偽聖女と断罪された私、帝国で真の力に目覚めました  ――王国はもう、救いません

鍛高譚

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第3章:帝国境への道――刻まれる宿命の足音

26話

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6.再会と動乱の予兆

 夕暮れが迫るランフレアの町。オレンジ色の光が建物の影を長く引き伸ばし、人々の一日を終わりへと導いている。
 アストリッドとクラリッサはなるべく裏通りを通り、慎重に宿へ戻ろうとした。主要な大通りだと“追跡屋”がうろついている可能性があるためだ。
 しかし、裏道に差しかかったところで、アストリッドはハッと足を止める。――視線を感じたのだ。どこか懐かしい、鋭さを帯びた眼差し。

 次の瞬間、薄暗がりの路地から黒い外套の男が姿を現した。
「久しぶりだな、アストリン――いや、アストリッドと呼ぶべきか?」

 低く響く声。漆黒の長い外套に、その下には鋭い剣の柄が覗いている。
 ――そう、間違いない。かつて魔獣に襲われかけたとき助けてくれた、あの青年・ジークだ。
 クラリッサは驚きのあまり声が出ない様子。アストリッドも唖然としてしまう。

「あなた……ジーク……。どうしてここに……」
「俺もいろいろあってな。帝国へ向かう途中、この町に立ち寄っていた。そしたら“金髪の女”を捜している厄介な連中がいると聞いてね。もしやと思って、探してみたら案の定、引っかかったというわけだ」

 ジークはあのときと変わらぬ落ち着いた表情で、視線だけで二人を安心させるような雰囲気を纏っている。
「……偶然かしら? わざわざ私を探す理由なんてあるの?」
 アストリッドが問いかけると、ジークは苦笑めいた笑みを浮かべた。
「さあな。別に借りを返してほしいわけじゃないが、君の力には興味がある……と言ったら、信じるか?」
「力……?」

 以前、魔獣から少年を守ろうとした際に、アストリッドは青白い光を放ち、その場を凌いだ。ジークはそれを見ていた。
 しかも、あれはかつての聖女としての癒しの光とは少し違う、不思議な力だった。ジークの目には強く印象に残ったのだろう。

「お嬢様……この方、大丈夫でしょうか」
 クラリッサが心配そうに囁く。ジークとの関係を知っているとはいえ、彼の素性は依然として謎に包まれたまま。それに、彼が“追跡屋”と結託している可能性も皆無ではない。
 アストリッドはジークをまっすぐ見つめ、言葉を選ぶ。
「……私の力に興味があるなら、何をするつもり? 私にはもう、王国を救う義理なんてないし、あなたに協力する気も――」
「勘違いするな。俺は自分の目的のために動いている。君の事情には口を挟むつもりはない。だが、俺が知りたいことがあるんだ」

 ジークは外套の内側から、古びた文書の切れ端のようなものを取り出した。そこに描かれているのは不思議な紋章と文字。王国の言語とは違う、古い文字体系のように見える。
「これについて心当たりはないか? どうも“聖女”や“神殿”にまつわる古文書らしいんだが、俺の知り合いにも解読できない。王国の高位聖職者なら分かるかもしれないが、そう簡単に尋ねられないからな」

 アストリッドは文書の切れ端を覗き込む。そこには円環状に並んだ文字や記号らしきものが描かれている。微かに思い当たる節がある。
 ――かつて神殿で学んだとき、古代の聖女に関する伝承文献に似たような記号があった気がする。
 だが、詳細までは思い出せない。それに、今は自分がそんなことに協力する義理もない。

「さあ、知らないわね。私、神殿の人間じゃないもの」
 素っ気なく言い放つと、ジークは瞳を細める。
「そうか。ま、いいさ。これから帝国へ行くつもりなら、またどこかで会うだろう。そのとき、もし協力する気になったら声をかけてくれ」

 言いたいことだけ言って、ジークはひらりと身を翻す。だが、数歩進んだところで、ちらりと振り返った。
「ところで、奴ら“追跡屋”が動いているのは確かだ。あちこちで君と同じ特徴――金髪の女を探している。今夜あたり、町の周囲を固めるかもしれない」
「……! そんな……」

 アストリッドの顔が強張る。もし本当に町の出入口を封鎖されたら、商会の倉庫にも行きづらくなる。出発が明後日なのに、それまでに捕まったら何もかも台無しだ。
「まあ、頑張れよ。俺も今は“追跡屋”を相手にしている暇はないからな」

 ジークはそれだけ言い残すと、宵闇の路地へと紛れ込むように姿を消した。

「……お嬢様、今の方は敵なのか味方なのか……」
「さあ、分からないわ。でも、私に直接危害を加える気はなさそうね。それに、あの人は確かに強い。魔獣を一瞬で仕留めるほどに……」

 アストリッドはほんの少し胸を騒がせながら、ジークが指摘した“今夜中に町を封鎖されるかもしれない”という事実に焦りを覚える。
 ――どうする? 明後日の商隊出発まで、ここで隠れ切るのは難しいかもしれない。ならば、今夜のうちに動くべきか。

 だが、商会の出発は明後日と決まっている。今すぐ無理やり帝国との国境を越えても、正式な手続きなしでは危険すぎる。
 考えあぐねていると、クラリッサが意を決したように口を開く。
「お嬢様、わたしたち、一度宿に戻りましょう。もし今夜のうちに行動するにしても、ちゃんと荷物の整理が必要ですし……」
「……そうね。余計な迷いを断つためにも、一度帰って計画を練るわ」

 覚悟を決め、夜の街を宿へと急ぐ二人。その背後には、既に不穏な影がちらついていた。ランフレアの町は、夜の闇とともに緊張感を増していく――。
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