17 / 24
兄とソフトクリーム
ようやく会えた
しおりを挟む
兄が住んでいる場所は、私が住んでいるアパートから五駅ほど離れたところにあった。
といっても、一軒家やアパート、マンションといった屋根と壁がしっかりとある住居ではない。
「ここね……」
探偵さんに教えられた場所は、河川敷と呼ばれる川沿いに作られた平地だった。平地といっても、雑草が生い茂っているため、普段はあまり人が来ることはない。
河川敷を横切るように高架線が通り、その高架下に身を寄せ合うようにテントがいくつかはられていた。
うす汚れたテントの脇に男性が数人いて、ごろりと横になっていたり、呆けたような表情で座り込んでいる。服装もどことなく汚れいている感じで、毎日着替えてはいないのだろうと感じた。
正直あまり近づきたくない雰囲気だ。けれど、勇気を出す必要が私にはあった。
「あ、あの……。ちょっとお聞きしたいのですが……」
声が震えていたのが情けないが、男性たちはすぐに反応した。
「姉ちゃん、なんか用かい?」
ぎろりと睨まれ、必死に振り絞った勇気がみるみるしぼんでいくのを感じる。でもここで回れ右したら、ここに来た意味がなくなってしまう。
自らを奮い立たせながら、男性たちに話しかける。
「あのっ! こ、ここに航という名前の、若い男性はいますか?」
先程より大きい声が出せたことに安堵していると、男たちの目つきが若干和らぐのを感じた。
「わたる?」
男性たちは互いの顔を見合わせ、小声でなにやら話している。すぐに首を横に振らないということは、該当しそうな人がいるってことだ。
「ワタルだったか、アタルだったか忘れたけど、若い兄ちゃんならいるぜ。姉ちゃん、アイツの知り合いかい?」
探偵さんの情報通り、兄の航はここで寝泊まりしていたのだ。
「私は、航の妹です……」
「いもうとぉ?」
ひとりの男が、驚きの声をあげた。
「あいつ、身内がいたのか」
「天涯孤独って聞いたけどよ」
どうやら兄は家族はいないと伝えていたようだ。こうなってしまった経緯を考えると、無理もないことのように思えた。
「少し事情がありまして。兄と会いたいのですが、どこにいますか?」
男性がひとり立ち上がり、「来な」と言ったので、その人の後についていった。
しばし後ろについて歩くと、男がぴたりと足を止めた。
「アイツなら、あそこだ」
指で刺し示したほうへ顔を向けると、テントから少し離れた場所にひとりの男性が背を向けたまま、ぽつんと座っていた。
「じゃあな」
案内してくれた男は、そっけない挨拶だけして去っていってしまったので、慌てて頭を下げた。
背中を見せている男性は、人が近づいていることに興味がないのか、振り向こうとさえしない。人も世間も、拒絶しているように感じられ、悲しくなってしまう。
「お兄ちゃん……」
そっと声をかけると、男性の背筋がぴくりと揺れた。
反応してもらえたのが嬉しくて、もう少し大きい声を出してみた。
「お兄ちゃん、七海です。あなたの妹よ」
男性がゆっくりとこちらを振り返る。
「七海……?」
ふらりと立ち上がり、私の名を呼ぶ。馴染みのある声よりずっと低いが、不思議と温かく感じられる。
ああ、お兄ちゃんだ。まちがいない。
ようやく会えた……。
記憶にあるお兄ちゃんよりずっと大人びているし、その目に生気は感じられない。
けれど確かに、兄の航だ。
父よりも母よりも大好きだった兄のことを、私が間違えるはずないのだから。
といっても、一軒家やアパート、マンションといった屋根と壁がしっかりとある住居ではない。
「ここね……」
探偵さんに教えられた場所は、河川敷と呼ばれる川沿いに作られた平地だった。平地といっても、雑草が生い茂っているため、普段はあまり人が来ることはない。
河川敷を横切るように高架線が通り、その高架下に身を寄せ合うようにテントがいくつかはられていた。
うす汚れたテントの脇に男性が数人いて、ごろりと横になっていたり、呆けたような表情で座り込んでいる。服装もどことなく汚れいている感じで、毎日着替えてはいないのだろうと感じた。
正直あまり近づきたくない雰囲気だ。けれど、勇気を出す必要が私にはあった。
「あ、あの……。ちょっとお聞きしたいのですが……」
声が震えていたのが情けないが、男性たちはすぐに反応した。
「姉ちゃん、なんか用かい?」
ぎろりと睨まれ、必死に振り絞った勇気がみるみるしぼんでいくのを感じる。でもここで回れ右したら、ここに来た意味がなくなってしまう。
自らを奮い立たせながら、男性たちに話しかける。
「あのっ! こ、ここに航という名前の、若い男性はいますか?」
先程より大きい声が出せたことに安堵していると、男たちの目つきが若干和らぐのを感じた。
「わたる?」
男性たちは互いの顔を見合わせ、小声でなにやら話している。すぐに首を横に振らないということは、該当しそうな人がいるってことだ。
「ワタルだったか、アタルだったか忘れたけど、若い兄ちゃんならいるぜ。姉ちゃん、アイツの知り合いかい?」
探偵さんの情報通り、兄の航はここで寝泊まりしていたのだ。
「私は、航の妹です……」
「いもうとぉ?」
ひとりの男が、驚きの声をあげた。
「あいつ、身内がいたのか」
「天涯孤独って聞いたけどよ」
どうやら兄は家族はいないと伝えていたようだ。こうなってしまった経緯を考えると、無理もないことのように思えた。
「少し事情がありまして。兄と会いたいのですが、どこにいますか?」
男性がひとり立ち上がり、「来な」と言ったので、その人の後についていった。
しばし後ろについて歩くと、男がぴたりと足を止めた。
「アイツなら、あそこだ」
指で刺し示したほうへ顔を向けると、テントから少し離れた場所にひとりの男性が背を向けたまま、ぽつんと座っていた。
「じゃあな」
案内してくれた男は、そっけない挨拶だけして去っていってしまったので、慌てて頭を下げた。
背中を見せている男性は、人が近づいていることに興味がないのか、振り向こうとさえしない。人も世間も、拒絶しているように感じられ、悲しくなってしまう。
「お兄ちゃん……」
そっと声をかけると、男性の背筋がぴくりと揺れた。
反応してもらえたのが嬉しくて、もう少し大きい声を出してみた。
「お兄ちゃん、七海です。あなたの妹よ」
男性がゆっくりとこちらを振り返る。
「七海……?」
ふらりと立ち上がり、私の名を呼ぶ。馴染みのある声よりずっと低いが、不思議と温かく感じられる。
ああ、お兄ちゃんだ。まちがいない。
ようやく会えた……。
記憶にあるお兄ちゃんよりずっと大人びているし、その目に生気は感じられない。
けれど確かに、兄の航だ。
父よりも母よりも大好きだった兄のことを、私が間違えるはずないのだから。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる