5 / 28
Ⅰ章.始まりの街カミエ
04.ミナト①
しおりを挟む
川の水が渦巻くように流れる美しい刃紋…… みがかれた刀身に浮かぶ桜色の花弁に似た模様は、春の小川に浮かぶ桜の花弁を思い起こさせた。
地元の街の小さな物産展。とても綺麗な刀が展示されていると、刀剣女子仲間から聞いた私は、さほど期待もせずにそれを見に来て、既に二時間が経っている。
「……この刀に興味がおありですか?」
あまりにも長い時間、この刀に見惚れていたからだろうけど、物産展の関係者のプレートをつけた女性の係員さんが声をかけてきた。
刀を見つめる女子高校生なんて、今ではさほど珍しくは無くなったとはいえ、地方の田舎町では珍しい部類に入るからだろうか? 刀に興味があったのは事実なので、素直にうなずくと、係員の女性は嬉しそうに話を続ける。
「この刀を作った刀匠さんは、若手とはいえとても綺麗な刀を作ることで、一部では有名な方なんですよ。この『桜花流水』と名付けられた刀は、『吉野川』という刃紋を再現する過程でできた一振りとのことです」
まぁ、刀が実戦に使用されなくなってからの鑑賞用の刀と言われてるんですけどねと、苦笑いしながら説明してくれた。
「刀は本来武器であり、見世物じゃないなんていう刀匠さんを、なんとか口説き落として出品して頂いたのですが、お嬢さんのような若い方々にも来ていただけることが増えて、関係者としてはありがたいの一言です」
そういって微笑む係員の女性だったけど、その刀匠さんの連絡先を聞くと明らかに困った顔をする。
「……少し困った方ですし、あまり人が好きな方でもないので申し訳ないのですが……」
と、遠回しに断られるのを拝み倒して、迷惑をかけないという条件で何とか連絡先と名前をゲットした私は、自宅に戻ってネットを駆使して情報を集めた。
その刀匠さんは三十代後半の男性で、あまり人好きのする人でないのも情報通りだった。日々刀の制作に明け暮れているらしいが、どうやら古刀の再現を目指しているらしい。
刀剣の世界では、「応永以後に名刀なし」とまで言われ、近年つくられる刀剣を歯牙にもかけない風潮があるらしい。それに反発を抱いているというので、気難しい人を想像しながら、週末に鍛冶場を訪ねてみる事にした。
鍛冶場は郊外の閑散とした地区にあった。買い物などに出かけるのも不便ではないかという場所だったし、付近にコンビニがある訳でもない。
民家が少ない事もあり、鍛冶場兼自宅らしい場所はすぐわかったけど、想像していたような刀を打つ音も聞こえず、不在なのかと思った。
鍛冶場は住居らしき場所の隣にあり、いまは窓や扉も閉じられていて人気は無かった。無名の刀鍛冶は困窮している人も多いと聞いていたから、ポツリとでた一人言。
「不在……それとも夜逃げでもしちゃったのかな?」
つぶやいた言葉にあるはずの無い返答。
「夜逃げなんざしてねぇよ。あいにくここには金目の物はねぇぞ、お嬢さんが喜ぶようなものもな」
あわてて振り向くと、作業着姿の男の人が立っている。
「どっ、泥棒なんかじゃありません!」
驚いて焦りまくる私の前を、興味なさそうにすいっと通り過ぎ、鍛冶場のドアを開けて中へと入っていく。
(無視ですか!そうですか!)
