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兄とソフトクリーム
あなたは今どこにいますか?
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「七海さんのお話、よくわかりました。それで大学生になってから、お兄様を探すようになったわけですね」
スーツを着た興信所の探偵さんは、長くなった私の話を静かに聞いてくれた。依頼者の相談に、誠意をもって対応してくれるようだ。
アルバイト先のソフトクリームをきっかけに、兄の航のことを思い出した。
私のことをいつも守ってくれた優しいお兄ちゃん。
兄と別れたくないと泣き喚く私をあきらめさせるため、私に「大嫌い」といったのだとようやく気づくことができた。
「自分なりに、兄の行方を探したんです。母と二人で暮らしてましたが、その後、一人暮らしを始めたみたいで。働きながら、ひとりで暮らしていたけれど、ある日突然姿を消してしまったって、職場の方から聞きました。それから行方がわからなくて……」
「行方不明になった、ということですか……」
「そこからは私だけの力では兄を探せなくて。それで専門の方ならお願いできるかなと思って、アルバイト代を少しずつ貯めてこちらに伺ったんです」
「なるほど。それで当方にご依頼していただいたわけですね」
「はい。兄を探していただけますでしょうか?」
「全力を尽くします」
「よろしくお願いします」
警察に相談にいったこともあったが、事件性を確認できないと積極的に探してもらえないらしい。行方がわからないことに不安を感じた私は、できるだけ早く兄を見つけたくて興信所を頼ることにしたのだ。
「それでは何かわかりましたら、こちらから御連絡いたしますので」
正式に依頼をして、興信所からの連絡を待つことになった。
『お兄様のお住いの場所がわかりました』
ところが興信所からの電話連絡は、驚くほど早かった。数ヶ月程度かかると思っていたのに。
すぐに依頼した興信所へと走った。
探偵さんに教えてもらった兄の居場所は、私が住んでいるアパートから遠くなかった。
「良かった。兄はそんなに遠くにいたわけではないのですね」
「はい。我々も驚きました。ただ、すぐに会いにいかれるかどうかは、少しお考えになったほうがいいかもしれません」
「え? それはどういう意味ですか?」
探偵さんは少々ためらう様子を見せたが、やがてゆっくりと話し始めた。
「それはお兄様が失踪された理由と関係があるかと思います」
そうして探偵さんは、私と別れてからの兄の生活のことを、わかる範囲で教えてくれたのだ。
私や父と別れてから、兄は母と共に静かに暮らしていたそうだ。
お兄ちゃんは学校の許可を取って新聞配達のアルバイトもこなし、家計を援助していた。
ところが母が男性と交際するようになってから、生活が一変してしまったらしい。
恋人となった男性に夢中になった母は、兄を置いて家を出ていってしまったそうだ。家にあったほとんどの預金と共に。
しばらくして兄は母と連絡は取れたけれど、もう兄の元に帰る気はなかったようだ。
「兄は、母に捨てられてしまったってことですか……?」
探偵さんは無言で頷いた。
なんてことだろう。兄は私よりずっと大変な思いをしていたのだ。
私も父の元で楽に暮らしていたわけではないけれど、父は私を見捨てたりはしなかったし、経済的な心配はせずに済んだ。
「その後もお兄様は、ご苦労をされたようです。高校を中退されて働くようになりましたが、仕事先で知り合った友人に連帯保証人を頼まれたみたいですね。お兄様はお優しい方だったのでしょう。疑うことなく御友人の頼みを受け入れたのですが、その友人が行方知れずになったことで、お兄様が借金を背負うことになり……。幸い、大きな金額ではなかったので働いて返済することができたようですが、借金を返した後にふらりと姿を消してしまったそうです」
もはや言葉にならなかった。
私が父の元で暮らしていた間に、兄はどれほどの悲しみを背負っていたのだろう。
実の母に捨てられ、さらに友人にも裏切られて。人間不信となり、自暴自棄になったとしても、誰が責められるだろう?
