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だましあいコンビニスイーツ
あなたは何者?
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ど、どうして神澤部長が、うちの近所のサンピースにいるの?
白いTシャツはよれよれで、どことなく黄ばんでいいる。昔着ていたTシャツを、無理やり引っ張り出してきましたって感じだ。
髪の毛もぼさぼさで、全体的にぬぼーっとしてるし。
会社にいるときの、かちっとしたスーツ姿の神澤部長からは想像できない姿だ。
もしかして、ひょっとして、似ているだけの別人なのでは?
部長とは別の人だったら助かるな。ここのサンピースは、私の憩いの場所でもあるから。神澤部長が来るようになったら、気軽に来れなくなるもの。
神澤部長……かもしれない人を、じろじろ見てしまったせいだろうか。
よれよれ白Tシャツの男性は、困ったような顔をした。
し、しまった。
相手が誰であろうと、背後からぶつかってしまった私が悪いのに。
さらに観察するようにじっくり眺めてしまって、失礼極まりない態度だ。
「ぶつかってしまって、申し訳ありませんでした。ちょっとよそ見していたものですから。ケガとかされませんでしたか?」
頭を下げ、再度丁寧にお詫びした。
この人がもしも神澤部長なら、きっと怒られるだろう。
「気にしないでください。僕も、ぼーっとしてたのがいけないんですから。ここに来るの初めてで、ちょっと戸惑ってしまって……」
怒鳴りつけられる覚悟もしていたのに、よれよれ白Tシャツの男性は怒らなかった。
あれ……?
この人、怒鳴らないし、一方的に叱ってもこないぞ。
ということは、やっぱり神澤部長とは別の人ってことかな?
おそるおそる顔をあげると、よれよれ白Tシャツの男性は少し恥ずかしそうに笑っていた。
「コンビニに来るのも慣れてなくて。今ってセルフレジ? ってヤツなんですか?」
自分で商品のスキャンして、支払いまで済ませている人を片手でそっと指し示し、私に耳打ちするように聞いてきた。
ここサンピースでは、セルフレジを試験的に導入している。
慣れた人、つまり私みたいな常連客は難なく使えるけど、初めての人は戸惑って当然だ。まだ完全移行はしていないので、通常のレジもちゃんとある。
「支払いはセルフレジじゃなくても大丈夫ですよ。カウンターに行けば店員さんがやってくれます」
私が笑顔で答えると、よれよれ白Tシャツの男性は安堵した表情を見せた。
「そうですか。良かった……」
よれよれTシャツの胸元に手をあて、ほっと息を吐く男性は、失礼ながら少々可愛かった。
「セルフレジも慣れると便利なんですけど、最初はちょっと怖いですよね」
よれTシャツの男性の言葉に理解を示したからか、男性は嬉しそうに笑った。
「そうなんですよ。最近はどこもセルフレジとかセミセルフレジになっていて。時代的に仕方ないのはわかるんですけど、なんか慣れないんですよね。支払いが決まったときに、かぱっと口が開くのがなんだか怖くて」
「かぱっと口が開く……。ああ、硬貨やお札を入れるところですね」
「そうです、そうです。いきなり口が開くので、なんだか急かされてるみたいで」
「うふふ。わかる気がします」
私はもう、ほとんどのセルフレジに慣れてしまったので、今更戸惑いはしない。
それでも最初はおっかなびっくりだったし、よれよれ白Tシャツ男性の気持ちもわかる気がした。
「あっ、すみません。見も知らぬ方にぺらぺらと話してしまって」
「最初に私がぶつかったのがいけないんですから、気にしないでください」
私のことを、「見も知らぬ方」と言った。ということは、この男性はやっぱり神澤部長ではないんだ。
同じ部署に何人も部下がいるとはいえ、私のことを知らないはずはないもの。
それにしても、こんなに似てる人もいるものなのね。よく似た顔をしているけど、中身はまったく違うみたい。
「ついでと言ってはなんですが。あなたのかごに入ってる、あんこが乗ってるヤツ、美味しいんですか?」
よれよれ白Tシャツの男性は、私のレジかごを指さし聞いてきた。
「白玉あんこちゃん」に興味があるようだ。
「ああ、白玉あんこちゃんのことですね。美味しいですよ」
「白玉あんこちゃん? それはまた変わった、いや、個性的な名前で……」
名前がちょっと微妙と思ってるのね。そこは私も同意見だ。
「ネーミングはちょっとアレですけどね。白玉がもちもちで美味しいですよ~。あんことの組み合わせも鉄板ですし、ホイップクリームとも相性抜群で。最初はホイップクリームを添えて、次はホイップクリームをよけて食べても楽しいです。口の中でもちもちしてるところに、ホイップクリームと一体化してクリーミーになったあんこが来て、これがまた絶妙で……」
よれよれ白Tシャツの男性が、ぽかんとした顔をしている。
し、しまった。
「美味しいですか?」って聞かれたから、つい余計なことまで語ってしまった。
「すみません。私ったらついぺらぺらと……」
「いえ、それは僕も同じでしたから。白玉あんこちゃんが、とにかく美味しいことはよくわかりました。甘いものが欲しいところだったので、僕もそれを買わせてもらいますね」
「ど、どうぞ」
「ではこれで。楽しいお話ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
なんだか恥ずかしくなってしまった私は、逃げるようにサンピースを後にした。
それにしてもあの人は、何者なんだろう?
