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第3章:帝国境への道――刻まれる宿命の足音
25話
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5.ファーレン商会との交渉
西地区の外れ。周囲は倉庫や馬車の整備工房、荷物を積んだ荷車がずらりと並ぶ物流の拠点となっていた。
その一角に、確かに“ファーレン商会”と書かれた木製の看板が掲げられた建物がある。入口から見える敷地は広く、大型の馬車が何台も止められていた。まさに大手の商会という印象だ。
アストリッドは倉庫の門番らしき若い男に声をかける。
「すみません、ファーレン商会の方に会いたいのですが。商隊に加えていただけるか相談したいのです」
門番の男は訝(いぶか)しげに二人を見やったが、すぐに「待っていろ」と奥へ消える。しばらくすると、身なりの整った初老の男性が出てきた。
「商隊への参加希望、だって? ふむ……申し遅れた。私はこの商会の副長を務めるグレンという者だ」
グレンと名乗る男性は、落ち着いた表情で二人を見回す。地味な衣装を着た若い女性二人――戦闘要員には見えないし、旅慣れていない雰囲気だが、それなりに品の良さも感じるという印象かもしれない。
「それで、あなた方は一体何者かな? 我々の商隊は、帝国のギルドとの正式な契約に基づき出発する。身元不明の者を無条件で乗せるわけにはいかないんだが」
当然の質問だ。だが、本当のことを答えられるはずもない。アストリッドは表情を崩さないよう、あらかじめ考えていた偽名と設定を差し出す。
「わたしたちは姉妹です。王都の方で小さな店を営んでいたのですが、事情があって店を畳みまして……。帝国の都市で再出発を図ろうと考えているんです。まだ具体的な商売の予定はありませんが、いずれ帝国で落ち着きたいと思っていて」
すると、グレンは鼻を鳴らす。
「ほう、商売を畳んだとは、よほどのことがあったのだろうな。では、帝国に移り住む理由は?」
「王都ではあまりうまく行かなかったんです……。客足が伸びなくて。帝国は活気があると聞きましたから」
明確な嘘ではないが、もちろん事実とも違う。だが、それなりに筋は通っているだろう。グレンは腕を組んで考え込み、やがて「ふむ」と頷いた。
「で、我々の商隊に参加するには、それなりの費用を負担してもらう。護衛の賃金や国境手続きの書類作成など、いろいろと経費がかかるのだ。分かっているか?」
「はい、そのあたりは承知しています。できるだけお支払いしたいと思いますが、いくら必要でしょうか?」
グレンは腰から小さな手帳を取り出し、すらすらと金額を走り書きして見せる。その数字を見て、クラリッサが息を呑む。
――正直、高い。馬や馬車を利用して安全に越境するのだから、安くはないと覚悟していたが、想像を超える額だった。
だが、アストリッドはここで躊躇している暇はないと判断し、すぐにうなずいた。
「分かりました。その額をお支払いします。出発はいつでしょう?」
グレンは少し目を見張る。よほど金を持っているのか、それとも無謀なのか。
「実は明後日には出発する予定だ。帝国側の関所で検問を受ける日程も決まっている。……ただし、あなた方が我々の商隊に加わるなら、最低限の注意事項を守ってもらう必要がある。例えば、商隊の隊列を乱さないこと、トラブルを持ち込まないこと……等々、細かい規則があるがよろしいか?」
「承知しております」
こうして、ひとまずファーレン商会の商隊に参加する話はまとまった。出発は二日後の朝。指定された時間に倉庫へ来て、荷馬車に同乗するか、自分たちの馬を連れて合流するという形だ。
アストリッドとクラリッサは契約金の一部を先払いし、残りは出発当日に渡すことを約束する。
グレンは書類を簡単に作成し、アストリッドらに渡した。そこには商会の印章が押され、隊員として登録された証明になるらしい。国境での手続きもこれがある程度カバーしてくれるという。
――こうして、帝国へ向けての大きな足がかりを手に入れることができた。
グレンからの説明を聞き終え、二人は倉庫を出る。外の空気を吸い込みながら、クラリッサがほっとした表情になる。
「やりましたね、お嬢様! これで帝国へ安全に渡れそうです」
「まだ油断はできないわ。あの“追跡屋”たちのせいで出発前に見つかる可能性もあるし、商隊の中にどんな人がいるかも分からないもの」
「そ、そうですね……」
