極道恋事情

一園木蓮

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ダブルトロア

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 ”飛天”とはその昔、周と鐘崎と共に編み出した独自の技だ。今は助走こそつけられないものの、肩を踏み台にして空へと舞い上がる動きは同じ原理といえる。
 楊宇とすれ違う瞬間に紫月は弾みをつけて天を目指しジャンプした。飛び移りざま再び鞘から刃を抜くと、居合いの技で近くにいた敵へ峰打ちを食らわす。二、三人を叩き落としたと同時にハンドルを握る楊宇とは尻を突き合わせる形で後部座席へと着地、その一瞬に体重を消すタイミングを見事に見極めた。お陰で転倒もなく、受け止める側の楊宇も思っていたよりも遥かに軽い衝撃で済んだようだ。溜め息が漏れるほどの美しい所作をもってゆっくりと刃を鞘に納めた時には、まるで時が止まったかのような静寂に包まれてしまった。
 時間的にいえばほんの一瞬の出来事だが、見ていた者たちにとってはスローモーションのように長く感じられたことだろう。
 紫月を無事に受け止めた楊宇がゆっくりと減速し、バイクを停止させる。
 敵の暴走グループはまだ半数くらいが無傷なままで残っていたが、今の華麗な技の前に大口を開けて硬直状態だ。襲い掛かるのも忘れて、皆唖然としたようにあんぐり顔で立ち尽くしてしまった。
「よっしゃ、とりま成功のようだな。鄧先生、通訳お願いできますか?」
 紫月に呼ばれて鄧が通訳を買って出た。



◇    ◇    ◇



「さて――と。あんたらをここへよこした女だが、残念ながらついさっき俺たちの仲間が取り押さえた。つまりあんたらの計画は失敗に終わったってことだ」
 紫月の言った通りに鄧がドイツ語へと通訳していく。
「もうあんたたちに報酬を払ってくれるボスはいねえ。そこで相談だ。俺たちは別にあんたらに恨みはねえ。このままここで警察に突き出すことも可能だが、俺たちはいっときの旅行者だ。そんなことをしたところで何の得にも損にもなりゃしねえ。あんたらがおとなしく引き上げてくれるってんなら止めはしねえ」
 どうする? と、紫月は皆を見渡した。
 次第にザワザワとし出しながらも男たちは戸惑い顔だ。
「待ってくれ……計画が潰れたってどういうことだ……」
 さすがに敵わないと踏んだのか、意外にも素直に話し合いに応じる姿勢を見せる。紫月は説明を続けた。
「あんたらを雇ったヤツだが、そいつはアジア人の女だな?」
「……そうだが」
「彼女とはどういう仲なんだ?」
「どうって……いつも溜まり場にしてるバーで知り合っただけだ。あの女、自分の親父はチャイニーズマフィアだとかって抜かしてて……いい金になるバイトがあるから乗らねえかと持ち掛けてきやがったんだ」
 男たちの言い分を鄧がニュアンスそのままに日本語へと訳して聞かせる。普段の鄧の話し方からすればまるで真逆のぞんざいな口ぶりに、曹などは思わず吹いてしまいそうにさせられたようだ。つまり、単に訳すだけなら『この方たちがいつも溜まり場にしているバーで知り合ったようですよ。なんでも彼女は自分の父がチャイニーズマフィアであると自慢していたようで、いい金になるバイトがあるので話に乗らないかと持ち掛けられたそうです』とでも言えば充分なのだが、わざわざ彼らの口調までそっくりにマネてよこすものだから、そこまで律儀に訳さずともいいのではと思ってしまうわけだった。察するに紫月の口ぶりも同じニュアンスで現地の彼らに伝えているに違いない。

(鄧浩のヤツ、意外とユーモアがあるじゃねえか。ってよりも、面白がってやがるなコイツ……)

 笑いを堪える曹の傍らで、だが当の本人は至って大真面目のようだ。紫月もまた、普段の鄧とのギャップに顔がゆるみそうになるのを堪えて先を続けた。
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