こうして私は、神澤部長によく似た男性と、思わぬ形で出会ってしまったのだった。
白いTシャツはよれよれで、どことなく黄ばんでいいる。昔着ていたTシャツを、無理やり引っ張り出してきましたって感じだ。
髪の毛もぼさぼさで、全体的にぬぼーっとしてるし。
会社にいるときの、かちっとしたスーツ姿の神澤部長からは想像できない姿だ。
もしかして、ひょっとして、似ているだけの別人なのでは?
部長とは別の人だったら助かるな。ここのサンピースは、私の憩いの場所でもあるから。神澤部長が来るようになったら、気軽に来れなくなるもの。
神澤部長……かもしれない人を、じろじろ見てしまったせいだろうか。
よれよれ白Tシャツの男性は、困ったような顔をした。
し、しまった。
相手が誰であろうと、背後からぶつかってしまった私が悪いのに。
さらに観察するようにじっくり眺めてしまって、失礼極まりない態度だ。
「ぶつかってしまって、申し訳ありませんでした。ちょっとよそ見していたものですから。ケガとかされませんでしたか?」
頭を下げ、再度丁寧にお詫びした。
この人がもしも神澤部長なら、きっと怒られるだろう。
「気にしないでください。僕も、ぼーっとしてたのがいけないんですから。ここに来るの初めてで、ちょっと戸惑ってしまって……」
怒鳴りつけられる覚悟もしていたのに、よれよれ白Tシャツの男性は怒らなかった。
あれ……?
この人、怒鳴らないし、一方的に叱ってもこないぞ。
ということは、やっぱり神澤部長とは別の人ってことかな?
おそるおそる顔をあげると、よれよれ白Tシャツの男性は少し恥ずかしそうに笑っていた。
「コンビニに来るのも慣れてなくて。今ってセルフレジ? ってヤツなんですか?」
自分で商品のスキャンして、支払いまで済ませている人を片手でそっと指し示し、私に耳打ちするように聞いてきた。
ここサンピースでは、セルフレジを試験的に導入している。
慣れた人、つまり私みたいな常連客は難なく使えるけど、初めての人は戸惑って当然だ。まだ完全移行はしていないので、通常のレジもちゃんとある。
「支払いはセルフレジじゃなくても大丈夫ですよ。カウンターに行けば店員さんがやってくれます」
私が笑顔で答えると、よれよれ白Tシャツの男性は安堵した表情を見せた。
「そうですか。良かった……」
よれよれTシャツの胸元に手をあて、ほっと息を吐く男性は、失礼ながら少々可愛かった。
「セルフレジも慣れると便利なんですけど、最初はちょっと怖いですよね」
よれTシャツの男性の言葉に理解を示したからか、男性は嬉しそうに笑った。
「そうなんですよ。最近はどこもセルフレジとかセミセルフレジになっていて。時代的に仕方ないのはわかるんですけど、なんか慣れないんですよね。支払いが決まったときに、かぱっと口が開くのがなんだか怖くて」
「かぱっと口が開く……。ああ、硬貨やお札を入れるところですね」
「そうです、そうです。いきなり口が開くので、なんだか急かされてるみたいで」
「うふふ。わかる気がします」
私はもう、ほとんどのセルフレジに慣れてしまったので、今更戸惑いはしない。
それでも最初はおっかなびっくりだったし、よれよれ白Tシャツ男性の気持ちもわかる気がした。
「あっ、すみません。見も知らぬ方にぺらぺらと話してしまって」
「最初に私がぶつかったのがいけないんですから、気にしないでください」
私のことを、「見も知らぬ方」と言った。ということは、この男性はやっぱり神澤部長ではないんだ。
同じ部署に何人も部下がいるとはいえ、私のことを知らないはずはないもの。
それにしても、こんなに似てる人もいるものなのね。よく似た顔をしているけど、中身はまったく違うみたい。
「ついでと言ってはなんですが。あなたのかごに入ってる、あんこが乗ってるヤツ、美味しいんですか?」
よれよれ白Tシャツの男性は、私のレジかごを指さし聞いてきた。
「白玉あんこちゃん」に興味があるようだ。
「ああ、白玉あんこちゃんのことですね。美味しいですよ」
「白玉あんこちゃん? それはまた変わった、いや、個性的な名前で……」
名前がちょっと微妙と思ってるのね。そこは私も同意見だ。
「ネーミングはちょっとアレですけどね。白玉がもちもちで美味しいですよ~。あんことの組み合わせも鉄板ですし、ホイップクリームとも相性抜群で。最初はホイップクリームを添えて、次はホイップクリームをよけて食べても楽しいです。口の中でもちもちしてるところに、ホイップクリームと一体化してクリーミーになったあんこが来て、これがまた絶妙で……」
よれよれ白Tシャツの男性が、ぽかんとした顔をしている。
し、しまった。
「美味しいですか?」って聞かれたから、つい余計なことまで語ってしまった。
「すみません。私ったらついぺらぺらと……」
「いえ、それは僕も同じでしたから。白玉あんこちゃんが、とにかく美味しいことはよくわかりました。甘いものが欲しいところだったので、僕もそれを買わせてもらいますね」
「ど、どうぞ」
「ではこれで。楽しいお話ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
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こうして私は、神澤部長によく似た男性と、思わぬ形で出会ってしまったのだった。
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