偽聖女と断罪された私、帝国で真の力に目覚めました  ――王国はもう、救いません

鍛高譚

文字の大きさ
27 / 31
第3章:帝国境への道――刻まれる宿命の足音

27話

しおりを挟む
7.夜襲と決断

 宿へ戻ったのは、すっかり日も落ちた頃だった。通りには明かりが灯されているが、昼間の賑わいとは打って変わって、まばらに人影が行き交うだけ。
 アストリッドとクラリッサは周囲に警戒を怠らず、どうにか宿の二階へたどり着いた。ドアを開けて、中に転がり込むように入り、鍵をかける。

「ふう……無事に戻れましたね」
「ええ。だけど、気が抜けないわ。あの追跡屋たちが今夜中に動けば、明日には完全に封鎖されるかも……。商会の人たちは大丈夫なのかしら」

 不安と焦りで頭が混乱してくる。商隊が潰される可能性だってあるし、自分たちが捕まるのも時間の問題かもしれない。
 アストリッドは頭を振って、意識をはっきりさせる。――いざとなれば、自分の力を使ってでも突破しなければならない。

「クラリッサ、今夜は交代で寝ましょう。私は先に少し休むから、あなたは起きていて。2、3時間したら交代して」
「はい、分かりました……。お嬢様、どうか無理はしないでくださいね」

 そうしてアストリッドはベッドに横になり、できるだけ警戒を緩めずに浅い眠りに落ちる。クラリッサはランプを小さく灯したまま、ドアの前で椅子に座り、時折窓の外を覗きながら夜の帳を見守った。

 ――それからどれくらい経っただろうか。夜更けも深まり、町の灯火が一層静かになった頃、廊下の先でドスドスと重い足音が響き始めた。

「……! お嬢様、起きてください!」

 クラリッサの呼びかけに、アストリッドははっと目を覚ます。すぐに立ち上がり、荷物の袋を手に取る。
 足音は複数。外から宿に入ってきたのか、階段を上がり、何かを探しているようだ。男たちの低い声が聞こえる。

「金髪の女が泊まっているはずだ……部屋を片っ端から当たれ」
「へへ、また一山当てられるかもしれねえな」

 ――来た。追跡屋か、あるいは彼らの仲間だろう。ドアを破られれば、もう逃げ場はない。
 クラリッサは震えながら小声で呟く。
「ど、どうしましょう……お嬢様」

 アストリッドは胸の奥の奇跡の力を意識する。何度か実戦で使ったが、今の自分にどれほどの威力があるか分からない。治癒魔法が中心のはずが、なぜか攻撃的な火花を帯びることもあった。
 ――もし襲いかかられたら、多少強引でも切り抜けなければならない。

(落ち着いて……魔法なんて大層なものじゃない。けれど、少しでも相手をひるませるぐらいはできるかもしれない)

 ドアの外で、男たちが扉をひとつずつ開けながら確認している気配がする。隣の部屋の住人が悲鳴を上げ、罵声が飛び交う。いよいよ時間の問題だ。

「……クラリッサ、窓から逃げられるかしら」
「二階ですし、下に目立つような足場は……あっ、でも、裏庭側に古い蔦(つた)が這っていました。そこを伝って降りられるかもしれません」

 僅かな望みにかけ、アストリッドとクラリッサは急いで窓へ向かう。カーテンを開けると、確かに壁に沿って蔦のような植物が伸びている。夜目で確認する限り、太さもそこそこあり、慎重に降りればなんとかなるかもしれない。
 一方、ドアのすぐ外からは男の声が聞こえてくる。
「ここだ。まだ確認していない部屋は……」

 アストリッドは喉がカラカラになるのを感じながら、窓枠に足をかける。
「クラリッサ、私が先に降りるから、あなたも続いて……!」
「は、はい……」

 二人が窓から身を乗り出した瞬間、部屋のドアがガン! と大きく叩かれた。
「おい、いるんだろ! 開けろ!」
 返事をしなければ、すぐにでも破られるだろう。

 アストリッドは恐怖を必死に抑え、蔦に手を伸ばして慎重に外壁を降り始める。夜風が顔に当たり、心臓が爆音を立てている。
 ――ドアを破る音が聞こえた。奴らが勢いよく突入してきたのだろう。

「いないじゃねえか……? 窓……くそっ、逃げたか!」

 男たちの怒声が聞こえる。いつ外に飛び出してくるか分からない。アストリッドは歯を食いしばりながら、できるだけ素早く蔦を伝う。
 下まで数メートルほど。足を滑らせそうになるが、何とか着地できる位置まで降りる。
 地面は草地で、そこまで硬くはなさそう。深呼吸して心を決め、最後は飛び降りる。

