つれづれなるおやつ

蒼真まこ

文字の大きさ
2 / 24
だましあいコンビニスイーツ

あなたは何者?

しおりを挟む
 ど、どうして神澤部長が、うちの近所のサンピースにいるの? 

 白いTシャツはよれよれで、どことなく黄ばんでいいる。昔着ていたTシャツを、無理やり引っ張り出してきましたって感じだ。
 髪の毛もぼさぼさで、全体的にぬぼーっとしてるし。
 会社にいるときの、かちっとしたスーツ姿の神澤部長からは想像できない姿だ。
 もしかして、ひょっとして、似ているだけの別人なのでは? 
 部長とは別の人だったら助かるな。ここのサンピースは、私の憩いの場所でもあるから。神澤部長が来るようになったら、気軽に来れなくなるもの。

 神澤部長……かもしれない人を、じろじろ見てしまったせいだろうか。
 よれよれ白Tシャツの男性は、困ったような顔をした。

 し、しまった。
 相手が誰であろうと、背後からぶつかってしまった私が悪いのに。
 さらに観察するようにじっくり眺めてしまって、失礼極まりない態度だ。

「ぶつかってしまって、申し訳ありませんでした。ちょっとよそ見していたものですから。ケガとかされませんでしたか?」

 頭を下げ、再度丁寧にお詫びした。
 この人がもしも神澤部長なら、きっと怒られるだろう。

「気にしないでください。僕も、ぼーっとしてたのがいけないんですから。ここに来るの初めてで、ちょっと戸惑ってしまって……」

 怒鳴りつけられる覚悟もしていたのに、よれよれ白Tシャツの男性は怒らなかった。
 あれ……?
 この人、怒鳴らないし、一方的に叱ってもこないぞ。 
 ということは、やっぱり神澤部長とは別の人ってことかな?

 おそるおそる顔をあげると、よれよれ白Tシャツの男性は少し恥ずかしそうに笑っていた。

「コンビニに来るのも慣れてなくて。今ってセルフレジ? ってヤツなんですか?」

 自分で商品のスキャンして、支払いまで済ませている人を片手でそっと指し示し、私に耳打ちするように聞いてきた。
 ここサンピースでは、セルフレジを試験的に導入している。
 慣れた人、つまり私みたいな常連客は難なく使えるけど、初めての人は戸惑って当然だ。まだ完全移行はしていないので、通常のレジもちゃんとある。

「支払いはセルフレジじゃなくても大丈夫ですよ。カウンターに行けば店員さんがやってくれます」

 私が笑顔で答えると、よれよれ白Tシャツの男性は安堵した表情を見せた。

「そうですか。良かった……」

 よれよれTシャツの胸元に手をあて、ほっと息を吐く男性は、失礼ながら少々可愛かった。

「セルフレジも慣れると便利なんですけど、最初はちょっと怖いですよね」

 よれTシャツの男性の言葉に理解を示したからか、男性は嬉しそうに笑った。

「そうなんですよ。最近はどこもセルフレジとかセミセルフレジになっていて。時代的に仕方ないのはわかるんですけど、なんか慣れないんですよね。支払いが決まったときに、かぱっと口が開くのがなんだか怖くて」
「かぱっと口が開く……。ああ、硬貨やお札を入れるところですね」
「そうです、そうです。いきなり口が開くので、なんだか急かされてるみたいで」
「うふふ。わかる気がします」

 私はもう、ほとんどのセルフレジに慣れてしまったので、今更戸惑いはしない。
 それでも最初はおっかなびっくりだったし、よれよれ白Tシャツ男性の気持ちもわかる気がした。

「あっ、すみません。見も知らぬ方にぺらぺらと話してしまって」
「最初に私がぶつかったのがいけないんですから、気にしないでください」

 私のことを、「見も知らぬ方」と言った。ということは、この男性はやっぱり神澤部長ではないんだ。
 同じ部署に何人も部下がいるとはいえ、私のことを知らないはずはないもの。
 それにしても、こんなに似てる人もいるものなのね。よく似た顔をしているけど、中身はまったく違うみたい。

「ついでと言ってはなんですが。あなたのかごに入ってる、あんこが乗ってるヤツ、美味しいんですか?」

 よれよれ白Tシャツの男性は、私のレジかごを指さし聞いてきた。
「白玉あんこちゃん」に興味があるようだ。

「ああ、白玉あんこちゃんのことですね。美味しいですよ」
「白玉あんこちゃん? それはまた変わった、いや、個性的な名前で……」

 名前がちょっと微妙と思ってるのね。そこは私も同意見だ。

「ネーミングはちょっとアレですけどね。白玉がもちもちで美味しいですよ~。あんことの組み合わせも鉄板ですし、ホイップクリームとも相性抜群で。最初はホイップクリームを添えて、次はホイップクリームをよけて食べても楽しいです。口の中でもちもちしてるところに、ホイップクリームと一体化してクリーミーになったあんこが来て、これがまた絶妙で……」

 よれよれ白Tシャツの男性が、ぽかんとした顔をしている。
 し、しまった。
「美味しいですか?」って聞かれたから、つい余計なことまで語ってしまった。

「すみません。私ったらついぺらぺらと……」
「いえ、それは僕も同じでしたから。白玉あんこちゃんが、とにかく美味しいことはよくわかりました。甘いものが欲しいところだったので、僕もそれを買わせてもらいますね」
「ど、どうぞ」
「ではこれで。楽しいお話ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」

 なんだか恥ずかしくなってしまった私は、逃げるようにサンピースを後にした。

 それにしてもあの人は、何者なんだろう?

 こうして私は、神澤部長によく似た男性と、思わぬ形で出会ってしまったのだった。









しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

処理中です...