巻き戻り令嬢は長生きしたい。二度目の人生はあなた達を愛しません

二度目の話

私の家庭教師

　一度目の人生では、１２歳くらいから茶会などに参加する機会が多かった。その為、１０歳過ぎたあたりから、本格的に淑女教育が始まり、家庭教師の先生に来てもらい、マナーやダンス、初等教育と状況によってはその先の学習もしていた気がする。

　そして二度目の人生である今も、一度目と同様に１０歳を過ぎた私のところに、家庭教師を迎えることになった。


「コールマン侯爵令嬢の家庭教師をさせて頂きます、メリッサ・クルスと申します。
　どうぞよろしくお願い致しますわ。」

「アナスタシア・コールマンと申します。
　先生にお会い出来て嬉しく思います。どうぞよろしくお願い致します。」

　社交辞令を言ってはみたけど、全然嬉しくないわ…。

　その家庭教師を見て、私はため息を吐きたくなった。その顔を見て、今まさに、一度目の時の出来事を思い出したからだ。

　メリッサ・クルス前伯爵夫人はまだ二十代の未亡人だ。クルス前伯爵の後妻で、今は前妻の息子が爵位を引き継ぎ、結婚もされたようなので、伯爵家にいられなくなったのか、こうやって住み込みの家庭教師の仕事をすることにしたらしいとメイド達が噂をしていた気がする。
　まだ二十代になったばかりでお若いので、とても美しくて色気も感じられる方だ。年上好きな令息が好きそうなタイプだと思うの。

　しかーし、この見た目に騙されてはダメなのだ。美しく見えて中身は女豹のような女なのである。

　実は一度目の人生の時、この女のせいで、仲の良いお父様とお母様の夫婦関係にヒビが入りそうになったことがあった。

　この女は、家庭教師をやりつつも始めから私のお父様を狙っていた。第二夫人か愛妾、あわよくばお母様を追い出して正妻の座を狙っていたのだと思う。
　お父様に私の教育で相談があるとか言って、何度も執務室に訪ねていったり、お父様の毎日の行動パターンを調べ尽くして偶然を装い、一緒に散歩をしたり、お茶をしたり、お父様に対してボディータッチが多かったりとかなり積極的だった。

　お父様はお母様一筋だったが、まだ若くて美しい未亡人が偶然とはいえ、お父様と一緒にいることが多かったり、お父様にベタベタしようとする女豹の姿を見せられたりして、お母様が二人の関係を疑い始めてしまい、両親の仲がギクシャクしてしまったのである。

　あの時の私は今と違って純粋な１０歳だったから、女豹の動きを見て、うん？って感じるくらいだった。
　けれど、お母様の引き攣った顔や、鋭い視線で女豹を見る義兄、気まずそうにするお父様やメイド達を見て何か変だと感じた私は、ハンナや他のメイド達に聞いてしまったのだ。
　ハンナ達はこんな話は子供にはしたくないといった感じであったが、私が家族の様子がみんなおかしい、どうして？、辛い…、などとしつこく言っていたら、あの家庭教師は旦那様を狙う女豹だと教えてくれたのだ。
　でもあの時、女豹は半年くらい侯爵家を引っ掻き回した後に出て行ったんだよね。女豹のしていることを義兄が使用人達と協力して調べあげて、お母様に報告してお父様の誤解を解いたんだっけ。
　その後、お父様とお母様が仲直りして、女豹はお父様を諦めたんだと思った。

　今更だけど、さすがお義兄様だわ。だから両親は一度目の時、義兄をとても信頼していたのね。今も信頼しているようだけど。

　しかし、今回もあれを繰り返すのかな…。

　いやだわ！半年も無駄な時間を過ごしたくないし、あのギクシャクした時間をまた繰り返したくない。
　これは様子を観察しつつ早めに動いた方がいいわね。


　先生を紹介された日、先生と私の家族とで食事会をすることになったのだけど、食事会の始まりから先生は女豹だった。
　うちの邸での食事会なのに、さり気なく胸元の開いた気合いの入ったセクシードレスを着てやって来て、話を振られると、未亡人で苦労しています・私寂しいのよアピールが始まったのだ。
　これは同性に嫌われるタイプね。お父様だけを見つめて話をするなんて、誰が見てもお父様を狙っているのだと分かるわ。
　一度目に会った時は、子供だったから何も気づかなかったけど、今回はよく見ると、メイド達やお母様の顔が引き攣っている。

　私も女豹がお父様に媚びている姿を見て、イライラしてきてしまったので、１０歳の子供なら許されることを期待して、ちょっと意地悪することにした。

「先生、大人の方たちの会話中に申し訳ありません。少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか？」

　女豹は話を遮られて、気分の良いものではないと思うが、表面上は完璧な笑顔で応じてくれた。

「勿論ですわ。どうぞ。」

「ありがとうございます。
　先生は私のお父様が好きなのですか？」

　私のその一言で、一瞬にして場の雰囲気が凍りついてしまった。