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 一日の終わり。神との交流を初めて早、二ヶ月を過ぎた。

 話すのは他愛も無い前世という過去の話。
 小さい頃はこんな事をして遊んだ。父や母の顔は覚えて居ないが優しい家庭だった。犬を飼っていて、白くてふわふわで大好きだった。
 ラノベ小説にハマったのは高校生くらいで、読んだ小説の事は覚えているが高校生までの記憶しか無い。
 友達は多い方じゃ無かったけれど、仲良しグループでおばさんになっても仲良しで居たいねと語り合った。

 そんな、他愛も無い話だ。
 辛い記憶は幸いにも全て忘れてしまっていた。
 既に、記憶が消されていっているのかもしれない。
 自分の中でも段々と前世の事を思い出す事が少なくなった様に感じていた。
 エルダーンはそんな私の話を素直に聞いてくれた。
 知らない事には突っ込んで、掘り下げて、ミルルに聞いたり自分で調べたり、次の日には私のオススメの小説を読んでくれたりしていた。

 そして、最近の私といえばこの土地に慣れる為に戸籍を取得し、図書館で働き始めた。
 読み書き出来る市民はまだまだ多くない。逃げてきたのだが元貴族というだけあって、読み書きと計算が出来るので待遇は良かった。
 何処かの侍女や、先生になる事も考えたが長く続けられる職場に付きたかったのだ。
 トントン拍子に上手くいっているのも、神の御加護かもしれない。

 たまにそんな話をエルダーンにすると、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「良かったな。」と、本当に嬉しそうに笑うもんだから、私も嬉しかった。


「今日は僕から話が有る。」

 何時になく真剣なエルダーンが、そう切り出したのは霧雨が降る夜だった。

「どうしたの、エルディ?」

「もうすぐ期限が来る。その前に言わなければならない事が有るんだ。」

「…うん、何?」

 少し言い辛そうに彼は俯いた。


「最終日、君の中の僕との記憶も消さなければならない。」

 決心した様に前を向いた彼が言った言葉は信じられないものだった。

 良く考えれば分かる事だった。

 だが、私は自然とそう考える事を恐れていたのだ。
 彼は”神”で、人間と交わる事は世の理を大きく乱す事になるからだ、と彼は説明を始める。

 聞こえてはいるのだが、全く頭に入らずぐちゃぐちゃとした真っ黒い何かが目の前を暗くした。

 その時に、確信をしたのだ。

 私は、こんなにも彼を好きになってしまっている事に。
 誰にも芽生えた事の無かった感情が押し寄せて、言葉が出ない。

 上の空の私を見て、彼は悲しそうな顔をする。
 そんな顔をさせたい訳では無かった。

「そっか…。じゃあ、友達も後もうちょっとだね。」

 振り絞ってそう答える。私は上手く笑えているだろうか。

 先程までの楽しい会話を全て覆い隠してしまうくらい、心が荒れている。

 期間限定、とはそういう事だ。
 どこまでも、自分はツイて無い。


 するといつか見た光がパッと弾けて、いつの間にかエルダーンが私を抱き締めていた。

「え?」

 こちらに彼が来るのは初めてなので戸惑いを隠せない。地上で見る彼は、眩しいのに思っているよりもひんやりと冷たかった。
 やはり、彼は人間では無いのだ。と思い知らされた気がした。

「…泣くな。僕が……覚えているから。」


 言われて気付く。頬を伝うそれに。
 暫く顔を埋めて泣いた。
 何も言葉が出なかったから。


 気が付くと、私はいつの間にかベッドで寝ていて朝日が窓から入って来て眩しかった。
 頭がガンガンとして、目は腫れ上がっていた。
 夢であれ、と思った。

 しかし、そんな期待も虚しく机の上には一通の手紙が。

『 親愛なるサラへ
眠ってしまったようなので、ベッドへ連れていったよ。
言うのが遅くなってごめん。君を傷付けるのが怖かったんだけど、逆効果だったみたいだ。
 君と過ごした日々を、僕は忘れないよ。
 君は僕の事は忘れて、素敵な人と巡り会えるようお祈りしておくね。

期間限定の友達 エルディより 』

 その手紙は私が読み終えると手元から光の粒となって消えていく。

 余韻さえ残してくれないそれを、何度も空を切る様に追い掛けた。
 どうしようもない虚しさで胸が張り裂けそうだ。
 神様がお祈りなんかしたら、良い人に巡り会ってしまうかもしれないではないか。

 そんなのは要らない。
 好きになってはいけないのに、好きになってしまっていた。
 酷い神だ。私には忘れさせて、自分は覚えているだなんて。
 せめて、何も言わずにやって欲しかった。

 天気は相変わらず悪いが、虚ろなまま職場に行くとギョッとされ、一日休めと心配されて帰されてしまった。
 有難いが、今は仕事をしたかったのに。

 何もかもが上手くいかない。
 忘れてしまえば解決するかもしれないが、まだ猶予が残る今は辛いだけだ。
 何故今言うんだ、とか色々と恨み辛みも言いたくなるものだ。
 

 ふらり、ふらりと家まで帰ってくると雨具を着た誰かが家の敷地の前に立っているのが見えた。


 まさか、と少しの期待を込めて駆け寄ると、そこには見知った顔があった。

「サラ!」

 そう、幼少期からお互いに歳を重ねて来た。

「デルタ様…。」

 自分はとことん、ツイてないのだ。
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