つれづれなるおやつ

蒼真まこ

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だましあいコンビニスイーツ

スイーツ友だちの正体

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「あっ、あなたは、神澤部長なんでしゅか!?」

 驚きのあまり盛大に噛んでしまったけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 コンビニスイーツのことを和やかに話していた男性が、会社の上司だったなんて……。しかも私、ノーメークに部屋着という超ラフな格好なのに。
 絶対に信じたくないんですけど!?

 よれよれ黒Tシャツの男性……ではなく。
 神澤直哉部長は、「しまった」と言わんばかりに左手で顔を覆っている。

「すまん……。確かに僕は神澤だ」

 ついに認めてしまった。
 スイーツ友だちのおじさんの正体は、私の上司である神澤部長だと。

 これまで何度か、「ひょっとして」と思ったことはあったけれど、その度確認して違う人だと思った。
 いや、そう思いたかったのかもしれない。
 スイーツ友だちとして、よれよれTシャツのおじさんと甘いものの話をするのが楽しかったから。上司だと気づいてしまったら、和やかに話すことなんてできるはずがない。 
 けれど会社の社員証を持ち、名前まで一致しているなら、おじさんが部長だということをもはや否定できなかった。

「私のこと、だましてたんですか?」

 そうとしか思えなかった。
 気づかない私も大バカ者だが、部長だって私の勘違いを指摘してくれてもいいのに。

「ち、違う。そうじゃないんだ。最初はすぐに自分の素性を明かすつもりだったんだ」
「でも言わなかったじゃないですか。ころっとだまされるおバカな部下の姿を見て、楽しんでたんですか?」
「そんなつもりは……」
「そんなつもりはなくても、結果的には私をだましてましたよね!?」

 よれよれの黒Tシャツを着た神澤部長は、顔を覆っていた左手を外し、ぺこりと頭を下げた。

「申し訳ない。どんな言い訳をしても、下村くんをだました形になったのは悪かったと思ってる」

 部長はゆっくり顔をあげ、私をじっと見つめてきた。
 私をいつも叱ってきた上司とは思えない、真摯な眼差しだった。

「最初は下村くんに謝ろうと思っていたんだ。君のミスを注意したときに余計なことまで言い過ぎたと」
「え……?」

 意味がわからなかった。私に謝るって、どういうこと?

「仕事の失態のことだけを注意すべきだったのに、結婚のことまでもち出して、きつく叱ってしまったろう? 実はあの頃、別れた妻と離婚調停をしていた時期でね。それで僕自身も苛ついていたものだから、その、つい君にやつあたりを……」
「やつあたり……?」
「上司として、大人げない態度だったと思う」
「え、ちょっと待ってください。別れた奥様との話は、本当の話だったってことですか?」

 どうしよう。頭の中が、ひどく混乱している。

 目の前に立っているよれよれ黒Tシャツの男性の正体は、神澤部長で。
 そして別れた奥様との話も真実なら、神澤部長は奥様と離婚されたってことなのね。 
 その苛つきで私にやつあたりして、結婚のことまで含めて、こっぴどく叱った……。

「部長、心が狭すぎません?」

 つい言ってしまった。上司に言うべき言葉ではないけれど、もうそんなこと気にしていられなかった。

「その通りだ。後になって君に謝ろうと思ったが、ちょうどこの辺りに引っ越してきたばかりでね。アパートに一人暮らしするなんて学生の時以来だったから、晩飯や日用品を求めて、ここ『サンピース』に来たんだ。そしたら君とばったり出くわして。謝ろうと思って声をかけた」

 ようやく状況を理解できてきた。
 奥様と別れて引っ越したばかりだったから、よれよれのTシャツを着ていたのだろう。色褪せたTシャツだったのは、古くなった昔の服をどこからかひっぱり出してきたから、ってことかな。

「僕がこんな格好をしているせいか、下村くんは僕が神澤だと思わなかったみたいで。ついごまかしてしまった。少し時間を置いてから話そうと思ったんだ。でもスイーツの話を楽しそうに話す君と、会話するのが楽しくて」

 再び驚いてしまった。
 神澤部長も、私と話すのが楽しかったなんて。
 
「言っとくけど、やましい気持ちがあったわけじゃない。ただその、懐かしかったんだ。別れた妻と出会ったばかりの頃みたいで」

 よれよれTシャツの男性、いや、神澤部長は奥様と別れたことを後悔していた。私と会話することで、奥様のことを思い出していたのかもしれない。

「若い頃の姿で君と話していると、僕自身が狭い価値観に縛られていることに気づかされたよ。それを理解できなかったから、妻とはうまくいかなくなってしまったんだと。今更反省してもどうしようもないことだけれど……」

 コンビニスイーツの話をしながら甘いものを買っていたのも、心の痛みを癒してもらいたかったからだろうか。
 私がスイーツを買って食べることで、心を満たしていたように。

 離婚のダメージは今の私には理解できない。けれど神澤部長でさえも辛かったということだけはわかった気がした。

「わざとじゃないってことはわかりました。部長にもいろいろと事情があったみたいですしね。でもやっぱり、ちょっとヒドイです。ずっと黙ってるなんて」
「それは本当にすまないと思ってる」
「申し訳ないって思うなら。私のお願いを聞いてもらえますか?」

 神澤部長の目が丸くなる。
 やがて覚悟したように、唇をきゅっと噛みしめる。

「なんでも言ってくれ」

 軽く咳払いすると、私は声のトーンを少し落とし、神澤部長に話しかけた。

「それではですね……」

 
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