戸や窓を開け放った男性は、炉に火を入れ作業を開始したが、こちらを見向きもしない。勝手に中に入るのはためらいがあったので、開け放たれた戸口から、私は男性に訪れた目的などを話したのだが、聞いているのかいないのかすら定かではなかった。
そのまま時間が経ち、立っているのも足がきつくなり始めた頃、男性は再びこちらを向いて驚いた表情を浮かべた。
「……まだいたのか……お嬢さんの興味が持てるようなことはなにもないぞ。帰るなら駅まで送ってやるが?」
へぇ、意外と優しいところあるじゃんと思ったけど、本当に優しいなら放置はしないかとも思う。いずれにしても、私は放置プレイとやらに喜ぶ趣味は持っていない。
黙って首を横に振ると、男性は更にあきれた表情を浮かべ、母屋の方を指さした。
「炉の温度が上がるまでしばらくかかる。それが過ぎればぶっ続けの作業になるからお嬢さんの相手はできんぞ。
なんの話が聞きたいかは知らないが、すこしだけなら話を聞いてやるから勝手に入って待っていろ」
初めて会った時の北斗さんは、そんな感じだった。けっして良い印象だった訳ではなかったけど、作業の合間をみて話しかければそれなりに相手をしてくれるようになるまでに一月。なんだかんだ言いながら、普通に話してくれるまでに更に一月かかったけどね。
最初は鍛冶師さん・お嬢さんだった呼び方も、二月過ぎたあたりで『おじさん』、『南斗さん』に変えた。頻度は多くないけど、おじさんの家には他の刀匠さんや、刀屋さんなどがやってくる。
『九条さん』や『北斗さん』では誤解を生む可能性は高いし、『お嬢さん』と呼ばれるほど子供じゃない。
『おじさん』と呼ばれるのにはかなり抵抗があったようだけど、お父さんと同じくらいの年齢の男性を『おにいさん』と呼んでいては、それはそれで問題がありそうだ。
『おじさん』は鍛冶・刀匠としての話以外はほとんどしない。あくまで私は、『刀に興味がある親戚の子』という扱いだ。そこに、特別な配慮とかはなく、そばに居ても気楽なのは確かだ。
一応、自分の容姿が人並み程度に整っていることも、スタイルだって悪くないことも知っているけど、がっついてくる男子は私には煩わしいだけだったので、余計そう感じるのかもしれない。
年の差もあるし、『おじさん』も私自身も、好きとか嫌いとかの恋愛感情に発展させる気もないからだろう。
『おじさん』は、制作に没頭すると寝食を忘れるタイプのようで、時折お弁当を持っていくようになったのはそれからしばらく後の事だ。
気を使わないようにコンビニ弁当を装って、隅の方に置いておくと、翌日にはきちんと食べてくれている。コンビニが近くにある訳ではないから、自分のお弁当を作るついでに作るだけだから、あまり手間はかからないしね。
週末に訪れる度に、自分が座る場所を確保するための掃除は、いつの間にか範囲が広がって、おじさんの部屋以外も掃除するようになってしまったけど、ある意味面倒のみがいが有るからだろう。
そんな感じで半年近く通いつめたところで、ある日『おじさん』が、私はどんな刀が好きなのかを聞いてきた。
前回『桜花流水』の展示を依頼してきた商工会の関連で、『刀剣女子』向けの展示会用に依頼をされたらしい。女の子がたくさん来るイベントなので、女の子が喜ぶ刀をお願いしたいんだって。
鑑賞用の刀を作ることに抵抗していた『おじさん』の言葉に、少し違和感を感じたけど、『おじさん』が相談してくれた嬉しさが勝ったのは自分でも驚いてしまった。
私のイメージは『桜花流水』の印象が強かったせいで、似たような雰囲気の波紋に、花吹雪のイメージを合わせたモノだったけど、『おじさん』は同じような刀を五本並行で作っている。
焼き入れや研ぎの段階で破損やヒビが見つかる場合もあるから、複数を同時に作っておいて、一番出来の良いものを最終的な研ぎ師の方に渡すのだそうだ。
季節は進み、研ぎにだした刀が仕上がる日、私は『おじさん』の鍛冶場へと向かう途中の喫茶店で時間を過ごしていた。
「納品する前に、南斗さんがデザインに絡んだ刀を見ていくといい」
そうショートメールが入ったのは一週間前のこと。最近は大学への進学準備もあって、さほど頻繁に『おじさん』の鍛冶場を訪れることはできなかったので、連絡があったのは純粋に嬉しかった。
スマホの番号も知っているのに、用事があるときでも電話ではなく、ショートメールを使う『おじさん』だけど、そこには見たいときに見れば良いという気づかいがあるらしい。
そんな事気にする必要はないんだけど、そこは譲れないらしいので、説得するのは無理だと諦めている。
会う頻度が減って、寂しさというか、もの悲しさというか、なにか物足りない気がしていたのは気のせいだろう。
大学に通うことになれば、いまより更に会う事は無くなるし、『おじさん』も私のわがままに付き合う必要はなく、元の生活に戻っていくだけの話なんだけど……
『おじさん』が店の外に姿を見せたので、紅茶を飲み干し会計を済ませる。この後は鍛冶場で刀のお披露目だ。街中で真剣を鞘から抜くわけには行かないし、落ち着いて刀を見ることもできないもの。
刀の名前は、私が付けて良いという事なので頑張って考えたんだよ?
そして、『おじさん』が車を止めた駐車場へと、二人で並んで歩く。桜並木の下を歩いて、横断歩道を渡ればすぐに駐車場だ。
すれちがう人達からは、私たちはどう見えているのだろうと、ふと気になってしまう。仲の良い親子? それとも......
