つれづれなるおやつ

蒼真まこ

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だましあいコンビニスイーツ

スイーツって人生に必要なものですか?

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 神澤部長によく似た男性とは、コンビニで会うときだけ、スイーツについて語り合う仲となった。
 奇妙な縁だけれど、大好きなスイーツのことを話せる人がいるのは案外楽しかった。

「サンピースの『ただのプリンです』って変な名前だなぁと思いましたけど、美味しいですね。たっぷり入ってるから食べ応えあるし」

 神澤部長に似た男性は、今日黒いTシャツを着ている。あいかわらずよれよれTシャツではあるけれと。

「そうなんですよ。女性は二回に分けて食べたり、半分はアレンジするのも楽しいですし」
「プリンをアレンジ? ほほぅ……。それはどんなもので?」
「プリンを食パンに塗り拡げて、トースターで焼くんです。焦がさないように注意が必要ですけど、安めの食パンが高級なカスタードパンみたいになりますよ」
「プリンをパンに。ほほー。それは面白い発想だ」

 神澤部長に似た男性は、私のスイーツの話を面白そうに聞いてくれる。それが楽しいのだ。
 友だちに話すことはあったけれど、毎回話題にするほどではなかったし、わざわざ電話するほどの内容でもない。

「ワンカットだけのロールケーキも良いものですね。ケーキ系を少しだけ食べたい時にピッタリで」
「スプーンさえあればどこでも食べれますもんね。中のクリーム、季節に応じて特別パージョンになったりするんですよ。人気なので、わりとすぐ売り切れてしまいますけど」
「へぇ。次回からは中身もチェックしてみます」

 二十代女性の私と、四十代ぐらいの男性がコンビニで、コンビニで売られてるスイーツの話を楽しむ。恋では当然ないし、友情とも少し違う気がする。説明し難い妙な関係ではあるけれど、楽しいから今はこれでいいかな。


 神澤部長に似た人……ではなく、ご本人である神澤部長には会社でもう一度頭を下げた。

「うおっほん。うん、まぁ。わかってくれればいいんだ。今後は気を付けるように」

 お小言を言われるのを覚悟していたのに、神澤部長の対応はあっさりしたものだった。
 
「はい、すみませんでした」

 同じ失態を繰り返さないように気を付けながら、仕事に邁進する日々だった。

 仕事に夢中であまり意識していなかったが、最近の神澤部長はあまり怒らなくなった気がする。仕事への態度は厳しいけれど、神澤部長は以前ほどきついことを言わなくなったように思う。部署内では部長が優しくなったと評判だ。 

 仕事の合間にふと窓の外を眺め、遠くを見つめる。何かを思い出しているのか、少し悲しげな表情を見せる。その時間はほんのわずかなものだったけれど、見てはいけないものを見てしまった気がした。
 怒鳴ってばかりの神澤部長だったけれど、人には言えない苦しみがあるのかもしれない。
 上司に向かって、「何か辛いことがあったら話してくださいね」などと話しかけるわけにもいかず、私にできることは部長とは極力接触しないようにすることだった。何もできないなら、せめてそっとしておくことしかできないのだもの。
 部長のほうも特に用事がなければ私にかかわることはなく、仕事の指示も先輩社員を通して行われた。
 仕事はわりと順調だったけれど、社内でため息がでることがなぜか増えてしまった。

 そんな鬱々とした感情を解消すべく、お気に入りのコンビニ『サンピース』で今日も買いものをする。

 神澤部長によく似た男性とも時折顔を合わせるようになり、自然とコンビニスイーツのことを話す仲となってしまった。本物の部長と話せないぶん、神澤部長によく似た男性とおしゃべりするのは楽しかった。

「それにしてもコンビニのスイーツって、次々新しい商品が入ってきますね。それだけ人気ってことなんでしょうね」
「甘いものが好きな人って多いですからね。私みたいに、仕事帰りに買うのを楽しみにしてる方いるでしょうし」
「甘いものを必要とされてる方は多いってことですね」

 神澤部長によく似た男性は、「ただのプリンです」を手にしながら微笑んだ。優しげな表情を横目で見つめながら、ふと神澤部長のことを思い出す。
 部長なら「甘いものなんて必要なものではない」って言いそうだ。

「以前、あなたは『コンビニのスイーツなんて余計なものだ』って仰ってましたよね」

 私がぼつりと呟くと、神澤部長によく似た男性は恥ずかしそうに笑った。

「そんなことを言ったこともありましたね。今思えば、食べもせずに偏見で言うべきではなかったって思います。言われた元妻も悲しそうな顔をしてましたしね……」

 プリンをかごに入れながら、よれよれTシャツの男性は答えた。

「あなたの言われたことは間違ってないと思います。甘いものって生きていくために必要な栄養素ってわけではないですし。どちらかというと贅沢品ですよね」
「贅沢品……そうとも言えますね」
「生きていくために必要なものではないけれど、甘いものは私たちの心を癒し、満たしてくれる。頑張って生きる私たちへのごほうびって感じでしょうか。癒しのスイーツを買うために明日も働く。その次の日も。そんな日々が私は意外と好きなんです。体と心が元気じゃないと、働くこともできませんしね」

 とうとうと語っていたら、よれよれTシャツの男性はじっと私の顔を見つめていた。

「あっ、すみません。なんだか一人で語っちゃって。恥ずかしいです……」

 私ってば、また余計なことをぺらぺらと。
 言わなくていいことまで話してしまったせいで、顔まで熱くなってくる。

「いえいえ。立派なお話でした。スイーツがあなたの人生を豊かにしてくれるってことですよね。僕はずっと仕事一筋の人生だったので、目から鱗の話でした。僕ももう少しだけでも、自分や別れた妻の人生を大切にすべきだったって今は思います」
「ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまったみたいですね」
「気にしないでください。もう終わったことですから。では僕はこれで失礼しますね」

 よれよれTシャツの男性は軽く会釈をして、サンピースから立ち去ろうとした。
 すると男性のポケットから、定期券のようなものがぽとんと落ちた。

「落としましたよ」

 落としたものを渡そうと思い、拾いに行った。
 するとそれは定期券ではなく社員証だった。社員証だとすぐにわかったのは、私がよく知るものだったからだ。

「これって……」

 見たことがあるはずだ。だってそれは、私が働く会社のものだったのだから。

「すみません。うっかり落としてしまって」

 よれよれTシャツの男性が、慌てて駆け戻ってきた。
 拾った社員証には、しっかりと名前が印字してある。

『神澤 直哉』

 私の上司、神澤部長の本名だ。

「あ、あなたは……」

 よれよれTシャツの男性は、神澤部長によく似た人などではなく。

 神澤部長本人だったのだ。



 

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