シェリ 私の愛する人

碧 貴子

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本編

15.ディケム、高貴なる腐敗

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 ミシェルが私に贈るバラが99本を超えたその日から、私達夫婦の背徳的な密か事が始まった。

 息子を寝かしつけた後、いつものように自室で湯浴みをする。
 素肌の上に直接ガウンを羽織った私は、緩く髪をまとめて、夫婦の寝室につながるドアへと手を掛けた。

 まっすぐソファーまで行き、腰掛ける。
 隣に座った私に、ミシェルが微笑んでグラスを差し出した。
 それを無言で受け取り、一口ひとくち口に含む。
 途端、鼻腔一杯にふくよかな香りが広がり、トロリと甘い濃縮された果実の滴りが、私の喉を滑り落ちた。

「……凄く、甘いのね」
「貴腐ワインは初めて?」
「いいえ。お隣の国のを」

 私のその言葉に、ミシェルが如何にも心外といった様子で片眉を上げた。

「君たちはすぐにそっちを上げるけど、世界で最も高貴なるワインはこの国のだよ?」

 何ともミシェルらしいその言葉に、思わず笑ってしまう。
 生粋のこの国の人間である彼は、心からこの国を誇りに思っているのだ。
 それは彼の両親も同じで、折に触れて彼等は私にこの国の素晴らしさを伝えようとする。

「もちろん、知ってるわ」
「本当に?」
「ええ。だって私も今ではこの国の人間だもの」
「ははははは! そうだったね! 僕の可愛い奥さんマ プティ シェリー

 楽しそうに笑い返されて、二人でくすくすと笑い合う。
 グラスの残りを飲み干す頃には、すっかり私達は寛いでいた。
 部屋には、甘い花の香りが。
 そこ此処に活けられたバラから漂うその芳香は、華やかに甘い。
 そしてそこには快楽の予感が。
 意識した途端、私の体がジクリと疼く。
 私の体は、すでに覚え込まされてしまっているのだ。
 すると、そんな私の体の反応がわかるのだろうか、ミシェルが無言で手を伸ばしてきた。

「……あ」

 腰に回された腕が、私を引き寄せる。
 期待を瞳に滲ませて、見上げた私にミシェルがニコリと微笑んだ。
 優しく頬を撫で、その手を首筋に滑らせる。
 耳元に近づけられた彼の唇が、触れるか触れないかの位置でそっと囁いた。

「……キャス。いいね?」

 その問い掛けに、こくりと小さく頷いて答える。
 そんな私にフッと笑みをこぼしてから、ミシェルが一旦体を離した。
 そのまま、テーブルの上に置かれたビロードの箱を取り上げる。
 箱の蓋を開けて現れたのは、繊細な金細工に光る宝石があしらわれたチョーカーだ。
 中央に嵌め込まれた一際大きな石は、ミシェルの瞳と同じ輝きを放っている。
 細工は美しい、蔦模様だ。
 彼の髪と瞳の色で出来たそれを、ミシェルがそっと私の首につける。
 留め金を留めたその手が、満足そうに私の首元をするりと撫でた。

「似合ってるよ……」

 首に着けられたそれは、見た目の通り私の首輪だ。
 チョーカーの中心から垂れたチェーンは、一見ボディーアクセサリーのように見えるが、実際は首輪に繋がれた鎖のリードだ。
 これをつけている間、私は彼に逆らうことが出来ない。
 目線で促されて、私はゆっくりと立ち上がった。

「……キャス、脱いで」

 言われるまま、ガウンの腰ひもに手を掛ける。
 肩から滑らせたガウンが、音を立てて足下に落ちた。

 ガウンの下は、何も身に着けてはいない。
 首元の光る首輪以外は、生まれたままの姿だ。
 部屋の明かりは抑えられているものの、細部まで見えるくらいには十分明るい。
 思わず手で隠したくなる衝動を堪えて目の前に立つ私を、ミシェルが瞳を細めて見詰めてきた。

