猛毒の子守唄【改稿版】

了本 羊

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第4唄*

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だから、ミスラから逃げてはいけない。

毅然とミスラを見据えるヒイシに、ミスラは俯いた。

しかし、それは数秒のほんの僅かな間だった。



「ヒ・・・ッ」



顔を上げたミスラの表情に、ヒイシは今度こそ逃げ出したい、と思うことを躊躇うことが出来なかった。

微笑んでいるのに、本能が壮絶なまでの悪寒を伝えてくる。

こんな経験は初めてだ。

ヒイシはミスラの手を思いっきり振りほどき、距離を取ろうとする。

危ない人間の傍に寄りたいか、などと訊かれるのは不毛に尽きるというものだ。





距離を開けるようにソファの端に少しずつ移動する。

しかし、どんなに大きなソファでも、必ず端があり、そこに到達すれば逃げ場はないに等しい。

ヒイシの背中がソファの端の肘掛けについたと同時に、ミスラがのばした手がヒイシの左足を掴み、引き摺り戻される。













何が起こっってしまったのか、何がミスラの逆鱗に触れたのか、ヒイシにはわからない。

恐ろしいほど美しいミスラの顔が自分の眼前にある理由を考えることを、ヒイシは拒絶してしまう。

いや、もし考えられたとしても、頭の中や思考が真っ白になっていて上手く機能出来てはいなかっただろう。







いきなりドレスの上から胸を力加減など一切なく鷲掴みにされ、感触を楽しむかのように揉まれ、苦痛が奔った。

そこまできて、ようやくヒイシの思考が弾けたように突如回復した。

「逃げてはいけない」という危機本能よりも女としての危機本能のほうが勝り、無我夢中でミスラの腕から抜け出そうと暴れ出す。

瞬間、バシッ! という音と共に、左頬にジワジワとした痛みが襲った。口の中に血の味が広がり、自分の頬を叩かれたのだということを頭の中が麻痺しそうになる中で理解する。





ミスラの行動に遠慮はなく、ヒイシが身に纏っているドレスの胸元を容易く引き裂くと、乳房を直に掴み、先端をジュルジュルと音をたてて吸い付く。唾液でベットリと汚れる行為に、ミスラの容姿とはかけ離れた下品さが目立つ。

何がミスラをそこまで駆り立てるのかわからない。

ミスラの顔には既に笑みはなく、背筋が泡立つほどの不気味で無表情な人形が何か意思を持ったかのように動いているかのようだ。



「やーーーーーっ!!」



錯乱が頂点に達し、ヒイシは頬を叩かれたことすら忘れて今まで以上の力で暴れはじめた。

未だかつて、これほどまでに何かに抗った記憶も経験もヒイシにはない。

けれど、どれだけ暴れようと、所詮は男と女。体格の差は歴然としていた。

ミスラは細く見えても王族に必須な護身術などをキチンと学んでいるのだろう。筋肉の付き方、張りは一般男性よりも遥かに綺麗でしっかりとしている。







ふいに、手に何かが触れた。それが自分が飲んでいたお茶の茶器であることに気付き、ヒイシはあらん限りの力を込めて、手に取った茶器をミスラに投げ付ける。

ミスラのヒイシを抑え付ける力が弱まった瞬間、ヒイシはミスラを足で蹴り付けてソファから逃れ、一目散に扉に向けて走ろうとする。

が、扉に手が届く後一歩でミスラの手で床に力任せに組み伏せられる。





床に背中を打ち付けた衝撃で空気が上手く取り込めずに咳き込むが、それでも覆い被さってくるミスラの顔を両手で押し返そうとするも、再び叩かれていなかった右頬を容赦なく叩かれてしまう。

今度は力加減などの配慮もせず、思いきり叩かれたことがわかった。衝撃で頭がクラクラする。

ヒイシを無表情に見下ろすミスラは、ヒイシの破れたドレスの布きれをヒイシの口内に押し込める。

まるで悲鳴は雑音だとでもいうように。





何かが引き裂かれる音がしても、ヒイシの思考は上手く回復していなかった。ヒイシの下着だけを取り去ったミスラはまったく配慮のない手つきでヒイシの膣にいきなり2本も指を突き入れた。



「・・・っ!?!?」



布で塞がれた口からはくぐもった声しか洩らせない。

突き入れられた指は容赦なくヒイシの中を蹂躙し、痛みと生理的嫌悪でヒイシの目から涙が零れ落ちていく。

突然、指が引き抜かれ、安堵で息を整えていたヒイシの秘部に、とてつもなく熱いなにかが触れた。





その正体を悟ったヒイシが息を呑むのと同時に、猛った男根が膣を裂いておし入ってくる。あまりの熱さに無意識に身体を後ずらせて逃げようとしていたヒイシを引き戻し、ミスラは一息に貫いた。

