極道恋事情

一園木蓮

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慟哭

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「りょ、遼二さ……怖かったわ……アタシ、アタシ……この人たちに紫月さんを誘き出せって言われて――!」
 まるで縋り付くようににじり寄っては両腕を差し出した彼女には目もくれずに踵を返す。抱き付く的を失った鞠愛は勢い付いて床へと突っ伏してしまい、その瞬間初めて鐘崎に拒絶されたことを自覚する。当の鐘崎は手を差し伸べてくれる素振りもなく、視線すら合わせることもなく駆けつけてきた源次郎に向かってひと言こう言い放った。
「源さん、丹羽に連絡を――。大河内が撃ち損ねた流れ弾で傭兵の一人が重傷だ。くたばる前にふんじばるよう言ってくれ」
「かしこまりました」
 今現在、丹羽がどこでどうしているかは知れないが、彼の指示ですぐに警察が駆けつけて来るだろう。
 未だ床へと伏せたまま起き上がれずにいる鞠愛の存在を目にするも、この場の男たちは誰一人として様子を気に掛けようともしない。源次郎はスマートフォンを耳に通話し、周も李も――そして鐘崎も、まるで汚いゴミに蓋をするごとく完無視だ。鞠愛にとっては生まれて初めて味わう本気の拒絶に、恐怖さえ感じる思いでいたようだ。
「後の処理は丹羽に任せる。引き上げるぞ」
 鐘崎はそう言うと、鞠愛には目もくれずにその場を後にした。
「ちょ……待って……! 遼二さんッ! アタシはどうすればいいのッ……」
 まるでアタシを置いていかないでとでも言いたげに呆然としている。この期に及んでどの口が言うというところだが、鐘崎が女を振り返ることはなかった。

 紫月を無事に取り戻した時点で鐘崎らの目的は達成された。
 あとの連中がどうなろうがもはや関係ないのだ。もちろん気持ちの上ではこんなふざけたことをしでかしたことに対する許し難い思いはあれど、それに対して報復する手間さえ反吐が出る。仮にこの場の全員が逃げおおせて、再び襲ってくるようなことがあれば、その時こそ本当に始末をつければそれでいいのだ。
 そんな鐘崎に真の冷たさと恐ろしさを感じたのだろうか、これまで比較的どんな我が侭を言っても丁寧に接してくれていたのは、決して自分や立派な立場の父を尊敬していたわけではなく、好意があったからではないのだということを実感する。心のどこかで紫月さえいなくなれば彼も踏ん切りがついて自分を見てくれるだろうと期待していたものの、さすがに無謀だったのかと――こんな状況になって初めて気がつく。
「な、何よ……完無視することないじゃない……アタシはあんたの命の恩人よ? ……ッ、この……恩知らずのろくでなし……! あんたなんか助けてやるんじゃなかった! あの時、川に流されてくたばれば良かったのよッ!」
 取り止めのなく絶叫するも、遠ざかる背中は振り返る素振りすらない。これだけ罵倒すればもしかしたら怒り任せに立ち止まってくれるかも知れない、その思いすらハナからの勘違いだったようだ。鞠愛は糸の切れた操り人形の如くその場から立ち上がることさえできなかった。



◇    ◇    ◇


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