 何ともいえない緊張を孕んだ沈黙に、しかし私の体が熱を持つ。
 視線に質量があると、知ったのは最近だ。
 見詰められた場所から、ジワジワと熱が広がっていくのが分かる。
 触れられてもいないのに、胸の頂が硬く尖っていく。
 ミシェルの視線が、下腹の栗色の茂みに降りてきたことに気付いた私は、ジワリとそこが濡れていくのがわかった。
 きっとそれがわかるのだろう、ふっと笑ったミシェルに、私はびくりと体を震わせた。

「……キャス、手を……」

 言われてそっと、両手を差し出す。
 差し出された私の手を取って、ミシェルがそこにレースの手袋をはめた。
 黒く細い絹糸で編まれたそれは、手のひら、甲から、手首までが覆われるタイプのものだ。
 そこに、手袋の上から同じ素材で編まれたレースの紐で、私の手首をまとめて縛る。
 縛り終えてソファーから立ち上がったミシェルが、緩くまとめられていた私の髪から髪留めを抜き取った。
 波打つように流れ落ちた私の髪にキスをして、ミシェルが微笑んで私の縛られた手と、首から垂れるリードを取る。
 全裸の私に対して彼は、きっちりと寝衣を着込み、ガウンも羽織ったままだ。
 彼の姿だけを見れば、情事の香りは微塵もない。
 だからこそ、彼の横に立つ私の異常さが余計に目立つ。

 そんな彼に連れられてベッドまでやってきた私は、今日はそこに大きな姿見が置かれていることに気が付いた。
 その意図に気付いて、さっと頬が紅潮する。
 赤い顔で足を止めた私を振り返って、ミシェルが楽しそうに片眉を上げて笑った。

「嫌?」
「……いいえ……」

 聞かれて小さく呟くと、ミシェルがますます楽しそうな顔になる。
 彼もわかっているのだ。
 私が期待していることに。

 ふわっと私を抱き上げ、優しくベッドの上に降ろす。
 促されるままにベッドの中央で膝立ちになった私の手を取って、その手を頭上に上げさせたミシェルが、ベッドの天蓋に付けられたフックにレースの縛めを結わえ付けた。

「……キャス。顔を上げて……」

 顔を上げれば、そこには姿見に映った私の姿が。
 全裸で、軽く脚を開いて膝立ちになり、手首をいましめられて吊るされている。
 首元の光る豪奢な首輪の存在が、私が彼の持ち物であることを知らしめるかのようだ。
 何とも背徳的で、卑猥なその光景に、私は羞恥で真っ赤になった。
 そんな私を背後から抱きしめて、ミシェルが私の髪を掻き上げ、その耳に唇を寄せた。

「……マシェリー、綺麗だよ……」

 言いながら、鏡越しに私の瞳を見詰めてくる。
 いつものあの瞳、だ。
 仄暗い情欲を宿し、私を絡め取る瞳。
 途端ゾクゾクとした愉悦が私の体に沸き起こる。
 完全に彼に支配され、もてあそばれるのだという予感に、頭の中が淫靡に塗り替えられていく。
 そんな私にクスリと笑みをこぼして、ミシェルが私の胸を掴んだ。

「……凄いね、触る前からこんなに硬くさせて……」
「……んっ」

 ミシェルの指が、白い胸のふくらみを卑猥に形を変える。
 指の隙間から見える赤い尖りは、見ただけでそれが硬く膨らみ、主張していることが分かる。
 軽く指が触れた瞬間、そこから下腹に甘い疼きが走った。

「ちょっと触っただけで、そんなに感じるの?」
「あ、あっ……シェ、シェリー……」

 わざとだろう、頂きの膨らみを避けるかのように胸を揉みしだかれて、思わず懇願するような声が出てしまう。
 既に腿の内側には愛液が伝っている。
 こらえ切れない疼きに私が腰を揺らすと、ミシェルが意地悪く口の端を吊り上げた。

