ただ今ヒツジ電話番

夏目はるの

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眠れない夜はあなたのせいじゃない

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「朝霞、最近ちゃんと授業きいてるじゃん。」
「でしょ。真面目ちゃんデビュー。」
「いや寝てないだけだけどね。当たり前。」

コツンと加奈子に小さく小突かれて、2人で笑い合う。
お弁当を開きながら、一緒に参考書も開いた。いよいよ本格的に進路を考える時期になってきて、勉強にも、少しだけど精を出しはじめた。

結局私は、ママと一緒におばあちゃん家へ戻った。学校までは電車で40分。少し遠いけど、でも満員電車という訳でもないからそんなに苦ではなかった。おばあちゃんにはモモというワンちゃんがいて、夕方田んぼ道を散歩をするのが日課になりつつあった。パパとも月に何度か会っている。この前は出張のお土産を渡されて、それがママの大好物のどら焼きだったから、なんだか少し、泣きそうになった。

環境が変わって少しずつ、眠れる夜が増えた。なんだかソワソワしてしまって上手く眠れない夜もまだまだあるけど、でも、そういう時はイヤホンで音楽を聴いて目を瞑る。そうすると、眠れない時間も苦しくなくて、不思議と、大切な時間の1つになった。

あれから、ヒツジ電話番に電話する事も無かった。無かったけど、一度だけ、スマホで調べてみたことがある。「ヒツジ電話番」そう検索すると、シンプルなホームページが引っかかった。白黒のホームページにはシャープペンシルで書いたようなヒツジのイラストが描かれていて、なんだかとても可愛かった。なんだ、全然都市伝説とかじゃないじゃん。えへ、とおどける加奈子の顔が浮かんだ。

電話番号と、少しの紹介と、イラストと。それだけかなあと思いながらスクロールしていけば、一番下にあった小さな文字が目に入る。何の飾り気もないその文字は、私の心にまたスルリと入り込んできた。



『眠れない夜は怖いものじゃない。

      眠れない夜はあなたのせいじゃない。』


目を瞑って、大きく息を吐いた。
大丈夫だ。なんだか私は、大丈夫そうだ。







眠い目を擦りながら、玄関のドアを開ける。
ワンルームのその狭い部屋はまだ薄暗くて、あれ、まだ寝てるんだろうか。

「おお、天音。おはよ。」
「なんだ、起きてたんだ。」
「丁度今起きた。」

ソファで寝転んでいた彼は大きな欠伸をして、部屋のカーテンを開けた。嫌になるほど外は快晴で、おもわず顔をしかめてしまった。そんな僕をみて彼は吹き出す。失礼な。

「おいおい。ひっどい顔してるけど。寝れた?」
「寝れた訳ないじゃん。寝れてたらもっと可愛い顔してるっての。」

僕の言葉にケラケラと笑う。なんだかむかついたから叩こうとすれば、スルリとよけられてしまう。ふああ、と大きく欠伸をして、そういえば、と僕の方を向く。

「昨日、いや今日か。朝霞って子から電話来たよ。」
「えー!!出たかったなあ。千隼ちはや、ずるい。」 
「ずるいって言われても。ていうかお前名前教えただろ。個人情報の管理しっかりしろよな。」
「はいはい、スイマセンデイタ。」
「謝る気ねえだろ。」
「バレた?・・・朝霞、元気だった?」

僕の言葉に、少し眉をハの字にして笑う。

「元気、ではないかもなあ。」
「そっ、か。」

夜中に電話をかけてくる人たちは、大抵何かに怯えている。眠れない夜に、押しつぶされてしまいそうになっている。暗い顔をしてしまったのだろう、千隼に名前を呼ばれた。

「俺らにはなんも出来ないんだよ。もし彼女が苦しくて一人で泣いていても、もし、完全に世界に失望してしまって、暗い世界に足を踏み入れようとしていたとしても、なにも出来ない。手を差し伸べることも、涙を拭ってあげることも出来ない。」

俯いたまま、千早の言葉に耳を傾ける。たまに苦しいくらい、耳を塞ぎたくなるくらい彼の言葉は正論だ。でも、僕はちゃんと聞きたい。絶対に、耳は塞がないと決めている。

「出来ないんだよ、ここで電話を待ってることしか。けど、それで十分。」
「・・・うん。」
「十分すぎるだろ。」

『誰かを救ってやろうなんて、そんなの無理だ。思い上がんなよ。』
その昔、千隼は僕にそう言った。暗い部屋の中、布団に包まる僕の腕を掴んで、彼は笑った。『ひっどい手だなあ。』なんで言って笑って、丁寧に絆創膏を貼ってくれた。

「じゃ、俺今日2限からあるから。」
「・・・ほーい。行ってらっしゃい。」
「行ってきます。あ、夜バイトあるからメシちゃんとばあちゃん所で食っとけよ。」

親みたいな事を言って、足早にリュックを背負って部屋から出て行った。


ひとりになった部屋の中でベットに入って、スマホを眺めた。そのうち眠気に襲われて、少し目を閉じてみる。うつらうつらとしながら、もう一度あの日のことを思い出した。

『眠れない夜はそんなに怖いもんじゃないよ。静かで真っ暗でなんだか一人ぼっちみたいな気がしちゃうけど、そんな事ない。待ってても待たなくても朝が来るし、眠れないのはお前のせいじゃないし、だから、ひとりで泣くなよ。じっと耐えるなよ、眠れない夜を、勝手に敵にすんなよ。』

暗い部屋の中、布団に包まる僕の腕を掴んで千隼はそう言った。このまま暗闇にのまれてしまいそうで怖い。生きている実感がほしい、ひとりになりたくない。そう言ってうずくまる僕をの目を真っすぐに見て、彼はそう言った。その言葉が今でも、ボクの光だ。その日の三日月はとても綺麗で、窓から差し込む月の明かりを僕は一生忘れない。頭の中で彼の言葉をもう一度反芻して、ゆっくり、意識を手放した。



では、おやすみなさい。
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