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兄とソフトクリーム
小さい頃の真実
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晴れて大学生となった私は、学業の他にアルバイトもしなくてはならず、想像以上に忙しい毎日だった。
父からの送金はあったが、増額を頼みたくはなかったので、バイトも必須だったのだ。大学のほうは毎日の講義にレポートの提出、試験対策など意外と過密なスケジュールで、多忙な毎日だ。
けれど自分の力で生活し始めているのだと思うと、充実した日々でもあった。
アルバイト先のひとつに、ファーストフード店があった。シフトに融通が利くので、忙しい学生でもアルバイトがしやすかったのだ。
ハンバーガーやポテトのセットをメインに販売する店だが、サイドメニューにソフトクリームがあった。
「ソフトクリームの機械はこれだよ。最初はうまくできないと思うけど、練習するうちに作れるようになるから、焦らないようにね」
「はい、わかりました」
アルバイト指導役のチーフの言う通り、ソフトクリームを渦巻き状に美しく絞りだすのはなかなか大変で、最初はうまく作れなかった。何度も失敗したけれど、練習するうちに上手く作れるようになり、突然の注文にも焦らず対応できるようになった。
「ソフトクリームのお客様、お待たせ致しました」
きれいに絞りだせるようになったソフトクリームを手渡すと、お客様は笑顔をなってくれることが多い。些細なことだけれど、働く喜びでもあった。
仕事でソフトクリームにかかわるようになり、ふと思い出すのは、幼い頃の思い出だ。
兄の航と共に、ソフトクリームをよく食べにいった。陽気で優しいおじさんが店主の売店だ。
おじさんが作るソフトクリームは、なんともいびつな形で、コーンカップに乗っているのが奇跡なほどだった。妙な形のソフトクリームを見ては、兄も私も大笑いしたものだ。
お客様にソフトクリームをお出しするようになって思うのは、おじさんの作るソフトクリームはなぜあれほどいびつな形だったのだろう? ということだ。
子どもの頃はおじさんが不器用だから、ソフトクリームを絞るのも下手っぴなんだと思った。
けれど、おじさんはたこ焼きやたい焼きは上手に作っていたし、作業も手早かった。仕事に向き不向きはあれど、店主でもあるおじさんがソフトクリームだけ苦手というのも考えにくい気がした。ソフトクリームを上手に用意できないのなら、販売するのを止めてしまえばいいのだから。
「ひょっとして、わざと変な形にしていた?」
考えられるのは、おじさんが私と兄のために、わざといびつな形のソフトクリームを作っていたのではないかということだった。
「そういえば、泣いてる私をなぐさめるために、お兄ちゃんはソフトクリームを食べにお店に連れていってくれたっけ」
幼い頃の私はそそっかしくて、よく転んでケガをしていた。いつまでも泣きやまないから、少しでも早く涙を止めたくて、兄はソフトクリームを食べさせてくれた。
やがて父と母のケンカが多くなり、兄も暗い顔をすることがあった。
そんな私と兄を笑顔にさせるために、おじさんはわざといびつな形のソフトクリームを作ってくれていたのではないだろうか? 実際、おじさんのソフトクリームを受け取ると、兄も私もはじけるように笑いだしたのだから。
「きっとそうだわ。おじさんは優しい人だったもの」
優しいのはおじさんだけではない。兄の航もだ。
転んでケガをしてばかりだった私をいつも助けてくれた。泣きじゃくる私を背中に乗せ、連れ帰ってくれた。
父と母がケンカを始めると、私の押し入れに連れていき、いがみ合う姿を見せないようにしてくれた。怖がる私のために絵本を読んでくれたのも兄だ。
真っ白なソフトクリームをふたりで分け合い、最後の一口はじゃんけんでどちらが食べるか決める。じゃんけんに買ったのは、ほとんど私だった。私は動作ものろまで、じゃんけんを出すのも遅かった。私がどんな手を出すのか、兄にはお見通しだったろう。それでも私が勝つのだ。
きっと、私を笑顔にさせるために──。
「お兄ちゃん……!」
成長してから、やっと気づいた。
兄がどれだけ私を大切にしていてくれたかを。
『わがままな七海は大嫌いだ』
別れる少し前に、お兄ちゃんは私に言い放った。
子どもの頃、兄は本当に私を嫌いになったのだと思った。お兄ちゃんと別れたくないと泣き喚く私に、愛想が尽きてしまったのだと。
だから父と暮らすことも黙って受け入れたし、父親にまで嫌われないように素直な優等生になるよう努力した。
兄にも父にも嫌われたら、私は生きていけないからだ。
「ちがう……。優しかったお兄ちゃんが、私を大嫌いって言うわけない」
お兄ちゃんだってきっと、私と暮らしたかったのだと思う。けれど、両親の意志でそれは叶わない願いだった。
だからせめて私が父と静かに暮らせるように、私にあんな態度をしたのではないだろうか。
「きっとそうよ。どうして今まで気づかなかったの? 私のバカ」
父と暮らしていたときは、お父さんに嫌われないように毎日必死だった。そのため成長するにつれて、兄のことを思い出すことも少なくなっていた。
父と離れて一人暮らしを始めたことで、ようやく兄のことを冷静に考えられるようになったのだ。
「お兄ちゃん、会いたい……!」
兄の航に会いたい。心から会いたいと感じた。
「お兄ちゃんは、最後に私に何を言おうとしたの?」
押し入れに隠れた私に、兄は最後の別れを告げた。
『七海のこと……だよ』