「っ……!」

 着地の衝撃で膝を打ったが、何とか踏みとどまる。すぐ上を見上げると、クラリッサも必死に降りてきている。
 ――だが、そのとき。宿の窓から男が顔を出して、こちらを見下ろした。
「いたぞ! 下だ! おい、回り込め!」

 乱暴な声が響き、上階から別の男が飛び降りてこようとしている。逃げ場はすぐに囲まれてしまうかもしれない。
 アストリッドはクラリッサの腕を引き、「走って!」と叫ぶ。暗い裏庭を抜け、石壁の隙間を抜ければ、町外れへ続く路地に出られるはずだ。
 足音と怒号がすぐ後ろまで迫ってくる。もう、魔力を使って相手をひるませるしかないか――と思いかけたとき。

「……そっちだ! 行かせるな!」
「はああっ!」

 不意に、横合いから素早い影が現れ、追っ手の男たちを薙ぎ払うように剣を振るった。
 月明かりの下に浮かぶ黒い外套――ジークだ。

「まだこんな夜中に行動するとは、ずいぶん手回しがいいじゃないか」
 ジークは低く呟きながら、ひらりと身を翻して男たちの攻撃をかわす。鋭い斬撃が夜の空気を切り裂き、複数の男を一度に怯ませる。
 そのあまりの華麗さに、アストリッドもクラリッサも一瞬見とれてしまう。追っ手たちは凶暴なわりに統率が取れておらず、ジークに次々と打ちのめされていく。

「今のうちだ。早く行け!」
 ジークが短く叫ぶ。アストリッドはハッと我に返り、クラリッサとともに裏庭の外れを突破した。

 真夜中のランフレアの街を駆け抜け、息を切らしながら物陰に身を潜める。どうやら追手はジークが引き受けてくれたのか、追ってくる気配はない。
 クラリッサが肩で息をしながら、「はぁ、はぁ……助かりましたね……」と声を絞り出す。アストリッドも心臓の鼓動がなかなか収まらない。
「ええ……あの人、どうして……」

 ジークが追っ手と戦う動機は分からないが、彼がいなければ捕まっていたのは確実だ。
 ――しかし、ここに留まるのはもう限界だろう。宿に戻るのも不可能。商隊の出発は明後日のはずなのに、それまで身を隠す場所がない。

「もう、こうなったら……商会の倉庫に行きましょう。あそこなら荷馬車が並んでるし、警備もいるはず。ファーレン商会の副長さんに相談して、一日早く出発させてもらえないか頼んでみるとか」
「で、でも、そんな無茶をして大丈夫ですか? 契約があるにしても、勝手に予定を変えられないんじゃ……」
「……それでも、じっとしていたら捕まるだけよ。もし商会がダメなら、私たちは別の道を探すまで」

 暗闇の中、二人はしっかり手を握り合う。どんな危険があっても、一緒に切り抜けると誓ったからだ。
 アストリッドはもう一度、深い呼吸で心を落ち着かせ、裏通りを使ってファーレン商会の倉庫を目指し始める。今はただ、そこに逃げ込むしか術がない。

 ――夜のランフレアは、まるで夜盗の住処(すみか)のように不気味な静寂に包まれていた。明け方までまだ数時間。追跡屋たちの検問が敷かれる前に、ファーレン商会へ辿り着くことができるのか――彼女たちの足音が、宿命を刻むように石畳を打ち鳴らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

婚約者を奪った妹と縁を切り、辺境領を継いだら勇者一行がついてきました

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも
恋愛
「今回で最後だ。誓うよ」 これは二度目の『結婚式キャンセル』の時に言われた言葉。 四年間、愛する婚約者ディートリッヒのため尽くし続けてきたイリス。 だがディートリッヒは、イリスの献身を当然のものとし、やがて初恋の令嬢エレノアを優先するようになる。 裏切り、誤解、そして理不尽な糾弾。 心も身体も限界を迎えた夜、イリスは静かに決意した。 ──もう、終わらせよう。 ディートリッヒが「脅しのつもり」で差し出した婚約解消の書類を、イリスは本当に提出してしまう。 すべてを失ってから、ようやく自分の愛に気づいたディートリッヒ。 しかしもう、イリスは振り返らない。 まだ完結まで執筆が終わっていません。 20話以降は不定期更新になります。 設定はゆるいです。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

処理中です...