23 / 31
第3章:帝国境への道――刻まれる宿命の足音
23話
しおりを挟む
3.宿屋での小競り合い
案内されたのは「風薫るランフレア亭」という、三階建ての立派な宿屋。外観からしてそれなりに高級そうだが、幸い部屋は空いているらしい。受付の女性はニコニコと対応し、愛想が良い。
「いらっしゃいませ、お二人様! お部屋は二階の奥になります。食事付きで銀貨五枚が一泊分ですけれど、よろしいですか?」
「ええ、構いません」
追放生活を始めてからの節約もあって、資金に余裕はそれなりにある。ここでの情報収集が大事だと考え、アストリッドは多少高くても快適な宿を選んだ。
フロントで鍵を受け取り、二階の奥へ続く階段を上がる。廊下には柔らかな絨毯が敷かれ、壁には装飾が施されている。辺境とは思えないほどの内装だ。
部屋に入り、クラリッサがカーテンを開けると、外には広い中庭が見えた。そこでは旅人らしき人々が談笑しており、木陰にはポツンと小さな野外ステージがある。何やら余興でも行われるのだろうか。
「なんだかすごいですね……。王都から離れているのに、こんなに立派な宿屋があるなんて」
「交易で潤っているのかもね。この町は帝国との通商が活発らしいし」
アストリッドはベッドに腰掛け、軽くため息をつく。少し身体がだるい。長旅の疲れが溜まっているのかもしれない。
――そして、彼女の中でうずく奇跡の力もまた、不安定に揺れている。ほんの些細なきっかけで治癒の光が現れたり、まったく出なかったり。まるで彼女の精神状態に左右されているように思えた。
「とりあえず今日は、街を歩いて情報を集めましょう。帝国へ抜ける道や通関手続きとか……」
「はい、わたしも一緒に参ります。お嬢様ひとりで歩くのは危険ですから」
支度を整え、二人は宿を出ようと廊下に戻る。そのとき、階下のフロント付近から、どこか険悪な気配が伝わってきた。男の怒声と、宿の受付女性の慌てた声が混ざり合っている。
「おい、あの女を見なかったか? 俺たちが探している奴なんだがな……」
「だ、誰のことか分かりません! 他にもたくさんお客さんはいますし……」
「誤魔化すんじゃねえ。髪の長い、金色の……」
金色の髪――というフレーズを耳にした瞬間、アストリッドの脳裏に嫌な予感が走る。まさか、自分たちを探す者がもう出てきたのか?
しかし、まだ確定ではない。アストリッドはクラリッサに目配せをし、こっそり二階からフロントを覗き込んだ。
そこには、数人の男たちが居丈高(いたけだか)に受付に詰め寄っている。いずれも粗野な服装で、腰に剣や棍棒をぶら下げ、まるで自警団か盗賊団のような雰囲気だ。
「お嬢様……」
「少し様子を見ましょう。私たちが追われる覚えは……いや、あるかもしれないわね、あのならず者の一派かもしれないし」
そう呟いた矢先、男の一人がドスの利いた声で怒鳴る。
「ちっ、見つからないか。まあいい、俺たちはこれからもしばらくここに泊まる。もしあの女を見かけたら、すぐに知らせろよ?」
「は、はい……」
男たちは受付の横を通り抜け、階段に向かってくる。アストリッドはクラリッサの手を引き、自分たちの部屋へ戻ると、鍵をかけて息を殺す。
――足音が近づいてくる。どうやら同じ二階の部屋を取ったようだ。廊下を通る男たちが喋る声が聞こえる。
「金色の髪といえば……王都から追放された女貴族だって噂があるがな」
「へえ、そいつが辺境に紛れ込んでいるってわけか? 俺たちが捕まえれば一攫千金って噂もあるじゃねえか」
「でも、そこまで騒ぐ理由がよく分からん。偽りの聖女だか何だか知らねえが……とにかく、金になるならいいがよ」
それを聞いた瞬間、アストリッドの背に冷たいものが走る。――どうやら本当に自分を狙う連中らしい。彼らの話す“偽りの聖女”という言葉が、何よりの証拠だ。