「……いやらしいね、キャス……。そんなに腰を揺らして、、欲しいの……?」
「う……ん……、お、お願い……」

 鏡の中の私は、涙目だ。
 上気した顔ではしたなく口を開け、懇願する瞳でミシェルに体をいじられている。
 指の隙間から見える赤いふくらみが、何とも卑猥だ。

「……駄目だよ。……ちゃんと言わなくちゃ、わからないだろう?」
「あ……シェリー……」
「……なんだい、キャス……」

 耳元で優しく囁かれ、そっと吐息を吹き込まれる。
 甘く優しいその誘惑に、私の理性が脆くも崩れ去った。

「……モン、シェリー……お願い、私……私を、感じさせて……」

 精一杯、懇願する。
 しかしミシェルは、不満なようだ。
 片眉を上げて、鏡越しに見つめ返してくる。

「十分、感じさせてるだろう……?」
「お願い、もっと……」
「……どうやって?」
「触って……」
「どこを?」
「ミシェル! ……お願い、これ以上はもう無理っ……!」

 意地悪く笑って返されて、私はもう、一杯々々だ。
 本気で泣きそうな私に、ミシェルが嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ははは、ごめんね? 君が可愛くて…………」
「--------------っあぁあっ!」

 ぐりっと乳首を摘ままれて、途端、感電したかの様な痺れが走る。
 目の前がチカチカと瞬き、秘所からトッと体液が溢れたのがわかった。

「……あ……」

 ミシェルが、虚脱した私の体を背後から支え、手を伸ばしてフックに結わえたレースの結び目を引く。
 それによって吊られていた腕が解放される。
 その腕を、優しく支えてそっと体の前に降ろさせたミシェルが、私を彼の脚の間に座らせた。
 しかし、手首の縛めはそのままだ。
 力の抜けた私の体を自分の胸に凭れさせて、こめかみにキスをしてくる。
 鏡に映るその様子を、ぼんやり眺めていた私に、ミシェルがクスリと笑みを漏らした。

「キャス、そんなに気持ちが良かったの?」
「……」
「でも……まだこっちは、触ってないよ……?」
「あ……」

 言いながら、私の太腿を撫で上げ、脚の間に手を差し入れる。
 ひたりと、そこに指を添わされて、私の体がふるりと震えた。

「……凄いな……もう、ぐちゃぐちゃだ……」
「あ……ふ……」

 閉じた陰唇の上から指を何度も滑らされて、痺れるような愉悦が腰に広がる。
 喘ぐ私を背後から抱き込むように支えて、ミシェルが私の耳に口付けた。

「キャス。脚を、広げて」

 私はもう、言われるがまま、だ。
 刺激が、彼が、欲しくて堪らない。
 蕩け切った頭で、ゆっくり片足ずつ、鏡に向かって脚を広げる。
 そこに映し出された、何とも卑猥な光景に、私の体が物欲しげにわなないた。

「……良く、見て。……ほら、君の入り口がヒクついているのがわかるだろう……?」

 鏡には、ミシェルの指で陰唇を割り開かれ、てらてらと濡れて光る膣口がハッキリと映し出されている。
 晒された粘膜が、目にも鮮やかに、赤い。
 すっかり熟れて、充血しているのだ。

「……いやらしい体だね……。こんなことをされて、感じてるんだ……?」

 耳元で囁かれる彼の言葉に、ますます私のそこがヒクヒクとわななく。
 絶え間なく溢れる愛液で、すでにシーツにはしみが。
 鏡の中の私の瞳を見詰めながら、ミシェルがつっと、指を滑らせた。

「……ん、んんっ……」
「キャス……、どっちが、いい? ……この可愛らしい膨らみか……」
「ああぁっ!」

 彼の指が、ぷっくりと顔をのぞかせた赤い膨らみに触れた瞬間、びりびりと強烈な快感が巻き起こる。
 堪らず嬌声を上げて体を仰け反らせるも、彼の指は動きを止めない。
 私の反応を愉しむかのようにクニクニとそれを挟んで弄った後、その指を下へと滑らせて、痙攣するかのようにヒクつく穴の周りを撫で始めた。