そして、運命の時…… 少し風が強く吹いて、咲いたばかりの桜の花びらが横断歩道を渡る私たちの周りを舞った……
地元の街の小さな物産展。とても綺麗な刀が展示されていると、刀剣女子仲間から聞いた私は、さほど期待もせずにそれを見に来て、既に二時間が経っている。
「……この刀に興味がおありですか?」
あまりにも長い時間、この刀に見惚れていたからだろうけど、物産展の関係者のプレートをつけた女性の係員さんが声をかけてきた。
刀を見つめる女子高校生なんて、今ではさほど珍しくは無くなったとはいえ、地方の田舎町では珍しい部類に入るからだろうか? 刀に興味があったのは事実なので、素直にうなずくと、係員の女性は嬉しそうに話を続ける。
「この刀を作った刀匠さんは、若手とはいえとても綺麗な刀を作ることで、一部では有名な方なんですよ。この『桜花流水』と名付けられた刀は、『吉野川』という刃紋を再現する過程でできた一振りとのことです」
まぁ、刀が実戦に使用されなくなってからの鑑賞用の刀と言われてるんですけどねと、苦笑いしながら説明してくれた。
「刀は本来武器であり、見世物じゃないなんていう刀匠さんを、なんとか口説き落として出品して頂いたのですが、お嬢さんのような若い方々にも来ていただけることが増えて、関係者としてはありがたいの一言です」
そういって微笑む係員の女性だったけど、その刀匠さんの連絡先を聞くと明らかに困った顔をする。
「……少し困った方ですし、あまり人が好きな方でもないので申し訳ないのですが……」
と、遠回しに断られるのを拝み倒して、迷惑をかけないという条件で何とか連絡先と名前をゲットした私は、自宅に戻ってネットを駆使して情報を集めた。
その刀匠さんは三十代後半の男性で、あまり人好きのする人でないのも情報通りだった。日々刀の制作に明け暮れているらしいが、どうやら古刀の再現を目指しているらしい。
刀剣の世界では、「応永以後に名刀なし」とまで言われ、近年つくられる刀剣を歯牙にもかけない風潮があるらしい。それに反発を抱いているというので、気難しい人を想像しながら、週末に鍛冶場を訪ねてみる事にした。
鍛冶場は郊外の閑散とした地区にあった。買い物などに出かけるのも不便ではないかという場所だったし、付近にコンビニがある訳でもない。
民家が少ない事もあり、鍛冶場兼自宅らしい場所はすぐわかったけど、想像していたような刀を打つ音も聞こえず、不在なのかと思った。
鍛冶場は住居らしき場所の隣にあり、いまは窓や扉も閉じられていて人気は無かった。無名の刀鍛冶は困窮している人も多いと聞いていたから、ポツリとでた一人言。
「不在……それとも夜逃げでもしちゃったのかな?」
つぶやいた言葉にあるはずの無い返答。
「夜逃げなんざしてねぇよ。あいにくここには金目の物はねぇぞ、お嬢さんが喜ぶようなものもな」
あわてて振り向くと、作業着姿の男の人が立っている。
「どっ、泥棒なんかじゃありません!」
驚いて焦りまくる私の前を、興味なさそうにすいっと通り過ぎ、鍛冶場のドアを開けて中へと入っていく。
(無視ですか!そうですか!)
