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「はっきゅしゅぃーん」

「もーーーー。お嬢様、汚いですよ。ほら、ちゃんと顔拭いてください」

「ぅぇーん。拭くよ」

 ため息混じりにユノンが差し出したハンカチで、私は顔を拭く。

 馬車の中で真向かいに座ったユノンが、大きなくしゃみをした私をじとりと見ていた。


「別に風邪とか引いてないもん。そんな顔しなくたってさぁ、急に寒気がしたんだもの仕方ないでしょう」

「まったく……今日は一体、何をやらかしたんですか? さっきも身分の高そうなお方に、エスコートなんてされてましたし」

「そうなのよ! ユノン、私大変なのよ!」

「えーーーー。嫌です」

「うわ、はやっ。って即答すぎ。ちょっとぉ。まだ私、何も言ってないんだけどー? せめて話ぐらい聞いてよぅ」

「いやだってねぇ。なんとなく、いい予感しなかったので先にお断りしておきます」


 結構ですというように、ユノンが右手の掌をこちらに向け、嫌と突き付けている。まだなにも言ってもいないのに、そこまで嫌がることないのに。

 きっと、たぶん、そんなに悪い話でもないかもしれないじゃない。


「ゆーのーんー。聞いてよ。やだやだ、聞いて」

「えー。そのノリ、絶対にいい話じゃないじゃないですか。こっちはもう、結構手一杯なんですよ。面倒なコト拾ってくるの辞めて下さいよね」

「私だって別に好きで拾ってきてないわよ」

「いや、お嬢様のコトですし、使えるものはなんでも~とか。タダならとりあえず~っとかって拾ってきてないですか?」

「うぐっ」


 今回にいたっては、当たってはないけど、普段のコトでは思い当たる節が多すぎて嫌ね。


「でも今回は違うの。不可抗力って言うか、巻き込まれたっていうか」

「どっちにしても結局変なことを持って帰ってきているじゃないですか」

「うー。まぁ、それはそうなんだけど」

「今のご自分の状況分かっています?」

「分かっているけど……」


 本当ならば今日は家に帰り、荷物をまとめたのちに明日の早朝家を出る手はずだった。しかし今回のこの騒動で、家に帰れば両親かシーラたちに掴まるのは目に見えている。

 そのため荷物を持ち出せないまま、領地に行くしかない。

 私の部屋には大したものはないとは言っても、最低限の着替えや本、あとは小物は持ってきたかったのよね。

 せめてもの救いは、重要な書類やお金をあそこに保管しておかなかったことぐらい。


「領地にいきなり行っても、誰もいないんですよお嬢様」

「みんなの出発の手配は明日の昼だっけ」

「そうです。大きな馬車を借りてあるので、それでやってくる予定です。それまではあたしと二人ですからね」

「家のことや片づけは私もするから大丈夫よ」

「それよりも食料すらあの屋敷にはないですけど」

「あああ。たしかにそうね……。腐るものとかは何もあそこには置いてないものね。ん-、とりあえず村の中で調達するしかないわね」


 村には食堂のようなものはないものの、お店は何軒かある。そこで明日一日食べるものくらいは確保出来ると思うけど、すっかり忘れていたわ。

 でも別に村と言っても何もないワケじゃないし、何とかなるでしょう。とりあえずは他の使用人たちが来たら屋敷を本格的に稼働させればいいし、それまでは二人で村の中を見て回ってゆっくり過ごせばいいかな。


「にしても、明日になったらきっとお屋敷は大騒ぎでしょうね?」

「ああ、私の実家がってこと?」

「もちろんそうですよ。まさか、お嬢様が使用人たちと個別に契約を結んでいて、お嬢様が領地に来ると同時にいなくなるとは夢にも思ってないと思いますよ~」

「それはそうでしょうね」


 お父様たちは家のことになどまったく興味がなかった。むしろ使用人たちは使えればいいという体で、扱いもひどい。だから見かねた私が、あの屋敷との契約ではなく、私個人との契約にすり替えてあった。

 だから当然私があの家を出れば、使用人たちも出ていくということになる。

 そして契約している者たちはみなみな、うちの領地でそのまま働いてもらうのだ。

 さて、どんな顔をするでしょうね。屋敷の中の半分以上の使用人たちが一斉にいなくなったら。


「ふふふ。その場でドタバタ劇を見られないのが残念ね~」

「あはははは。お嬢様、それ」

「あはははは。だってねぇ、絶対に楽しそうじゃない?」

「確かに言えていますね。で、まだ領地までは遠いんですから、仕方ないので城で何があったのか聞いてあげますよ」


 馬車は街を抜け、ゆっくりと街道を進みだす。もうここまで来ると、明かりもまばらだ。明かりに時折照らし出されるユノンの笑みにつられて私は微笑むと、城での経緯を話し始めた。
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