偽聖女と断罪された私、帝国で真の力に目覚めました  ――王国はもう、救いません

鍛高譚

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第3章:帝国境への道――刻まれる宿命の足音

23話

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3.宿屋での小競り合い

 案内されたのは「風薫るランフレア亭」という、三階建ての立派な宿屋。外観からしてそれなりに高級そうだが、幸い部屋は空いているらしい。受付の女性はニコニコと対応し、愛想が良い。
「いらっしゃいませ、お二人様! お部屋は二階の奥になります。食事付きで銀貨五枚が一泊分ですけれど、よろしいですか?」
「ええ、構いません」
 追放生活を始めてからの節約もあって、資金に余裕はそれなりにある。ここでの情報収集が大事だと考え、アストリッドは多少高くても快適な宿を選んだ。

 フロントで鍵を受け取り、二階の奥へ続く階段を上がる。廊下には柔らかな絨毯が敷かれ、壁には装飾が施されている。辺境とは思えないほどの内装だ。
 部屋に入り、クラリッサがカーテンを開けると、外には広い中庭が見えた。そこでは旅人らしき人々が談笑しており、木陰にはポツンと小さな野外ステージがある。何やら余興でも行われるのだろうか。
「なんだかすごいですね……。王都から離れているのに、こんなに立派な宿屋があるなんて」
「交易で潤っているのかもね。この町は帝国との通商が活発らしいし」

 アストリッドはベッドに腰掛け、軽くため息をつく。少し身体がだるい。長旅の疲れが溜まっているのかもしれない。
 ――そして、彼女の中でうずく奇跡の力もまた、不安定に揺れている。ほんの些細なきっかけで治癒の光が現れたり、まったく出なかったり。まるで彼女の精神状態に左右されているように思えた。

「とりあえず今日は、街を歩いて情報を集めましょう。帝国へ抜ける道や通関手続きとか……」
「はい、わたしも一緒に参ります。お嬢様ひとりで歩くのは危険ですから」

 支度を整え、二人は宿を出ようと廊下に戻る。そのとき、階下のフロント付近から、どこか険悪な気配が伝わってきた。男の怒声と、宿の受付女性の慌てた声が混ざり合っている。

「おい、あの女を見なかったか? 俺たちが探している奴なんだがな……」
「だ、誰のことか分かりません! 他にもたくさんお客さんはいますし……」
「誤魔化すんじゃねえ。髪の長い、金色の……」

 金色の髪――というフレーズを耳にした瞬間、アストリッドの脳裏に嫌な予感が走る。まさか、自分たちを探す者がもう出てきたのか?
 しかし、まだ確定ではない。アストリッドはクラリッサに目配せをし、こっそり二階からフロントを覗き込んだ。
 そこには、数人の男たちが居丈高(いたけだか)に受付に詰め寄っている。いずれも粗野な服装で、腰に剣や棍棒をぶら下げ、まるで自警団か盗賊団のような雰囲気だ。

「お嬢様……」
「少し様子を見ましょう。私たちが追われる覚えは……いや、あるかもしれないわね、あのならず者の一派かもしれないし」

 そう呟いた矢先、男の一人がドスの利いた声で怒鳴る。
「ちっ、見つからないか。まあいい、俺たちはこれからもしばらくここに泊まる。もしあの女を見かけたら、すぐに知らせろよ?」
「は、はい……」

 男たちは受付の横を通り抜け、階段に向かってくる。アストリッドはクラリッサの手を引き、自分たちの部屋へ戻ると、鍵をかけて息を殺す。
 ――足音が近づいてくる。どうやら同じ二階の部屋を取ったようだ。廊下を通る男たちが喋る声が聞こえる。

「金色の髪といえば……王都から追放された女貴族だって噂があるがな」
「へえ、そいつが辺境に紛れ込んでいるってわけか? 俺たちが捕まえれば一攫千金って噂もあるじゃねえか」
「でも、そこまで騒ぐ理由がよく分からん。偽りの聖女だか何だか知らねえが……とにかく、金になるならいいがよ」

 それを聞いた瞬間、アストリッドの背に冷たいものが走る。――どうやら本当に自分を狙う連中らしい。彼らの話す“偽りの聖女”という言葉が、何よりの証拠だ。
 たかが追放された女ひとりを捕まえて、どこに売り込むつもりなのか。王国が裏で懸賞金をかけているのか、それとも誰かが私的に情報を流しているのか――まだ分からない。
 だが、アストリッドとしては非常に厄介だ。もし顔を合わせれば、ろくなことにはならないだろう。

「お嬢様……どうしましょう」
「落ち着いて。今は部屋にいても危険かもしれないわ。でも、街に出れば彼らに見つかる可能性もある……」
 行動するにしても、リスクはつきまとう。このままここに留まるのも得策ではなさそうだ。
 ――しかし、この町を出てすぐ帝国へ向かうには、手続きが必要と聞く。国境通行証や税金の支払い、さらに帝国側の検問もあるらしい。下調べなしで突っ込めば、かえって怪しまれるだろう。

 数分の沈黙の後、アストリッドは決断した。
「街に出て、急いで帝国への通行手続きを進めるわ。ここにもう長く留まっても危ない」
「でも、お嬢様の金色の髪が目立ちますし、あの男たちに見つかったら……」
「……隠せばいいわ。適当な布を買って頭を覆いましょう。目立つ格好はもうやめる」

 幸い、アストリッドは追放の際に高価な装飾品やドレスはほとんど処分してきた。地味なワンピースと外套なら、髪さえ隠せば人混みに紛れやすい。
 彼女は部屋の鏡でさっと髪をまとめ、白い布を頭に巻いて隠す。それだけで大分印象が変わるものだ。

「行きましょう、クラリッサ。……もし、見つかったときは――私が何とかする」
「はい……。気をつけましょう、お嬢様」

 そっとドアを開け、廊下の様子をうかがう。男たちの気配はすでに奥の部屋へ引っ込んだようだ。今のうちにと、二人は足音を忍ばせながら階下へ降り、宿を抜け出した。
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