「七海さんが知っている思い出のお兄様は、優しい方なのかもしれません。ですがお辛い経験をなさったことで、今は性格が変わられている可能性があります。会いに行かれる場合は、覚悟の上でお会いになったほうがよろしいかと……」
探偵さんの言う通り、兄は昔の優しいお兄ちゃんではないかもしれない。
次々と辛い目にあったのだから、当然予想できることだ。
「あなたのおっしゃる通り、兄は変わってしまったかもしれません。けれど」
探偵さんをしっかりと見据えた。
「でもだからこそ、兄に会いたいんです。今度は私がお兄ちゃんを助けたい。私に何ができるかわからないけれど、兄を心から信じ、その身を案じている人間がここにいるよ、って伝えたいんです」
幼い頃、お兄ちゃんは私を助け、守っていてくれた。
今度は私が恩返しをする番なのだ。
大好きで、大切なお兄ちゃんの心を救うために。
「七海さんのお話、よくわかりました。それで大学生になってから、お兄様を探すようになったわけですね」
スーツを着た興信所の探偵さんは、長くなった私の話を静かに聞いてくれた。依頼者の相談に、誠意をもって対応してくれるようだ。
アルバイト先のソフトクリームをきっかけに、兄の航のことを思い出した。
私のことをいつも守ってくれた優しいお兄ちゃん。
兄と別れたくないと泣き喚く私をあきらめさせるため、私に「大嫌い」といったのだとようやく気づくことができた。
「自分なりに、兄の行方を探したんです。母と二人で暮らしてましたが、その後、一人暮らしを始めたみたいで。働きながら、ひとりで暮らしていたけれど、ある日突然姿を消してしまったって、職場の方から聞きました。それから行方がわからなくて……」
「行方不明になった、ということですか……」
「そこからは私だけの力では兄を探せなくて。それで専門の方ならお願いできるかなと思って、アルバイト代を少しずつ貯めてこちらに伺ったんです」
「なるほど。それで当方にご依頼していただいたわけですね」
「はい。兄を探していただけますでしょうか?」
「全力を尽くします」
「よろしくお願いします」
警察に相談にいったこともあったが、事件性を確認できないと積極的に探してもらえないらしい。行方がわからないことに不安を感じた私は、できるだけ早く兄を見つけたくて興信所を頼ることにしたのだ。
「それでは何かわかりましたら、こちらから御連絡いたしますので」
正式に依頼をして、興信所からの連絡を待つことになった。
『お兄様のお住いの場所がわかりました』
ところが興信所からの電話連絡は、驚くほど早かった。数ヶ月程度かかると思っていたのに。
すぐに依頼した興信所へと走った。
探偵さんに教えてもらった兄の居場所は、私が住んでいるアパートから遠くなかった。
「良かった。兄はそんなに遠くにいたわけではないのですね」
「はい。我々も驚きました。ただ、すぐに会いにいかれるかどうかは、少しお考えになったほうがいいかもしれません」
「え? それはどういう意味ですか?」
探偵さんは少々ためらう様子を見せたが、やがてゆっくりと話し始めた。
「それはお兄様が失踪された理由と関係があるかと思います」
そうして探偵さんは、私と別れてからの兄の生活のことを、わかる範囲で教えてくれたのだ。
私や父と別れてから、兄は母と共に静かに暮らしていたそうだ。
お兄ちゃんは学校の許可を取って新聞配達のアルバイトもこなし、家計を援助していた。
ところが母が男性と交際するようになってから、生活が一変してしまったらしい。
恋人となった男性に夢中になった母は、兄を置いて家を出ていってしまったそうだ。家にあったほとんどの預金と共に。
しばらくして兄は母と連絡は取れたけれど、もう兄の元に帰る気はなかったようだ。
「兄は、母に捨てられてしまったってことですか……?」
探偵さんは無言で頷いた。
なんてことだろう。兄は私よりずっと大変な思いをしていたのだ。
私も父の元で楽に暮らしていたわけではないけれど、父は私を見捨てたりはしなかったし、経済的な心配はせずに済んだ。
「その後もお兄様は、ご苦労をされたようです。高校を中退されて働くようになりましたが、仕事先で知り合った友人に連帯保証人を頼まれたみたいですね。お兄様はお優しい方だったのでしょう。疑うことなく御友人の頼みを受け入れたのですが、その友人が行方知れずになったことで、お兄様が借金を背負うことになり……。幸い、大きな金額ではなかったので働いて返済することができたようですが、借金を返した後にふらりと姿を消してしまったそうです」
もはや言葉にならなかった。
私が父の元で暮らしていた間に、兄はどれほどの悲しみを背負っていたのだろう。
実の母に捨てられ、さらに友人にも裏切られて。人間不信となり、自暴自棄になったとしても、誰が責められるだろう?
「七海さんが知っている思い出のお兄様は、優しい方なのかもしれません。ですがお辛い経験をなさったことで、今は性格が変わられている可能性があります。会いに行かれる場合は、覚悟の上でお会いになったほうがよろしいかと……」
探偵さんの言う通り、兄は昔の優しいお兄ちゃんではないかもしれない。
次々と辛い目にあったのだから、当然予想できることだ。
「あなたのおっしゃる通り、兄は変わってしまったかもしれません。けれど」
探偵さんをしっかりと見据えた。
「でもだからこそ、兄に会いたいんです。今度は私がお兄ちゃんを助けたい。私に何ができるかわからないけれど、兄を心から信じ、その身を案じている人間がここにいるよ、って伝えたいんです」
幼い頃、お兄ちゃんは私を助け、守っていてくれた。
今度は私が恩返しをする番なのだ。
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