つれづれなるおやつ

蒼真まこ

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だましあいコンビニスイーツ

選べないスイーツ

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 シュークリームにするか、プリンにするか。
 あんこ系も捨てがたいし、クリームたっぷりのワンカットロールケーキも美味しそう。

「あっさり系のフルーツゼリーもいいよね。あっ、ふわふわのワッフルもある。うーん、迷うなぁ……」


 私こと、下村 春香しもむら はるかは、近所にあるコンビニ「サンピース」に来ている。
 さんさんと輝く太陽とピースサインのロゴマークを掲げたコンビニチェーンだ。太陽の光を感じさせるオレンジ系の外観が特徴。
 家の近くには他にもコンビニがあるけれど、私はサンピースでよく買い物をする。
 その理由はなんといっても、スイーツの豊富さだ。

 私は甘いものが大好き。
 仕事の疲れを甘いもので癒してもらってる。
 本当は毎日食べたいけれど、それはさすがに食べすぎなので、週二回程度と決めている。

「ああ、今日は本当に決められない。どれにしよう……」

 週二で買い物にくるサンピースで購入するスイーツは、ひとつだけだ。
 二つ買ってもいいのだけれど、一個だけのほうがスペシャル感があるし、ひとつだけをゆっくりと大切に味わいたいのだ。
 週二とはいえ、一回に二個も食べたら太るかも……というのが本音だけれど。
 太るのを気にするぐらいなら食べなければいいじゃないって言われそうだけど、どうしても食べたくなってしまうのだから仕方ない。
 仕事で帰りが遅くなることも多く、食事もおやつも日用雑貨も買っていけるコンビニはありがたい存在なのだ。


 定番はホイップクリームとカスタードクリームをたっぷり抱えた、シュークリームだろうか。
 二種のクリームが口の中で混ざり合った瞬間の、あの幸福感ときたら。
 ホイップクリームはミルク感たっぷりで、まろやかな甘さ。ケーキでもコーヒーでも、どんな相手であってもふんわりと包みこんでしまう。優しい笑顔で誰でも受け止めてくれる、包容力たっぷりの美人さんだと思う。
 カスタードクリームはほんのり玉子色のクリームで、晴れやかな甘さ。見た目は素朴なのに、口に入れた瞬間のクリーミィさといったら。コクと甘さと絶妙なんだよね。それが何でも受け入れてくれるホイップクリームと一緒に、口の中でとろけ合う。
 うーん。想像しただけで食べたくなる。
 シュークリームにかぷっと食いつくと、むにゅっと飛び出てくるクリームもまた可愛い。

 プリンもいいな。
 サンピースの名物プリン「ただのプリンです」はその名に反して、極上味のプリンと評判だ。
 スプーンですくったときは程よい弾力があるのに、口の中に入れたとたん、あっという間に溶けていく。最初はあっさりしてるのに、底に沈んだカラメルソースと合わさったときのほろ苦さがたまらない。コンビニのプリンにしてはやや大きめなのにお値段も安く、いつでも気軽に買えるのが魅力的だ。

 フルーツゼリーは豊富な種類のフルーツを固めた、見た目にも華やかなゼリーだ。あっさりしてるので、食後のデザートにちょうどいい。フルーツならではの、ほのかな酸味も疲れを癒してくれそう。

 洋風のデザートから一転、白玉団子と甘さ控えものあんこ、そこにホイップクリームを添えた和風のスイーツ「白玉あんこちゃん」も美味しい。
 もっちりむっちりとした白玉団子にあんこを重ね、さらにホイップクリームも添えて口に運ぶときの幸福感ときたら。白玉のもちもち感を楽しくて、ぺろりと平らげてしまう。
 最初見たときはネーミングセンスが微妙では……と思ったけど、今では「白玉あんこちゃん」は「白玉あんこちゃん」でしかない、見事な名前だと思ってる。

「……って考えてたら、いつまで経っても決まらないじゃない。どーすんのよ、私」

 先程からずっとスイーツコーナーにいるせいか、サンピースの店員がこちらをちらちら見ている気がする。
 スイーツコーナーの前で仁王立ちして、スイーツのひとつを持ち上げてはうっとりと眺め、また別のを持ち上げては悩ましげに見つめているのだから、他人から見たらちょっと怪しそうな女かもしれない。

「でも決まらないんだよね。どうしよう……」

 誰にも聞かれないように独り言を呟きながら、どうにかひとつだけのスイーツを選ぼうとする。
 うーん……。
 駄目だ、やっぱりどれも美味しそう。

「ひとつだけってルールを無視して、今日は二つ買っちゃおうかな。二つ食べたら元気になれそうな気がするし」

 今日の私は、普段より少し落ち込んでいる。
 理由は上司である神澤かみざわ部長に叱られたから。
 私が作成した書類に不備があったからだ。悪いのは私だということは理解してるし、反省もしている。
 ところが神澤部長は、ねちねちと私を叱り続けたのだ。

「下村君、最近の君は確認不足が多いよ。ちょっとたるんでるんじゃないのかい? 慣れたからって適当に仕事されたら周囲の者が困るんだよ。結婚していずれ辞めるつもりならそれでもいいけど、長く働きたいならしっかりしてくれよ」
「はい。申し訳ございませんでした……」

 悪いのはミスをした私だとよくわかっている。今後はないように注意して、確認も怠らないようにするつもりだ。

 けれど神澤部長の叱り方も、ちょっと酷いと思うのは、私だけだろうか?

 いい人がいたら、いつかは結婚はしたいと思う。だからといって適当に仕事するつもりはないし、結婚後も仕事は続けたい。

「悪いのは私だけどさ。あんな怒り方ないよ、時代錯誤だよ」

 帰りの電車の中でも悔し涙がにじんで止まらず、駅から自宅のアパートに直行してシャワーを浴びた。化粧と一緒に涙も洗い流し、さっぱりした気持ちでサンピースに買い物に来たのだ。

「いいや。今日は二つ買おう。シュークリームと白玉あんこちゃん。この二つに決めた!」

 晩御飯はケチャップたっぷりのナポリタン弁当にして、スイーツは二つ。栄養も食事バランスもあったものじゃないってメニューだけど、今日だけは特別だ。

「さ、レジに行こうっと」

 早く家に帰ってナポリタンとスイーツをじっくりいただきながら、動画配信サービスで海外ドラマを見るのだ。
 今日は美形の弁護士が社会の不条理をやっつけるリーガル系にしようかな。がっつりミステリーもいい。北欧系が面白いんだよね。

 などと思いながら、うきうき気分でレジに向かっていたからだろうか。大きな誰かの背中に、ごちんとぶつかってしまった。

「あっ、すみません!」

 レジかごばっかり見ていたせいだ。こういうところがあるから確認不足って言われるんだよね。気をつけないと。

 私がぶつかった相手は、どうやら男性のようだ。よれよれの白いTシャツと、しなびたGパンを着ている。
 詫びる私の声に反応して、ゆっくりと振り返る。
 こちらに顔を向けた男性の顔を見た瞬間、ぞくりと鳥肌が立つのを感じた。

(か、神澤部長……?)

 思わず叫びそうになるのを、必死に堪える。
 きっちりとしたスーツ姿からは想像もできない服装と髪型だけれど、その顔は確かに私の上司である神澤部長だった。






 
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