たかが追放された女ひとりを捕まえて、どこに売り込むつもりなのか。王国が裏で懸賞金をかけているのか、それとも誰かが私的に情報を流しているのか――まだ分からない。
だが、アストリッドとしては非常に厄介だ。もし顔を合わせれば、ろくなことにはならないだろう。
「お嬢様……どうしましょう」
「落ち着いて。今は部屋にいても危険かもしれないわ。でも、街に出れば彼らに見つかる可能性もある……」
行動するにしても、リスクはつきまとう。このままここに留まるのも得策ではなさそうだ。
――しかし、この町を出てすぐ帝国へ向かうには、手続きが必要と聞く。国境通行証や税金の支払い、さらに帝国側の検問もあるらしい。下調べなしで突っ込めば、かえって怪しまれるだろう。
数分の沈黙の後、アストリッドは決断した。
「街に出て、急いで帝国への通行手続きを進めるわ。ここにもう長く留まっても危ない」
「でも、お嬢様の金色の髪が目立ちますし、あの男たちに見つかったら……」
「……隠せばいいわ。適当な布を買って頭を覆いましょう。目立つ格好はもうやめる」
幸い、アストリッドは追放の際に高価な装飾品やドレスはほとんど処分してきた。地味なワンピースと外套なら、髪さえ隠せば人混みに紛れやすい。
彼女は部屋の鏡でさっと髪をまとめ、白い布を頭に巻いて隠す。それだけで大分印象が変わるものだ。
「行きましょう、クラリッサ。……もし、見つかったときは――私が何とかする」
「はい……。気をつけましょう、お嬢様」
そっとドアを開け、廊下の様子をうかがう。男たちの気配はすでに奥の部屋へ引っ込んだようだ。今のうちにと、二人は足音を忍ばせながら階下へ降り、宿を抜け出した。
案内されたのは「風薫るランフレア亭」という、三階建ての立派な宿屋。外観からしてそれなりに高級そうだが、幸い部屋は空いているらしい。受付の女性はニコニコと対応し、愛想が良い。
「いらっしゃいませ、お二人様! お部屋は二階の奥になります。食事付きで銀貨五枚が一泊分ですけれど、よろしいですか?」
「ええ、構いません」
追放生活を始めてからの節約もあって、資金に余裕はそれなりにある。ここでの情報収集が大事だと考え、アストリッドは多少高くても快適な宿を選んだ。
フロントで鍵を受け取り、二階の奥へ続く階段を上がる。廊下には柔らかな絨毯が敷かれ、壁には装飾が施されている。辺境とは思えないほどの内装だ。
部屋に入り、クラリッサがカーテンを開けると、外には広い中庭が見えた。そこでは旅人らしき人々が談笑しており、木陰にはポツンと小さな野外ステージがある。何やら余興でも行われるのだろうか。
「なんだかすごいですね……。王都から離れているのに、こんなに立派な宿屋があるなんて」
「交易で潤っているのかもね。この町は帝国との通商が活発らしいし」
アストリッドはベッドに腰掛け、軽くため息をつく。少し身体がだるい。長旅の疲れが溜まっているのかもしれない。
――そして、彼女の中でうずく奇跡の力もまた、不安定に揺れている。ほんの些細なきっかけで治癒の光が現れたり、まったく出なかったり。まるで彼女の精神状態に左右されているように思えた。
「とりあえず今日は、街を歩いて情報を集めましょう。帝国へ抜ける道や通関手続きとか……」
「はい、わたしも一緒に参ります。お嬢様ひとりで歩くのは危険ですから」
支度を整え、二人は宿を出ようと廊下に戻る。そのとき、階下のフロント付近から、どこか険悪な気配が伝わってきた。男の怒声と、宿の受付女性の慌てた声が混ざり合っている。
「おい、あの女を見なかったか? 俺たちが探している奴なんだがな……」
「だ、誰のことか分かりません! 他にもたくさんお客さんはいますし……」
「誤魔化すんじゃねえ。髪の長い、金色の……」
金色の髪――というフレーズを耳にした瞬間、アストリッドの脳裏に嫌な予感が走る。まさか、自分たちを探す者がもう出てきたのか?
