つれづれなるおやつ

蒼真まこ

文字の大きさ
上 下
15 / 24
兄とソフトクリーム

小さい頃の真実

しおりを挟む
 晴れて大学生となった私は、学業の他にアルバイトもしなくてはならず、想像以上に忙しい毎日だった。
 父からの送金はあったが、増額を頼みたくはなかったので、バイトも必須だったのだ。大学のほうは毎日の講義にレポートの提出、試験対策など意外と過密なスケジュールで、多忙な毎日だ。
 けれど自分の力で生活し始めているのだと思うと、充実した日々でもあった。

 アルバイト先のひとつに、ファーストフード店があった。シフトに融通が利くので、忙しい学生でもアルバイトがしやすかったのだ。
 ハンバーガーやポテトのセットをメインに販売する店だが、サイドメニューにソフトクリームがあった。

「ソフトクリームの機械はこれだよ。最初はうまくできないと思うけど、練習するうちに作れるようになるから、焦らないようにね」
「はい、わかりました」

 アルバイト指導役のチーフの言う通り、ソフトクリームを渦巻き状に美しく絞りだすのはなかなか大変で、最初はうまく作れなかった。何度も失敗したけれど、練習するうちに上手く作れるようになり、突然の注文にも焦らず対応できるようになった。

「ソフトクリームのお客様、お待たせ致しました」

 きれいに絞りだせるようになったソフトクリームを手渡すと、お客様は笑顔をなってくれることが多い。些細なことだけれど、働く喜びでもあった。
 仕事でソフトクリームにかかわるようになり、ふと思い出すのは、幼い頃の思い出だ。

 兄の航と共に、ソフトクリームをよく食べにいった。陽気で優しいおじさんが店主の売店だ。
 おじさんが作るソフトクリームは、なんともいびつな形で、コーンカップに乗っているのが奇跡なほどだった。妙な形のソフトクリームを見ては、兄も私も大笑いしたものだ。

 お客様にソフトクリームをお出しするようになって思うのは、おじさんの作るソフトクリームはなぜあれほどいびつな形だったのだろう? ということだ。
 子どもの頃はおじさんが不器用だから、ソフトクリームを絞るのも下手っぴなんだと思った。
 けれど、おじさんはたこ焼きやたい焼きは上手に作っていたし、作業も手早かった。仕事に向き不向きはあれど、店主でもあるおじさんがソフトクリームだけ苦手というのも考えにくい気がした。ソフトクリームを上手に用意できないのなら、販売するのを止めてしまえばいいのだから。

「ひょっとして、わざと変な形にしていた?」

 考えられるのは、おじさんが私と兄のために、わざといびつな形のソフトクリームを作っていたのではないかということだった。

「そういえば、泣いてる私をなぐさめるために、お兄ちゃんはソフトクリームを食べにお店に連れていってくれたっけ」

 幼い頃の私はそそっかしくて、よく転んでケガをしていた。いつまでも泣きやまないから、少しでも早く涙を止めたくて、兄はソフトクリームを食べさせてくれた。
 やがて父と母のケンカが多くなり、兄も暗い顔をすることがあった。
 そんな私と兄を笑顔にさせるために、おじさんはわざといびつな形のソフトクリームを作ってくれていたのではないだろうか? 実際、おじさんのソフトクリームを受け取ると、兄も私もはじけるように笑いだしたのだから。

「きっとそうだわ。おじさんは優しい人だったもの」

 優しいのはおじさんだけではない。兄の航もだ。
 転んでケガをしてばかりだった私をいつも助けてくれた。泣きじゃくる私を背中に乗せ、連れ帰ってくれた。
 父と母がケンカを始めると、私の押し入れに連れていき、いがみ合う姿を見せないようにしてくれた。怖がる私のために絵本を読んでくれたのも兄だ。
 真っ白なソフトクリームをふたりで分け合い、最後の一口はじゃんけんでどちらが食べるか決める。じゃんけんに買ったのは、ほとんど私だった。私は動作ものろまで、じゃんけんを出すのも遅かった。私がどんな手を出すのか、兄にはお見通しだったろう。それでも私が勝つのだ。
 きっと、私を笑顔にさせるために──。

「お兄ちゃん……!」

 成長してから、やっと気づいた。
 兄がどれだけ私を大切にしていてくれたかを。

『わがままな七海は大嫌いだ』

 別れる少し前に、お兄ちゃんは私に言い放った。
 子どもの頃、兄は本当に私を嫌いになったのだと思った。お兄ちゃんと別れたくないと泣き喚く私に、愛想が尽きてしまったのだと。
 だから父と暮らすことも黙って受け入れたし、父親にまで嫌われないように素直な優等生になるよう努力した。
 兄にも父にも嫌われたら、私は生きていけないからだ。

「ちがう……。優しかったお兄ちゃんが、私を大嫌いって言うわけない」

 お兄ちゃんだってきっと、私と暮らしたかったのだと思う。けれど、両親の意志でそれは叶わない願いだった。
 だからせめて私が父と静かに暮らせるように、私にあんな態度をしたのではないだろうか。

「きっとそうよ。どうして今まで気づかなかったの? 私のバカ」

 父と暮らしていたときは、お父さんに嫌われないように毎日必死だった。そのため成長するにつれて、兄のことを思い出すことも少なくなっていた。
 父と離れて一人暮らしを始めたことで、ようやく兄のことを冷静に考えられるようになったのだ。

「お兄ちゃん、会いたい……!」

 兄の航に会いたい。心から会いたいと感じた。

「お兄ちゃんは、最後に私に何を言おうとしたの?」

 押し入れに隠れた私に、兄は最後の別れを告げた。

『七海のこと……だよ』

 兄は私に何を伝えたかったのだろう? 会って確認しなくては。
 そして伝えるのだ。
 お兄ちゃん、私を愛し、守ってくれてありがとうと──。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:60,992pt お気に入り:3,771

消せない想い

現代文学 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:0

魔法少女の物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,406pt お気に入り:1

出雲死柏手

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:1,065pt お気に入り:3

不完全防水

BL / 完結 24h.ポイント:631pt お気に入り:1

記憶がないっ!

青春 / 連載中 24h.ポイント:2,470pt お気に入り:2

俺の婚約者は、頭の中がお花畑

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:1,648

ハヤテの背負い

青春 / 連載中 24h.ポイント:681pt お気に入り:0

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

BL / 完結 24h.ポイント:752pt お気に入り:21

夢見の館

ホラー / 完結 24h.ポイント:1,107pt お気に入り:1

処理中です...