の入り口は木漏れ日が穏やかに注ぎ、足元には小さな草花が咲いている。しんと静まる朝の空気が肌を包み込み、聞こえてくるのは鳥のさえずりと微かな風の音だけ。
二人は森の奥までずんずん進むわけではなく、そこからほんの数十メートルほどの開けた場所を探した。倒木が二三本重なっている一角を見つけ、そこに腰を下ろす。
アストリッドは深呼吸して立ち上がり、軽く手のひらを合わせる。――かつては、こうして祈りを捧げるだけで、手のひらに淡い光が宿り、人々の傷を癒やしていたものだ。
「……どうなるかしら」
自嘲まじりの呟き。自分の力が今も残っているのか、正直、怖い。もし何も起きなければ、神殿の言う通り“偽り”だったことになるから。
――だけど、決めなければ進めない。
アストリッドは静かに瞼を閉じ、意識を集中する。胸の奥、あるいは魂の芯に存在していたはずの“力”を探るように。
以前は、何かを癒やそうと思ったとき、胸の底からぽっと温かい光が湧き上がった。それが指先や手のひらに集まり、神聖な輝きとして外へ放出される。ほんのりとした優しい光だった。
――さあ、どうか。
数拍の沈黙。
すると、手のひらの中央に、ほんのかすかだが白い光が集まってくるような感覚がある。弱々しく、けれど確かに存在する“温もり”。
「……あ……!」
アストリッドは思わず息を呑む。消え入りそうな光だったが、それはすぐにふっと揺らめき、消えてしまった。
それでも、間違いなく何かがそこにあった。
「お、お嬢様、今の……!」
「……確かに、少しだけ。昔ほどじゃないけれど」
まるで壊れかけのランプが一瞬灯ったような頼りなさ。もしかしたら、自分の体が万全であれば、もっとはっきり光ったのかもしれない。あるいは、何か特別な条件が必要なのかもしれない。
――“偽り”というわけではない。力はまだ、微弱ながら存在している。
アストリッドは胸をなで下ろしたい思いと同時に、激しい憤りがこみ上げてくる。王国は、神殿は、自分の力を「偽り」だと言い切った。けれど、完全に失われてなどいないではないか。
「……これで決まったわ。私、やっぱり偽りじゃない。弱っているだけかもしれないけれど、私にはまだ“聖女”としての力がある」
小さな小さな確信。それは、彼女の今後の進路を大きく変え得る。――いつかこの力が完全に戻れば。王国を見返すチャンスが生まれるかもしれない。
でも、今はまだ何がどうなるか分からない。この一瞬の光が、すべての回復を保証するわけではないし、王国に再度挑む気概を固めるには早すぎるとも言える。
それでも、アストリッドの心には、再び“息づく炎”が灯ったような感覚があった。自分の価値が否定されても、まだ終わってはいない。いつか、絶対に……。
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