声にならない絶叫が室内に響いた。

ヒイシの目は極限まで見開かれ、涙腺が壊れたかのように涙が頬や床に流れ落ちていく。





ミスラの動きにあわせてヒイシの身体は意志を持たないかのように揺れる。

首や胸をしつこく舐められ、吸われ、噛まれ、ヒイシの意識は混濁していく。

いっそ気を失えたら楽なのに、意識が落ちそうになると再び痛みで意識が浮上する。

ミスラはヒイシのすべてを貪り尽くさねば気が済まない、というように激しく抽挿を繰り返す。



ズチュズチュビチャビチャという音とミスラの獣のような息遣いが室内に充満し、それ以外の音は聞こえない。

悪夢以上の暴力が、ヒイシから正常な意識を奪い、目は虚ろに宙を彷徨う。

それ故、ヒイシは口の中が完全に切れて、口内に押し込まれた布が真っ赤に染まりつつあることも、無意識にミスラの首元に爪を思いきりたてたことにも気付かない。







この時、ミスラの理性は自制が利かなくなっていた。

ただただ、目の前にある欲しいものを手に入れている感情に、薄っすらと淫猥な笑みさえ零し、行為に没頭する。

ヒイシの左足を自分の肩にかけ、右足は片手で痕がつきそうなほど掴んで離さない。火傷しそうな体液を幾度となく奥に注がれ、やがてヒイシの視界は完全に暗転した。















湯を浴びて落ち着いたミスラは、今日の報告書を作成しつつ、明日の仕事内容の確認を行っていた。

国王と将軍が不在の今は、ミスラに回ってくる負担はかなりのものだ。だが、それを補う為の大臣や文官、武官達の働きはとても良いものだ。

『良い人材は見逃すな、此方側に引き入れる為にどんな手間も惜しむな』

そうミスラと国王のアトリアに教えたのは、前王である父親である。



「ナイ、何か連絡事項でもありましたか?」



書類を捌きながら、顔を上げずにミスラは後方に問いかける。

気配もなく部屋に入った男は、ミスラの言葉にため息を吐いた。



「閣下、オレの気配に気付いたのならば、何も言わずに入室したことを怒って下さい」



「ナイならばそんな心配は要らないでしょう?」



執務机に肘を付き、ゆったりと顔を上げるミスラは風呂上りの為に髪から水滴が落ち、整えられていない服の襟からは綺麗な鎖骨が見える。それが何とも云えないほどの壮絶な色香を纏って見せている。

しかし、対面しているナイはミスラのそんな色香には慣れたもので、首を傾げながらミスラに問う。



「閣下、湯上りのはずだと伺いましたが・・・。水を浴びたのですか?」



途端にミスラの表情から笑みが消え、目線は書類に戻る。



「ええ。少し気分を落ち着かせたくて・・・」



その言葉が意味していることに、兄である将軍と一緒に双子の幼馴染の王弟と育ってきたナイは嘆息した。



「・・・言わなくても良いのでしょうが、ヒイシ様は現在、宮廷医に診ていただき、宮女達に湯浴びをさせて休んでいただいております。7~10日ほどは高熱が下がらないだろう、という見立てです」



「そうですか」



何でもないことのように返事をするミスラを見据え、ナイは口を開く。



「お訊きしますが、何故あのようなことをなされたのですか?」



ナイの問いかけに、ミスラは見ていた書類を机の上に放り、宙を仰ぐ。



「・・・・・・ヒイシは死を望んでいました。いえ、今でも望んでいるのでしょうね。私にそう口にしましたから」



「それはまあ、閣下の気分を不快にさせたんでしょうね」



「『生きることが死ぬことよりも辛い人間もいる』、と私の目を見てハッキリと口にしました」



「それは、また・・・・・・」



ナイは続く言葉が出せずに口籠る。

ミスラ達双子の兄弟にとって、死を望む人間は絶対的に許されない分類に位置している。それはミスラ達双子の両親に起因していることだが、王宮内でそのことを知っているのは、もう極僅かしか存在していない。

人は苦しい時や悲しい時、絶望したりすると1度は生きている世界から逃げ出したくなるものだ。ミスラ達兄弟はそんな簡単な逃げの気持ちを持つ者は相手にしない。

深く死を望む者達には生きる糧と希望を与える。それがどんな方法であろうとも。

それだけ聞けば、ジルべスタンの国王兄弟の恐ろしい噂など、紛い物であると誰しもが思うのだが、それが優しい感情からくるものではないことを幼馴染の兄弟は知っている。



単に面倒なのだ。

自分達の周りで死にたがられるのが嫌だから、ただ与えている。それだけだ。

そんなミスラを相手に真っ向から意見するとは・・・、とナイは内心でヒイシを無謀な人間の1人に分類したくなる。

だが・・・。



「それがどうしてああいった事柄に結び付いたんです?」



ヒイシの言動とミスラの行動の意味が帰結しない。



「まあ、泣かせてみたくなったのもあるのですが・・・」



「兄上のようなことを言わないで下さいよ・・・」



ナイは兄である将軍を思い出して顔を顰める。

旧知の仲の国王兄弟と将軍兄弟であるが、現在結婚しているのはナイだけだ。

国王兄弟は両親のこともあり、家臣達も結婚を強く薦められないのが理由だが、兄将軍は違う。結婚は薦められているが、結婚相手になる女性側が問題になる。

家臣達も知っていて頭を悩ませていることだが、兄将軍の性癖は酷い。

それはもう、弟であるナイが一生結婚を望む相手が見つかりませんように!!、と願うほどである。

そんなナイの心境など構うことなく、ミスラは思い出すように呟く。



「・・・・・・あの白い瞳を見ていると、何故か衝動的に身体が動いていました」



ナイは驚嘆したようにミスラを見るが、ミスラはそれに気付かずにただただ宙を見ている。



「・・・なるほど。そうですか。まあ、今の現状では起きたことはどうしようもないので、この話はこれまでにしましょう。元外相大臣事務次官の件は、このまま進めますか?」



「ええ。あのような小物は、陛下達が帰ってくるのを待つまでもありません」



「わかりました。それでは下がらせていただきます」



ナイが再び気配を消して去ると、部屋は静寂に包まれる。





ミスラは目を閉じて少しばかりの休息を取ろうとするが、ヒイシの瞳が脳裏に焼き付いて離れず、再び目を開ける。

苛立つように用意されていたアルコール度数の高いウイスキーを並々とグラスに注ぎ、一息で呷った。







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