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Ⅰ章.始まりの街カミエ

12.いきなり試験かよ!

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 桶に食べ終えた食器をいれて井戸端へと歩く。藁で編まれたタワシを使い、ゴシゴシと食器を洗い、井戸水でゆすいで、使った水は排水口へと流した。

 排水溝ではなく、排水口なのは溝ではなく四角く大きめの石が敷き詰められている部分に流すからだ。残り物を排水口に流すのは禁止されているようで、大きめの石の下には小石が敷き詰められており、おそらく下に行けば砂が含まれた層があるのだろう。
 簡易的な浄化装置と思えば良いが、前提としては残り物を出さない食生活がある。腹八分目といわれるが、空腹感が出ない程度の食事量を準備するのだろうな。

 玉ねぎの皮や調理時にでる端材は、庭の一画にある木製の箱らしきものに捨てるらしい。コンポストのようなもので、外苑の農地で使用する肥料の一部になるようだ。もちろん坤島だけではなく、三ノ宮全体で同じように肥料を作っている。
 坤島は小規模な人工島の様なモノらしく、風呂も鍛冶場の窯が稼働しているときは温水を使えるように、地下にそれなりの給排水用の空間があるらしい。

 洗い物が終わり時間を確認してみると、勉強が始まるまであと一時間ほどあるようだ。
 時間があるので、自分の部屋と言われた屋根裏部屋をのぞいてみる。屋根裏と言うだけあって、天井は傾斜があって端の方は隙間も狭く使いにくいが、思いのほか広い。

 この建物は小さいながらも越屋根こしやねを用いているので、立ち上がり部分に外開きの採光用の窓がある。大きくないとはいえ、人が身体を通すことは出来そうだし、屋根は茅葺かやぶきではなく瓦屋根のようだ。夏の夜は、屋根の上で星と輪を見ながら涼むのもいいかもしれない。

 屋根裏部屋への階段を上った先を、右手に折れた先に上半分が障子になった小さな引戸があり、この先がハクの部屋になるのだろう。
 自分の部屋と言われた手前の部屋の一画には、年季の入った畳が数枚敷かれており、布団が一組と竹で編まれた大小の行李こうりがあった。

 行李の中には、白の白衣と松葉色の袴などが三組入っているようだ。それなりに身ぎれいな格好になってはいるが、今の服装は他の人と違いすぎて、ここでは目立ってしまう。
 自分は、行李から新しい衣類を一式取り出して着替えを始めたのだが…… 襦袢に白衣、袴、足袋だけしかない……当然のようにすべて女物である。
 見た目を女の子に偽装されるのだから、当然衣類も女物ですか…… 中の人アラフォー手前なのに、いきなり女装はハードル高くないですかぁ!!
 心の中で全力で突っ込みを入れるが、悶えていても結果が変わるわけではなく、諦めるしかない。これは女装ではなく、あくまで和装もどきと自分に言い聞かせ着替えようとして、あることに気づく。……下帯もないやん……

 再びノーパン姿になるのかとガックリくるが、洗濯やらの家事をハクと分担してやれと言われている事を思い出す。
 わざわざ少女に偽装までさせられているのに、男物の下帯を洗濯させるわけにもいかないし、自分で洗濯しても干す場所がない。
 そこまで考えて、ハクも同様に下着をつけて無い事に思い至り、そこで思考を放棄した。自分は断じてロリコンではないから、自分と同じ年頃だとはいえ、悶えたりはしない……が、想像してしまえば気恥ずかしい思いはするのだ。

 気にするから恥ずかしいんだ。気にしなければ何ともないはず。ハクだって特になにも感じてないじゃないか。
 そう考えながら着替えを済ませた自分だが、状態表示をすれば間違いなく羞恥度が上がっている事が予想できた。もちろん確認をするような真似はしない……

