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新人魔女と妊婦と不思議なアップルパイ(6)

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 ジャックスからアップルパイの箱を受け取ると、ミーナはそっと蓋を開けた。途端に甘く香ばしい香りが辺りに広がる。甘酸っぱい香りと甘い香りが合わさり、なんとも言えない幸せな空気が店中に広がった。ミーナはじっとアップルパイを見つめていたかと思うと、嬉々とした声を上げた。

「これなら食べられるかもっ!」

 突然のミーナの言葉に、ジャックスは驚きながらも、慌ててアップルパイを店の奥へ持って行く。そして、あっという間に切り分けて戻って来た。

 ミーナとリッカの前には、アップルパイが並ぶ。芳しい匂いと共に漂うバターの香りに、思わずリッカの喉がゴクリと鳴る。

 しかし、問題はミーナが本当に食べられるのかと言うことだ。リッカとジャックスが固唾を飲んで見守る中、ミーナはフォークを手に取ると、アップルパイにスッと差し入れた。そして、パクりとアップルパイを口に入れる。そのまま嬉しそうに顔をほころばせながら咀嚼するミーナを見て、ジャックスから安堵の息が漏れた。

 リッカはそんな二人の様子に心の中でホッとため息を吐いてから、自身もアップルパイを一口頬張った。パリッとした生地の食感と共に、煮たリンゴの甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。そしてバターの香りがふわりと鼻をくすぐる。ほのかに香るシナモンがなんとも絶妙で、まさに絶品だと言える一品だった。

(美味しい……)

 あまりの美味しさにうっとりとしながら二口目を頬張っていると、あっという間に食べ終えてしまったミーナが口を開いた。

「リッカちゃん。このアップルパイはどこのお店のかしら?」

 尋ねられてリッカは、先ほど屋台の主人から聞いた情報を伝える。すると、ミーナはジャックスの方を見て言った。

「あなた、そのお店のアップルパイをあと十個買ってきて」
「わ、わかった。今すぐ行ってくる。待ってろ」

 唐突なミーナの言葉に、ジャックスはバタバタと店を出ていく。リッカは思わず声を上げた。

「えっ? そんなに食べたら、また具合が悪くなるんじゃ……」

 慌てるリッカに、ミーナは言った。

「大丈夫よ。これならいくらでも食べられるわ。他の物は全然受け付けなかったのに、これは大丈夫だなんて。不思議ね」

 そう言って笑うミーナの顔色は、心なしか血色が良くなっているように思えた。ミーナがジャックスにした大量の注文は心配だったが、それでも、食べられる物が見つかったのなら良かったと、リッカは安堵してアップルパイに舌鼓を打った。
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