兄は私に何を伝えたかったのだろう? 会って確認しなくては。
そして伝えるのだ。
お兄ちゃん、私を愛し、守ってくれてありがとうと──。
父からの送金はあったが、増額を頼みたくはなかったので、バイトも必須だったのだ。大学のほうは毎日の講義にレポートの提出、試験対策など意外と過密なスケジュールで、多忙な毎日だ。
けれど自分の力で生活し始めているのだと思うと、充実した日々でもあった。
アルバイト先のひとつに、ファーストフード店があった。シフトに融通が利くので、忙しい学生でもアルバイトがしやすかったのだ。
ハンバーガーやポテトのセットをメインに販売する店だが、サイドメニューにソフトクリームがあった。
「ソフトクリームの機械はこれだよ。最初はうまくできないと思うけど、練習するうちに作れるようになるから、焦らないようにね」
「はい、わかりました」
アルバイト指導役のチーフの言う通り、ソフトクリームを渦巻き状に美しく絞りだすのはなかなか大変で、最初はうまく作れなかった。何度も失敗したけれど、練習するうちに上手く作れるようになり、突然の注文にも焦らず対応できるようになった。
「ソフトクリームのお客様、お待たせ致しました」
きれいに絞りだせるようになったソフトクリームを手渡すと、お客様は笑顔をなってくれることが多い。些細なことだけれど、働く喜びでもあった。
仕事でソフトクリームにかかわるようになり、ふと思い出すのは、幼い頃の思い出だ。
兄の航と共に、ソフトクリームをよく食べにいった。陽気で優しいおじさんが店主の売店だ。
おじさんが作るソフトクリームは、なんともいびつな形で、コーンカップに乗っているのが奇跡なほどだった。妙な形のソフトクリームを見ては、兄も私も大笑いしたものだ。
お客様にソフトクリームをお出しするようになって思うのは、おじさんの作るソフトクリームはなぜあれほどいびつな形だったのだろう? ということだ。
子どもの頃はおじさんが不器用だから、ソフトクリームを絞るのも下手っぴなんだと思った。
けれど、おじさんはたこ焼きやたい焼きは上手に作っていたし、作業も手早かった。仕事に向き不向きはあれど、店主でもあるおじさんがソフトクリームだけ苦手というのも考えにくい気がした。ソフトクリームを上手に用意できないのなら、販売するのを止めてしまえばいいのだから。
「ひょっとして、わざと変な形にしていた?」
考えられるのは、おじさんが私と兄のために、わざといびつな形のソフトクリームを作っていたのではないかということだった。
「そういえば、泣いてる私をなぐさめるために、お兄ちゃんはソフトクリームを食べにお店に連れていってくれたっけ」
幼い頃の私はそそっかしくて、よく転んでケガをしていた。いつまでも泣きやまないから、少しでも早く涙を止めたくて、兄はソフトクリームを食べさせてくれた。
やがて父と母のケンカが多くなり、兄も暗い顔をすることがあった。
そんな私と兄を笑顔にさせるために、おじさんはわざといびつな形のソフトクリームを作ってくれていたのではないだろうか? 実際、おじさんのソフトクリームを受け取ると、兄も私もはじけるように笑いだしたのだから。
「きっとそうだわ。おじさんは優しい人だったもの」
優しいのはおじさんだけではない。兄の航もだ。
転んでケガをしてばかりだった私をいつも助けてくれた。泣きじゃくる私を背中に乗せ、連れ帰ってくれた。
父と母がケンカを始めると、私の押し入れに連れていき、いがみ合う姿を見せないようにしてくれた。怖がる私のために絵本を読んでくれたのも兄だ。
真っ白なソフトクリームをふたりで分け合い、最後の一口はじゃんけんでどちらが食べるか決める。じゃんけんに買ったのは、ほとんど私だった。私は動作ものろまで、じゃんけんを出すのも遅かった。私がどんな手を出すのか、兄にはお見通しだったろう。それでも私が勝つのだ。
きっと、私を笑顔にさせるために──。
「お兄ちゃん……!」
成長してから、やっと気づいた。
兄がどれだけ私を大切にしていてくれたかを。
『わがままな七海は大嫌いだ』
別れる少し前に、お兄ちゃんは私に言い放った。
子どもの頃、兄は本当に私を嫌いになったのだと思った。お兄ちゃんと別れたくないと泣き喚く私に、愛想が尽きてしまったのだと。
だから父と暮らすことも黙って受け入れたし、父親にまで嫌われないように素直な優等生になるよう努力した。
兄にも父にも嫌われたら、私は生きていけないからだ。
「ちがう……。優しかったお兄ちゃんが、私を大嫌いって言うわけない」
お兄ちゃんだってきっと、私と暮らしたかったのだと思う。けれど、両親の意志でそれは叶わない願いだった。
だからせめて私が父と静かに暮らせるように、私にあんな態度をしたのではないだろうか。
「きっとそうよ。どうして今まで気づかなかったの? 私のバカ」
父と暮らしていたときは、お父さんに嫌われないように毎日必死だった。そのため成長するにつれて、兄のことを思い出すことも少なくなっていた。
父と離れて一人暮らしを始めたことで、ようやく兄のことを冷静に考えられるようになったのだ。
「お兄ちゃん、会いたい……!」
兄の航に会いたい。心から会いたいと感じた。
「お兄ちゃんは、最後に私に何を言おうとしたの?」
押し入れに隠れた私に、兄は最後の別れを告げた。
『七海のこと……だよ』
兄は私に何を伝えたかったのだろう? 会って確認しなくては。
そして伝えるのだ。
お兄ちゃん、私を愛し、守ってくれてありがとうと──。
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