 気を取り直して部屋をもう一度見直すが、屋根裏部屋といっても現代住宅のように、最初から居室として作られた場所ではないようだ。
 芹さんが自分たちを預かる為に、居場所を整えたのだろうから、とりあえず寝る為だけの部屋と割り切った方が良いのだろう。一応、畳のある場所には衝立ついたてが置いてあり、ハクが部屋を通るだけでは寝姿を見られるわけでもないようだし。

 しばらくすると、窓の外、町の方から鐘の音が聞こえてきて、芹さんの言ったお勉強の時間になったことに気付いて階下へと降りる。
 座敷を見ると、小さな文机が用意されており、ハクが既に座っている。慌てて座敷へと入り、隣に座った。幸い、芹さんが来る前だったこともあり、頭を殴られずにすんだのが幸いだった。

 少し遅れてやってきた芹さんが、 自分たちをみてうなずいた。

「さて、まずは読み書きがどのくらい出来るかだが、ハクは良いとこのお嬢さんだったんだ、大丈夫だろ。
 クロ、お前の実力というより、お前がどの程度の事ができるかはわからんし、いちいち確認してられんからな。簡単な考試こうしを受けてもらうが、ハクもついでに受けてもらう」

 そう言ってそれほど大きな紙ではないが、見事な筆致で書かれた数枚の紙を渡された。

 いきなり試験かよと半ばビビったが、内容をみると簡単な読み書きに、初歩の四則演算がメインだ。筆記具が墨と筆だというのに苦戦したが問題自体は比較的簡単に解けた。

 言語翻訳のスキルをくれた巫女神様に感謝しておくべきだろう。鷹隼ようじゅんの知識では知りえなかったこの国の文字が、見事な筆致とはいえ崩し字で書いてあるのだから、素の実力では意味すら分からなかったと思う。

 考試の内容は、簡単な四則演算に始まって、中学生低学年程度までの問題が殆どだった。
 仮にも大人であった自分には簡単すぎる問題だが、この場でこの問題が出てくるのだから、アマギの子供たちはかなり高い教育をされているのかもしれないな。

 数問大きな単位(といっても万単位だが)の足し算引き算があった程度であり、文章問題やひっかけ問題があるわけでもない。子供相手の問題としては難易度は高そうだが、楽に終了した。

「なんだ? クロ、早く終わったからと言って良い点数になるわけじゃないぞ。
 だが、隣でウダウダされてはハクも気が散るだろう。今日は初日だから、午前の勉強はこれだけだから、もっと時間をかけて解いてもいいんだぞ?」

 一時ほど経過して、筆をおいた自分に芹さんは声をかけてきた。
 とはいえ、筆で答えを書くのだから、間違えても消したりできないので、検算もしながら解いたのだから間違いはないだろう。

 今日の予定を聞くと、午後には剣術の指南役を連れてくるので、昼食の準備をして適当にしていろと言われた。

 昼はオーソドックスにおにぎりと漬物で良いそうだ。ハクはまだ問題を解いているから、自分が一人で作るしかないようだが、一人二個おにぎりを作っておけと指示されたので、その程度なら問題はない。

「今朝、木刀が壊れてしまったので、僕は剣術用の剣がないのですが……」

 そういうと芹さんは少し考えてから、鍛冶場の隅のほうに荒砥した状態の『数打ち』があるから、自分に合うものを探して、適当なモノを選べとのことだ。

 『数打ち』とは、文字通りの大量生産された刀を言う場合が多い。研ぎも荒砥を済ませただけならば、日本刀独特の美しく研磨された刃にはなっておらず、作った刀が焼き入れの際に亀裂などがなく仕上がっているかが確認できる程度だ。

 どうせ自分が打った刀でないのだし、子供に名刀を渡すわけもないから武器としての出来は気にしてはいない。さっさとおにぎりを作って、こちらの鍛冶師の腕前を見てみることにしよう。