しかし、まだ確定ではない。アストリッドはクラリッサに目配せをし、こっそり二階からフロントを覗き込んだ。
そこには、数人の男たちが居丈高(いたけだか)に受付に詰め寄っている。いずれも粗野な服装で、腰に剣や棍棒をぶら下げ、まるで自警団か盗賊団のような雰囲気だ。
「お嬢様……」
「少し様子を見ましょう。私たちが追われる覚えは……いや、あるかもしれないわね、あのならず者の一派かもしれないし」
そう呟いた矢先、男の一人がドスの利いた声で怒鳴る。
「ちっ、見つからないか。まあいい、俺たちはこれからもしばらくここに泊まる。もしあの女を見かけたら、すぐに知らせろよ?」
「は、はい……」
男たちは受付の横を通り抜け、階段に向かってくる。アストリッドはクラリッサの手を引き、自分たちの部屋へ戻ると、鍵をかけて息を殺す。
――足音が近づいてくる。どうやら同じ二階の部屋を取ったようだ。廊下を通る男たちが喋る声が聞こえる。
「金色の髪といえば……王都から追放された女貴族だって噂があるがな」
「へえ、そいつが辺境に紛れ込んでいるってわけか? 俺たちが捕まえれば一攫千金って噂もあるじゃねえか」
「でも、そこまで騒ぐ理由がよく分からん。偽りの聖女だか何だか知らねえが……とにかく、金になるならいいがよ」
それを聞いた瞬間、アストリッドの背に冷たいものが走る。――どうやら本当に自分を狙う連中らしい。彼らの話す“偽りの聖女”という言葉が、何よりの証拠だ。
たかが追放された女ひとりを捕まえて、どこに売り込むつもりなのか。王国が裏で懸賞金をかけているのか、それとも誰かが私的に情報を流しているのか――まだ分からない。
だが、アストリッドとしては非常に厄介だ。もし顔を合わせれば、ろくなことにはならないだろう。
「お嬢様……どうしましょう」
「落ち着いて。今は部屋にいても危険かもしれないわ。でも、街に出れば彼らに見つかる可能性もある……」
行動するにしても、リスクはつきまとう。このままここに留まるのも得策ではなさそうだ。
――しかし、この町を出てすぐ帝国へ向かうには、手続きが必要と聞く。国境通行証や税金の支払い、さらに帝国側の検問もあるらしい。下調べなしで突っ込めば、かえって怪しまれるだろう。
数分の沈黙の後、アストリッドは決断した。
「街に出て、急いで帝国への通行手続きを進めるわ。ここにもう長く留まっても危ない」
「でも、お嬢様の金色の髪が目立ちますし、あの男たちに見つかったら……」
「……隠せばいいわ。適当な布を買って頭を覆いましょう。目立つ格好はもうやめる」
幸い、アストリッドは追放の際に高価な装飾品やドレスはほとんど処分してきた。地味なワンピースと外套なら、髪さえ隠せば人混みに紛れやすい。
彼女は部屋の鏡でさっと髪をまとめ、白い布を頭に巻いて隠す。それだけで大分印象が変わるものだ。
「行きましょう、クラリッサ。……もし、見つかったときは――私が何とかする」
「はい……。気をつけましょう、お嬢様」
そっとドアを開け、廊下の様子をうかがう。男たちの気配はすでに奥の部屋へ引っ込んだようだ。今のうちにと、二人は足音を忍ばせながら階下へ降り、宿を抜け出した。
1
あなたにおすすめの小説
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます
・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。
気が付くと闇の世界にいた。
そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。
この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。
そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを――
全てを知った彼女は決意した。
「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」
※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪
※よくある悪役令嬢設定です。
※頭空っぽにして読んでね!
※ご都合主義です。
※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)
婚約者を奪った妹と縁を切り、辺境領を継いだら勇者一行がついてきました
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる