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兄とソフトクリーム
ようやく会えた
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兄が住んでいる場所は、私が住んでいるアパートから五駅ほど離れたところにあった。
といっても、一軒家やアパート、マンションといった屋根と壁がしっかりとある住居ではない。
「ここね……」
探偵さんに教えられた場所は、河川敷と呼ばれる川沿いに作られた平地だった。平地といっても、雑草が生い茂っているため、普段はあまり人が来ることはない。
河川敷を横切るように高架線が通り、その高架下に身を寄せ合うようにテントがいくつかはられていた。
うす汚れたテントの脇に男性が数人いて、ごろりと横になっていたり、呆けたような表情で座り込んでいる。服装もどことなく汚れいている感じで、毎日着替えてはいないのだろうと感じた。
正直あまり近づきたくない雰囲気だ。けれど、勇気を出す必要が私にはあった。
「あ、あの……。ちょっとお聞きしたいのですが……」
声が震えていたのが情けないが、男性たちはすぐに反応した。
「姉ちゃん、なんか用かい?」
ぎろりと睨まれ、必死に振り絞った勇気がみるみるしぼんでいくのを感じる。でもここで回れ右したら、ここに来た意味がなくなってしまう。
自らを奮い立たせながら、男性たちに話しかける。
「あのっ! こ、ここに航という名前の、若い男性はいますか?」
先程より大きい声が出せたことに安堵していると、男たちの目つきが若干和らぐのを感じた。
「わたる?」
男性たちは互いの顔を見合わせ、小声でなにやら話している。すぐに首を横に振らないということは、該当しそうな人がいるってことだ。
「ワタルだったか、アタルだったか忘れたけど、若い兄ちゃんならいるぜ。姉ちゃん、アイツの知り合いかい?」
探偵さんの情報通り、兄の航はここで寝泊まりしていたのだ。
「私は、航の妹です……」
「いもうとぉ?」
ひとりの男が、驚きの声をあげた。
「あいつ、身内がいたのか」
「天涯孤独って聞いたけどよ」
どうやら兄は家族はいないと伝えていたようだ。こうなってしまった経緯を考えると、無理もないことのように思えた。
「少し事情がありまして。兄と会いたいのですが、どこにいますか?」
男性がひとり立ち上がり、「来な」と言ったので、その人の後についていった。
しばし後ろについて歩くと、男がぴたりと足を止めた。
「アイツなら、あそこだ」
指で刺し示したほうへ顔を向けると、テントから少し離れた場所にひとりの男性が背を向けたまま、ぽつんと座っていた。
「じゃあな」
案内してくれた男は、そっけない挨拶だけして去っていってしまったので、慌てて頭を下げた。
背中を見せている男性は、人が近づいていることに興味がないのか、振り向こうとさえしない。人も世間も、拒絶しているように感じられ、悲しくなってしまう。
「お兄ちゃん……」
そっと声をかけると、男性の背筋がぴくりと揺れた。
反応してもらえたのが嬉しくて、もう少し大きい声を出してみた。
「お兄ちゃん、七海です。あなたの妹よ」
男性がゆっくりとこちらを振り返る。
「七海……?」
ふらりと立ち上がり、私の名を呼ぶ。馴染みのある声よりずっと低いが、不思議と温かく感じられる。
ああ、お兄ちゃんだ。まちがいない。
ようやく会えた……。
記憶にあるお兄ちゃんよりずっと大人びているし、その目に生気は感じられない。
けれど確かに、兄の航だ。
父よりも母よりも大好きだった兄のことを、私が間違えるはずないのだから。
といっても、一軒家やアパート、マンションといった屋根と壁がしっかりとある住居ではない。
「ここね……」
探偵さんに教えられた場所は、河川敷と呼ばれる川沿いに作られた平地だった。平地といっても、雑草が生い茂っているため、普段はあまり人が来ることはない。
河川敷を横切るように高架線が通り、その高架下に身を寄せ合うようにテントがいくつかはられていた。
うす汚れたテントの脇に男性が数人いて、ごろりと横になっていたり、呆けたような表情で座り込んでいる。服装もどことなく汚れいている感じで、毎日着替えてはいないのだろうと感じた。
正直あまり近づきたくない雰囲気だ。けれど、勇気を出す必要が私にはあった。
「あ、あの……。ちょっとお聞きしたいのですが……」
声が震えていたのが情けないが、男性たちはすぐに反応した。
「姉ちゃん、なんか用かい?」
ぎろりと睨まれ、必死に振り絞った勇気がみるみるしぼんでいくのを感じる。でもここで回れ右したら、ここに来た意味がなくなってしまう。
自らを奮い立たせながら、男性たちに話しかける。
「あのっ! こ、ここに航という名前の、若い男性はいますか?」
先程より大きい声が出せたことに安堵していると、男たちの目つきが若干和らぐのを感じた。
「わたる?」
男性たちは互いの顔を見合わせ、小声でなにやら話している。すぐに首を横に振らないということは、該当しそうな人がいるってことだ。
「ワタルだったか、アタルだったか忘れたけど、若い兄ちゃんならいるぜ。姉ちゃん、アイツの知り合いかい?」
探偵さんの情報通り、兄の航はここで寝泊まりしていたのだ。
「私は、航の妹です……」
「いもうとぉ?」
ひとりの男が、驚きの声をあげた。
「あいつ、身内がいたのか」
「天涯孤独って聞いたけどよ」
どうやら兄は家族はいないと伝えていたようだ。こうなってしまった経緯を考えると、無理もないことのように思えた。
「少し事情がありまして。兄と会いたいのですが、どこにいますか?」
男性がひとり立ち上がり、「来な」と言ったので、その人の後についていった。
しばし後ろについて歩くと、男がぴたりと足を止めた。
「アイツなら、あそこだ」
指で刺し示したほうへ顔を向けると、テントから少し離れた場所にひとりの男性が背を向けたまま、ぽつんと座っていた。
「じゃあな」
案内してくれた男は、そっけない挨拶だけして去っていってしまったので、慌てて頭を下げた。
背中を見せている男性は、人が近づいていることに興味がないのか、振り向こうとさえしない。人も世間も、拒絶しているように感じられ、悲しくなってしまう。
「お兄ちゃん……」
そっと声をかけると、男性の背筋がぴくりと揺れた。
反応してもらえたのが嬉しくて、もう少し大きい声を出してみた。
「お兄ちゃん、七海です。あなたの妹よ」
男性がゆっくりとこちらを振り返る。
「七海……?」
ふらりと立ち上がり、私の名を呼ぶ。馴染みのある声よりずっと低いが、不思議と温かく感じられる。
ああ、お兄ちゃんだ。まちがいない。
ようやく会えた……。
記憶にあるお兄ちゃんよりずっと大人びているし、その目に生気は感じられない。
けれど確かに、兄の航だ。
父よりも母よりも大好きだった兄のことを、私が間違えるはずないのだから。
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