◇◆◇◆◇◆

「おどろいたな。加護もなしでこの考試を正解できるやつがいるとは……」

 芹からの結果を聞くのは、狐の面を被った数名の人影だ。被った面に差異はなく、纏った衣装は白衣はくい白袴しろはかま。違いがあるとすれば、袴に白地でえがかれた紋様だけだ。人影の数は七……

「わずか七歳にして聖剣をその身体の内に宿し、出題する分野を読み書き演算に絞ったとはいえ、加護もない状態で宮社や国官の採用試験である考試を全問正解できるのですから、巫女神様から異例の啓示があったことも納得できますわね……」

 水仙の紋が挿してある白袴の娘がいうと、うなずく者が多い中、椿の紋を挿した白袴の娘が不安そうに口にした。

「……ですが、子供とはいえ殿方を外苑に住まわせるのに不安はございませぬでしょうか? その娘たちだけではなく、その子供にも悪い影響が出なければ良いのですが……
 その子供を迎えに行かせた七十二候の者は、お役目にも身が入っていないと聞き及んでおります……」

 その声を受けてクスリと笑ったのは、梅の紋をさした白袴の娘だ。

「椿様はいろいろ心配性なご様子。七十二候は、多くの巫女たちの目標ですもの。若くして目標を達成してしまったのですから、気が抜けてしまっているだけですわ。
 彼女は才ある身ですもの、すぐに自分のお役目を全うするために、働いてくれると思います」

「それに、かの者が身を置いているのは坤島。統べるは霜刻そうこく様であろう。
 あの島を固めるのはお主の子飼いの社人。元主もとあるじと子飼いが守りに当たっているというのに、現主げんあるじのお主が不安そうにしていては、よろしくなかろう」

 百合の紋が描かれた白袴の娘の言葉に、スズランと蘭の花の紋を白袴に挿した二人の娘もうなづいた。

「椿様は、もう少しご自身と先代、そして社人とはいえ子飼いの者たちをもっと信じてさし上げてはいかがでしょうか?」

「すずらんの言うとおりですにゃ……の。椿殿も位を上げたばかりで大変だとはおもうのに……思いますが、もっと仲間をしんじるといいのにゃ……です。
 お腹がすいてると悪い考えばかり浮かびますのにゃ。今日の夕餉は少し豪華にしましょうか?」

 蘭の花の紋を挿した白袴の娘の言い分に、皆が狐面の下で笑みを浮かべていると、こちらは苦笑している芹が口をはさむ。

「椿様にはいろいろと心配をかけてすまないな。俺も事務方は苦手なんで、引き継ぎが満足いくようにできなかったからな。
 蘭様にはすまないが、社人の食事がどうやら口に合わないやつが一人いるようなんで、毎食とはいかんだろうが、すこし融通してくれるとありがたい。
 なにせ、俺もハクも炊事はからっきしなんでな。飯はクロが作るんだが、毎回それなりに美味い物を出してくれるんだが、食材の種類が少ないんで相当苦労しているようなんでな」

「はぁ~、クロさんは食事の支度までこなすんですにゃね。賄い方の社人を修業に坤島に出したいくらいですにゃよ。
 そうですにゃぁ、少し賄い方の者に料理を教えることを条件に、多少の都合をつけてやっても良いですかにゃ? 皆様」

 蘭と呼ばれた娘の提案は、好感を持って受け入れられた。宮社での食事とはいえ、あくまでも民から徴収したもので賄われる以上、贅沢をすることはない。
 その為、料理は毎回同じようなモノになるので、宮社に永くいれば出る食事にも飽きるというものである。クロは異国からの流れ者ゆえに、この地に無い調理法を知っているのであろう。

「……それでは、本日の報告会はここまでにいたしましょうか。
 皆様、それぞれの管轄で大きな変化がないか、見守りをお願いいたします。
 芹様、シロとクロの面倒、よろしくお願いいたしますわね」

 水仙の花の紋の娘の言葉にうなづくと、七つの人影はその場から姿を消え失せるのであった。
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