「……ん、んうっ……あぁっ……!」
「……それとも、ここか……」

 言いながら、ツプリと指を沈めてしまう。
 筋のハッキリとした男の指が体内に侵入する感覚に、私の体がキュウキュウと反応してそれを締め上げた。

「……キャス……」
「……んんんっ……ああっ……あっ……」

 ゆるゆると中を掻き回されて、もどかしい快感が体の奥に溜まっていく。
 指では届かない、その奥が、期待にギュッと反応するのがわかった。

「シェ、シェリー……。も、もう……」
、何……?」
「お願い……ん、あっ……」

 目尻に涙を滲ませ、懇願する。
 そんな私の膣壁を指で押し上げて、ミシェルが私の耳に唇を付けた。
 そこに感じるミシェルの吐息も、熱い。
 彼も興奮、しているのだ。
 そのことに、ますますわたしの体が物足りなさを訴える。
 咥えた指を締め上げ、涙をこぼす私に、ミシェルが熱い吐息とともに囁いた。

「キャス、言って。……言うんだ……」

 彼の口調にも懇願が。
 その言葉に、逆らえるはずもなく。
 私はあっけなく陥落した。

「シェリー、お願い……。あなたのもので、私を突いて……?」

 次の瞬間、指が引き抜かれ、唇を塞がれてベッドに押し倒される。
 私に深く口付けながら、性急な手つきでガウンを脱ぎ捨て寝衣を脱ぎ去ったミシェルが、一旦体を離して私の縛られた手を頭上に押し上げた。
 私を見おろすアクアマリンの瞳は、捕食者の激しさを湛えて光っている。
 手首を抑えたまま、ミシェルがもう片方の手で自身を支えて、その滾りの切っ先を私の中に埋め込んだ。

「ああっ……!」
「くっ……は……」

 硬く太い肉杭が閉じた媚肉を割り開く感覚に、目を見開いて背中を反らせる。
 ズブズブと押し入る、熱く硬い塊を難なく飲み込んで、私の体が悦んでそれを締めあげた。

「ああっ、ああっ!」
「キャスっ、……ぐっ……くそ……っ!」

 途端、激しく突き上げられる。
 ガツガツと突き立て腰を打ち付けられて、その信じられないほどの快感に、私は高い嬌声を上げ続けた。
 一突きごとに、うねりをともなって快楽が体を高みへと押し上げていく。
 容赦なく激しさをますその動きに、私の視界が徐々に白く染まっていく。
 限界まで膨らんだ快感を無理矢理弾けさせられて、私は悲鳴のような嬌声を上げて達してしまった。
 ガクガクと痙攣する私の体を抑え込み、捻じ込むように突き入れて、低く唸り声を上げながらミシェルが私の中に欲望を吐き出す。
 ドクドクと脈打ちながら吐き出されるそれを、私の体がビクビクと収縮しながら吸い上げた。

「はあっ、はあっ、は……」

 ミシェルが一旦体を起こし、私の手首の縛めを解く。
 放心状態の私を見おろして、優しく私の額を拭ったミシェルが、そこにキスを落としてきた。

「……キャス……?」
「……」

 まだ口をきくだけの余裕がない私が、ぐったりとその体をミシェルの腕に預ける。
 同時に、縛めを解かれて自由になったその腕を、緩く彼の首に回すと、ミシェルが嬉しそうに微笑んだ。

「そんなに感じたの?」

 聞かれて無言で頷くと、ますます嬉しそうだ。
 笑いながら何度もキスを落とされて、気付けばいつの間にか、二人共夢中になって口付け合っていた。

「……キャス、愛してる。気が狂いそうなほどジュ テ-ム 愛してるア ラ フォリ……」

 それは私も同じだ。
 彼に、ミシェルになら、何をされてもいいと思うのだから。
 同じ言葉を囁き返して、私達は何度も愛し合った。








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シャトーディケム:ソーテルヌ地方のシャトー。貴腐ワインで有名。ヴィンテージによっては、1000万円以上の値がつくことも。

貴腐ワイン:pourriture noble.直訳で「高貴なる腐敗」

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