それでも、一歩前進したのは確かだ。アストリッドは胸を撫で下ろし、「とりあえず宿に戻りましょう」とクラリッサに告げる。――早く帰って、余計なトラブルを招く前に身を隠した方がいい。
西地区の外れ。周囲は倉庫や馬車の整備工房、荷物を積んだ荷車がずらりと並ぶ物流の拠点となっていた。
その一角に、確かに“ファーレン商会”と書かれた木製の看板が掲げられた建物がある。入口から見える敷地は広く、大型の馬車が何台も止められていた。まさに大手の商会という印象だ。
アストリッドは倉庫の門番らしき若い男に声をかける。
「すみません、ファーレン商会の方に会いたいのですが。商隊に加えていただけるか相談したいのです」
門番の男は訝(いぶか)しげに二人を見やったが、すぐに「待っていろ」と奥へ消える。しばらくすると、身なりの整った初老の男性が出てきた。
「商隊への参加希望、だって? ふむ……申し遅れた。私はこの商会の副長を務めるグレンという者だ」
グレンと名乗る男性は、落ち着いた表情で二人を見回す。地味な衣装を着た若い女性二人――戦闘要員には見えないし、旅慣れていない雰囲気だが、それなりに品の良さも感じるという印象かもしれない。
「それで、あなた方は一体何者かな? 我々の商隊は、帝国のギルドとの正式な契約に基づき出発する。身元不明の者を無条件で乗せるわけにはいかないんだが」
当然の質問だ。だが、本当のことを答えられるはずもない。アストリッドは表情を崩さないよう、あらかじめ考えていた偽名と設定を差し出す。
「わたしたちは姉妹です。王都の方で小さな店を営んでいたのですが、事情があって店を畳みまして……。帝国の都市で再出発を図ろうと考えているんです。まだ具体的な商売の予定はありませんが、いずれ帝国で落ち着きたいと思っていて」
すると、グレンは鼻を鳴らす。
「ほう、商売を畳んだとは、よほどのことがあったのだろうな。では、帝国に移り住む理由は?」
「王都ではあまりうまく行かなかったんです……。客足が伸びなくて。帝国は活気があると聞きましたから」
明確な嘘ではないが、もちろん事実とも違う。だが、それなりに筋は通っているだろう。グレンは腕を組んで考え込み、やがて「ふむ」と頷いた。
「で、我々の商隊に参加するには、それなりの費用を負担してもらう。護衛の賃金や国境手続きの書類作成など、いろいろと経費がかかるのだ。分かっているか?」
「はい、そのあたりは承知しています。できるだけお支払いしたいと思いますが、いくら必要でしょうか?」
グレンは腰から小さな手帳を取り出し、すらすらと金額を走り書きして見せる。その数字を見て、クラリッサが息を呑む。
――正直、高い。馬や馬車を利用して安全に越境するのだから、安くはないと覚悟していたが、想像を超える額だった。
だが、アストリッドはここで躊躇している暇はないと判断し、すぐにうなずいた。
「分かりました。その額をお支払いします。出発はいつでしょう?」
グレンは少し目を見張る。よほど金を持っているのか、それとも無謀なのか。
「実は明後日には出発する予定だ。帝国側の関所で検問を受ける日程も決まっている。……ただし、あなた方が我々の商隊に加わるなら、最低限の注意事項を守ってもらう必要がある。例えば、商隊の隊列を乱さないこと、トラブルを持ち込まないこと……等々、細かい規則があるがよろしいか?」
「承知しております」
こうして、ひとまずファーレン商会の商隊に参加する話はまとまった。出発は二日後の朝。指定された時間に倉庫へ来て、荷馬車に同乗するか、自分たちの馬を連れて合流するという形だ。
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――こうして、帝国へ向けての大きな足がかりを手に入れることができた。
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「やりましたね、お嬢様! これで帝国へ安全に渡れそうです」
「まだ油断はできないわ。あの“追跡屋”たちのせいで出発前に見つかる可能性もあるし、商隊の中にどんな人がいるかも分からないもの」
「そ、そうですね……」
それでも、一歩前進したのは確かだ。アストリッドは胸を撫で下ろし、「とりあえず宿に戻りましょう」とクラリッサに告げる。――早く帰って、余計なトラブルを招く前に身を隠した方がいい。
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