戸や窓を開け放った男性は、炉に火を入れ作業を開始したが、こちらを見向きもしない。勝手に中に入るのはためらいがあったので、開け放たれた戸口から、私は男性に訪れた目的などを話したのだが、聞いているのかいないのかすら定かではなかった。
そのまま時間が経ち、立っているのも足がきつくなり始めた頃、男性は再びこちらを向いて驚いた表情を浮かべた。
「……まだいたのか……お嬢さんの興味が持てるようなことはなにもないぞ。帰るなら駅まで送ってやるが?」
へぇ、意外と優しいところあるじゃんと思ったけど、本当に優しいなら放置はしないかとも思う。いずれにしても、私は放置プレイとやらに喜ぶ趣味は持っていない。
黙って首を横に振ると、男性は更にあきれた表情を浮かべ、母屋の方を指さした。
「炉の温度が上がるまでしばらくかかる。それが過ぎればぶっ続けの作業になるからお嬢さんの相手はできんぞ。
なんの話が聞きたいかは知らないが、すこしだけなら話を聞いてやるから勝手に入って待っていろ」
初めて会った時の北斗さんは、そんな感じだった。けっして良い印象だった訳ではなかったけど、作業の合間をみて話しかければそれなりに相手をしてくれるようになるまでに一月。なんだかんだ言いながら、普通に話してくれるまでに更に一月かかったけどね。
最初は鍛冶師さん・お嬢さんだった呼び方も、二月過ぎたあたりで『おじさん』、『南斗さん』に変えた。頻度は多くないけど、おじさんの家には他の刀匠さんや、刀屋さんなどがやってくる。
『九条さん』や『北斗さん』では誤解を生む可能性は高いし、『お嬢さん』と呼ばれるほど子供じゃない。
『おじさん』と呼ばれるのにはかなり抵抗があったようだけど、お父さんと同じくらいの年齢の男性を『おにいさん』と呼んでいては、それはそれで問題がありそうだ。
『おじさん』は鍛冶・刀匠としての話以外はほとんどしない。あくまで私は、『刀に興味がある親戚の子』という扱いだ。そこに、特別な配慮とかはなく、そばに居ても気楽なのは確かだ。
一応、自分の容姿が人並み程度に整っていることも、スタイルだって悪くないことも知っているけど、がっついてくる男子は私には煩わしいだけだったので、余計そう感じるのかもしれない。
年の差もあるし、『おじさん』も私自身も、好きとか嫌いとかの恋愛感情に発展させる気もないからだろう。
『おじさん』は、制作に没頭すると寝食を忘れるタイプのようで、時折お弁当を持っていくようになったのはそれからしばらく後の事だ。
気を使わないようにコンビニ弁当を装って、隅の方に置いておくと、翌日にはきちんと食べてくれている。コンビニが近くにある訳ではないから、自分のお弁当を作るついでに作るだけだから、あまり手間はかからないしね。
週末に訪れる度に、自分が座る場所を確保するための掃除は、いつの間にか範囲が広がって、おじさんの部屋以外も掃除するようになってしまったけど、ある意味面倒のみがいが有るからだろう。
そんな感じで半年近く通いつめたところで、ある日『おじさん』が、私はどんな刀が好きなのかを聞いてきた。
前回『桜花流水』の展示を依頼してきた商工会の関連で、『刀剣女子』向けの展示会用に依頼をされたらしい。女の子がたくさん来るイベントなので、女の子が喜ぶ刀をお願いしたいんだって。
鑑賞用の刀を作ることに抵抗していた『おじさん』の言葉に、少し違和感を感じたけど、『おじさん』が相談してくれた嬉しさが勝ったのは自分でも驚いてしまった。
私のイメージは『桜花流水』の印象が強かったせいで、似たような雰囲気の波紋に、花吹雪のイメージを合わせたモノだったけど、『おじさん』は同じような刀を五本並行で作っている。
焼き入れや研ぎの段階で破損やヒビが見つかる場合もあるから、複数を同時に作っておいて、一番出来の良いものを最終的な研ぎ師の方に渡すのだそうだ。
季節は進み、研ぎにだした刀が仕上がる日、私は『おじさん』の鍛冶場へと向かう途中の喫茶店で時間を過ごしていた。
「納品する前に、南斗さんがデザインに絡んだ刀を見ていくといい」
そうショートメールが入ったのは一週間前のこと。最近は大学への進学準備もあって、さほど頻繁に『おじさん』の鍛冶場を訪れることはできなかったので、連絡があったのは純粋に嬉しかった。
スマホの番号も知っているのに、用事があるときでも電話ではなく、ショートメールを使う『おじさん』だけど、そこには見たいときに見れば良いという気づかいがあるらしい。
そんな事気にする必要はないんだけど、そこは譲れないらしいので、説得するのは無理だと諦めている。
会う頻度が減って、寂しさというか、もの悲しさというか、なにか物足りない気がしていたのは気のせいだろう。
大学に通うことになれば、いまより更に会う事は無くなるし、『おじさん』も私のわがままに付き合う必要はなく、元の生活に戻っていくだけの話なんだけど……
『おじさん』が店の外に姿を見せたので、紅茶を飲み干し会計を済ませる。この後は鍛冶場で刀のお披露目だ。街中で真剣を鞘から抜くわけには行かないし、落ち着いて刀を見ることもできないもの。
刀の名前は、私が付けて良いという事なので頑張って考えたんだよ?
そして、『おじさん』が車を止めた駐車場へと、二人で並んで歩く。桜並木の下を歩いて、横断歩道を渡ればすぐに駐車場だ。
すれちがう人達からは、私たちはどう見えているのだろうと、ふと気になってしまう。仲の良い親子? それとも......
そして、運命の時…… 少し風が強く吹いて、咲いたばかりの桜の花びらが横断歩道を渡る私たちの周りを舞った……
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
18
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる